22
一瞬の浮遊感の後に直ぐに地面に落ちた感覚に瞑っていた目を開ける。
「な、何が起こったの?」
驚いて周りを見ると、メアリーの足元の氷が崩れ一つ下の通路へと落ちたのが解った。
上を向くと青い顔をしたデュークが顔を出している。
「大丈夫か?怪我は?」
「大丈夫です」
呆然として返答するメアリーの後ろから手が伸びてきて誰かに担がれた感覚がし視界が反転する。
自分を担いでいる人を見るとブルーノが薄っすらと微笑みながらメアリーを肩に担いで走り出していた。
直ぐにデュークが穴から飛び降りて青く輝いた手のひらを向ける。
ブルーノの行く手を氷の壁が出現してゆく手を塞ごうとするもブルーノは巧みに避けて横の通路へと入った。
迷路のような洞窟の中の道を把握している様子にデュークは舌打ちをしてすぐに追いかけてくる。
「デューク様!足を狙います」
ピエールとシモンも穴から飛び降りてくるとすぐに魔法を打とうと身構えブルーノの足に向かって氷の欠片を飛ばしてくる。
「メアリーは傷つけるな!傷つけたら殺すぞ」
「解っていますよ!僕達だって命は惜しいですから!」
デュークの言葉にピエールが答えながらも魔法を使い氷の欠片を飛ばし続ける。
ブルーノはそれすらも避けてメアリーを肩に担いだまま走り続けた。
「どうして私を攫うのですか?」
ぐるぐる回る視界で具合が悪くなる中メアリーが聞くと、ブルーノは息を切らしながら口を開いた。
「なぜだって?デューク様が王になるためだ。そのためには要らない者は排除する」
「要らない者が、私だってことですか?」
なぜ私がと言いたいメアリーにブルーノは頷きながら道が解っているのか細い通路を右へ左へと迷うことなく進んでいく。
「お前は邪魔だ。デューク様がデューク様らしくなくなる」
「はぁ?」
意味が分からないがメアリーの名前を叫んでいるピエールとシモンの声が遠くなっていく。
気にかかるのはデュークの声が聞こえないことだ。
デュークと距離が離れすぎてしまったのだろうか。
(もしかしたら、息が吸えなくなって倒れているのかもしれないわ)
メアリーは不安になり、ブルーノの拘束から離れようと力いっぱいもがいた。
「デューク様と離れたら彼が死んでしまうかもしれないわ!」
「戯言を言うのは止めてほしいな」
メアリーのいう事が虚言だというようにブルーノは前へ前へと走り続ける。
「あなたの大切なデューク様が死んでしまうかもしれないのよ!」
彼が死んでしまったらどうするのだとメアリーは力いっぱいブルーノの金色の髪の毛を引っ張った。
「痛い!何をするんだ!この糞アマが!」
痛みで顔をしかめたブルーノは髪の毛を引っ張っているメアリーの手を掴むとそのまま壁へと投げつけた。
投げられたメアリーは背中を打ち付けながら地面へと転がる。
冷たい氷の上に転がっているメアリーの元にシモンの声が聞こえた。
「メアリーさん!どこですか!」
背中と足が痛んだがメアリーは地面に這いつくばりながら声を出した。
「ここです!」
「チッ、来るのが早すぎる!」
ブルーノはそう言うと素早く剣を抜くとメアリーに向かって斬りつけてくる。
(ここで死ぬわけにはいかないわ!)
自分がデュークの元に行かないと彼が死んでしまうかもしれない。
彼の元へ何が何でも行くのだ。
メアリーは歯を食いしばってブルーノの剣を横に転がって何とか避けた。
剣が氷の地面に当たりギィンと音が響く。
「クソッ!」
メアリーを仕留められず、ブルーノはもう一度剣を振りかざした。
「ヒッ」
奇跡的に剣を避けることができたが、次は避けられそうにない。
メアリーは這いつくばったままなんとか立ち上がろうとするが上手く立ち上がれずにいると、ピエールが飛び込んできた。
「メアリーさん!」
ブルーノに向かって氷の塊を飛ばしながらピエールは剣を振り上げた。
不意に現れたピエールの攻撃をよけきれずブルーノは氷の塊を体に受けて後ろに倒れた。
そのまま馬乗りになって剣を喉元に当ててピエールはメアリーを振り返る。
「早くデューク様の所に向かってください。息が苦しいって動けなくなっています」
「は、はい!」
何とか立ち上がってメアリーは足をもつれさせながら走り出した。
「デューク様!」
細い迷路のような道を担がれてきたのでどこにデュークが居るのか見当もつかない。
早く彼の元へ行かないと、死んでしまうかもしれない。
「デューク様!どこですか?」
氷で覆われた地面を走り彼の名前を呼ぶが返事も気配もない。
氷で覆われた地面に足を滑らせて転んでしまい何とか立ち上がると、シモンが走ってくるのが見えた。
「メアリーさん!この道の奥にデューク様が居ます」
「ありがとうございます」
倒れているメアリーを起き上がらせるとシモンは周りを見回した。
「あの男は?」
「ピエール様が取り押さえています。この奥です」
入り組んだ道を指さして言うと、シモンは頷いて走り出した。
メアリーもデュークの元へと走り出す。
氷に滑りながらメアリーはデュークの名を呼んだ。
「デューク様!どこですか!」
シモンが指さした道を走るとすぐにデュークが膝をついて苦しそうに息をしているのが見えた。
「デューク様!」
顔色が悪いデュークに勢いのまま飛びつくとギュッと抱きしめられた。
荒く息を繰り返してデュークはメアリーの顔を覗き込む。
「怪我は?」
「ありません。デューク様も無事で良かった」
メアリーもギュッと抱き着いて言うとデュークは首を軽く振った。
「すまない。メアリーの危機を救えなかった」
「そんな……。私こそ、デューク様の傍を離れてしまってごめんなさい。でも無事で良かった。息は苦しくないですか?」
心配をしているメアリーにデュークは呼吸を整えながら苦笑をする。
「お前のせいではない」
そう言ってメアリーの額をデュークの冷たい指先が触れた。
「額にケガをしている。あいつにやられたのか?」
「あっ、多分、ここまで走ってくるときに何度も転んだからその時だと思います」
氷に滑って何度も転び額どころか全身が痛みどこを怪我をしているのか分からない。
ヒリヒリするだけでたいした怪我ではないと思っているがデュークは顔をしかめる。
「すまない」
「そんな。デューク様のせいではないのに……」
「俺が離れたせいだ。命を懸けてお前を守ると決めていたのに。攫われるお前が傷つくのが怖くて攻撃を躊躇してしまった」
命を懸けてと言われてメアリーの心がギュッと苦しくなった。
ここまで自分を思ってくれている事が嬉しくてデュークを見上げる。
美しいデュークが自分を見つめている。
「デューク様、もう何があっても離れません!」
ギュッと抱き着いてくるメアリーにデュークも抱き返す。
「メアリー……」
小さな声で名前を呼ばれてメアリーは顔を上げた。
少し不安そうなデュークの表情に首を傾げると、また彼は小さく呟いた。
「メアリー……愛している。メアリーは俺を愛してくれているか?」
不安そうに小さな声で聞いてくるデュークにメアリーはゆっくりと頷いた。
たとえ呪いの腕輪のせいであっても、今彼を愛おしと思うのは真実だ。
彼に死んでほしくないし、苦しんでほしくない。
「愛しています」
この想いは呪いの腕輪が外れても変わらないと確信できる。
小さな声で言うメアリーの言葉にデュークは感動したようにギュッと抱きしめて顔を近づけてくる。
「キスを……」
懇願するように言われてメアリーはオズオズとデュークの形のいい唇に自らの唇を近づけた。
(自分からするなんて……)
恥ずかしい気持ちでいっぱいだったが、デュークはメアリーからのキスを望んでいる。
期待に満ちながら懇願するようなデュークの顔に負けてメアリーは勇気を振り絞って自らの唇を重ねた。
一瞬で離れようとするメアリーの後頭部にデュークの大きな手が差し込まれてグッと頭を固定された。
驚いて思わず唇を開けたメアリーの口腔内に熱いデュークの舌が入り込みゆっくりと動く。
無意識にメアリーもデュークの舌をなぞった。
お互い夢中で唇を合わせていると左腕にはまっていた腕輪が音を立てて外れると氷の上に落ちた。
「……腕輪が、落ちた」
驚いて息を弾ませながらもメアリーは落ちた腕輪を見つめて呟くとデュークは薄っすらと微笑む。
「そうだな」
そう言って左腕をメアリーの前に持ってくる。
デュークの左手首も銀の腕輪が外れてなくなっている。
「どうして……」
デュークは目を細めて目を見開いて驚いているメアリーを見つめた。
「憶測だが、メアリーが俺を本当に愛しているという事が証明されたから呪いが解けた。腕輪が外れても俺はメアリーを愛する気持ちは変わらない」
そう言われてメアリーもデュークを見つめる。
彼を思う気持ちは何一つ変わらない。
愛おしい気持ちは増すばかりだ。
「私も、むしろもっと好きになりそうです」
「そうか……」
嬉しそうにデュークは頷くとまた顔を近づけてくる。
メアリーも目を閉じて受け入れようとすると後ろから声がかかった。
「ちょっと待ったー。盛り上がるのは家に帰ってからにしてくださいよぉ。とにかくブルーノを連行しないと……あのお嬢さんは逃げたみたいでどこにも居ませんでした」
後ろ手に縛られたブルーノを連れてピエールとシモンが歩いてきた。
抱き合っているメアリーとデュークを呆れたように見て近づいてくる。
ブルーノの顔は何度も殴られたのか青く腫れていて元気も無くなって力なく連行されたままだ。
「邪魔が入ったな」
デュークは舌打ちをしながらメアリーを抱えて立ちあがった。
「キャロルも指名手配しろ。メアリーを誘拐および殺人未遂の罪名を付けろ。そして取り調べには俺も参加すると伝えてくれ」
「はい。とりあえず戻りましょう」
デュークはメアリーを抱き上げると歩き出した。
「自分で歩けますよ」
本当はデュークの傍にいるのが恥ずかしくてメアリーが言うが降ろしてはくれない。
「転んだのだろう?どこか痛めているかもしれないからな」
そう言って目元にキスをしてくる。
熱いまなざしで見つめられてメアリーは胸がドキドキして心臓が止まってしまいそうになる。
「ひぃぃ」
恥ずかしさのあまり、悲鳴を上げてデュークの胸に顔を埋めた。