第三話 坑道の亡霊
仄暗い坑道の奥地。そこにはまるで打ち捨てられたかのようにつるはしやスコップが放置され、ひっくり返ったトロッコがそのままになっている。
人気は無い。だがその代わりに、作業用『だった』機械獣が徘徊していた。
――そんな中を、悠々と歩く男が一人。
「おやおや、ここにも彼の影響が出てるじゃないか……。目覚めたばかりだというのにもうお楽しみのようだ」
言った側から彼を見つけた暴走機械獣が襲いかかってくる。あわや打倒されるかと思った瞬間、彼は掌を掲げて機械獣を拘束・無力化した。それをまじまじと観察して、分析を始める。
「……コアと人工筋肉に変異が見られる。外見的な変化こそないが、いくら屈強なドゥエルグでも一人じゃあ抑え込めないだろうねぇ。ああ、いいねぇ。実にいいよ」
満足げに頷き、彼は懐から『本』を取り出した。それを機械獣に近づけると、機械獣は本に吸い込まれ、更にその本を通じて、光が男の中に滑り込んでいった。
「なるほど。この『構成』は使えるぞ。私も少し、彼の悪戯に混ぜてもらおうか……」
男はそう独りごちながら含み笑いをし、坑道の奥を目指した。
―◇―◆―◇―◆―◇―
「機械獣が暴走してるだって?」
豪勢な料理を食べつつ、ユーゴは隣に座るグレイウッドにそう問いかけた。それに対し、赤髪皇が大きく頷く。口にデカい肉を含みながらではあるが。
「ああふぉうなんら。ふぁいきんきゅうに……暴れ出したみたいでな」
言いながら、彼はジョッキに注がれた炭酸水を飲み干す。さすがにゲップはしなかった。
「ってことはぁ、しゃっきのふぉじふぁんたいは、しょのふぇいであれてたわけー?」
「つまり、そいつをどうにかしなきゃ、ユウリが欲しがっている鉱石も手に入らねぇわけか」
「あの、ちゃんと口の中を空っぽにしてからはなしません? みなさん」
「マスターの言う通りなのです。どうしてユーゴさんたちはそれで話が通じているのですか?」
ユウリとルーチェの冷静なツッコミに、四人は一旦箸をおくことにした。そこで改めて、グレイウッドからイグニスマキナ皇国の現状が説明される。
イグニスマキナ近郊にあるミスリル坑道内で使役している非戦闘型機械獣が、突如として暴走。鉱夫たちが襲われるという異常事態が起きている。
しかも暴走機械獣たちは見た目は何ら変わりはないのに、屈強な鉱夫たちが束になってかかっても抑え込めず、死傷者が出てしまった。故に、この騒動が解決するまでは坑道での作業を禁止しているということだ。
「んで、俺が手下たちと調査に向かおうとしたところ、お前さん達が来たってのを聞いてな。挨拶に来たってことよ」
「はっはぁん。読めたぜグレイウッド。その調査、俺ちゃんたちに依頼するつもりだな?」
ユーゴにそう言われて、グレイウッドは朗らかに大笑いした。
「わかってるじゃねぇかユーゴ! ユウリも魔鉱石を欲しがってる見てぇだしな。どうだ、頼まれてくれねぇか?」
ユーゴがシーク、グラヴィス、ユウリ、ルーチェに目配せすると、全員が頷いた。異存なしである。
「オーケイ。なかなか楽しめそうな依頼じゃねぇか。ファフニール・ネストとして正式に受諾するぜ」
「そうか! ありがたいぜ! 報酬は六、七万でどうだ」
「問題ナシ! 昼飯も奢ってくれたからそれで手を打つぜ!」
言うが早いが、ユーゴは残りの食事を平らげて立ち上がった。グラヴィスとユウリもすぐに立ち上がったが、シークは一瞬躊躇った。もう少し食べたいんだがと言ったところだろう。
それを見たユーゴはおいおいといった様子で両掌を上に向け、ため息交じりに口を開いた。
「三十分したら出る。相棒は食ってもすぐ動けるタチだが、俺ちゃんと妹殿はすぐには動けねぇからな」
それを聞いたシークが、ほっとしたように再び食事を再開した。じゃぁ私もといった感じで、ユウリも少しづつではあるがつまみ始める。
「がっはっはっはっ! 相変わらずだなお前さん達は! 店長! 支払いは城の方に請求してくれ。受け取り次第すぐに払う。すまんがユーゴ、俺は別の仕事があるから城に戻る。不要な心配だとは思うが、生きて帰ってこい」
「へっ! 俺ちゃんを誰だと思ってんだよ! 任せときな、グレイウッド」
グレイウッドのセリフにいつもと変わらない不敵な笑みを浮かべ、ユーゴは彼を見送った。
(機械獣の暴走ね……。ただの暴走じゃねぇ気がするな……)
飽くまでもこれは、ユーゴの勘である。だが、彼のそういった予感というのは、往々にして当たっていることが多い。
「……一筋縄で終わりそうじゃねぇな」
ごく小さな声で、ユーゴはそう独りごちるのだった。
―◇―◆―◇―◆―◇―
約一時間後、ユーゴ達は目的地のミスリル坑道に到着していた。不思議なことに全く動物の気配がしない。おそらくは、暴走機械獣が生体反応を持つ個体をすべて駆逐しているのだろう。
「……ここまで気配がしないと、些か不気味ですね」
一番最後尾についているユウリがぼそりと呟いた。その後ろに隠れるようにルーチェもついてきている。
ユウリは些かと言ったが、それどころではないほどに不気味な雰囲気である。あまりにもマナの胎動が感じられない。
命あるモノであれば少なからずともマナの胎動を感じ取ることができるため、不意を突かれてもそれなりに対応はできる。が、機械獣は普通の生物や魔物と違い、極端にマナの胎動が微弱だ。故に気配だけで中の状況を探ることは不可能に近い。聴覚と視覚が頼りである。
「……いいねぇ。しっかり稼がせてもらおうじゃねぇか」
湧き上がる高揚感に促されるまま、ユーゴは坑道内に足を踏み入れた。途端に周りの空気が変わる。これは、そう。この前の依頼で入った遺跡とよく似た空気感である。
「うえー。アニキ―、シークさーん。アタシこの坑道の雰囲気嫌いだぜー」
「同感だ。ちょいとばかし面倒になりそうだな」
肩を落としながらそう言うグラヴィスに、シークがそう答えた。
一抹の不安を孕みながらも、坑道を進んで行く。その場に響くのは五人の足音のみだ。生命のぬくもりが全く感じられない中に、カビと埃が舞い、鉱石の持つ独特な臭気が満ちている。
他に見えるものと言えば、打ち捨てられた機械獣の亡骸くらいだろう。
――と。
……ジャリ。
その小さな音を、シークは聴き逃さなかった。列から離れ、スサノヲの柄に手を添える。彼が向かう先にいるのは機能停止したと思われていた亀型の機械獣、マキナ・タートルだ。
マキナ・タートルが攻撃態勢に入ったときには、すでにシークのスサノヲは鞘から抜き放たれている。
スサノヲの刃が鋭い金属音を響かせてマキナ・タートルの首を捉えた。しかし、マキナ・タートルは怯みはしたもののすぐさま反撃してくる。
一瞬驚愕はしたものの、シークは返しの太刀で首を刎ね、マキナ・タートルを撃破した。
「どうなってやがる……。おい相棒、ラヴィ。気をつけろ。そこらへんで倒れてる機械獣ども、全員生きているうえに強化されてるぜ」
シークのその言葉に、その場にいる全員が戦闘態勢に入った。と同時に、機械獣の亡骸たちが息を吹き返し、唸り声をあげながらこちらを睨み付けてきた。
無機質なはずなのに、殺意を感じる多くの視線。先ほどまで生気なぞ感じられなかったのに、今この瞬間はそれが満ち溢れている。
「これは……まずいですね」
急に囲まれてしまい、ユウリはルーチェを庇う様に立ち、それをユーゴ、シーク、グラヴィスが囲むように陣取る。
「さぁさぁ、楽しくなってきたぜー! やっぱこーでなくちゃ!」
言いながら、グラヴィスは洋梨を口の中に放り込んだ。
「だな! んじゃ、お仕事しますか!」
ユーゴが右手に焔を宿す。それが合図になった。殺意に満ち溢れた機械獣たちは五人に襲い掛かって来た。
「ちったぁ楽しませてくれよ!」
静寂に満ちていた坑道は、にわかに騒がしくなるのだった。




