第一話 ファフニールとニーズヘッグ
ユーゴ、シーク、グラヴィスがアジトを出た頃……。
「ほう、この依頼を私達に、ですか。内容は確かに悪くありませんねぇ」
渡された依頼書をざっと読み、灯眞・オウギュストは、その細い目で眼前のクライアントを覗き見る。彼は依頼書の端に捺印された無限蛇を見逃さなかった。
深い碧の頭髪を、目が隠れるくらいまで伸ばしており、その長さで綺麗に整えられている。
開いても細い目の奥に、髪と同じく碧色の瞳が見えた。
灯眞もこの街にいる以上、一端の傭兵ではあるのだが、身につけているものは仕立てのいいスーツ風の服で、コルセットもチークも付ける徹底ぶり。なんなら履いている革靴も――鉄板で補強する改造はあれど――ピカピカに磨き上げられている。服装だけなら間違いなく場違いこの上ない。
「いいですよ。受けましょう。他ならぬ『あなた達』の依頼だ。期待以上の成果は出しますよ。ああもちろん、しっかりお代は頂きますけどね」
「話が早くて助かります。『向かいの連中』は、飲むのに少し時間を要されましたから」
言って、クライアントは一礼した。それに手を上げて灯眞が応えると、クライアントはそのまま去っていった。
「ネストの皆さんにも依頼したんですか。思っていたより標的が多そうですねぇ……」
多少面倒くさそうに灯眞が言うと、彼はパンパン! と手を叩いた。すると、それに即座に反応して、仕立てのいい燕尾服を着た人物が現れ、軽く一礼する。その前には、本格的なティーセットが置かれていた。
「マスター、おまたせしました」
「ありがとうございます、マテリア。……ああ、今日も素晴らしい紅茶とスコーンですね。仕事前に身体を暖めるには最適です」
言って、灯眞はティータイムに入った。
さて、先程灯眞に『マテリア』と呼ばれた人物だが、正確には『人間』では無い。人間そっくりに創られた戦闘用素体。いわゆるオートマターである。正式名は『フィーア・マテリア』といい、オートマター故に性別は無いが、これからはあえて『彼』を使う。
肌と長いポニーテールの髪は肌色だが、それ以外は中性的な人にしか見えない身体つきで、長身の麗人と言える。
その長身故に身につけた燕尾服一式が似合いすぎており、その容姿も相まって、ダスト・シティ内には密かにファンクラブがあるとかないとか。
「依頼への出発は何時に致しますか?」
胸ポケットにしまっていた銀時計を開き、マテリアはそう問いた。ふむ、と灯眞が紅茶を含む。
――と。
ボンッ!
小さくはあるが、アジトの奥から爆発音が聞こえた。灯眞もマテリアも動じることは無いが、灯眞は小さくため息を漏らした。
「……げほっ、ごほっ。しまった、俺としたことが。マニューバーの配列を間違えるとは」
そう独りごちながら、奥からエルス・ストラードが出てきた。爆発をモロに食らったのだろう。身体のあちこちにススが付いている。
ススが目立つのは、彼の服装にあった。白いデニム生地のロングジャケットに、白いハーフパンツ。パッと見て、研究者に見えるような白ずくめなのだ。
だが、その研究者と言うのはあながち間違いではなく、アジトの奥で日々魔導兵器の開発などを行っている。
ただ、エルスは過去の事件で左腕の肘から下を失い、右目は失明しかけ、身体は異常をきたしている。それを抑制するために、彼は四肢と頸椎にプロテクトチップを埋め込んでいるのだ。ちなみに失った左腕は、精密な義手をつけている。
まぁ、当の本人は――周りに気を使うことはあれど――自身の境遇を悲観しておらず、明るい人物だ。……おっちょこちょいではあるが。
「エルスさん……。掃除はちゃんとしてくださいよ? それと、依頼が入ったので三十分後に現地に行きます。ちゃんと準備してくださいよ」
半目になりながら――分かりずらいが一応半目――、灯眞はエルスにそう言った。同時にマテリアが銀時計をしまい、エルスが顔を上げてニヤリとする。
「では、わたしはすぐに準備に取り掛かります。エルスさんのお手伝いも、しなければいけませんしね」
「おお、いつも助かるぜマテリア。俺も準備に取り掛かろう。じゃあ灯眞さん、また後で!」
そう言って、二人はアジトの奥に消えていった。
「やれやれ……。さ、私も準備を整えましょう。……何が起こるか、分かりませんからね」
灯眞は紅茶を飲み干し、自室に向かった。そして、独りごちる。
「楽しませてもらいますよ、ファフニール・ネストの皆さん。我々『ニーズヘッグ・バイト』も
、そのつもりで行きますので……」
―◇―◆―◇―◆―◇―
強い風か吹き抜ける。秋もそろそろ終わりが近づいてきて、高い山は雪化粧を始めた場所もある。
「さーーむーーいーー!!」
「……そんだけ声が出るんなら、まだまだ元気だな」
あからさまに歯を鳴らしながら叫んだグラヴィスに、シークが静かに切り返した。とはいえ彼も、この寒さは少し応える。
「んだよー、相棒も妹殿も大袈裟だな! 俺ちゃん丁度いいくらいだぜ!?」
そんな二人を尻目に、ユーゴは元気である。何でも、寒さは得意な方らしい。
現在、彼らファフニール・ネストが、マナバイクで進んでいるのは、ダスト・シティ近郊の山岳部だ。軽くはあるが、長い斜面が続く岩肌の目立つ山道である。
一般的に、こんな斜面でマナバイクを乗り回したりはしない。が、ダスト・シティに居を置く人間は慣れたもので、もう少し斜度があっても軽く乗り回してしまう。
そんな中でも、ネストの三人組は優秀なマナバイク乗りとして有名だ。
そうこうしているうちに、今回の目的地に到着した。
「ほい、到着っと!」
「パッと見なぁんの変哲もない遺跡だけどねぇ」
マナバイクから降り、ユーゴとグラヴィスが言った。しかしシークだけは、多少なりとも違和感を感じたようだ。
そして、
「相棒、ラヴィ。ちょいと待ちな」
言ってそのまま、ゆっくりと二人の前に出る。そして、腰に差した長い居合刀に手をかけた。
高周波超鋼炭素居合刀(高周波超鋼カーボンブレード)・スサノヲ。それがシークの得物の銘だ。
刀身、柄、鞘に至るまでが漆黒で拵えられており、居合刀と言うには――シークの高身長に合わせているとしても――長い刀身を持つ。だが、その斬れ味は……
――ギャリィン!
遺跡に仕掛けられた反攻魔術障壁を、意図も容易く斬り裂く程である。
「反攻魔術障壁とはまた手が込んでやがるな。しかもなんなら、しっかりと生きている。と」
そう言いつつ、ユーゴは顎に手を当てながら、遺跡の入口を眺めた。
念の為に小石を放り投げ、魔術障壁の効力が切れていることを確認し、歩き出す。
「初っ端から怪しいぜー。この中だと何が起こるのかな?」
ユーゴに続き、グラヴィスがワクワクした様子で進んでいく。そして最後に、スサノヲを鞘に収めたシークが続いた。
中を進んでいくと、すぐに広い通路に出た。独特の臭気を含んだ風が吹き抜け、ユーゴは思わず顔をしかめた。
三人が広く横に並んで歩いても、余裕で歩いて行ける幅があり、見晴らしもいい。なんなら割と天窓から光が差し込んできているため光量に関しても十分だ。
だが、少し静かすぎる。依頼には『危険な魔物が多数うろついている』と書かれていた。どれくらいの数がいるか分からないが、普通の魔物ならすぐにでも襲って来そうなものだが……。
「おいおいおーい! どうしちまったんだァ魔物さんよー! 俺ちゃん飽きてきたぜ!?」
二人から少し距離を離し、ユーゴは両手を広げながらそう叫んだ。遺跡内に響き渡る声。間もなくして、その場を魔力と殺気が包み込む。
すると、何も無い空間から鋭い刃が現れてユーゴを斬り裂かんとした。
「どっせぇええい!」
叫び声と空を斬る野太い音。それと同時に吹き飛んでいく刃。耳を劈くような断末魔が遺跡に木霊した。
「よーやく出てきたねぇ! やっと暴れられそうじゃあん?」
刃をぶっ飛ばしたグラヴィスが、太い何かを担ぎながらそう言った。
一見すれば、それは鬼の持つ金棒だ。小さい身体には不釣り合いのそれを、グラヴィスは軽々と片手で担いでいる。
その銘を『四連装狼牙砲・伏雷』。普段は打撃武器として使うことが多いが、砲の名が示す通り、変形させて4本の砲身を持つ重火器として使うことも出来る。
さて、グラヴィスが吹き飛ばした相手だが、カマキリのような化け物である。両腕が鎌になっていて、四本の足と、昆虫のような身体をしている。だが、頭部はカマキリのそれよりもグロテスクで、一対の角が生えていた。
もう動く様子は無いが、変わりに、あちこちの空間が開き、似たような化け物が大量に現れた。
振り向きながらその様子を眺めるユーゴ。その口元には、自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
「魔物っつーよりは魔族の類か。クラスとしては下っ端だろうが、その分数は揃えてきたか」
言いながら、ユーゴは右腕を掲げた。掌にマナ――この世界の人間が、魔術を行使するために必要なエネルギーだ――が収束し、それが真紅の焔に変わる。間もなくしてその焔は結晶化し、紅い刀身を持つ片刃の大剣に姿を変えた。
ブレイジングクリスタル。それがユーゴの武器である。
彼は炎属性と相性が良く、その値も一流の宮廷魔術師クラスだ。故に炎を結晶化することが可能で、それをそのまま己の得物とした。
まぁその変わり、他の属性との相性は一般人以下で、簡単な魔術すら使えないのだが。
「さて、役者も揃ったようだし、そろそろおっぱじめようぜ! It's SHOWTIME!!」
ユーゴの号令を皮切りに、三人は魔族の群れへと突っ込んで行った。