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眠い目を擦りながら食堂へ行くと、すでに起きていたデュークは机の上に書類を置いて仕事をしているようだった。

メアリーが起きるのが遅くて出勤できなかったのかもしれないと思い頭を下げた。


「申し訳ありません。遅くなりました」


「いや、良く寝られたか?」


優しく尋ねられてメアリーは頷く。


「はい。とてもいいお部屋でした。ありがとうございます」


「それは良かった。ゆくゆくはドアを解放して一つの部屋になる予定だから」


「えっ」


大きなドアがデュークとの部屋の間にあったことを思い出してメアリーは眉をひそめた。

要するにあの部屋は夫婦の部屋になるという事だ。

その部屋をメアリーに与えられたのだ。

ますます婚約者の立場になりつつある自分の立ち位置に気が遠くなりそうになりながらジュリーが運んできた朝食を食べ始める。

パンとサラダとスープという簡単なものだったが美味しくて夢中で食べているとデュークにじっと見られているのに気付いた。

メアリーと目が合うと、薄っすらと微笑む。


「食べている姿も可愛いな」


「いや、そんなことはありませんよ」


冷静に返すが、あまりにも今まで想像していたデューク像と違いメアリーは固まる。

腕輪がはまる前までのデュークの印象は、恐ろしくて冷たい人だと思っていたし城の女性達も同じように言っていた。

絶対におかしい。

メアリーは目を細めてデュークを見つめた。


「デューク様、やっぱり呪いの腕輪のせいで少しおかしくなっているのではないですか?私が可愛く見える呪いとか、対の腕輪を付けた女性を褒めるような呪いにかかっているのではないですか?」


本人は気が付いていないかもしれないが少しずつ可笑しくなっているのかもしれない。

心配しているメアリーにデュークは机に頬杖をついてじっとメアリーを見つめた。


「腕輪を付ける前からメアリーを可愛いと思っていたので呪いのせいではない。そして、何度も言うがお前を落とすために俺は努力をしている」


「うぇ?」


飲み込もうとしていたスープが気管に入りそうになり胸を叩いた。

あたふたしているメアリーを楽しそうに見てデュークは続ける。


「まだ俺が怖いか?それも努力しているつもりなのだが」


「……いえ、怖いとは思いません」


小さく言うメアリーの答えにデュークは満足そうに微笑んだ。


「それは良かった。メアリーには怖い思いをさせないと誓おう。決して暴力も振るわない。ただ、俺は獣と戦うこともあるからそれは目を瞑ってほしい」


「はぁ」


何と言っていいか分からずメアリーは呆気にとられながら頷いた。

完璧な人間が自分を好いてくれている実感が湧かず現実味が無い。

王子というよりは騎士という言葉が当てはまるデュークは今日も青い騎士服を着ている。

書類に目も通さず何が楽しいのかメアリーの食事が終わるまでじっと見つめられていた。

メアリーにとって気まずい朝食が終わると、デュークは立ち上がり手を差し出す。


「砦に出勤する」


「はい」


一人で行ってほしいが、離れるとデュークの息が苦しくなるのでメアリーは仕方なく手を取った。





手を繋ぎながら砦へと向かう道を歩く。

外の空気はひんやりとしていて、メアリーは身震いをした。


「王都では暑い日もありましたけれど、涼しいですね」


メアリーが言うと、デュークは頷く。


「そうだな。真夏でも気温は上がらない。寒いのか?」


「少しだけ寒いです」


デュークは寒そうにしているメアリーの肩を抱き寄せる。


「こうしていれば少しはましだろう」


「ひぃぃぃ。いえ、肩掛けを持ってきたので!大丈夫です」


必死に抵抗をするがピクリともしないデュークの力強い腕に抱き寄せられながらメアリーは砦まで歩かされた。

半分デュークの体に抱き着くようにして騎士達が集まる詰め所へと向かうと、敬礼をして迎えてくれる。


「おはようございます」


「今日は、氷の結界を見に行く。ついでに補強もしておくから数人選んでついてこい」


「はっ」


メアリーの肩を抱きながら言うデュークに誰も疑問に思わないのだろうかと思いながらもなんとか離してほしいとジタバタするがデュークの腕は全く離れない。


メアリーの肩を抱きながらデュークは騎士の詰め所を出て廊下を歩いて外へと向かった。


「も、もう氷の結界を見に行くんですか?」


不安そうに聞いてくるメアリーにデュークは頷いた。

氷の結界はメアリーでも聞いたことがあるぐらい有名な場所だ。

獣が来ない様に氷でできた柵の様なものを覆っているというが、その柵を見たことがある人をメアリーは知らない。


獣を見たことが無いメアリーにとっては恐怖でしかない。


「獣は出てこないですか?見たことが無いんですけれど」


「たまに出てくるが、氷の結界があればほぼ越えては来られない。出てきてもここに居る連中が退治するから問題はない。それを越えて町へ獣が行けば人が死ぬかもしれないが」


そう言ってにやりと笑う様子は少し怖い。

行きたくないが手を引かれながら歩いていくと馬小屋へとたどり着いた。


「う、馬で行くのですか?馬も乗ったことがありません」


厩舎の中に入ると並んで馬が繋がれている。


「心配ない。俺と共に乗る」


馬に乗って、獣が出る氷の結界を見に行くのは恐ろしい。

遠い目をしているメアリーから手を離して、デュークは馬の準備をし始める。


「デューク様、メアリーさん」


厩舎の中にデュークの名を呼びながら天然パーマの可愛い騎士が走って来た。


「僕も同行します。それからこれ、氷の結界の辺りはかなり寒いですからこちらをどうぞ。騎士用のコートですが暖かいですよ」


ニコニコと笑いながらメアリーにコートを差し出してきた。


「ありがとうございます」


厚手の黒いコートを受け取って羽織る。

薄っすら寒かったのがウソのように暖かくなりメアリーは笑みを浮かべた。


「とっても暖かいです!」


「そうか、俺は寒さに強いから失念をしていたな。すまない」


馬の準備をしながらデュークが眉をひそめた。


「とんでもないです。デューク様は寒さに強いのですか?」


メアリーが聞くと、デュークは頷いた。

後ろからコートを差し出してくれた可愛い騎士が付け加える。


「ここに居る騎士はみんな氷の魔法が使える人ばかりですので寒さに強いんですよ。寒さに慣れているというか。だから寒いときは言ってくださいね」


なるほどそう言う事かとメアリーは納得して頷いた。

「ちなみに僕はピエールと申します。お屋敷にも頻繁に出入りすると思いますのでどうぞよろしくお願いします」

丁寧に頭を下げるピエールにメアリーも頭を下げる。


「メアリーです。こちらこそ、ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」


ピエールの後ろからも数人の騎士がやってきてメアリーに軽く頭を下げると馬の準備を始めた。

手伝えることも無くメアリーはデュークの準備が終わるのをじっと待つ。

スラリとした均整の取れた体に程よくついた筋肉、誰が見ても美しいという顔。

光に当たって輝く銀色の髪の毛。

馬の準備をしている姿でさえ絵になる人だ。

綺麗な人だなと眺めていると、アイスブルーの瞳がメアリーを見た。


「外に行く」


「はい」


馬を引いて歩くデュークに続いてメアリーも歩く。

厩舎の外に出ると、デュークは馬に跨りメアリーに手を差し出す。

馬など乗ったことが無いメアリーは戸惑いながらもデュークの手を取るとグイっと力強く引き上げられた。

あっという間にデュークの前に横向きに座らされて、想像よりも地面との高さに驚いてデュークの腕を掴んだ。


「ひぃぃ、不安定で怖いです」


「大丈夫だ」


デュークはなぜか上機嫌にメアリーの腰を抱き寄せて自分の体に密着させる。

落ちるかもしれないという不安から胸にしがみついたメアリーにデュークは満足そうに頷いた。


「そうしていれば落ちる心配もないな」


「ひぃぃ、ごめんなさい」


デュークにしがみついてしまってメアリーが慌てて手を離そうとするが彼の腕が腰に固定されているので離れることができずそのまま密着した形になる。

気付けばデュークの後ろにはすでに騎乗している騎士達が興味深そうに見ていることに気づいてメアリーは口を噤んだ。


(これじゃ、馬鹿なカップルみたいじゃない)


自分の行動が恥ずかしくなり、無心になろうとドキドキする胸を落ち着かせてデュークを見上げた。

直ぐ傍に整ったデュークの顔がありまた心臓が騒ぎ出す。

アイスブルーの瞳に優しく見つめられて恥ずかしくて目を伏せた。

デュークは上機嫌なまま後ろを振り返る。


「準備は?」


「いつでも出発できます」


ピエールが答えると、デュークは馬の腹を蹴った。

ゆっくりと馬は歩き出し、氷の結界へと向かっていった。


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