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数日後、メアリーが廊下を歩いていると遠くに見知った顔が見えた気がして目を凝らした。

城を歩く貴族の女性はたまにいるが、恰好が派手過ぎて異様な雰囲気だ。

よく見ると、ヒラヒラした真っ赤なドレスを着たキャロルが歩いているのが見えて慌てて柱の陰に隠れる。


(なぜ、キャロルが城に居るの?)


キャロルの姿を見ただけで心臓がバクバクと早くなり、心がきしむ音が聞こえる気がする。

メアリーの両親が馬車の事故で亡くなり葬式すら出さぬうちに、一家で屋敷に乗り込んできて家を追い出された日が思い出される。


労わりの言葉すらなく、“今日から私のお父様が当主になったの。だからアンタは出て行きなさい”と高飛車に言われ目の前が真っ暗になったのは一生忘れないだろう。


ほぼ荷物も持ち出せず家を追い出されて途方に暮れていた所にうわさを聞き付けたソフィーが駆けつけてそのまま城へと連れて行ってくれたのだ。


今も、キャロルの顔など見たくもない。


彼女が傍に居ると恐怖で息が苦しくなる。

気配を消して柱の影からそっと覗き込むと、何かを探しているのかウロウロとしているのが見えた。

いつもよりも化粧が濃く、髪の毛も綺麗に纏めている。

パーティーでもないのに真っ赤な煌びやかなドレスを着て城の廊下をウロウロしている様はどこか浮いていておかしい。


デュークが城に戻ってくるのは冬になる前の舞踏会だとソフィーが言っていたが戻ってきたのだろうか。

メアリーは首を傾げながら、キャロルに見つからないように気配を消して廊下を歩きソフィーの部屋へと向かった。



速足で部屋へと入って来たメアリーをソフィーは振り返る。


「どうしたの?珍しく急いで」


「キャロルがなぜか廊下に居たので会わないように走ってきました」


息切れしながら言うメアリーにソフィーは呆れて両手を上げた。


「耳ざといわねぇ。先ほど知らせが入ったのだけれど急遽デューク様が帰ってくるのよ」


「えぇぇぇ?そうなのですか!」


城勤めのそれもソフィー付の侍女なのにデュークが帰ってくることを知らないのになぜ、キャロルが知っているのだろうか。


驚くメアリーにソフィーは首を振っている。


「ありえないわ。あの女。どこで情報を手に入れているのかしら。城の誰かに金を渡して情報を得ているわね。今日、知らせが入ったのよ。緊急に帰ってくるっていうのだから何か事件があったのよ。よくもまぁそんな時に、キャロルは城をウロウロできるわね。あの図太い神経は見習いたいものがあるわ」


メアリー以上に怒っているソフィーに部屋に居た他の侍女達が苦笑をしながら謁見用のドレスの準備を進めていた。

メアリーも慌てて準備を手伝う。


「何時ごろにデューク様とお会いする予定なのですか?」


ドレスを整えながらメアリーが誰ともなしに言うと、同僚たちは首を傾げた。


「急いで向かっているっていうことだけれど、何時にお戻りになるかは不明。夜中になるかもしれないって噂もあるわ」


「よっぽどのことがあるのね」


同僚の言葉にメアリーは頷きデュークがいつ来てもいいように準備に取り掛かった。




昼も過ぎて午後になり、ソフィーとライオネルは仲良くお茶を楽しんでいた。

メアリーは給仕係として広間でお茶を楽しむ二人を眺めていた。


美しいソフィーと並んで座っているライオネルはデュークとよく見れば似ていると言うぐらいだ、いつも冷たい雰囲気のデュークと違い優しい顔をしている。

デュークは銀髪だがライオネルは金髪だ。

瞳の色は薄い灰色で、目や髪の毛の色をとっても似ているところはない。


(デューク様をお見掛けしたのは6年前だから今は28歳なのね。さぞ恐ろしい雰囲気になっていそうだわ)


ソフィーとライオネルが仲睦まじく会話をしているのを眺めながらメアリーは考える。

6年前のデュークも恐ろしい雰囲気を出していたが年月を過ぎて北の大地で獣と戦っていればもっと恐ろしいに違いないとメアリーは恐怖を感じた。


「兄上はもうすぐ来るみたいだよ」


優しく言うライオネルにソフィーはニッコリと頷いた。


「何があったのかしらね。心配だわ。あの、デューク様が緊急事態だと言う先ぶれが来たそうじゃない」


「そうなんだよね。あの兄上がねぇ。魔力もすさまじいし、剣だって強くて何でもやってしまう兄上が城に緊急だって来るなんてよっぽどだよ。普段なら用が無ければ近づきもしないくせに」


拗ねたように言うライオネルは2歳年上の兄を慕っている。

メアリーも長い間お仕えしてきてライオネルが兄のデュークを尊敬していることを知っていた。あの恐ろしい人の何がいいのかさっぱり分からないが、頼りになる優しい兄らしい。

力強く人を殴った光景が頭から離れず、メアリーはデュークには会いたくないとさえ思っているが、ライオネルは今か今かと彼が帰ってくるのを待っていた。

並んで立っていた先輩侍女ジェシカにメアリーは耳打ちする。


「ライオネル様はデューク様が帰ってくるのが楽しみなんですね」


「それはそうよ。小さい頃から兄上、兄上―って後を付いて回っていたらしいわよ。デューク様も面倒見がいいからかなりお世話をされていたらしいし」


「えっ。あのデューク様が?」


冷たい雰囲気の美しい人が他人の面倒を見ている姿が想像できずメアリーは目を丸くした。

そんなメアリーにジェシカは苦笑する。


「メアリーはデューク様が恐ろしいみたいだけれど、お優しいところもあるみたいよ」


「とても信じられません。雰囲気も恐ろしいですよね。デューク様」


メアリーが言うとジェシカは頷いた。


「獣を相手にしているから殺気立っているわよね。それでもあの美しさで女性に人気だから城に帰ってくるのを相当嫌がっているらしいわ。女性達が群がって嫌だそうよ」


「あぁ、先ほどもどこから情報が漏れたのかパーティードレスを着ている女性を見ました」


真っ赤なドレスを着たキャロルを思い浮かべて言うメアリーにジェシカが頷いた。


「見たわ。キャロルでしょ。アンタを追い出したあの女はデューク様を狙っているんですって。確か、メアリーと同じ年だったわよね」


「はい。同じ22歳です」


メアリーが頷くとジェシカは顔をしかめた。


「本当に図々しいわよ。本当ならメアリーがお婿を取って当主になっていたかもしれないのに。あのキャロル家族がのっとって家を追い出されて可哀想だわ」


「でも、こうして城で働かせていただいて、みんな優しいし毎日楽しいですよ」


メアリーが言うと、ジェシカはそっと目頭を押さえた。


「泣けるわ。私の娘もメアリーみたいに優しい心を持ってほしいわ」


数年前結婚したジェシカは育休から復帰したばかりだ。

可愛い娘さんを想うとメアリーもいつかは結婚したいとは思うが、全く相手が想像できない。むしろ結婚はできないだろうなと思っていると、ソフィーとライオネルが二人そろって視線を向けてきた。


「僕達の近くに居る侍女の中では結婚していないのはメアリーだけになったね」


ライオネルに言われてメアリーは頷く。


「はい」


「誰かいい人を紹介しようか」


ライオネルに言われてメアリー慌てて首を振った。


「今は仕事が楽しいので、とても結婚など考えられません」


「そう?僕の後押しがあればどんな縁談でも勧められるから、気になる人が居たら言ってね」


「ありがとうございます」


優しく言ってくれるが、次期王様からの縁談を断る馬鹿も居ないだろう。

無理やりにでも縁談を勧めてくれると言うのはありがたいが、残念ながらメアリーは誰も気になる男性が居ないのだ。


むしろ男性は恐ろしくて近づくのも嫌なぐらいだ。


(ライオネル様ぐらいお優しい雰囲気の方なら大丈夫かもしれないけれど……)


いつもニコニコしているライオネルのような優しい男性を見たことが無い。

騎士達はいつも殺伐としているし、剣を持っているから恐ろしい。

かといって、事務仕事をしている人たちは書類を抱えて歩いているためメアリーとの接点はほとんど無かった。


(まぁ、結婚をしなくても死にはしないし。ここで働いていれば楽しいからそれで十分だわ)


メアリーは一人頷いて紅茶のお代わりを注ぐためにポットを手に取った。

するとドアがノックされて、一人の騎士が入ってくる。


「失礼致します。デューク様が城に戻られました」


「そうか!早速通してくれ」


嬉しそうに言うライオネルに騎士は敬礼をして去っていく。

あの恐ろしい人がこの部屋に来るのかとメアリーは胸が苦しくなってきた。

6年前に男を殴り飛ばすのを見た時からデュークの事は苦手だ。

出来れば部屋から出て行きたいと思ったが、ソフィー付の侍女としてそうもいかない。


(無心で居ればいいんだわ)


侍女の事など彼は気にしていないだろう。

空気のようになっていようとメアリーは静かにデュークのためのお茶の準備に取り掛かった。







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