11
根雪が残っている山道を進み標高が上がるごとに気温も下がっていく。
天気も良く風も無いが、メアリーは肌寒さを感じてデュークの胸に寄り添った。
(恥ずかしいとか言っていられないほど寒い)
こうして少しでも人の暖かさを感じると、寒さが和らぐ。
木々の間をすり抜けてデュークを先頭に進んでいく。
気付けば溶け切っていない雪が地面を覆っている。
吐く息が白くなり、ますます下がる気温を感じながらも一同は進んでいく。
山を抜けた先に広がる雪で覆われた平地に氷の壁がそびえたつのが見えた。
メアリーが想像する氷の結界は氷でできた柵の様なものだと思っていたが、身長の何十倍もある高さの氷の壁だった。
氷の壁は始まりも終わりも見えないほどの長さでどこまで続いているのだろうか。
圧倒されて氷の壁を見上げているメアリーにデュークは軽く微笑んだ。
「初めて見た氷の結界はどうだ?」
「想像よりはるかに高い壁で驚きました」
確かにこれだけ高ければ獣も越えては来れないだろう。
デュークは馬を降りるとメアリーの腰を掴んでゆっくりと地面に降ろす。
氷のように固い雪の上に降ろされて寒さで身震いをする。
「氷の結界が甘いな」
デュークはそびえたつ氷の壁を見上げて言うと、後ろから付いてきていた騎士達が顔をしかめた。
「毎日僕達が結界を作っていましたがこれが限界でした」
メアリーの目にはしっかり作られている氷の壁に見えるが、デューク達にしたらいまいちのようだ。
デュークは氷の結界に近づくと手をかざす。
手のひらが青く光りデュークの周りの空気の温度が下がった。
ヒンヤリとした空気にメアリーはデュークから距離を取る。
寒すぎて傍にいるのが限界だと感じ騎士たちが居るところまで下がった。
メアリーが離れたのを横目で見て確認してからデュークはまた氷の壁に向きなおる。
青白く光っていた手の平の輝きが強くなり、氷の壁がミシミシと音を立てて大きくなった。
はるか先まで音が伝わっていき、遠くの氷も音を立てて大きくなっていく。
「やっぱりデューク様の魔法は凄いな……」
騎士の一人が呟いたのをメアリーが見ると、傍に居たピエールが頷いた。
「僕達だと数人でもあそこまで氷の壁を大きくできないんですよ。そしてデューク様が作った壁は頑丈で獣が入ってこられないんです」
「そうなんですね」
メアリーが頷くと、後ろに居た騎士が言う。
「俺達が張った氷の結界だとたまーに獣が入ってきていたから……」
「それは、怖いですね」
獣が入ってくると山を降りて村を襲うという話を思い出してメアリーは身震いをする。
「獣ってどういう生き物なんですか?」
獣を見たことが無いメアリーはピエールに聞いた。
「そうですねぇ。まず大きさがデューク様の3倍ぐらいあって白い毛が全身に生えていて四つん這いで歩いています。大きな牙と爪で人を襲って食べます」
「……怖いですね」
昔絵本か何かで読んだ獣の姿そのままでメアリーは頷いた。
実際見たことは無いが、あの絵はちゃんと取材をしていたのだなと妙な感心をしているとピエールは少し後ろを指さした。
「あっ、メアリーさん。あれですよ!獣って」
メアリーが振り返ると大きな体に白い毛で覆われた獣が牙をむき出して歩いていた。
剥きだした牙からは涎が垂れていて低い唸り声を上げている。
「わぁ、凄く怖いですね。昔見た絵本とそっくりです」
初めて見た獣に感動をしてじっと見つめていた二人だったが、ハッと我に返り悲鳴を上げた。
「け、獣だ!」
騎士達が一斉に剣を抜くと同時に、獣が唸り声を上げながら飛び掛かってくる。
「ひいぃぃ」
パニックになりながらメアリーは獣が居ない方向へと走り出す。
少しでも獣から遠ざかりたい一心で走りながら獣を振り返ると騎士達が剣と魔法で獣と戦っているのが見えた。
ここまで走れば大丈夫だろうと、獣から距離を取って騎士達が戦っているのを見守る。
「こ、怖い」
獣の大きさと襲い掛かってくるときの牙の鋭さにメアリーは震えながら騎士達が獣を早く退治してくれるよう祈りながら見守った。
必死な顔をしたピエールがメアリーの元に走ってくるのが見えた。
「メアリーさん!」
まだ獣が後ろに居るのかと、メアリーは慌てて周りを見た。
氷の平地を見回すが獣らしき姿は見えない。
それでもどこかに居るのかもしれないとキョロキョロしているメアリーにピエールが必死に訴える。
「メアリーさん!戻ってください!」
「えっ?獣がどこかにまだ居るのですか?」
「違います!デューク様が苦しんでいて息ができないって!早くしないと死んでしまいますよ!」
「あっ!」
デュークと距離が離れると息が吸えなくなるというのをすっかり忘れていたメアリーは慌てて走り出した。
「もう、獣は居ないので早くデューク様の元へ!」
「は、はい!」
急いでデュークの元に走ると、苦しそうに氷の地面に刺した剣に体重を預けて両ひざをついていて荒く息をしているのが見えた。
肩で荒く息をしていたデュークは走ってくるメアリーを見上げると眉をひそめる。
「離れるなと言っただろう」
力なく言うデュークにメアリーは慌てて傍へ行くとグイっと腕を引かれた。
倒れるようにしてデュークの胸の中に引き寄せられて力強く抱きしめられた。
肩で息を繰り返しているデュークの額に汗が浮かんでいて、メアリーは頭を下げた。
「ごめんなさい。獣に驚いて、パニックになってつい走ってしまいました」
ほんの少しの距離離れていただけなのにデュークの息が吸えなくなるとは思いもしなかった。
シュンとしているメアリーを抱きしめながらデュークは立ち上がる。
息も整ってきたようで顔色もだいぶ良くなっている。
「傍に居なかった俺も悪い」
そう言ってメアリーを抱えたまま歩き出す。
「えっ、自分で歩きますけれど」
むしろ、デュークの体調が心配だ。
慌てるメアリーにデュークは息を整えながらチラリと視線を向ける。
「危険な場所は常にこうしていれば問題ないだろう」
デュークの言葉にさすがにそれはと言い返そうとすると、見守っていた騎士達が頷いた。
「それがいいですね。デューク様に何かある方が困りますから」
(馬鹿なカップルみたいにイチャイチャしているように見えないのかしら)
騎士達もさすがにそれはないんじゃないかと言われることを期待していたメアリーは拍子抜けしてしまう。
仕方なくメアリーはデュークに抱えられながら移動をすることになった。