12
「昨日は本当に最悪だったわ」
メアリーは呟きながらお菓子作りをするために屋敷のキッチンに居た。
氷の結界を張っている間ずっとデュークに抱えられたままだった。
その後も、砦に帰ってくるまでも抱えられていた。
思い出すと顔が赤くなりそうになって慌てて頭を振った。
女性達が憧れるぐらいの地位と絵本にでも出てきそうなぐらいの美しい顔をしたデュークに大切にされているのは凄くわかる。
どうして自分なのだろうかと疑問に思うが、考えても仕方ない。
メアリーはキッチンで思いっきり泡だて器を使って生クリームをかき混ぜた。
今日は一日休暇という事でデュークの出勤も無い。
一日書斎で書類を整理しているとのことなのでメアリーはキッチンでお菓子作りをすることにした。
城でお世話になる前は良く母親と共にお菓子作りをしていたことがあり、ずっとやりたいと思っていたのだ。
寮生活では24時間騎士達が勤務しており、プロの料理人が料理を出していたこともあり自分で料理をすることも無くできる環境でもなかった。
やっとお菓子を作ることができるとデュークに頼むとあっさりと了解してくれたのだ。
書斎とキッチンまでは距離はそんなに離れていないために許可が降りたのだが、すっかり作り方を忘れてしまっていたためにジュリーが指導をしてくれている。
「奥様、もうすぐケーキのスポンジが焼けますよ」
先ほどまで掃除をするためにキッチンから離れていたジュリーがオーブンを眺めながら言ってきた。
「奥様じゃないです!メアリーって呼んでください!」
メアリーが顔を赤くして言うと、ジュリーは顎に手を当てて考える。
「でも、婚約者ということはいずれ奥様になるのですから、そう呼ばせてください」
「いやいや、まだわかりませんから!」
今は呪いの腕輪の都合上一緒に居るために婚約者と紹介しているだけだと信じたいが、デュークは自分を好きだと言っていた。
ぐるぐると考えていると、ジュリーはオーブンから焼き上がったスポンジを取り出してテーブルの上に置いた。
美味しいケーキの匂いが漂い少しだけ気分が上昇する。
「いい感じに焼けましたね!」
メアリーは焼き加減を見ながら言うと、ジュリーは頷いた。
「お菓子作りは久しぶりとおっしゃっていましたが、ほとんど一人でできましたね。大したもんですよ」
褒められると嬉しくなる。
教えられたことは忘れていなかったのだと今は亡き母を想うと少しだけ涙が出そうになった。母親とのお菓子作りは大切な思い出だ。
「昔、母とよくお菓子は作っていたんですけれど突然両親ともに亡くなってしまってからはお菓子作りなどできなくて」
「まぁ、大変でしたね。でも、これからは毎日作ったっていいんですよ。ここはキッチン広いし、料理人は一人しかいないしね。キッチンは自由に使っていただいて構わないですよ」
「そうですね」
ここに居る間は自由にお菓子作りができると思うと次は何を作ろうかとワクワクしてくる。
鼻歌を歌いながら力いっぱいかき混ぜて作った生クリームをスポンジに載せていく。
料理人のリチャードから許可をもらって使っていいと言われたコンポートしたフルーツを載せていく。
それだけで王都で売られている物にも引けを取らない豪華なケーキになってきてメアリーはますます嬉しくなってくる。
「出来た」
最後にイチゴを載せて完成したケーキを眺めて満足をする。
「デューク様に持って行った方がいいですかね。甘いもの嫌いって言っていましたけれど」
メアリーが言うとジュリーは当たり前でしょうと頷いた。
「奥様のケーキならお食べになりますよ。きっと」
奥様呼びは止めてくれと思いつつメアリーは仕方なくケーキを切り分けていく。
屋敷で働いている人たちの分と自分の分、そしてデュークの分とお皿に分けてため息をついた。
「きっと食べないと思いますよ。甘いものは嫌いだと言っていたし」
デュークが仕事をしている書斎に行くのは勇気がいる。
メアリー的には婚約者とは思っていないし、お茶を持って行くのは自意識過剰な気がして仕方ない。
悩んでいるメアリーにジュリーはワゴンにお茶のセットを用意して手渡してきた。
「はい。どうぞ、今日は奥様がお茶を持っていってくださいね。お邪魔はしませんのでごゆっくり」
「えー……」
ワゴン上には二人分のお茶とケーキが載せてある。
ジュリーに背を押されるようにしてメアリーは書斎のドアを叩いた。
部屋に入って来たメアリーを見てデュークは目を細める。
「あの、お邪魔ですよね。お茶だけでも置いていきますね」
オズオズと部屋に入り申し訳なさそうに言うメアリーにデュークは立ち上がって迎え入れた。
「いや、邪魔ではない。一緒に休憩をしよう」
カップが二つあることに気づいたデュークは嬉しそう言うとソファーへと腰かけた。
書斎の机の上には大量の書類が載っていて忙しそうだなと思いながらテーブルの上にケーキとカップを置いた。
紅茶をカップに注いで仕方なくメアリーもソファーに腰を降ろそうとするとグイっと腕を引かれデュークの隣に座らせられる。
(ひぃぃぃ。どうして隣なの)
心の中で悲鳴を上げているメアリーを面白そうに見てデュークはそのまま膝の上に乗せる。
「どうしてこんなことを」
か弱い悲鳴を上げるメアリーを見下ろして逃げ出さないようにお腹に手をまわして固定をするとデュークは微笑んだ。
「可愛いメアリーを傍で見たいからだ」
「近すぎます!」
身をよじって逃げ出そうとするメアリーを抱きしめながらデュークは器用にケーキを一口食べた。
「甘いのは苦手ですよね?無理して食べなくても…」
メアリーが言うとデュークは片眉を上げる。
「好きではないがメアリーが作ったものなら何でもおいしく食べられるが、さすがにすべては食べられないな」
デュークはそう言うとケーキを載せたフォークをメアリーの口に突っ込んだ。
驚きながらも口の中のケーキを飲み込んでデュークを睨みつける。
「驚くのでやめてください」
「すまない。が、こうして食べさせるのも悪くないな」
小さくそう言うと楽しそうにまたケーキを載せたフォークをメアリーの口に突っ込んだ。
まるで恋人同士の様なやり取りにメアリーはケーキを飲み込んで首を振る。
「ちょっと待ってください!これは無理です!」
「無理とは?」
不思議そうに首を傾げているデュークにメアリーは訴えた。
「恥ずかしいですし!これじゃ、まるで恋人同士みたいじゃないですか」
「恋人同士……。俺はそのつもりだが、メアリーは俺の事がまだ受け入れられないか?」
「うっ」
真剣な顔をしてデュークに問われてメアリーは言葉に詰まる。
怖いと思っていた彼は今では一緒に居ると恥ずかしくて胸の奥がウズウズとする。
きっとこれは彼に惹かれているのだと思うが、どうしても呪いの腕輪があるからデュークは自分を気にかけているのではないかという疑心がある。
困っているメアリーを抱きしめながらデュークは薄っすらと微笑んだ。
「まぁいい。拒否されていないことは分かったから」
「そんなことは……」
確かに拒否はしていないが、デュークと自分は不相応だ。
こんな自分が隣にいていいはずがない。
考え込んでいるメアリーの口にまたケーキを突っ込まれる。
「これからは好きにケーキ作りもできる。趣味なんだろう?」
趣味だったのかとメアリーは考えて頷いた。
「確かに、お菓子作りは好きです」
「この屋敷に居れば好きなだけ作れる。ずっといればいい。煩わしい貴族社会とは関係が無く過ごせるからな」
キャロルの事を考えて過ごさなくてもいい生活は素晴らしいかもと少しだけメアリーの心が動いた。
デュークは機嫌良くメアリーを膝に乗せたまま顔を覗き込んだ。
「メアリーの好きな色は何色だ?」
「好きな色……ですか?」
好きな色など特に無い。
赤だとキャロルを思い出し、ピンクや黄色はソフィーが良く好んで着る色だ。
何となくデュークの銀色の髪の毛に視線が動く。
(銀?かしら。好きな色で銀はないわよね)
悩みに悩んでメアリーは答えた。
「特には無いです」
自分でも面白みのない答えだと思ったが思いつかないから仕方ない。
デュークは特に気にした様子もなく頷いた。