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「ひぇぇぇ、デューク様これは無理です!怖いです!」
メアリーが悲鳴を上げるがデュークはお構いなしにメアリーを肩に担いで剣を振るっている。
不安定なためにデュークのサラサラの綺麗な髪の毛を掴んでメアリーは落ちないように踏ん張った。
綺麗に結われている髪の毛が崩れてしまうのではという不安から手を離そうとするが剣を振るい続けているデュークの動きが激しくてまた頭に手を置いた。
「もし、戦闘になった時にメアリーと共にいながら戦う方法はこれが一番安定しそうだな」
砦の中にある練習場で騎士達に見守られながら剣を繰り出しながらデュークが言うと相手をしていたピエールが首を傾げた。
「デューク様は安定していますけれど、メアリーさんが辛そうですよ」
肩に担いでいるメアリーを見上げると顔色が悪く息を切らしていた。
「かなり不安定で怖いです」
メアリーが訴えるもデュークは困ったようにメアリーを地上へと降ろした。
フワフワと安定感が無い状態で振り回されていたために目が回っているメアリーの腕をデュークは掴む。
「メアリーに慣れてもらうしかない」
普段は優しいくせに、なんて酷い言い方だとメアリーは唇を尖らせる。
「無理ですよ。デューク様の後ろに引っ付いているっていうのはダメですか?」
「それだと俺が自由に動けない。メアリーを氷の魔法で攻撃してしまう恐れがある」
一体どういう状況だと思うが、戦闘に慣れているデュークが言うのだからそうなのだろう。
メアリーのふらつきが収まったのを見てデュークはピエールを振り返った。
「少し休憩しよう」
「はい」
疲労が激しいメアリーの腰に手をまわしてデュークは練習場の横のベンチへと向かう。
見守っていた騎士達がデュークたちと入れ替わりに練習場へと向かい剣の稽古を始めた。
メアリーは騎士達が剣を打ち合っているのを見ながらピエールが差し出してくれた水を受け取り一口飲んだ。
レモンが混じっている水を飲み疲れていた体が生き返るようだ。
「疲れました」
ただデュークの肩に乗っているだけなのに激しい疲労を感じてメアリーは呟いた。
運動不足なのだろうとは思うが、騎士並みの運動量と筋力を求められてもと思いながら横に座っているデュークを見上げる。
髪の毛が少し乱れてしまっているのを見て、申し訳なくなる。
「デューク様。ごめんなさい、髪の毛ボロボロなので直していいですか?」
メアリーが聞くとデュークは嬉しそうにうなずいた。
「もちろん」
大人しく座ってメアリーが髪の毛をいじりやすいようにしてくれる。
いつも持ち歩いているカバンから携帯用の小さな櫛を取り出して、メアリーはデュークの髪の毛に手を伸ばした。
綺麗に三つ編みにされている髪の毛を解くと腰近くまである銀色の毛に櫛を通した。
櫛どおりがいい髪の毛にメアリーは思わずそっと撫でる。
「凄いサラサラですね。特別なことしています?いい油を付けたりしています?」
同じ屋敷に住んでいるので髪の毛を洗っている物は同じはずだ。
自分の髪の毛と比べてみても明らかに毛の質が違い撫でながら聞くとデュークは目を瞑ったまま首を軽く左右に振った。
「何もしていない」
「そうなんですね」
納得した風を装ったが、神様はデュークを生み出した際に欠点を無くしたのだとしか思えないと少しだけ僻んでしまう。
髪の毛一本ですら完璧に作られた人間なのだ。
「どうしてこんなに髪の毛が長いのですか?」
長く伸ばしているのが不思議に思い聞くとデュークはメアリーの手を感じながら答えた。
「俺はどうも髪の毛が短いと魔力が弱まるらしい。長いと調子がいい」
「へぇ……」
てっきり見栄えなのかと思ったが、しっかりとした理由があり驚いてしまう。
髪の毛が短いデュークは素敵だろうが、かなり長いことによってよりミステリアスな雰囲気になっている。
そういえばとメアリーは練習場で剣の訓練をしている騎士を眺めた。
どちらかと言えば髪の毛が長い人が多い。
デュークほど髪が長い人はかなり特殊だが、肩のあたりまで伸ばしている人を多く見受けられた。
後ろに座っていたピエールも頷いている。
「僕は逆に長いとだめですね。調子が悪くなります」
「それぞれなんですね」
メアリーは新しい発見だと思いながらデュークの髪の毛を編み込んでいく。
左側に垂らすように編み込んでいき綺麗にできたと満足しながら紐で結んだ。
「そう言えば、デューク様は毎日ご自分で髪の毛を編んでいるのですか?」
「そうだ。明日からはメアリーに頼もうか」
楽しそうに言うデュークにメアリーは首を振った。
「とんでもない」
毎朝、メアリーよりも早く起きて食堂で仕事をしているデュークに合わせることも出来そうにないうえに、朝から彼の髪の毛を触るのも緊張してしまうのでご遠慮願いたい。
メアリーが必死に首を振っているのを見てデュークは残念そうに目を伏せた。
「非常に残念だ。結婚したら毎朝メアリーに編んでもらうから楽しみに取っておこう」
「はぁ」
なんて返事をしていいか分からずメアリーは愛想笑いをして後ろを振り返った。
「やっぱり呪いの腕輪のせいでデューク様が変な事を言っているとしか思えないんですけれど」
後ろで座っていたピエールに囁いて言うと彼は肩をすくめる。
「今まで無理して押さえていた感情かもしれませんよ。デューク様の機嫌がいいのは良い事です」
(私の味方は一人も居ないの……?)
明らかにおかしな言動をしているデュークを受け入れている騎士達に疑問を感じているメアリーの腕をデュークは引っ張った。
「さて、休憩は十分だろう」
「えっ、まだやるんですか?」
出来れば戦闘訓練などやりたくないと顔をしかめるメアリーを軽々と担いで肩に乗せる。
「メアリーは俺の傍に居ればいい」
「傍って言ってもこれはこれで辛いんですよ」
セリフだけ聞くとドキドキするが、実際はかなりの負担がある。
背が高いデュークの肩に乗ると視界が高くなり怖い上に激しく動かれると落ちないように必死に掴まっていないといけない。
手も足も腹筋も使い、想像していたよりもはるかに辛いのだ。
明日は筋肉痛になりそうだと思いながら担がれながら訓練場へと向かった。
後ろから付いてくるピエールも苦笑しながら剣を抜いてついてくる。
「さて、次は氷の魔法を使ってみるか。ピエール」
「はい」
デュークに呼ばれたピエールは剣を構えて受けの体勢になる。
メアリーを担ぎながらデュークも剣を抜くと空いている手の平を掲げた。
デュークの周りの空気の温度が下がり、メアリーの吐く息も白くなる。
かざした手の平が青く輝き刀身がうっすらと光りながら氷の膜が張っているのが見えた。
青く輝いたままの剣をデュークはピエールに振り、受け止めたピエールの剣が弾かれた。
剣が回転しながら地面へと落ちていく。
「魔法を使うのも問題なさそうだ。戦闘時はこの体勢で行くのがいいな」
デュークは呟いてメアリーを見上げた。
何か不満があるかという目で見られてメアリーは首を振る。
戦闘の事など素人なのだから口出しはできない。
出来れば地面に降ろしてほしいという希望は却下されたので、肩に担がれるという辛い体勢で頑張るしかない。
できれば戦闘になどならないことを祈るしかない。
(デューク様が私を担いで戦うことが無いように、その前に呪いの腕輪が外れますように!)
メアリーはデュークに担がれながら心の中で祈った。