16
与えられた部屋に通されメアリーはやっと一息つくことができた。
6年間過ごしていた寮の部屋には戻れず、デュークと隣同士の豪華な部屋だ。
「寮の部屋に戻りたい」
外は真っ暗だが長年過ごしてきた城の敷地は把握している。薄っすらと窓の明かりがともっている懐かしい女子寮を見てメアリーは呟いた。
一瞬だけデューク付き添いの元自分の部屋へ行ったが、ほとんどの荷物が今過ごしている部屋に移動をさせられた。
きっとこの荷物も北の大地へと運ばれていく予感がしてメアリーは息を吐く。
「もし呪いの腕輪が外れたらデューク様は私の事なんて興味が無くなってしまったらどうしよう」
腕輪がつく前は怖いから近づきたくないと思っていたデュークだったが、今では彼に嫌われるのが怖いと思っている。
自分の心境の変化もあんまりだと思うが、優しくされて心が傾いてしまったのだろう。
あれだけ完璧な人に言い寄られたら誰だって心は動いてしまう。
「自分の心が不安定で嫌になる…」
遠い目をしてメアリーは呟いてベッドに横になった。
「明日は、舞踏会か…行きたくないなぁ」
欠伸をしながら重い瞼を閉じる。
(絶対にキャロルが来るもの…)
幼い頃住んでいたお屋敷の自室の窓からメアリーは外を見た。
(これは夢だわ。昔の夢)
ウトウトしながらメアリーはそう思ったが夢は続いていく。
薄暗い雲から白い雪がチラチラと舞い始めメアリーは窓を開ける。
「雪だわ」
今日は感謝祭だから両親は教会に行った後に頼んでいたメアリーのプレゼントを取りに行ってくると言っていた。
もう16歳になるのだからアクセサリーを送ってくれると言っていた。
「楽しみだなー。一体何のアクセサリーかしら。ブレスレッドもいいし、指輪も素敵ね」
綺麗無い白い雪を眺めながらメアリーはウキウキした気分で呟いた。
「お嬢様!大変です」
ドアが壊れるほどの勢いで執事のベンが血相を変えて入って来た。
いつも穏やかに家の事をやってくれているベンがメアリーの両肩に手を乗せてしっかりと目を見てくる。
「いいですか、落ち着いて聞いてください。旦那様と奥様を乗せた馬車が事故に遭われたとのことです」
「無事なの?」
驚くメアリーにベンは青い顔をしたまま首を振った。
「わかりません。容態は悪い……と、とにかく早く病院へ向かってください」
取るものも取り敢えず向かった病院ではすでに冷たくなった両親が安置されていた。
絶望的な悲しみの中で両親が安置されている部屋に来たのはキャロルとその両親だ。
メアリーの父とキャロルの父親アントンとは兄弟の為に心配して駆けつけてきてくれたのかと思ったが実際は違った。
「メアリーはまだ15歳だ。家督は私が取ることにする!文句はあるまい!」
「そんな……」
婿も居ない、男兄弟も居ないメアリーには抗うすべもなくその日のうちにキャロルたちは家にやって来た。
そのまま荷物をまとめられて家を追い出されたのだ。
前日から降り続いた雪が道に積もっていたことは覚えている。
寒い日はだから嫌いだ。
嫌な気分のままメアリーは目が覚めた。
「今日、キャロルに会うかもしれないと思ったから嫌な夢を見たんだわ」
ベッドの中でメアリーは呟いた。
壁一枚隔てた向こう側にはデュークが居る。
両親以外に自分を本当に大切にしてくれる人が居るのだ。
ソフィーも、メアリーの身の上を心配してくれたではないか。
泣き出したい気持ちを抑えてもう一度布団をかぶった。
布団をかぶって再度眠ることもできずにいると、ドアがノックされて返事もまたずに入室してくる人が居て、メアリーは布団の隙間からのぞいた。
「さっさと起きなさいよー」
ベッドの傍まで来ると布団を捲り上げたのはジェシカだった。
先輩侍女のジェシカがどうして起しに来たのかとメアリーはベッドの上で頭を下げた。
「おはようございます。そしてお久しぶりです。どうしたんですか?」
それも朝早くからとメアリーは欠伸をかみ殺しながらジェシカを見上げた。
「メアリーの準備をしに来たのよ。言っておくけれど私も今回の舞踏会は旦那と出る予定だからね」
「はぁ」
意味が飲み込めないメアリーの耳を引っ張ってジェシカは繰り返す。
「だから、さっさと準備するわよ。アンタの準備をしてから私も準備するんだからね。私の準備を手伝うのもメアリーなのよ!わかった?」
「なるほど。お互い準備をするんですね」
やっと目が覚めたメアリーが理解すると、ジェシカは頷いた。
ソフィー妃の侍女として長く勤めているので準備も手慣れたものだが、一人では難しいところもある。二人で準備をすれば午後には終わるだろう。
「と、いうことでアンタの為に朝食を持ってきました」
恩着せがましく言うジェシカにメアリーは再度頭を下げる。
「ありがとうございます」
「ねぇ、知っている?この部屋ってソフィー妃の部屋と同じぐらいひときわ豪華じゃない」
朝食を摂っているメアリーと向かい合って座ってお茶を飲みながらジェシカは面白そうに言ってきた。
サラダを頬張りながらメアリーは頷く。
「はい。ソフィー様より豪華な気がします」
「隣の部屋はデューク様の部屋で、この部屋はお嫁さん用ですもの。つまりこの部屋は第一王子様のお嫁さん用なのよ!」
ジェシカの言葉にサラダがのどに詰まりそうになりメアリーは咳き込んだ。
「道理で、豪華な部屋だと思ったんですよ。ベッドが大きいし」
「つまりそう言う事!で、どこまで進んでいるの?あんなに怖くて近づきたくないわって言っていたくせに!北の大地へ行って帰ってきたらまんざらでもなさそうだし」
揶揄いながら言われてメアリーは顔を赤らめた。
「何にも進んでいません!」
「ふーん?」
疑わしい目で見られたが、本当に何も進んでいないのだから嘘は言っていない。
「こっちは大変だったのよ。デューク様が久々に帰って来たと思ったら嫌がるメアリーを連れて帰っていったじゃない。それを、ソフィー妃が面白がって”6年前から気になっていたみたい“って思わせぶりにポロリと言った一言がいろいろ大きくなって、噂が駆け巡っているわよ」
出迎えに並んでいた侍女たちの顔を見てメアリーは渋い顔をする。
「舞踏会が怖いです。ソフィー様絶対に面白がってワザと噂を流していますよね」
「そうね。しばらく落ち着くまではデューク様と一緒に行動していた方がいいと思うわ。間違いなくキャロルも居るし」
「キャロル……」
一番会いたくない人の名前を聞いて気分が落ち込んでくる。
今朝見た悪夢を思い出しますます気分が重くなった。
家を乗っ取られた勢いで来たら間違いなくメアリーを殺しに来る可能性がありそうだ。
「ちなみに、キャロルも今回の噂を聞いて鬼のような顔をしていたっていう噂よ。本当に気を付けてね」
「はい」
「まぁ、デューク様の傍に居れば大丈夫よ」
「そう思いたいです」
ますます行くのが嫌だと重い気分になりながらメアリーは朝食を平らげた。
準備がすっかり終わった頃には午後になっていた。
お互いの準備をし終わって鏡の中の自分の姿を見る。
薄い灰色に近いドレスは所々金糸が入っていて光が当たると輝いて見える。
キラキラと輝くドレスはデュークの髪の毛を思い出させる。
(そういえば好きな色を聞かれたときに答えられなかったけれど、あれはドレスの色を決めたかったのかしら)
だからと言ってデュークの髪の色を思わせるようなことはやめてほしい。
これではまるで自分も彼の事が大好きだと言っているような気がして恥ずかしい。
じっと鏡を見つめているメアリーに支度を終えたジェシカが後ろから声を掛けてきた。
「なに?素敵なドレスなのに不満でもあるの?」
「いえ、これだとデューク様の髪の毛の色に見えませんか?」
光の当たり方でキラキラ光るドレスを鏡で確認しながら言うメアリーをジェシカは薄眼で見つめた。
「のろけ?」
「違います!これをキャロルが見たらと思うとゾッとします」
「そうでしょうね。どう見てもデューク様の髪の色だし。それに加えて、宝石たちも彼からの贈り物だしね。あの女はメアリーが宝石を一個も持ち出せなかったことを知っているから」
お金になりそうな荷物や書類はすべてキャロルたちに押さえられてしまい何一つ持ち出すことができなかった。
それを知っているキャロルはメアリーが着飾ってパーティーに出席したら気に食わないだろう。
大きな赤い宝石がついたネックレスとイヤリングが光に当たって輝いている。
ドレスと一緒にデュークからだと持ってきたジェシカですら宝石の大きさに驚いていたぐらいだから、キャロルが見たら間違いなく激怒するに違いない。
この格好で行かないといけないのかと重い気持ちになっているメアリーにジェシカは軽く手を振った。
「じゃ、そろそろ私は旦那と合流するわね。お互い、楽しみましょうね!」
「ありがとうございました」
手を振りながら部屋を出て行くジェシカにメアリーは頭を下げた。