21
見回す限りほぼ氷に囲まれた洞窟の中をデュークはメアリーを担ぎながら歩く。
青白い氷柱が天井から垂れ下がっていてとても幻想的だが寒くてメアリーは早く暖かい所に行きたいという思いでいっぱいになる。
洞窟内の低い温度に顔が冷たくなりコートの襟を立てて暖を取ろうとデュークの首元に頬を寄せた。
メアリーがすり寄って来たのが嬉しくてデュークも顔を寄せてくる。
「違います、寒いだけですから」
すり寄ってくるのを避けて言うメアリーに残念そうにデュークは肩をすくめた。
「もっとすり寄ってくれても構わないが」
(そんなバカみたいなことできるはずが無いじゃない!)
ただでさえ担がれているだけでも恥ずかしいのに自分からデュークにすり寄ることなどできるはずがない。
「デューク様は部下とか他の人の前でこういうことして恥ずかしくないのですか?」
前々から不思議だったことを聞くとデュークが聞くより早く少し前を歩いているピエールが答えた。
「デューク様には恥ずかしいという感情が欠落しているんじゃないですかね。ただただ、メアリーさんを愛でたいという思いだけで生きているんですよ」
「えぇぇ……」
ピエールの言葉に確かにそうかもしれないとメアリーは引きながらも納得してしまう。
膝の上にメアリーを乗せて部下に見られていても平気でいられる精神が良く分からないが、デュークは何とも思わないのだろう。
若干引いているメアリーをちらりと見てデュークは首を傾げた。
「愛する人と一緒に居たいと思うのは普通だろう。6年も我慢していたのだ、これぐらいではまだ足りない」
「えぇぇ。やっぱり呪いの腕輪の効果がジワジワ出てきてちょっとおかしくなっているのではないですか……」
本気で心配をしているメアリーにピエールは首を振った。
「平常ですよ。デューク様ちょっと愛情表現が歪んでいるんだと思います」
(よく上司である本人を目の前に言えるわね)
平然と言うピエールにメアリーはデュークが怒っているのではないかと担がれながら顔を覗き込んだ。メアリーとくっついているおかげかかなり上機嫌なデュークは微かに口の端が上がっているのを見てメアリーは首を振った。
怒っているどころかかなり上機嫌だ。
(やっぱりジワジワ呪いの効果が出ているのだわ。絶対おかしいもの)
部下のピエールに言われたことなど気にしていないのか、デュークは平然と道を進んでいく。
氷に囲まれた洞窟内の二股に分かれていた道もデュークは迷いなく進む。
寒さで限界だとメアリーの気が遠くなりかけた時にデュークの足が止まった。
「ここで呪いの腕輪を見つけた」
そう言ってメアリーをゆっくりと肩から降ろした。
地面は氷で覆われていて足をついた傍から冷たさが伝わってきてメアリーは震えながらデュークが指さした方を見る。
二股に分かれている片方の道の氷が固まって塞がれており、その一部が溶かされて穴が開いている。
青白い氷を掘り起こして四角い箱らしきものが埋まっていたのだろうという事は確認できた。
透明な氷の中にはほかに何か入っているようには見えない。
何か手掛かりは無いかと寒さに耐えながらメアリーは一歩近づいてみた。
目を凝らして他に何かないかと見るが、氷がある以外は何も見えない。
「何もなさそうですね」
ガッカリしながら言うメアリーにデュークも後ろから覗き込みながら頷いた。
「腕輪をしている者同士が来れば何か変化があるかもしれないと思ったが何もなかったな」
デュークはいつもと変わりなく言うとどうする?というようにメアリーを見つめてきた。
「何もないですのでもう帰りましょうか……」
ガッカリしながら言うメアリーをデュークは見下ろした。
「これで、俺は何も知らないと証明できただろうか?」
(証明というより半分嫌がらせじゃないのかしら……)
そんなことも言えるはずもなくメアリーは仕方なく頷く。
「はい。デューク様は本当に何も知らないんですね」
確認するように言うとデュークはもっともだと頷いた。
「まだ証明できないか?」
「いえ、もう十分です」
寒いのが苦手だというのにわざと連れてくるようなことをする人だ。
これ以上追及すれば次は何をされるか分かったものではない。
メアリーがそう告げた時に、洞窟を歩く数人の足音が響いた。
「誰ですかね」
いつもと変わりなく言うピエールだったがメアリーとデュークの前に立っていつでも剣を抜けるように身構えている。
「さぁな。5人の気配がするな」
デュークもメアリーを肩に担ぎながら言うとピエールは肩をすくめた。
「流石ですね。僕は人数までわかりません」
そう言っている間にも足音は近づいてくる。
「どちらさまですか~」
ピエールは警戒しながらものほほんとした口調で近づいてくる足音に呼びかけた。
「ピエール副隊長~!どこですか!」
近づいてくる人が答えるとピエールはデュークを振り返る。
「シモンですね。何か緊急のできごとですかね……。こっちだ!シモン!」
後半はシモンに呼びかけるように声を張り上げるとシモンが答えた。
「ピエール副隊長~。デューク様もご一緒ですか?」
「一緒に居る!緊急事態か?」
相手が部下のシモンだとわかってもピエールとデュークはいつでも戦えるように身構えている。
メアリーも緊張感を持ってデュークの肩の上で息をひそめてシモン達が現れるのを待った。
数人分の足音が近づいてきてうっすらと暗闇からシモン達の姿が現れる。
ピエールと同じ騎士服を着たシモンが困ったような顔をして歩いてきた。
その後ろからは、メアリーが世界で一番会いたくないキャロルの姿が見える。
「ヒッ」
悲鳴を上げそうになって慌ててメアリーは口に手を当てた。
(どうしてここに居るの!)
城から離れれば一生会うことは無いと思っていたがまさか北の大地まで追いかけてくるなんて見間違えかと目を凝らしてシモンの後ろに立っている女性を見る。
何度見ても、キャロルに間違いない。
青いファー付きのコートに、おしゃれな手袋と冬用のスノーブーツを履いている。
自慢の金髪も綺麗に結い上げて、薄暗い洞窟の中でも濃い化粧をしたキャロルの美しい顔が良く見えた。
「デューク様にお会いしたくて来ちゃいました!」
クネッと体をよじらせて甘ったるい猫なで声を出したキャロルはデュークを見上げて肩の上に乗っているメアリーを凝視した。
顔を引きつらせて、目を見開いてメアリーを見つめるキャロルはなんとかデュークへと視線を戻した。
「デューク様?なぜメアリーを肩に乗せているのかしら?私というものがありながら」
デュークは冷たい視線をキャロルに一瞬だけ向けてシモンを睨みつけた。
「シモン、どういうことだ?」
「す、すいません。突然、キャロル嬢が砦に来られましてデューク様に会いに来たと。こちらに来たことを伝えたら勝手にこの洞窟に向かって馬を走らせたので追いかけてきました。僕は止めましたよ!」
「……なるほど。糞みたいなお嬢様ですね」
シモンの報告を聞いてピエールが呟いた。
シモンの後ろからも騎士二人が困った顔をしてついて来ている。
キャロルお嬢様一人で歩かせるわけにもいかず仕方なくついてきたのだろう。
デュークは無表情のままシモンを睨みつけた。
「一人足りない。気配は5人したが?」
デュークが言うとシモンは後ろを振り返って人数の確認を始めて頷いた。
「あっ、キャロル嬢と一緒に来た王都の男性の方がいらっしゃいませんね」
「誰だ?」
デュークの機嫌がどんどん悪くなっていきピリピリとした空気が漂ってくる。
不機嫌なデュークの気配にメアリーは恐ろしくなってきてしまう。
また暴力を振るうのではないかと胃の辺りが痛くなってきてメアリーはデュークの腕を叩いた。
「あの、気分が少し良くないので降ろしてもらえますか?」
冷たい気配のままデュークは仕方ないとばかりにメアリーをゆっくりと氷の地面の上に降ろした。
氷の冷たさが足に伝わってくるが、キャロルに会ったせいで胃痛の方が勝り胃の辺りを軽く摩る。
痛む辺りを摩っていると少しだけ痛みが良くなったような気がするがキリキリとした痛みは治まりそうにない。
「確かに少し顔色が悪いな…」
メアリーの青い顔を見てデュークは呟くと道を塞ぐように立っていたキャロルたちを犬でも追い払うように手を振る。
「俺はお前に会う理由はない。さっさと王都へ帰れ」
明らかに嫌なものでも見るようなデュークの冷たい雰囲気にお構いなしにキャロルはニッコリと笑っている。
「酷いわ。せっかくここまで来たのだから少し案内してくださらない?」
「話が通じない、頭が可笑しすぎるだろう……。病院に連れて行った方がいいな。さっさと追い払え」
デュークはそう言うとピエールを見た。
「えぇぇ、僕が病院に連れていけってことですか?そんなことしたらキャロル嬢のご両親が黙って無いでしょう」
嫌そうな顔をしつつデュークの命令だから仕方ないとピエールはキャロルに向かって歩き出した。
そんな酷いことを言われているにも限らずキャロルはニコニコと微笑んだままデュークをうっとりと見つめている。
どこまでも異様な思考のキャロルを見ていると胃が痛くなりメアリーは一歩下がった。
デュークの機嫌が悪くなったことにより、ピンと張りつめた恐ろしい雰囲気と確実に彼の周りの空気の温度が下がっている。
デュークから漂ってくる寒さに耐えられずメアリーはもう一歩下がったところで突然横から腕を掴まれた。
「ヒッ」
声にならない悲鳴を上げて力強く掴んでいる人を見ると舞踏会の時にデュークに蹴られていた男性だった。
この人は6年前もデュークに殴られていた人だとメアリーは瞬時に思い出した。
一瞬後、腕を掴んでいた男はメアリーの目の前から消えどこへ行ったかと探すと地面に倒れていた。
瞬きをするほどの一瞬の出来事に理解できずにいるとメアリーの後ろからデュークが低い声を出した。
「ブルーノ。俺に殺されに来たのか。良く牢獄から出れたな」
倒れていた男、ブルーノは一瞬でデュークに殴られたのだろうか唇の端が切れて血を流している。
それでもヘラヘラと笑ってデュークを見上げた。
「デューク様が王になるためには俺は何でもやります」
「しつこい!」
冷たく言うとデュークは右手を掲げた。
手のひらが青く輝きデュークの周りの空気の温度が下がった。
一瞬後には青く光った氷の塊が地を這いながらブルーノに向かって行く。
メリメリと音を立てて氷の塊が地を伝ってブルーノの体に当たった。
「うっ」
生き物のように波打つ氷に直撃されてブルーノの体が宙を舞った。
「ひぃぃぃ」
人が傷つけられている恐怖を目の当たりにしてメアリーは悲鳴を上げた。
(怖い!)
やっとデュークに慣れてきたところだったがやはりピリピリした雰囲気は恐ろしい。
氷の魔法も怖いが、人が傷つけられるところを見るのは恐怖を感じる。
バクバクする心臓を押さえて震えているメアリーを見てデュークはもう一回魔法を使おうとしていた手を降ろした。
「すまない……」
メアリーに近づこうとしたときに、メリッという音と共に立っていた氷の地面にひびが入った。
「えっ?」
驚いて地面を見るとメアリーの足元も大きなひびが入りあっという間に崩れ落ちた。