第五話 邪竜の咆哮
焔を纏い、間合いを詰めてくるユーゴを、ドラゴニュートも黙って見てはいない。周囲に発生したオドを吸い上げ、それを氷のブレスとして吐き出してきた。
マナ同士であれば、ユーゴの焔が氷ブレスを溶かして押し切れるだろう。だが、相手のブレスはオド由来だ。そもそも反発しあう存在がぶつかると、この道理は通用しない。
結果、焔と氷が競り合う形になる。その場にスパークが迸り、激しい明滅が起こった。しかしそれも、お互いに相殺して終息した。同時にドラゴニュートの尻尾が飛び出してきて、ユーゴはその一撃をブレイジング・クリスタルの剣腹で防ぐ。しかし相手の尻尾は槍のように鋭く、何ならしっかりと氷属性を乗せて来ているため、砕かれることはなかったが、貫通はしていた。
「っぶねぇな!!」
毒づきながら、ユーゴはブレイジング・クリスタルの貫通した箇所から先をへし折り……、
「そぅら! 持ってきなぁ!」
その切っ先をドラゴニュート目掛けて思いっきり投擲した。それはいつしか焔の矢と姿を変え、標的に突き立たんとしている。
まさかそこから反撃が来ると思っていなかったのだろう。ドラゴニュートの反応が遅れた。咄嗟に魔術障壁を展開するも、その状態は不完全で威力は弱めることができたようだが、着弾を許してしまった。
竜鱗に突き立った焔の鏃はそのまま爆散して、ドラゴニュートの肉を抉る。さすがに怯みはしたが、ドラゴニュートは踏みとどまった。決して怒りに身を任せず、冷静に尻尾でこちらを牽制しつつ、一度間合いを取る。
対するユーゴも、あえて深追いはせずに再度ブレイジング・クリスタルを形成して肩に担ぎ直した。
今のところ、優位に立っているのはユーゴである。しかし、傷ついてはいるものの、ドラゴニュートもその覇気は衰えていない。ユーゴがニヤリと口角を上げた。
「へっ! 楽しませてくれるじゃねぇか。ちょいとばかし、本気を出してもいいかもなぁ!」
ユーゴが担いでいたブレイジング・クリスタルを逆手に構え直すと、彼の周囲に燻っていた焔が激しく燃え上がった。
ジリジリと空気を焼き、その熱気はオドの氷すらも溶かしていく。
(ユーゴの焔がオドを上回りましたか………)
「……これは、決まりましたかねぇ」
その様子を見ながら、灯眞はそう独りごちた。
ドラゴニュートは決して取り乱さないが、焔の侵略は既に始まっている。マナ同士のぶつかり合いなら、一方的にユーゴが勝てる状態だ。
「言っても無駄かもしれねぇが……。選びな! 好みの焼き加減にしてやるからよ!!」
叫ぶと同時、ユーゴはドラゴニュートに突っ込んだ。ドラゴニュートも黙っておらず、氷の槍を撃ち出してくる。その槍を、纏った焔や、ブレイジング・クリスタルで破壊しつつ、ユーゴはさらに間合いを詰める。
すると、今度はドラゴニュートの尻尾がユーゴに襲いかかった。それをブレイジング・クリスタルでいなし、その反動を利用して高く跳躍すると、回転しながら間合いを詰め、遠心力の乗った斬撃を繰り出す。
ドラゴニュートは魔術障壁を展開するが、ユーゴの焔はそれを悉く砕き、そのままドラゴニュートの鱗すらをも斬り裂いた。
――ぎゃああああ!?
響き渡るドラゴニュートの慟哭と、充満する血の焼ける匂い。ユーゴのブレイジング・クリスタルは、確実に相手にダメージを与えていた。
反撃を試みるドラゴニュート。人型の時に携えた氷のハルバートを口に咥え、持ち前の身体能力にものを言わせて振るって来る。
「悪あがきもそれくらいにしときな!」
言いながら、ユーゴはブレイジング・クリスタルの一振で氷のハルバートを叩き折った。
死に体になるドラゴニュート。その隙を、ユーゴは逃さない。
ブレイジング・クリスタルを『融解』させ、さらに自らの纏う焔を右腕に収束。その様は、まるで邪竜がその口に滅却の焔を携えているようだ。
『喰らいやがれ! ファフニール……!
ロアァァァァァァ!!!!』
渾身の叫びと共に繰り出された焔の塊は、その名の通り邪竜の咆哮となってドラゴニュートの半身を喰らい尽くした。
熱気が収まり、静かになったところで、ユーゴは右手に残る燻りを振り払った。
「へっ! 火傷どころじゃ済まなかったな!!」
完全勝利が確定したところで、彼にグラヴィスが飛びついた。
「いぇーい! さっすがアニキ! かっこよかったぜー!」
「やれやれ、相変わらず派手にやるな、相棒」
飛びつかれてもみくちゃになっているユーゴに近づき、シークはそう言って手を差し伸べた。それを掴んで立ち上がり、ユーゴは服に着いた埃を払い、ついでにグラヴィスもひっぺがして地面に降ろす。
「ったりめーだろ? 俺ちゃんを誰だと思ってるんだよ!」
お決まりの台詞を言いながら、ユーゴは仲間たちと談笑を始めた。
それを尻目に、灯眞は事切れたドラゴニュートに近寄り、何やら観察をしていた。
「ふむ。『あの子』が見つけたのは……、コレなのか、そもそもココなのか……。エルスさん」
呼ばれて、マテリアの簡易整備をしていたエルスが駆け寄って来る。もちろん、マテリア本人も警戒しつつ着いてきていた。
「ココの写真と、コレのサンプル採取をお願いします。出来れば複数がいいですね。今後、役に立つかもしれません」
エルスが同意し、手早く画像撮影とサンプル採取を行った。遺跡内にいた魔族や魔物と違い、どういう訳かドラゴニュートと竜人モドキは灰になる様子はない。
(これも含めて、戻って調べなければいけませんねぇ)
胸中で呟き、帽子を深く被り直して声を上げる。
「マテリア、エルスさん。私たちは撤収と行きましょう。既に依頼は達成されましたので。……では、脳筋ファフニール・ネストの皆さん、サヨナラです」
嫌味っぽくそう言い残し、ニーズヘッグ・バイトはそそくさとその場を去って行った。
「にゃろう、最後の最後まで煽りやがって……。まぁいいか。俺ちゃん達も撤収するか!」
ユーゴの言葉にグラヴィスとシークが同意し、帰路に着く。
――いい余興だったよ
「!?」
また、ユーゴの頭の中に声が響いた。懐かしいような嫌悪するような複雑な感情を抱きつつ、グラヴィスに早く帰ろーぜーアニキーと言う声に促され、彼も施設を後にした。
―◇―◆―◇―◆―◇―
ファフニール・ネストが遺跡を後にしてしばらく経ち、彼らはダスト・シティに到着していた。
――が。
「ぐっ! ぬぬぬっ!」
どういう訳か、ユーゴがグラヴィスとシークを抱えていて歩く羽目になっていた。
なぜか。ダスト・シティに到着した途端、シークが眠りこけ、グラヴィスが空腹で動けなくなったのだ。
ユーゴが一歩進む度、グラヴィスは腹減ったよーと嘆き、シークは起きることなくぐっすりだ。
「ぬぅあんで! このタイミングで! 二人とも! 充電が! 切れるんだよ!」
ぐぬぬと唸りながらアジトへ進むユーゴ。すると、聞きなれた声が彼の耳に届いた。
「ご無沙汰しています、義兄さん」
ユーゴが何とか声をした方を向くと、そこには人形の少女と見慣れた中性的な人物が立っていた。
「よ、よう。義弟とルーチェじゃねぇか……」
苦しそうに挨拶を返したところで、ユーゴがべシャリと潰れる。
さすがに大人二人を担ぎ続けるのはキツかったらしい。
ユーゴに義弟と呼ばれた、中性的な人物。一見すると女性に見えなくもないが、列記とした男性である。
彼の名は、ユウリ・E・アラスフィア。世を渡り歩く名うての行商人であり、シン・アーキテクトと異名される人形師でもある。彼の傍らにいるルーチェが、その腕を物語っている。
「ああ、大丈夫ですか義兄さん。あ、担いでたのはシークさんとグラヴィスさんでしたか」
シークをルーチェが、グラヴィスをユウリが担ぎ(こう見えて力持ち)、ユーゴを救出する。
「助かったぜ義弟、ルーチェ。ひと仕事終えて帰ってきた途端、二人ともこの有様でな……。せっかくだ。アジトに寄ってけよ。妹殿にメシ食わせてやらねぇとだからな」
「ああ、ちょうど義兄さん達に用事もありましたし、お邪魔させてもらいますね」
ユーゴの台詞に、ユウリが答えた。そのままアジトに向かうと、入口の前に青髪ポニーテールの女性が立っている。しきりに中を覗いていることから、どうやらユーゴ達に用事があるようだ。
ユーゴはその女性の事をよく知っていた。
「……何やってんだステラ」
「ひゃん! あ、ああ、ユーゴさん。ちょっと用事が……。って、ラヴィとシークさん、ユウリさんとルーチェちゃんに担がれてますけど、どうしました?」
言われて、ユウリとルーチェが会釈し、ユーゴが事のあらましを説明した。
彼女の名は、ステラ・ノクス・カエルマ。ダスト・シティで小さな診療所を営む、エルフの女性である。
ただ、研究に没頭してきたあまり、料理が得意でなく、しかもろくに摂らないことがあるため、ちょくちょくファフニール・ネストにお邪魔し、食事をもらったりしている。今回の『用事』と言うのも、おそらくそれであろう。
「ちょうどいいや。どーせ腹減ってんだろステラ。今から作るから、寄ってきな」
「え、あ! ありがとうございます!」
ユーゴは皆にアジトに入ることを促し、紫色に変わり出した空を見ながら呟いた。
「……やれやれ、ヘヴィな日だったぜ」
彼は短くため息をついて、アジトの中に入って行った。
―◇―◆―◇―◆―◇―
ファフニール・ネストとニーズヘッグ・バイトが去った施設内。ただAMコーティングの淡い光が、既に物になってしまったドラゴニュートと竜人モドキを照らしている。
――と。不意に空間が歪み、扉が現れ、静かに開かれる。
「……やれやれ、手酷くやられたなぁ。貴重なサンプルがめちゃくちゃだよ」
その人物はそう呟くと、亡骸に近寄って観察し、あることに気が付いた。
「おやおやこれはこれは。どうやら『彼』がイタズラをしたようだねぇ。ならばこうなるのも納得だ」
男は満足したように何度も頷くと、亡骸のサンプルを少しずつ採取し、再び歪んだ空間から現れた扉に向かった。
「目が覚めたのなら教えて欲しいものだ……。さて、しばらくは『彼』を探す旅をしなければなぁ。君との再会が楽しみだよ。旧友」
パタン。と扉が閉められると、その扉は忽然と姿を消した。その刹那、施設のAMフィールドが光を失い、施設の崩壊が始まった。
――ああ。僕も楽しみだよ。
崩壊していく轟音の中、そんな言葉が響いた気がした。




