第二話 スマートな戦いを
その頃、ファフニール・ネストが暴れ始めた入口とは別の方向から、ニーズヘッグ・バイトの三人が遺跡を訪れていた。
やはりこちら側の入口も反攻魔術障壁が施されていたが、難なく突破して内部に侵入している。
時折遺跡内部が揺れていることから、向こうはどうやら派手にやっているらしい。
(相変わらずスマートじゃありませんねぇ……)
胸中で独白しつつ、灯眞は辺りを見回した。ファフニール・ネストが侵入した側とは対象的に、こちらはあまり光が届かず、多少空気に湿り気がある。広さは十分にあるのは変わりないが、こちらの方がより奇襲に最適な条件だ。
――ジャリ……。
暗闇に響く、自分たちのものとは明らかに違う足音。灯眞達はそれを聞き逃さなかった。
間もなくして、その足音の主が姿を表す。
「……スケルトンですか。ベタな魔物ですね」
「マスター、どうしますか?」
「こっちの準備は出来てるぜ、灯眞さん!」
マテリアもエルスも、準備は出来ているようだ。ならば、戦わない意味は無い。
「……いいでしょう。あんまり戦いたくはありませんが、倒したらその分稼ぎになりますので」
そう言って、灯眞は背負っていた棍のような物を構えた。すると、その先から碧色の焔が吹き出て、黒い光が包み、刃を形成した。まるで生命を薙ぐ鎌のようである。
銘を『シン・インフェルノ』。地獄より呼び寄せた罪深き煉獄の鎌である。
「さぁ、始めましょう。お仕事の時間です」
言うや否や、鋭い踏み込みでスケルトン達に近づき、遠心力を乗せた袈裟薙を繰り出す。碧黒の刃が仄暗い闇を照らし、三体のスケルトンを斬り捨てる。
自陣に突っ込んできた獲物を一拍遅れて反撃しようとしたスケルトンだが、突如側面から走った衝撃に砕け散って行く。
「さすがですねマテリア。いつも頼りになります」
「いえ。マスターをお護りするのが、わたしの使命ですから」
キュッと白い革手袋を付け直し、マテリアが答えた。そのまま背後から襲いかかろうとしていたスケルトンの頭部を裏拳でかち割り、群れに向き直る。
「さて、血祭り……にはなりませんね。粉微塵にして差し上げましょう」
言いながら構えたマテリアの両腕と脚部に冷気が収束する。彼の得物はまさにその氷の武具で『カルト・ブリッツ』と名付けられている。
構えはオーソドックスなフリッカースタイルであり、オートマターとは思えない程のしなやかさと、相応の力強さでスケルトン達を駆逐していく。
もちろん灯眞も戦闘継続中であり、面白いように敵が減って行った。
「いやぁ二人ともさすがだなぁ。俺もきちんと稼がないとわああ!」
自分がいざ動こうとした刹那。エルスの背後から巨大な曲刀が振り下ろされた。
間一髪で回避したエルスだが、曲刀の持ち主を見て唖然とする。
「えぇ……。すごく……、大きいです……」
エルスの視線の先にいたのは二メートル近い身長をしたスケルトンだった。遺跡の天井ギリギリの大きさで、よく曲刀を振れたものである。
だが、
「ちょうどいいさ! 相手にとって不足無しってヤツだ! 極・彩・色!!」
叫びながら取り出したるは、彼の得物である『極彩色』だ。蒼、白、朱、紫の四本の硬鞭であり、それぞれ青龍、白虎、朱雀、玄武をモチーフになっている。
四本同時に扱えないこともないが、今いるところが比較的狭いということもあり、二振りだけ構える二刀流スタイルだ。
「おっしゃ行くぜ! だぁりゃああ!」
ぶおんっ!と言う音と共に、二振りの硬鞭が大型スケルトンに襲いかかる。防御姿勢をとったように見えたが、そんなことは関係ない。
極彩色はスケルトンの防御ごとその身体を打ち砕いた。勢い余った極彩色の先が遺跡の壁に当たると、そのまま一部を砕いてしまった。
そう、この極彩色。細い見た目と、エルスがあまりに軽々と扱うために誤解されがちだが、一振一振がとてつもなく重い超重量打撃武器なのだ。
戦いはバイトの有利に進んでいる。強いて言うなら、数が多くて多少めんどくさいくらいだ。
(とはいえ……、統率が取れていないスケルトンの群れなど、依頼を寄越すほどの脅威では無いはずですが……)
目の前のスケルトンを蹴散らしながら、灯眞は胸中でぼやいた。さらに言ってしまえば、おそらくこの魔物達は、この遺跡から出られなかったはずである。
(……あの子がなにか見つけたのでしょうかね。仕方ありません。付き合ってあげるとしましょうか)
一瞬暖かみのある笑顔を浮かべ、灯眞はさらにスケルトンを倒していく。
――と。
「マスター、エルスさん。お下がりください」
何かを感じ取ったマテリアが、二人を庇うように前に出る。同時に氷の壁を作り、その上から魔術障壁を展開した。
――刹那。
ウォオオオアアア!
突如響いた雄叫びと、奥の通路から飛んできた石柱が、スケルトンの群れを玉砕しながら灯眞達に襲いかかる。
が、その石柱はマテリアの作った氷の盾により防がれた。
「なんだなんだァ? 石柱を放り投げてくるとかどんな馬鹿力だよ」
「あなたがそれを言いますかエルスさん」
「どちらにせよ、強大な魔物であることに変わりはないでしょう。……来ます」
三人は暗がりの通路を睨みつける。奥から足音と荒々しい呼吸音が聞こえた。明らかにデカい。
そして、その主が姿を現した。
「こ、こいつは!」
「……!」
「おやおやミノタウロスですか。少し厄介になりそうですね」
その背丈は先程エルスが砕いた大型スケルトンをゆうに超え、肩幅も通路ギリギリ。筋骨隆々の体躯に、右手にはお決まりの無骨なバトルアックスが握られていた。
しかも、どこか雰囲気と言うか、圧が違う。そう、言うなれば魔族に近い感覚だ。
「……手を抜いて勝てる相手では無さそうですねぇ。少し本気、出しましょうか! 行きますよ! マテリア、エルス!」
「了解!」
「仰せのままに。マイマスター……!」
掛け声と共に、三人はミノタウロスへ向かって行った。