2022年6月18日 みよたみのりのこのはなだより
この小説は、作者が「星空文庫」で執筆している『宗教上の理由』シリーズの世界設定を使ったスピンオフです。上記小説を読みたいという方は、星空文庫にて作品名または作者名「儀間ユミヒロ」で検索をお願いします。
もちろん、この小説単体でも話がわかるようにしておりますので、安心してお読み下さい。
山奥にあるという設定の、架空の小さな村、このはな村。この村にあるコミュニティFMを舞台に、小学生DJのおしゃべりを文字でお送りする、ちょっと変わった形の小説です。
架空のラジオ番組の文字起こしという体裁のため、文法や文中記号の使い方が本来のルールとあえて異なった形になっている点をご了承願います。原則として地の文はメインパーソナリティのおしゃべり、カギカッコ内は他の登場人物のおしゃべりです。
また、この小説は言うまでもなくフィクションです。
毎日毎日雨ばっかりだけど、
雨、だ〜いすき!
なの、かな?
みなさんこんにちは、みよたみのりです。今週で北海道以外の日本中ぜーんぶ、梅雨に入ったとみられるんだそうです。この、梅雨に入ったとみられる、とか、梅雨が明けたとみられる、って言い方、ハッキリしなくてモヤモヤ〜って気もするんですけど、それでいいらしいんです。
むかーし昔は、梅雨という言葉は今頃の時期をぼんやりと指す言葉だったみたいなんですけど、気象庁が梅雨入りしたとみられると発表するようになったのは、気象警戒情報、つまり大雨が降りやすい季節になったので注意してくださいという意味らしいんです。だから梅雨に入ったと見られると気象台が発表した後に連日晴れの日が続いても、油断せず大雨に警戒しないとダメみたいです。
ということは、梅雨が明けたとみられる、と気象台が言わないうちは、まだ梅雨前線による大雨が降るかもしれない、気をつけなさいという意味になるはずです。うっかり明けたと宣言してみんなが油断してるときに大雨が降ったら大変ですから。
あと、夏の終わりくらいになって、あの頃に梅雨が明けていたとみられるって感じで言うこともありますよね。あれだって、まだ大雨の危険が残っているから梅雨が明けたとは言えない、念のため注意していたら大雨が降らずに済んだから良かったって話ですよね。梅雨に入ったぞー、いつ明けるんだー、気象庁ハッキリしろー! というのは、おかどちがい、な話で、梅雨と言われてる間は大雨に警戒しなきゃってことですね。
さて、このはな村もくもりや雨の日が多くなってます。とうすぐ梅雨に入ったとみられる状態になりそうです。というわけで、今週は雨にちなんだ情報をお送りします。
コノハナサクヤヒメに守られし神の村、このはな村からお送りする、みよたみのりのこのはなだより、始まりまーす!
みよたみのりのこのはなだより。今週は久しぶりにスタジオからお送りしています。先週は番組の途中から村の一部で大雨が降って、ボクが中継でお邪魔した健勝堂二号店では降ってなかったんですが、家まで帰る途中からすごい大雨で、ボクん家のあたりではひょうが降ってました。
全国的にみると、今年はすでに大雨の被害が出ているところもあるようですので、このはな村に最近新たにお住まいの方や観光などでお越しになる方のために、このはな村での雨の降り方の特徴などの情報をお送りします。本日は、このはな中学校で社会科を教えていたこともあり、村の歴史や地理に詳しい、フミちゃん先生こと渡辺史菜先生にお越しいただきました。こんにちは、よろしくお願いします。
「こんにちは。どうぞよろしくお願いします」
先生は現在別の学校に異動されましたが、このはな中学校でも長い間勤務されていましたよね。
「そうです。みのりさんのお姉さんも教えていましたし、担任をしたこともあります」
はい、姉から聞いてます、お噂はかねがね。
「お噂って……。くくっ、ドラ猫、もといみのりさんのお姉さんが言う私の噂にロクなものは無いだろうけど……。みのりさんのお姉さんは下の名前にけものへんをつけると猫って漢字になるもんだから、ニャン子とかミィちゃんとか呼ばれてましてね。でもそんな上等で可愛い名前はもったいないんで私などはドラ猫とよく呼んでました。妹さんとしては気分が悪いかもしれないですが」
いやそんな事ないです、ドラ猫って例えがピッタリです。
「素早くフォロー来たなー。やっぱりみのりさんと接するときもあんな感じなんだ?」
そう、そんな感じです。ヤンチャでいたずら好きでエッチでノンデリカシーだから、最初は慣れなかったです。
「だよなー。あ、みのりさんのお姉さんはいつも陽気で天真爛漫なんだけど、あまりにそっちに寄りすぎて沈むということを知らないんですね。背もそんなに高くないし痩せっぽちなんだけど、スポーツが得意で怖いもの無しなもんだから、武勇伝は数知れないですよ」
あはは。姉らしいですね。どんな事があったんですか?
「近くの別荘に連れられて来てた犬が逃げ出して校庭に侵入した事があるんですが、よりによってドーベルマンなんですよ。で、そいつが突進してくるのを玄関先で待ち構えて巴投げするかと思いきや犬の背中が自分の身体の上に来たところで羽交い締めにしてそのまま締め技で気絶させたりしましたから。本人は犬が猿ぐつわをつけてたから噛まれないのは分かってたと言うんですが、真似はしちゃダメですね」
やりそうー、あのお姉ちゃんだったら。でもそれ聞き出していったらキリが無さそうですし、本題に移りましょうか。
「そうしましょう。第一、放送では言えないエピソードも山ほどあるのでやめといた方が無難です」
くくく。お姉ちゃんらしいです。
では本題なんですが、まず、このはな村の天気の特徴はどんな感じなんですか?
「はい、このはな村は海から離れているので湿度は低めの日や、比較的晴れる日が多いのですが、雨や雪が降る時にはまとまって降ることが多くあります。特に夏は山地特有の変わりやすい天気で、急な大雨や雷が発生しやすいところです」
ですよねー。先週の土曜もすっごい大雨だったし、去年の夏もほとんど毎日夕立ちが降ってましたね。
「まあ毎年あんな感じです。夏の間は毎日のように激しい雷雨、それでいて梅雨や秋雨もちゃんと降るし、台風は弱まった状態で来ることが多いけどそれは風の話で、雨雲はたっぷりやってくる、冬は日本海から吹き出した雪雲と太平洋側に進んできた低気圧による雲の両方から影響を受ける、という具合です。したがって、このはな村はこの地域の中でも特に降水量の多い所になります」
そうですよねー、ボクもこの村に住み始めてから、ほんっとに雨が多いなって思いました。でも、どうしてこのはな村だけこんなに雨や雪が多いんですか? まわりの町や村より飛び抜けて降水量が多いみたいですけど。
「詳しくは解き明かされていないのですが、三方を山に囲まれているので上昇気流が起こりやすく、また他の場所から移動してきた雨雲がとどまりやすいからだと言われています。このはな村の典型的な夏の一日は、きれいに晴れ渡った朝から始まります。夏といっても半袖ではとても外には出られません。しかし太陽が上ってくるとともに、気温も地表の温度も上がって上昇気流が起きて、早ければ正午前後には曇ってきて、雷を伴った雨になり、夜になると雲が消えてゆくということの繰り返しです。こういった特徴から、このはな村では独特の歴史や景観・文化が育まれました」
独特の自然や文化というのは、具体的にどんなことですか?
「説明するより見てみましょう。スタジオを出たら、すぐに分かりますよ」
というわけで、スタジオの外に出ました。今日は良い天気ですが、スタジオ前の中央広場も先週は大雨でした。でも先生、このはな村って大雨降っても災害って起きないですよね?
「まず起きませんね。村の歴史をさかのぼってみても、ほとんど水害の記録はありません」
それは、どのような理由があるのですか?
「まず、この村の地形のためです。このはな村は重なった二つの火山の上にあります。火山の噴火で噴き出される溶岩には粘りが強いものからほとんど無いものまで、さまざまな物があり、このはな村では粘りの少ない溶岩が水のように流れていき、村の土台を作ったと考えられています。次に別の火山が土台を貫いて、さらに高いテーブル状の台地を作りました。それが今、私たちのいるところです。さらに、村の周りにもたくさんの火山があり、そこから飛んできた火山灰などと溶岩が合わせて積み重なり、今のこのはな村の地形が出来たと考えられています。火の神であるコノハナサクヤヒメが村の守り神なのはこのためだとも言われています」
おおー、さすが社会の先生、地理と歴史の知識を上手く使って説明しますねー。
「まあな、ってこら、教師だから当たり前だろ。姉貴の入れ知恵だな? それは」
てへ、そうです。これ本番で言ったらごほうびくれるって言ってました。
「まったく、アイツは変わってないなー。ま、ともかく、こうやって出来上がった台地は水はけが良くなります。溶岩は地上に出て急に冷やされたことで細かい穴が出来て固まり、そこから水が染み込んでいきますし、火山灰はやがて砂のように細かな土になるからです。もちろん一度に大量の雨が降ったり、連続して雨が降り続けると、地面が受け止めきれないことはあります。ですが村全体がゆるやかに傾斜した溶岩台地なので、雨はとどまらずに流れていき、洪水にはなりません。この広場からも村全体が巨大な高台になっているのが分かると思います。ほら、あっちの方とか」
あっち……、あ、ほんとだ、普段見慣れてるから気づかなかったですけど、広場から村の西の方を見ると、盛り上がった丘の上に村が広がっているのが見えます。それに、この中央広場などがあるところは、もうひとつ盛り上がった台の上みたくなっています。
「そう、この地形のお陰で水はすぐに流れていってしまいます。その代わり道路は滝のようになることもあるので、それだけは注意が必要ですね」
滝、ですか。洪水で道路が川みたくなってるのはニュースでよく見ますけど、滝って、すごいたとえですね。
「そうですね。でも実際、坂道を水が流れていくようすは滝のようですから、気をつけないといけません」
そう言えば、このはな村の話から少しずれちゃいますけど、今年は沖縄で観測史上最多の雨量で、土砂崩れとか道路が水につかったりとか、今までになかったような被害が起きましたよね。こういうことってこれから増えてくんですか? ボクは沖縄から来た友達がいるんで心配なんですが。
「うーん、残念ながら、これからも起きるかもしれません。ですが対策を取ることはできます。今回の沖縄での水害は都市型のものだと考えられます。まず道路の冠水が多かった点。都市部にはアンダーパスという、別の道路の下をくぐって信号待ちをせずに立体交差できる場所がよくあります。これは地面を掘って作られるので水が流れ込みやすいのです。また道路を舗装してその両側に建物が並ぶと、水の逃げ道が無くなることもあります。これらは沖縄に限らず、全国各地で起きていることです。さらに最近の沖縄では土砂崩れも増えています。元々沖縄島の中部や南部は、海から隆起した珊瑚礁で出来た小高い丘の集まりです。この地盤はとても丈夫なのですが、そこに住宅などを作るため他の場所から持ってきた土を使って平らな土地を作ることも増えました。そういった場所は珊瑚礁の斜面に比べて崩れやすいのです」
新しい土地の開発が良くないんですか?
「いや、開発をする場合には大雨などの災害に巻き込まれないような対策が必要だということです。それも日本中で言えることです。特に地球温暖化が進んできて雨の降り方が激しくなっているという説もあります。ですから、山また山の険しい地形にありながら水害を免れてきたこのはな村がどうやって安全を保っているのかを知ることは重要です」
先ほど、このはな村は台地の上にあるから水害が起きにくいと言われていましたが、その都市化とか地球温暖化とかで水害が起きるようになることはあると思いますか?
「都市化は難しいかもしれません。山奥の田舎の村ですから」
ありゃりゃ。
「ですが、だからこそ災害に強い面もあります。つまり田舎であるがために、歴史や伝統を大事にして有形無形の古いものを守ってきたことが役に立っています。たとえばこの広場を中心にして建ち並ぶ建物、スタジオのある村役場の分署もそうですが、ある特徴があります。みのりさん、わかりますか?」
え、ええっ、えーっと、何だろ。お姉ちゃんは異世界転生でやって来た街みたいとか言ってたけど、昔のヨーロッパみたいな三角屋根の木組みの建物、それはでも、水があふれたりすることと関係あるのかな……。
「三角屋根も関係なくは無いですよ。ヒント。冬になると雨は雪になりますが、この三角屋根のお陰、で?」
お陰、でぇ、雪おろしをしなくて済みます、ね。屋根が急だから雪が滑り落ちてくれて、でもその雪が人に当たると大変だから道と屋根は離しておかなきゃいけない、ですよね。で、そうすると、うーん、なんだろ?
「近づいてきましたよ。雪が屋根から落ちて積もっていくと、そのうちどんどん高くなって、そうすると?」
うーん、積もっていくと山みたくなって、そのうち窓まで埋まっちゃって……、あれ、でもボクの家とかもそこまでならない……、あーっ、わかった!
ボクん家も、ここの建物も、窓が高いというか、玄関も地面より高くなってるんですよ! だから雪の小山ができても、窓から太陽の光が入るんです!
「ご名答! このはな村では昔から、最低でも一メートルくらいに土を盛ったり、床を高くしたりして家を建てます。こうすれば、屋根から落ちた雪が貯まってもある程度までなら窓が埋まらずに済みます。この盛り土をする伝統は昔からありますが、一説には江戸時代に火山の大噴火があってその火山灰が降り積もった経験から、家の入り口を高いところに持っていって、今後また大きな噴火があっても家が埋まらないようにしたという説もあります。いずれにせよ、このお陰でこのはな村の家々は、道路が川のようになっても家にいれば安心なのです」
なるほど! スタジオの入ってる役場の分署も石を積んでその上に建ってますね。あ、でも石垣が崩れたりしないのですか?
「無いとは言い切れませんが、このはな村のあちらこちらに冷え固まった溶岩が転がっていますから、それを並べたうえで土や砂利を積み上げて土台を作り、その外側から石垣やレンガを突き固めるので、かなり丈夫に出来ています。また建物の基礎は盛り土の部分よりもずっと下まで伸ばしているので、地震などで万一土が崩れても建物は残りますし、盛り土といってもサラサラの砂みたいな、火山地帯特有のものですから、かえって揺れに対しても柔軟に受け流すと言われています」
へえー。昔の人の知恵ってすごいんですね。
でも、このはな村の夏の雨って、強い風とかもありますよね。あと、このはな村以外でもひょうが降ったところもありましたし。そういったのも心配ですが……。
「ええ、もちろんそういった災害も心配だと思います。ですが、まず突風や竜巻といったものについては家の周りを木々で覆うことで風を和らげる工夫がされて来たのと、元々吹雪に耐えるように建物を頑丈に作っていることが安心材料になると思われます。竜巻などは激しい上昇気流を伴うと言われますが、地吹雪対策として下から吹く風に対しても抵抗力があるようにしてあるので、家にいる限りは比較的安全ではないでしょうか」
おおー。それはちょっと安心です。で、あと、ひょうはどうですか? このはな村は農業もさかんなので被害が無いといいんですが……、というか、ひょうってしょっちゅう降るものなんですか?
「そうですねえ、首都圏でも何年に一度くらい、どこかで観測されていますね。このはな村でも時々降りますが、このはな村はひょうに限らずさまざまな天候の異変に襲われる村です。したがって、それらに対応できるような方法で農業を行っています。具体的には、一種類の作物に絞って作ることを避け、異常気象などに強い作物や品種を選び、また手間のかかる作物や栽培方法を避けたりもします。手塩にかけて育てた野菜や果物がひょうにやられる悲しさは計り知れませんから。ですが不思議なことに、自分達でのびのびと育てた作物の方が天災に耐えてくれるようです」
あー、確かにこのはな村って夏は大雨、冬は雪。冬に寒いかわりに夏は涼しいけど、植物にとっては涼しすぎても良くないですし。この村では何かしら作物に影響することが起きると思いながら農業をやってるんですね。大変だなあ……。
「とは言え、与えられた自然は変えようがないですから、それを受け止めてどう対処するかが大事です。一つ一つ手間をかけて農作物を育てていくというのが農業の理想の形かもしれません。ですが一種類の作物にかけるべき手間を分散させることで、畑が全滅するということを防がざるをえなかった面もこの村にはあります。そういったことを踏まえて、このはな村の人々の生活についてお話していきたいのですが……」
ごめんなさい。お時間です。
みよたみのりのこのはなだより。今週はこのはな村と雨との関わりを中心にお話を伺いました。ですが時間が無くなりましたので、このはな村と雨の関わりについてはまた来週となります。先生、今日はありがとうございました。来週も、またお越しいただけ、るの、か、なあ?
「ちょ〜っと厳しいかも。出張が入るかもしれん」
あ、はーい。すでにスタジオの外にいるフミちゃん先生からお返事がありましたとおり、来週はもしかすると別のゲストをお呼びするかもしれません。とにもかくにも、また来週、よろしくお願いしま〜す。
相変わらず治安気味の更新です。
今年は沖縄の梅雨入り早々に大雨で、道路の冠水が相次いだとか。観測史上初のまとまった雨量だということもありますが、これが細菌よく言われる「一千年に一度の大雨」なのか、実はもっと頻繁にあるものなのか、はたまた地球温暖化のせいなのか、それは素人の僕には分かりません。
ですが、広域的に見て地球温暖化によって雨が増えているというエビデンスはかなり積み重ねられているようですし、何かアクションを起こすべきだと思ってはいます。
このはな村は天災も人災も無い理想郷という設定ですが、ただ単なる天国みたいなところではない、人の手によってそうなったのだという設定にもなっています。それを本文の中で書いていきたいです。