みよたみのりのこのはなだより 2023年3月25日
この小説は、作者が「星空文庫」で執筆している『宗教上の理由』シリーズの世界設定を使ったスピンオフです。読みたい方は、星空文庫にて作品名または作者名「儀間ユミヒロ」で検索をお願いします。
もちろん、この小説単体でも話がわかるようにしておりますので、安心してお読み下さい。
山奥にあるという設定の、架空の小さな村、このはな村。この村にあるコミュニティFMを舞台に、DJのおしゃべりを文字でお送りする、ちょっと変わった形の小説です。
架空のラジオ番組の文字起こしという体裁のため、文法や文中記号の使い方が本来のルールとあえて異なった形になっている点をご了承願います。原則として地の文はメインパーソナリティのおしゃべり、カギカッコ内は他の登場人物のおしゃべりです。
また、この小説は言うまでもなくフィクションです。
いよいよっ! さいしゅーかいっ!
みなさんこんにちは、みよたみのりです。いよいよ来月からボクが県外の私立中学に通うということで、今日がこの番組最終回となりました。
で、そのタイミングで、ボクが里親制度でこの村に来たことや、その理由が虐待であることもお話しました。最終回ですので、そこの謎にも出来るだけお答えしていきたいと思います。
それでは、コノハナサクヤビメに守られし神の村、このはな村からお送りする、みよたみのりのこのはなだよりー!
はい、というわけで今週も、ボクの同級生で沖縄から里子としてやって来た、松山さんごちゃんと、伊佐リサちゃん、そしてこのはな村に先祖代々住んでいる七条美留久ちゃん、そしてディレクターは板谷楓さんで、お送りします。せーのっ、
「こんにちはー!」
それではさっそく、ボクがこの村に来たいきさつをお話します。
ボクを産んだあと、お母さんとお父さんは離婚してしまいました。だからボクは、お父さんの顔を知りません。
お母さんとボクはアパートで暮らしてました。ボクはまだちっちゃかったので、ハッキリは覚えてません。ですが、お母さんのとても怒った顔や、ひっぱたかれる時の痛さ、お風呂に顔を突っ込まれたときの息の苦しさと鼻に水が入る痛さ、真冬にベランダに締め出されて一晩過ごしたときの寒さは、しっかり覚えていて、
「待った」
え? まだお話は途中だよ。どうしてお母さんが虐待に至ったのかとか、ほかにもいろいろ話すことあるのにー。
「いや、長いて。前置き長いと先週みたく途中で切られるて」
いやいやいや、今日は時間も多めに取ってもらってるから大丈夫だってば。ね、楓さん?
「うん、そうなんだけど、でも話してるみのりちゃんも、聴いてる人もつらい話だから、それは簡潔にした方がいいよ。それにコンパクトに話をまとめた方が聴いてる人の記憶にも残りやすいし。だから、一番言いたいことを短くまとめて言った方がいいと思うな、わたしは」
そっかあー。じゃあ、大事なとこ、最初に話しちゃいます。ええっと。
ボクはお母さんに、ずっとオリの中に入れられて育ちました。
「うわ、それ言っちゃう?」
「みのり、それは言わない方がいいと思う」
えー、つっても、生放送だからもう消せないよー? 楓さんだって、言いたいこと言った方がいいってー。
「言った、言ったけど、そこ言うとは思わなかったもん、いくらなんでもトラウマどころじゃないレベルの話だし」
いいんですっ! ボクはぼかしたりせずに、ちゃんとありのまま話したいんです!
「みのりちゃんが言うなら……。では、どうぞ」
はい、では改めて。
ボクがご飯を好き嫌いしたり、物を片付けなかったりすると、お母さんはものすごく怒ったんです。
最初は叩いたり蹴ったりとかだったんですが、それでも直らなくて、押入れとかに罰として閉じ込められたりしてたんです。
「あーそれなら、アタシもあるさー。沖縄は湿気が多いからジメジメでー。そいで壁の板割ったら脱走出来たから、それからは閉じ込められてもへーきだったんだけど、秋になって台風が来よってその穴から雨が入って来て押入れどころか部屋もびしょ濡れで、今度こそ大目玉やっさー。やっちゅーって、お灸のことなんだけど、ホントにお灸据えられたさー。しに熱かったばー!」
「さんごは、メーゴーサー百万回されてもめげないだろうね。あ、褒めてないから」
「あいやー!」
「とりあえず、さんごの話は置いといて、みのり、続けて?」
はーい。
で、それでもボクはお母さんの期待にこたえられなくて、
虐待はどんどんひどくなっていきました。お母さんは、特に食べ物の好き嫌いにうるさかったんですけど、どうしても食べられなくて……。
「あ、みのりちゃんごめんね、板谷が補足します。これ、みのりちゃん全然悪くないんです。みのりちゃんのお母さんは料理をするのが苦手というか、料理を知らないんです。それで、ゆでてないブロッコリーとか、割るのに失敗してカラがいっぱい混じってる目玉焼きとか食べさせられてたんです」
あ、はい。でもボクはそういうのしか食べた事ないし、食べられないのは自分が悪いと思ってました。でもどうしてもムリで、嫌がって泣いたりしてたら、とうとうオリに入れられちゃったんです。
「でもみのりちゃんって、食物アレルギーあるでしょ? 確か。それでも無理やり?」
そう。さっき説明しようとしてたのは、うちはお母さんと二人暮らしでお金もあまり無くて、お母さんはそれでもぜいたくやめられなくて、ロブスターとか買ってくるの。でもボク、後から分かったんだけど、エビアレルギーがあったんです。だから食べるとじんましんが出たりして、それで残してたら好き嫌いするなって。せっかく高い金出して買って来たのに、って。
それで無理矢理食べさせられたり、吐いたりしてるうちにどんどん食べられないものが増えてって。そしたらお母さん、通販でオリを買って、ボクをその中に入れたんです。
「うわあ、みーちゃんの虐待、ひどいとは聞いてたけど、そこまでだったなんて……」
うん、ボクもよくガマン出来たと思う。でもそれは、無理やり口に食べ物押し付けられるから、暴れたり、吐き出したりして、お母さんの口にかかるとかあったから、暴れないようにってことだったんです。
「いや、暴れるのは当然だと思う。命かかってるし。だいいち、子どもだってストレスかかるんだから、かんしゃくを起こしたり、夜泣きしたりするのだって、結局は親がストレスかけてるせい」
リサちゃん、なんでお見通しなのかなあ……。そう、とにかく暴れるか泣くかせずにはいられなくなっちゃって、それもあったんだと思う。となかく、ボクはそれからオリの中で生活するようになったの。
泣いたよ。泣いたけど、そしたらお母さんは、
「お前なんか人間じゃない!」
って。人間だよってボクも言い返したけど、そうするとオリのすき間からゴルフクラブでボクのことひっぱたくし、それでも言ってたら、あの、お母さんが、
「わかった」
って言って、ボクに……。
「みのりちゃん? つらければそれ以上言わなくていいよ?」
いえ、大丈夫です。お母さんは、そしたら、何日かして、人間じゃないなら、これを着ろ、って。
「これ、って?」
あのね。
プードルの着ぐるみ。
「は、は、はい?」
あ、つまり、お前は人間じゃない、犬っころと同じ扱いだ、って言われて、通販で買ったプードルの着ぐるみを着せられたの。
「んーと、な、何というか、いきなりそんな話になると、あれさ、なんつーか」
「みるちゃん、アタシも同じだと思う。なんか、笑いがププッてでちゃうというか」
「うん」
「かわいいよねー!」
「ま、待った待った! ディレクターとして黙ってらんない! 三人とも、さっきまでつらそうとかかわいそうとか言ってたのに、プードルの着ぐるみと聞いた途端に、かわいいってなに? それこそ、みのりちゃんがかわいそうだよ。オリの中でペット扱い、しかも着ぐるみって、みのりちゃん泣きたいほどだった決まってるでしょ?」
か、楓さん?
「みのりちゃん、止めないで。叱るところはちゃんと叱っておかないと」
ううん、そうじゃなくて、ボク、かわいいって言われて、うれしいから。
「えっ……」
ボクは、お母さんにほめられたこと一度もなくて、それが初めてだったんです。だから、ボクもオリの中でみじめだけど、お母さんか喜んでくれるなら、頑張ってみようって思ったんです。
「喜んだって、お母さんが? 罰でやったのに?」
最初はおしおきのつもりだったけど、だんだん楽しむようになって来たんです。お母さんペットはずっと飼いたかったけど、アパートだからってあきらめてたから、ボクをペット代わりに出来て良かったみたい。
「でも、ペットなんでしょ? ごはんは?」
ペットフードだよ。缶詰の高いやつは人間が食べてもおいしかった。でもそのうち、お徳用の安い黒っぽくてコロコロしたのになっちゃったけど、あ、でも時々高級なの買ってきてくれて、その時はうれしかったなぁ。
あれ、なんかみんな引いてる? あ、でも良いこともあったんだよ。ボク、ずーっとオリに入りっぱなしじゃなかったんだから。ちゃんとお散歩も行ってたし。
「あー、安心した。じゃあ、外には行けてたんだ?」
行ってたよ、お散歩。お母さんのお仕事終わるの夜中だから、そこから明け方くらいまでだけど。
「……ええっと、お散歩ってもしかして……」
そだよ。犬は散歩しなきゃダメでしょ? 最初は首輪だったけど、ハーネスになってからはラクになったかな。お母さんはボクを連れて、真夜中の公園でお酒を飲むのが、今日唯一の楽しみ、って言ってた。夜のお仕事って、大変なんだもんね。
で、あれ、またスタジオの空気がビミョウ……。
いや、こういう空気になって仕方ないはず。だって、みのり、わかってる? みのりのされてたことって、虐待のなかでも特にひどい部類だってこと」
分かってるよ。でもボクが我慢したおかげで暴力は無くなったんだもん。前よりはマシになったってこと。
「でもマシになっただけで、虐待には変わりないばー? つっか、人間が犬のカッコして散歩させられてたら、通報とかされんじゃないの?」
「いや、案外平気かも」
「へ?」
「人間って、他人にそんなキョウミないから」
「あ、それ分かる。ちょっと思い当たることがあるんで、いいかな。えーっと板谷が子どもの時だからかなり前の話だけど、他人の家を占拠してそこの家族を暴力とかで苦しめた末に殺したって事件があったんだけど、その家族の一人が全裸で街を歩かされたって事件があったんです。その時も街の人も見て見ぬふりで、警察も動かなかったって。まして夜中だし、みのりちゃんへの虐待が見逃されていたのもそういうことだと思うよ」
……うん、そうだと思う。学校からの連絡も無かったし。お母さんは、他の市に転出するって学校に届けを出しちゃって、それで転出先のはずだった市には実際は引っ越さないことで、ごまかしてたみたい。
「え、そんなのバレずにできるの?」
なんか、いろんな決まりの抜け穴通って、うまくいっちゃったみたいで。だから、学校は途中から行かなかったよ。
「ちょ、ちょっと待った」
え、なに、さんごちゃんどしたの?
「それって、何年生の話よ?」
三年生。
「うわー、けっこー自我とかできてる頃にそれキツいわー。男子がプードルの着ぐるみで深夜の街をお散歩って、なんか引く、もとい、恥ずかしそう」
恥ずかしいは恥ずかしいのかもだけど、すぐ慣れちゃった。でもプードルはメスって設定だったから、リボンとかつけられてたのは、慣れるまで時間かかったかな。
「あー。それで今も女子の服装が落ち着くってこと?」
それもあるかもしんない。でもこういうカッコは小さい頃からしてたもん。お母さんのお古とかばっか着てたから。新しい服ってめったに買ってくれなかったから。
「そっかあー。でもそしたら、どうして虐待がバレたの?」
それがね、お母さんがその頃付き合ってた人が詐欺師だったの。それでお母さんわりと世間知らずだから、知らないうちにその仲間にされてて、共犯になってたみたい。
そしたら、その男の人が逮捕されて、お母さんと一緒にやったことを自供したから、捜査令状が降りて、警察が来てお母さんも逮捕されて、その時に、ボクが見つかったんだけど。
お母さんは拘置所に行って、ボクは虐待で精神的な病気になってないか検査のために入院して、そのあと施設にしばらくいたんだけど、ボクの場合、親子の関係が薄かったじゃない? お母さんはボクをペット扱いしてたんだから。
だったら、家族としての暮らしを経験させた方がいいってことになって、ベテランの里親がいるから、ってことで、みよた家にボクはやって来たってわけ。
「このはな村って全世帯に対する里親家庭の割合が日本一らしくて、そういうのに協力的な家庭は多いよね」
ですよね。みよた家もボクの前には、すごい悪ガキを里子に迎えてるし、
「誰が悪ガキか、誰がー?」
ええっ? まさか悪ガ、お姉ちゃん? またしても突然の登場なの?
「当たり前じゃい! つっか、里子同士とはいえ姉妹の絆をないがしろにすんなやー」
してない、してないけどっ! 今日来るなんて聞いてなかったもん!
「そりゃ聞いてるはずないっしょ。誰にも言ってないもん。サプライズをするにはまず味方から欺く! これ基本!」
敵を欺くには、の間違いでしょー? てゆーか、どさくさ紛れにハグと見せかけたプロレス技、やめてよー!
「ハグに見せかけとらんわ! れっきとした背中からのハグじゃいっ!」
こんな痛いハグ、無いって普通! あちこちゴツゴツ触るし!
「苗さんは、余計な肉が無いから肌触りが固いだけだと思う。良かれと思ってやってるはず。思春期男子の夢とも言われるお姉さまの胸当たってるラッキースケベも、小さすぎて感じないと思う」
「おい待てリサ坊。聞き捨てならないことを言いやがったな、勝負すっか勝負!」
「望むところ」
ふう。
リサちゃんは琉球古武術の使い手で、ボクの里親としての姉でスポーツ大好きのみよた苗とは永遠のライバルです。で、リサちゃんが上手いことお姉ちゃんを挑発して連れ出してくれました。感謝です。
苗お姉ちゃんも、もともとボクと同じくみよた家に里子としてやって来たんですが、大人になってもちょくちょく村に帰ってきます。里親制度では原則十八歳で自立しなければいけないのですが、苗お姉ちゃんは、知るか! ウチが居たくて居るのの何が悪い! と言って、うちのペンションを手伝ったりしてます。
手伝いはボクもしますが、お姉ちゃんがくると、子どもは手伝わんで良い! 働かせるために里子を引き受けてるんじゃないんだから! と言います。でも今のお父さんやお母さんが言うには、子どもの頃のお姉ちゃんこそ手伝いしたがりで、いくら断ってもやめなくて、しまいには地団駄踏んで泣きわめいて手伝いをしたがったそうです。
あっ、二人のバトルが終わったようです。
どう? 勝敗ついた?
「付いてたらこんな冷静にしてるわけねーべ。持ち越しだよ持ち越し。たーく成長期の女子はすぐ体力も体格も成長すっから、前回の経験が活かせやしない」
だそうです。リサちゃん、戦っての感想は?
「何言ってんだか、って感じ。手加減しまくっといて疲れたふりしてるのバレバレ。私だって武術の心得があるから分かる。私がノックダウン出来るスキが八回、それに私を倒せるスキも十回あったはず」
ふーん、口では悪ぶっててホントはそうじゃないってとこ、ずっと変わんないね、お姉ちゃんも。
で、ボクとお姉ちゃんは姉妹って言ってるけど、ボクはすでに言ってるとおり本来男子なので、中学は男子の制服で通います。というか男子校なので、男子に戻りまーっす!
「……ぇええええっ!」
は、はい? なんかすごーくスタジオの周りがざわついて、空気がゆわんゆわんしたんですけど。中央広場でラジオ聴いてたらしき人たちも、そわそわし始めてるんですけど。
「みのり、自分の発した言葉の重さを噛み締めて欲しい」
えっ、どういうこ、
「みのりちゃんが男の子に戻る? 信じられない! 嘘だと言って!」
「女の子のみのりちゃんだから良かったのに! 考え直して! お願い!」
ど、ど、どうしてそんなこと……。あの、今クラスの友達も観に来てるんですけど、急になんか騒ぎになっちゃって、ど、どしたの、みんな……。
「みのりちゃんが男子に戻るというのが、みんな納得いかないみたいよ? 女の子のみのりちゃんが可愛いって、みんな言ってるもん」
そ、そうなの? ……あ、ありがと。で、でも! ボクはこれから男の子として生きてくって決めたんです! だからみんな、皆さんもどうかボクが男の子として生きていくことをお許しください!
「姉からもお願いします!」
お、お姉ちゃん?
「妹みのりは、悩みに悩んだ末、この決断をしました。それは姉の私がずっと見てきました。血の繋がりがあるかどうかなんて関係ありません。私はほんとうの妹だと思って、みのりと接してきました。ですが、みのり自身が妹ではなく、弟になると決意したのであれば、姉の私が全力でそれを応援しなければなりません。ですから皆様、みのりの選択を見守ってくださりませんか? お願いします! この通りです!」
「ぱち」
「ぱち」
「ぱちぱち」
え、これって……。
「みのりちゃん、応援するよー!」
「男子校でもがんばれー!」
あ、あわ、あ、ありがとう、ございます! えっと、えっと……。
「再び姉のみよた苗です。皆さん、妹、いや、弟の判断を尊重してくださりまして、ありがとうございます。今後も私をはじめ、みよた家一丸となって、みのりの成長をサポートして参りますので、ご安心ください」
お、お姉ちゃん、ありがと。
「礼はみんなに言って。村の人たちは、子どもがのびのび育ってくれることが幸せだし、神様からこの世に授かった子どもを立派な大人に育てることが、神様に守られし村に住む者のつとめだと思ってるから」
う、うん。
「あっ、でも無理はしないこと。男子校がつらかったらいつでも逃げていいし、このはな村は受け入れてくれるはずだから。もちろん、男子として村に戻ってきても大歓迎。それは間違いないよ。とにかく人生楽しめ、わが弟!」
う、うん! みなさま、本当にありがとうございます!
みよたみのりのこのはなだより。いよいよお別れの時間が近づいてまいりました。
さっきまでウルっと来てたんですが、お姉ちゃ、姉の励ましで元気復活しました。で、こういうとき、いつもおちゃらけてる子が泣き出すってのがお約束だと思うんですが、さんごちゃん、泣いてない?
「あぇ! たーが泣くかや! なめんなや? たっぴらかすど!」
うわー、沖縄言葉で言い返してきてむっちゃ元気〜。まーそれでこそ、さんごちゃんかな。ね、リサちゃん。
リサちゃん?
「うっ、くっ、ぐすん」
ええっ? まさかのリサちゃん号泣? いつもクールで冷静なリサちゃんが?
「こっちの方が予想外だったね。よしよし、今生の別れじゃないんだから」
楓さんが、リサちゃんをハグして落ち着かせようとしています。え? うん、うん、リサちゃんは、せっかく仲良くなれたのに寂しいっていうことなんですけど、え、あ、へぇー、でも里子に来る時も泣かなかったのに、今日はなんでか悲しい、と言ってます。
「うん、わかるよ。このはな村は人どうしの付き合いが沖縄以上に深いし、六年生って人との出会いを強く意識し始める時期だから、無理無いんじゃないかな」
リサちゃんが、すすり泣きをしながらうなずいています。リサちゃん、大丈夫、また会いに来るから。
「……」
「分かった、って。もう大丈夫だから、とも言ってるよ」
良かったー。リサちゃんが泣くってよっぽどだもん。ビックリしたよ。
「……え、何?」
あれ、楓さんどうしたの、リサちゃんまだ何か言いたいことあるの?
「うん、うん、そうだね、それ名案」
なんて、なんて?
「うん、あのね。もう一つだけ、みのりちゃんに一生のお願いがあるって」
なに? なに? ボクにできることなら、何でもするよ?
「ホント? じゃあ言うよ」
うん。お願い。
「えっとね、みのりちゃん、今度帰ってきた時は」
きた、時は?
「女の子のカッコしてきて、って」
は、はぁー?
リサちゃん何言ってんの! ボク、言ったでしょ? 本来の自分の身体である、男の子に戻るって!
「ん? それはアタシも聞いたば」
でしょ? さんごちゃんも聞いたでしょ?
「うん、でも」
でも?
「女装しないとは言ってないよね」
はいい?
「おおっ、さんごちゃん、ナイス!」
「みのりちゃん、早く帰ってきてね!」
だーっ! ギャラリーのみんなもなんで同調するかなー!
「しょうがないんじゃない? だって、イヤじゃないでしょ? 実際今日だって、思いっきりガーリーな服装じゃない?」
う、まあ。
「中学生になったら、とかキッカケ作ってるうちはまだ男子になりきるのに戸惑いがあるんじゃないの? でもちょうど良いじゃない、時々このはな村に帰ってきて男の子をお休みできるってことだもの」
楓さんまでその話乗っちゃうのー?
「乗るよー。いいじゃない、男の子生活に疲れたら村に戻ってくれば。みんな歓迎してくれるんだし」
「そーだよー。何年も女子やってて、いきなり男子に戻るのは大変だってば」
うう〜、なんか言いくるめられてる〜。
「ほら時間ないよ、しっかり締めないと」
う、うん。
それでは、みよたみのりのこのはなだより、さよ、
「またいつか会いましょう!」
うわー、さようならがかき消された〜!
「まいっか」
さんごちゃんが言うなー!
スランプだったんてす、今思えば。
小説の構想はできても、いつまでも書き出す方に進めない、そんな状態を脱するには自分にノルマを課してみるほうがいい、しかもノルマは短いスパンで作る方がいい、と考えた結果、ラジオ番組を小説風にすれば週一回は更新するだろうと気づいたのです。
ですが実際初めてみると、会話を自然な文章にするのはかえって難しいと気づき、グダグダとなってしまいました。そのため他にも読み切りなどを書いて自分の中の軌道修正をして、年度末に合わせて一旦ケリを付けることにしました。
小説とて、その時々の世情に左右されるし、社会に転がるさまざまな事象についての意見表明を作品に、具体的にしろ比喩的にしろ、取り込んでいくことも自然だと作者は考えます。
主人公みよたみのりは児童虐待の被害者で、ジェンダーも生物学的性と異なったものを求められてきた存在です。それらの加害性を指摘するのは簡単だし、正しいことです。
しかし、それを前提にした上で当事者の思いは如何なものであるかを考えるのは、小説だからできることだと思います。ノンフィクションであれば、事実の羅列から社会で悪とされているものは悪だということを強調するほうに走るでしょうから。
みのりはもちろん、つらかった記憶をつらかった時のまま持ち続けています。そこを起点に、乗り越えるとか大仰なことではなく、ふわりと飛躍して成長していくさまを潜在的に描いてみたかったから、この展開になったとは言えるかもしれません。
作中でもあったとおり、みよたみのりが、このはな村と完全に縁を切るわけではないですから、いつかまた本人やまわりの人々が登場する小説を書こうという気持ちが、作者の中に沸き出てくるだろうと思っています。
その際には、気にかけて軽くでも目を通して下さると有り難く思います。




