20
北の大地へ帰ってきたメアリーは日課になりつつある騎士の詰め所でお茶の用意をしているとピエールが声を掛けてきた。
「お疲れ様です。どうでした?舞踏会は楽しめましたか?」
「……楽しかった……のかしら?」
デュークと踊ったのは最悪だったが、その後は幸せだったような。
キスをしたことを思い出してメアリーは必死で首を振った。
(今思い出すことはそこではないわ!)
北の大地までの馬車も膝の上に乗せたいデュークと絶対に乗りたくないメアリーとでお互い言い合いをしながら帰ってきたのが昨日だ。
今朝も一緒に出勤したが、舞踏会へと行く前と何か変わったことは特になかった。
しいて言えばメアリーがデュークを意識してしまっていることぐらいだろうか。
顔を真っ赤にして挙動不審なメアリーを見てピエールはニッコリと微笑んだ。
「なるほど。進展があったという事ですね」
「うゎぁぁぁ、違います!違います!そんな、呪いの腕輪のせいなんです!きっとそうなんです!」
バタバタと一人で首を振りながら言うメアリーをピエールと事務仕事をしていた騎士達が生易しい顔をして見つめる。
「あーなるほど……大丈夫ですよ。メアリーさんのおかげでデューク様が上機嫌なのでメアリーさんにはどんどん仲良くなってくださいね」
天使の様な頬笑みを浮かべて言うピエールにメアリーはますます顔を赤くする。
「は、恥ずかしい……」
小さく呟いたメアリーにピエールはニコニコ微笑みながら頷いた。
「それで、王都はどうでした?」
「どうって。特に変わりはありませんでしたよ。……呪いの腕輪の情報も特にはありませんでした」
何も情報が無かったことも思い出して暗くなるメアリーにピエールは頷きながらお茶の準備を手伝っていく。
「何の情報も無いとは逆に不思議ですよね。もしかしたら、この呪いの腕輪を作った人もこれはまずいものが出来たと思って結局使わずに氷の奥底に封印したのかもしれないですよね」
「確かに!それ!考えられますね。そうなると誰もこの情報を知らないという事ですよ!そりゃ、情報なんてないですよね」
「そ、そうですね。もしかしたらデューク様はそこまで考えているかもしれませんね」
それは盲点だったとメアリーは目を見開いてピエールに詰め寄った。
「デューク様は何も知らないというフリをして実は何か知っているという事ですか?」
「いえ、もしかしたらという感じですけれど。その気味が悪い腕輪を見つけたのもデューク様ですし……。見つけて直ぐに城に行きましたし。間違いなく……」
メアリーの迫力に押されながらもピエールはそう言うと呪いの腕輪を見つめて言葉を切る。
眉をひそめてメアリーは先を促した。
「間違いなくなんですか?」
ピエールは言いにくそうにメアリーを見つめる。
「間違いなく、メアリーさんにその腕輪を付けに行ったのかなと思っていました」
「……私もそんな気がします。デューク様は何か知っているかもしれませんね」
メアリーは確信を持って言うとピエールはあまり関わり合いたくないのかあいまいに微笑んだだけだった。
二人分のお茶をワゴンに載せてメアリーはピエールを振り返った。
「私、頑張ります。デューク様にこの腕輪の何を知っているのか聞いてきます!」
「は、はぁ。頑張ってください」
ワゴンを押して歩くメアリーをピエールは心配をしながら見送って呟いた。
「デューク様が何かを知っていても話すと思えないですけれどねぇ……」
「デューク様!お茶の時間ですよ!」
砦に来た頃はおっかなびっくりでデュークの部屋に入るのも恐ろしかったが今では彼の返事を待たずにメアリーはワゴンを押して中へと入る。
「もうそんな時間か……」
入ってくる前から気配を察知しているのか、デュークは驚いた様子もなくワゴンを押して入ってきたメアリーを見て机の上の書類を簡単に片づけた。
メアリーがテーブルに茶器を並べている間にデュークはソファーへと座り様子を眺めている。
「何かあったのか?」
ギュッと口を引き結んでいるメアリーを見てデュークは問う。
「どうしてですか?」
少し冷たく言うメアリーにデュークは苦笑をする。
「様子が変だからだ。舞踏会から俺を見ると顔を真っ赤にしていたくせに」
(そりゃ、恥ずかしかったからです)
心の中で叫んでメアリーは恥ずかしい気持ちを抑えて、突き放すようにデュークを見下ろす。
「その腕輪について何か知っていることがあるんじゃないですか?本当は外れるんじゃないですか?」
「どうした。急に……」
座ったままデュークが言うと、彼に捕まえられない様にサッと離れた。
「デューク様がその腕輪の発見者ですよね。もしかしたら何か知っているんじゃないのですか?外れるのなら早く外してください」
「それは困ったな。俺は本当に何も知らない」
疑り深く見ているメアリーを見てデュークはソファーから立ち上がった。
「ならば、その腕輪があった場所へ案内しよう」
「へ?そこへ行っても何も分からないのではないですか?」
寒い所へは行きたくないとメアリーが言うとデュークはお構いなしに手を取って歩き出した。
「愛する人のために、全てを見せようというのだ。行くぞ」
「えっ、ちょっと待ってください」
手を引かれて無理やり歩かされながらメアリーはそこまでは望んでいないと首を振るがデュークはお構いなしに引っ張っていく。
廊下を出て騎士の詰め所へと向かうと、ピエールが目を見開いて二人を見つめて固まっている。
「ピエール。この腕輪を発見した場所へと向かう。ついてこい」
「は、はい」
デュークに命令されてピエールも慌ててコートを取って走って来た。
ピエールの手には二人分のコートが握られており、一つをメアリーに渡すと自分もコートを羽織る。
「ありがとうございます」
コートを受け取ってお礼を言ってメアリーははっと気づいた。
「違います。氷に囲まれた現場には行きたくないんです。デューク様が何か知っているんじゃないですか?と聞いただけなんです」
腕を引っ張られながら言うメアリーをデュークはチラリと見て頷く。
「現場に行けば何かわかるかもしれないだろう?」
「きっと何もないのだろうなというのは分かります。ただ、デューク様が何か知っているのではと言っているだけで……」
「俺だって何も知らないのだから一緒に現場を見に行こう」
「ひぃぃぃ」
そういうつもりはなかったのにとメアリーが悲鳴を上げているのを見てピエールは小さく首を振った。
「だから、無理だと思ったんですよ」
「そうなら早く言ってくださいよ」
嫌がるメアリーを無理やり馬に乗せるとあっという間に砦の外へと飛び出した。
冬のような北の大地の空気の冷たさに身震いをするメアリーを抱きしめるようにデュークは馬の手綱を握っている。
「もしかしたら、腕輪を付けた二人で行けば何か新しい発見があるかもしれないから現場に行くのは悪い事ではないかもしれないな」
「いやいや。絶対何もないと思います。氷で囲まれた洞窟の中と言っていませんでした?」
外に出ただけですでに寒いのに、デュークが見つけた氷の洞窟に行ったらもっと寒いに違いない。
もし行くとしても、もっと準備をしてからにしたいと思うメアリーに対してデュークは後ろから抱きしめながら珍しく声を上げて笑った。
「俺を試すようなことをするからだ。寒いのなら俺に掴まっていればいい」
「ひぃぃ、謝るので洞窟は違う日に行きませんか?」
砦はすでに遠くに見えるが、まだ戻れる距離だ。
寒さに震えながらメアリーが言うが、デュークは首を振った。
「すぐ戻れる。確かに一度二人で確かめるべきだった。何か新しい発見があるかもしれない」
冗談でなく本気でそう思い始めたデュークに気づいてメアリーは後ろを走っているピエールを振り返る。
何を言ってももう無駄だとピエールは静かに首を左右に振った。
馬を走らせてたどり着いたのは草原を抜けた根雪が残る山の中だった。
ぽっかりと地下に続くように空いた穴を見てメアリーは顔を曇らせる。
「これ、洞窟というより地下に続いているという感じですけれど」
寒さで身を縮こませているメアリーを馬から降ろしてデュークは頷く。
「演習に使えないかと入っていたら氷の中から見つけた」
山の中の洞窟というよりは地下迷宮へと続く穴といった表現がぴったりだ。
穴から寒い空気が漂ってきてメアリーはますます首を振る。
「寒いです……。本当に入るのですか?ちゃんと準備をしてきてからにしましょうよ。靴だって冬のもこもこした靴を履いてきたかったです」
「大丈夫だ」
寒さで震えているメアリーを抱えてデュークは肩の上に乗せた。
「ちょっと待ってください。これは戦闘態勢ではないですか?」
戦いになった時に離れないための体勢になったことにメアリーは顔を青くする。
もしかしたらこの場所は獣が出るのかと不安な顔をしているメアリーにピエールが後ろから声をかけた。
「大丈夫です。この前見たような獣は出ません。寒いので他の虫なども出ないので安心してください」
「よかった。ではどうしてこの体勢なのですか?」
メアリーを肩に担ぎながらデュークは洞窟の中へと入っていく。
「足元が寒いのだろう?それと逃げられない様に」
「やっぱり中に何かあるんですか?」
逃げ出すような何かがあるのだと怯えているメアリーに後ろを歩くピエールがまた声を掛ける。
「何もないですから。安心してください。ただの氷に囲まれた洞窟ですよ」
怯えているメアリーを気にする様子もなくデュークは洞窟の奥へと進んでいく。
ピエールはランプを灯すと先が見えるように照らしてくれたのでメアリーは目を凝らして洞窟の中を見た。
凍った氷に囲まれた洞窟の中はピエールが照らしている明かりに照らされて輝いていた。よく見ると歩いている道もゴツゴツとしており青白い氷が張っているがデュークもピエールも何事もなく歩いている。
(靴だけでも替えてくるんだったわ)
攫われるようにして連れてこられたために普通のブーツを履いてきてしまっている。
雪道など歩く用にとデュークからプレゼントされた専用の暖かいブーツを取りに帰りたいとメアリーはデュークの肩の上で思った。