第二話 刀と拳、金棒と硬鞭
(いけませんね。マスターが押されている……)
激しい干戈と焔の舞う中、マテリアは灯眞の戦況を瞬時に判断した。事実、灯眞はユーゴよりも純粋な身体能力で劣っている。だが、その代わりに技巧に関しては灯眞の方が優れていて、テクニックでカバーしている節が強い。
とはいえ、現在の戦況としては、マテリアの言う通りに灯眞が押され気味だ。
「援護します。マスター!」
マテリアが、灯眞の助けに入ろうと身構えた。
――だが。
「まぁ待てよ。マテリア……!」
音が反響する中でも、はっきりと聞こえる重い声。それには鋭い殺気も込められており、マテリアの視線は否が応でもそちらに向けられる。
同時に襲いかかって来る、鋭い炎の斬撃。ユーゴのそれと違い、確実に『斬る』ための一閃だ。
寸でのところでそれを回避し、マテリアは斬撃を放った主を見やる。
「やはり、そう動くでしょうね貴方なら。シーク・ドラグナー公……」
「話が早いじゃねぇか。そうだ。アンタの相手は俺だ。フィーア・マテリア」
言って、シークは一度スサノヲを鞘に収めた。そのまま左足を引き、腰を落とす。左手の親指は既に鍔を捉えており、右手は柄に添えるだけ。
テンガロンハットから覗く彼の銀色の瞳は、獲物を狙う狩人のそれだった。
対象を射抜く眼光に晒されつつ、マテリアも革手袋をしっかりとはめ直し、いつものように構えてシークを見据える。
「貴方と私が相対した以上、もはや弁論は意味を成しませんね」
「そう言うこった。さぁ、死合おうか」
ほぼ同時に踏み込み、互いの有利な間合いを取り合う。
シークが斬撃を繰り出したかと思うと、マテリアがそれを紙一重で躱す。そのままマテリアが反撃をすると、振り抜いた先で刃の軌道を変え、シークが再び斬撃を放つ。
マテリアはそれを受け止めた。そのまま優位を取るため、シークを制しようとするが、考えることはシークも同じようで、結果として鍔迫り合いの形になった。
「相変わらずやりますね、ドラグナー公」
「お前さんもなぁマテリア。流石、俺とまともに死合えるタマだ!」
スサノヲで、合わせているマテリアの左腕を捌く。シークはそのまま斬りつけようとしたが、マテリアは捌かれたことを利用し、ギリギリ刃が届かない間合いから回し蹴りを繰り出した。それを咄嗟にスサノヲの刀身で防御し、間合いを取り直す。
両者共に譲らぬ戦い。緊張感は他者すら巻き込む勢いだ。
「いいねぇこの感覚! アタシも楽しくなって来たぜー!」
それを浴びてなお、グラヴィスはいつもと調子は変わらない。むしろ覇気にあてられて気持ちが高揚しているくらいだ。
「えーっと、灯眞がいて、マテリアがいる。という事は……」
「よ、よう、ラヴィ……」
キョロキョロと当たりを見回すグラヴィスに、やや苦笑いを浮かべながらエルスはそう声をかけた。
その瞬間。グラヴィスの表情がパッと明るくなる。
「やっぱいるよねーエールスっ!! 久々に一騎打ちでもどーお?」
言いながら、伏雷を取り出す。彼女が指を弾くと、伏雷が機械音を立てながら『変形』し、四つの砲身を持つ銃火器になった。
これは伏雷の射撃形態で、それぞれの砲身からマナが充填された大口径弾を撃ち出すバケモノモードだ。ユーゴが『ここは簡単に壊れない』と言っていたので、満を持しての登場だ。
「いやぁ、正直言うとあんまり戦いたくないんだけど……、他の二人が熱くなってる以上、俺だけ逃げ出す訳にはいかないんだよねぇ」
そう言って、エルスも渋々と極彩色を構えた。極彩色には周囲のマナを抽出する機能が着いており、炎、風、水、地のマナに変換・放出して擬似的に武器に付与する事ができる。
「極彩色、朱雀翼・蒼龍爪起動! 行くぞラヴィ!」
エルスがそう言うと、朱と蒼の極彩色のモーターが動き出し、間もなくして炎と風を纏った。
「さーっすがエルス! ノリいいじゃあん! そんじゃあ、花火を上げるとしますか!」
言いながらニヤリと笑い、グラヴィスが伏雷のトリガーを引いた。四点バーストで放たれる大口径弾の雨がエルスに襲いかかる。
エルスはそれを見据えて集中力を高めると、二刀の極彩色を巧みに操り、弾丸を弾き飛ばした。
「ナイス反応ーう!」
その弾幕に隠れて、グラヴィスが間合いを詰めてきていた。伏雷は金棒モードに切り替わっており、すでに大上段から振り下ろされている。
普通の敵なら直撃か良くて軽減なのだが、エルスもグラヴィスに優るとも劣らない怪力の持ち主である。しっかりと、伏雷を受け止めていた。
「やっるぅ! 楽しくなって来ちゃうぜ!!」
「そりゃどうも……! 今度は、こっちの、番だ!!」
身体の力を全て両腕に送り、エルスはグラヴィスを押し返した。そのまま間合いを離すグラヴィス。ワンテンポ遅れはしたものの、エルスは彼女に食いつき、朱の極彩色――朱雀――で追撃した。
本業は開発者・科学者のため、洗練されてはいないが、(環境が環境のため)並の傭兵よりは戦える。その追撃は確実にグラヴィスを捉えていた。
「甘ァいのだぁ!」
至極楽しそうな笑顔を浮かべながら、グラヴィスは左手を掲げ、そこに雷を集めた小盾を造り出した。そこにエルスの極彩色が接触し、激しい爆発が起こる。
エルスが巻き起こった爆煙を蒼の極彩色――蒼龍――が纏った風で払うと、その中から金棒モードの伏雷を構えたグラヴィスが飛び込んできた。伏雷の纏う雷火で、彼女の顔が照り返す。
「だったら!」
エルスは朱の極彩色を霧散させると、代わりに白の極彩色を空間から取り出した。
この世界には、現世の裏側に別の空間が広がっているとされている。そこにはマナや元素などが霧のように漂っていて、アクセスする事で所持品の取り出しと保存が可能になっている。
一般的に、その空間を『アビスヤード』と呼んでいる。
エルスの取り出した白の極彩色――白虎――は、既にマナの抽出を完了している。司る属性は地。グラヴィスの雷撃を受けるのには持ってこいである。
刹那後、エルスは突っ込んできたグラヴィスと鍔迫り合いになる。
「……やっぱ、これくらいじゃないと張り合いないよね!」
「そりゃ、どうも!」
不敵な笑みを浮かべるグラヴィスに、苦笑を浮かべながらエルスが答えた。
ユーゴと灯眞、シークとマテリア、そしてグラヴィスとエルス。
この三組が暴れ回っていても、この部屋はビクともしない。
だが、そのぶつかり合いの余波は、部屋の中の機器に多大な影響を与えている。
そしてその瞬間 は、唐突に訪れた。
バリィン!
部屋に響き渡るガラスの砕ける音。さほど間を置かず、液体が流れ出す音も木霊する。
それは激戦の渦中にいる六人全員の視線を集めた。
六人は、目の前に現れたものに目を見開くのだった。