みよたみのりのこのはなだより 2022年5月21日オンエアー
この小説は、作者が「星空文庫」で執筆している『宗教上の理由』シリーズの世界設定を使ったスピンオフです。上記小説を読みたいという方は、星空文庫にて作品名または作者名「儀間ユミヒロ」で検索をお願いします。
もちろん、この小説単体でも話がわかるようにしておりますので、安心してお読み下さい。
山奥にあるという設定の、架空の小さな村、このはな村。この村にあるコミュニティFMを舞台に、小学生DJのおしゃべりを文字でお送りする、ちょっと変わった形の小説です。
架空のラジオ番組の文字起こしという体裁のため、文法や文中記号の使い方が本来のルールとあえて異なった形になっている点をご了承願います。原則として地の文はメインパーソナリティのおしゃべり、カギカッコ内は他の登場人物のおしゃべりです。
また、この小説は言うまでもなくフィクションです。
ゼロに、できる!
みなさんこんにちは、みよたみよりです。先週はこのはな村営バスに乗っての実況中継でしたが、今週はスタジオからお送りしています。学校とかでは好評だったんですけど、先週の最後に大事なこと言うの忘れてて、あわてて最後に言ったら収まらなかったみたいで失礼いたしました。このはな村の中では、小学生は村営バス無料なんです。もともとは、小学校へ通うのにバスが必要な子もがいるからそうなったんですけど、村に住んでる子もほかのとこから遊びに来てる子もタダで乗って大丈夫ですから、どんどん使って下さいねー。
で、今日もバスのお話とかまた出来たらしようと思いますが、小学生はバス代ゼロ円! というつながりで、今日はこのはな村のウィルス感染対策についてお話します。
それでは、コノハヤサクヤヒメに守られし神の村、このはな村からお送りします、みよたみのりのこのはなだより。今日も元気にお送りしまーす。
みよたみのりのこのはなだより。今日は、このはな村の新型ウィルス対策がテーマです。キーワードは、ゼロ。今日は村のお医者さん、岡部医院の岡部美里院長とリモートで繋がっています。岡部先生ー。
「先生と呼ぶな!」
あわわわ、はーい。えーと、岡部院長は先生って呼ぶと怒ります。勉強を教えてるわけじゃないんだから先生と呼ばれる筋合いはない! だそうです。ね、先生?
「だから、先生と呼ぶなー! まあいいや、こんな漫才してる時間がもったいない。改めまして、岡部医院の岡部です」
はーい、こんにちは。口は荒っぽいけど、こんな感じで遊んでくれる楽しいお医者さんです。
「楽しいは余計だよ」
否定するとこ、そこなのかなあ……。
と、ところで。岡部先生改め美里さん、このはな村の新型ウィルス対策について、村の外で聴いている方々にもわかるよう、詳しく教えてくれますか?
「おっほん。まず、現在世界中にパニックを起こしているウィルスは間違いなく恐ろしいもので、感染した後の後遺症が多く起きる事などが分かっています。また感染経路としては、口から出たつばなどの飛沫、手などの接触、さらに空気でも感染することが分かっています」
はい。だからマスクや手洗いが大事なんです、ん、空気?
「はい、空気です」
ええっ? 空気で感染するんですか? 息したらウィルス吸い込んじゃうんですか?
「あー、落ち着け落ち着け。今、空気感染とはどういう事か説明します。われわれが空気感染と言っているものは、正確にはエアロゾルという、口からの飛沫などがとても小さくなって空気中に漂っているものを吸い込むことによって起こると考えられています。ヒトの吐いた息にはこのエアロゾルが大量に含まれていますし、言葉を話したり食事をしたり歯を磨いたりした場合もエアロゾルは出てきます」
あ、あわわ、ちょっとごめんなさい、元の台本と違う話になって来てるんですが、超怖い話じゃないです? 人が何人か集まったら、もうアウトじゃないですか?
「おっと怖がらせてすまん。もう少し聞いてくれまいか? まあ、今みよたみのりが言った通り、ヒトが集まってその中の一人でもウィルスを持っていれば感染は広がる可能性があります。が、このウィルスは何万個も吸い込まないと感染しないと言われているので、吸い込むウィルスの量を減らせれば問題ありません」
ほへー。なんか安心しましたー。それで、感染しないくらいにウィルスを吸い込む量を減らすには、どうすればいいんですか?
「そこ! そこが一番大事! なので説明しましょう。まず、マスクや手洗いは当然のことです。ただし、小さな子供や、病気や障害でマスクが出来ない人には強制しないこと。無理にマスクをつけさせることで別の病気につながることもあります」
はい、それボクもこのはな村に来てから知りました。ん、でもそしたら、その子とかは感染をどう防ぐのですか?
「うん、良い質問です。そのためにも、マスクを出来るヒトはマスクをするというのが大切。そしてもう一つ、三密を避けること。これを徹底的に行えば、ヒト一人が吸い込むかもしれないウィルスの量はかなり減りますし、それを地道にやっているから、このはな村では一人の感染者もでていないとも考えられます。
なるほどー。で、そのためにこのはな村ではどうしているか、という話になるんですね? 良かった、これでやっと台本というか進行表どおりに戻れます。では、岡部美里先生による、このはな村の新型ウィルス感染防止方法についての紹介でーす。
「はい。では改めて。まず、このはな村では無料PCR検査を積極的に行うなどして、ウィルスが村に入り込む事をなるべく防ぐようにしています。ですが検査は義務ではないので、ウィルスが外から持ち込まれることは十分あり得ます」
はい。なんかまた、怖くなって来ましたが。
「そこで、です。考え方として、誰がウィルスを持っているかは分からない、だから自分も含めて誰もがウィルスをもっているかもしれない、そう思って行動していただくよう村の皆様にはお願いしています。そして空気による感染を含めた防止策としては」
しては?
「まず、徹底的に換気することが大事です。開けられる窓もドアも全部開けておくこと、学校でも職場でも家庭でも、乗り物でも。そーいや、みのり。先週バス乗ってたとき、窓のこと言わなかったろ?」
あっ、そーなんですよ、ごめんなさいー。で、で、今言いますけど、このはな村営バスは、開けられる窓を全て開けて運行しています。基本全開ですが、大雨や吹雪の時は全開にしなくても良いです。ただし完全には閉められないように、窓がスライドするところに、おもちゃのブロックみたいのをはめてあります。最初のうちは、寒いとか濡れるとか、そういうクレームもあったんですが、村に住んでる人たちは寒いなら厚着したままでいいし、雨が入ってくるならレインウェア着ればいいしと思ってるんで、あんまし気にしてないです。ほかの市町村から来る方はお気をつけ下さいね。美里さーん、これでいいですかー?
「いいぞー。短い時間の放送じゃ忘れるのはしゃあないから気にすんなー。で、次のポイント行ってもいいか?」
はーい。お願いしまーす。
「はい、では二つ目のポイント。他人との距離を取ること。二メートル離れて、という話はおととしくらいから言われていましたが、エアロゾルは遠いところまで飛びますから、最低でも二メートルは離れていてほしいと村民に呼びかけていますし、村外からお越しの方にもそれをお願いしています」
そうですねー。距離は必要ですねー。ところで、小学生とかが外で運動するとき、他人との距離が保てるならマスクを外して良いとかいう話が出てますが、これはどうですか?
「とんでもない話ですね。みのり自身でも考えてみればわかるけど、友達とキッチリ距離を保ったままで一日無事に学校生活を終えられると、思いますか?」
うーん、どうだろ。体育とかでも他の子と近づかないままって難しいと思うし、休み時間とか登下校とか、寄ってくる子もいるし、後ろからタックルとか、物陰から出てきていきなりハグとかされることあるから……、
「さんごだろ?」
そうです、この番組の準レギュラーの、松山さんごちゃんです。今スタジオの前でスタンバイしていま、す、けど……。
「はいはーい、今日も元気な雪国住まいの南国娘、松山さんごで」
まだ早いよー、さんごちゃん。失礼しましたー、さんごちゃんのマイクのカフは下げたので、美里さん今日のメイン行きましょうか。
「おう、さんごの名前出したのは失敗だったなすまんすまん。ではいま一度、このはな村の児童における、ウィルス感染防止対策の紹介に戻ります」
はい、お願いします。さっきから、さんごちゃんがマイク切られたのに抗議してスタジオのガラスをバンバン叩いていますが、ほっといて進めましょう。
「了解。それで、このはな村では村内外の企業や団体などと協力して、感染防止ファッションというものを開発しています。そして今回、空気感染のリスクを考慮して作られた試作品を、スタジオの外にいる松山さんごに着てもらっています」
そうなんです。さんごちゃんにはそのモデルとして今日は来てもらっています。では呼んでみましょう、さんごちゃーん!
「っしゃあ! マイク来たぁー! 今日も元気な」
それさっきやったから、さっそく今日のファッションについて紹介して下さい。
「うわ、塩対応来よった。まーいーや、それでは、さんごちゃんの今日のファッションですが、なんといってもポイントは、この、スカート! なんと、直径が」
ちょ、直径が?
「百メートルっ!」
ひゃ、百メートル、って、んなわけないでしょ、んなわけ。一メートルでしょ?
「あー間違えた間違えた、百センチメートルの間違いでしたー!」
絶対、わざと言ってる。
ところでさんごちゃん、直径一メートルのスカートって、どういうこと?
「待った」
あ、美里さん、どうしました?
「さんごに任せると話が前に進まないから私が説明します。彼女が着ているスカートの中は、中に直径一メートルのリングを入れて、腰に巻いたベルトからチェーンを伸ばしてリングとつなげて吊っています。さらに型崩れしないように、何箇所か傘の骨のようにワイヤーを加工してふくらみを保っています」
なるほどー。なんかお姫様みたいに広がったスカートで、可愛いですね。でも、これがどうして感染防止につながるんですか?
「このファッションは、スカートよりもその中にあるリングがメインです。このリングを二人の児童が着用すれば、一足す一で二メートルの距離が確保できるので、感染リスクを減らす事が出来ます」
うん、よく言うソーシャルディスタンスというものですね。でもこれ、男の子は着られないんじゃないですか?
「いやいや、あくまでスカートじゃなくて、中の骨組みが大事ですから。さんごー? ちょっとスカートだけ脱いでみ?」
「ほーい! そっれっでっわ〜、さんごちゃん、スカート脱ぎ脱ぎしちゃいます〜、と見せかけてー。じゃーん! 実はこれワンピースなんですねー。さー、上半身も脱いじゃうよ〜ん」
ええええっ! さんごちゃん、それダメ、
「みのりー、心配すんな。ちゃんと私が監修して今日のコーデ決めてるから心配すんな」
は、はあ。さ、さんごちゃん? あっ、こういう仕掛けだったんだー。
「みーちゃん、ラジオなんだからちゃんと言葉で説明しなよー。どんな仕掛けかって言うのをー」
あー、そうだそうだ、ボクはラジオパーソナリティなんだ、うんうん。
さんごちゃんはワンピースを脱ぐと、中にシャツとデニムパンツを着ています。で、腰の周りに輪っかがあって、薄い布で覆ってあります。中が透けて見えるので、スカートには見えないです。さんごちゃーん、つけ心地はどうですかー?
「つけ心地はですねー」
つけ心地は?
「あんまし良くないでーす」
ですよねー、やっぱりつけ心地は良く、ない? え、えっ? ちょっとちょっとさんごちゃん、打ち合わせと話違くない?
「えーだってー、重いしー、動きにくいしー。だいいちこれ、座るの大変だよー?」
いや、そうかもしれないけど、これを一推しするって話だったでしょ? 今日はー。
「いや、構わない」
え、いいんですか? 美里さん。
「うん。私が説明する」
「現在流行している型のウィルスは子どもにも感染しやすいことが分かっています。にも関わらず、子どもたちにマスクをしなくても良いという指針を政府機関が示すなど、医師の立場で見たらとんでもないことが行われています。そして全ての子供たちがウィルス感染の仕組みを理解できるとは限りませんし、また理解していたとしても、子供は遊びやスポーツに夢中になれば、自然と大声を出したり他の子供と接近したりするものです。それを防ぐために、子ども同士が近づきたくても近づけないものを付けさせることで、ウィルスの広がりを防ごうというのが私達の考えです」
はい、それはよく分かります。でもそのために重くて動きにくい物を付けるのって、なんか納得いかないというか……、ボクたちが病気にならないように、ってのは分かるけど、なんでわざわざこういうのを付けなきゃいけないのかってのは思いますし……。
「その通りだし、私達大人も、付けさせなくて済めばそれがベストだと思っています。ですが、子供たちの命を守るために必要な事であれば、目先の大変さに惑わされてはいけません。最近は『子供が可哀想だから』という理由でマスクを外させる大人もいるようですが、それは理屈のすり替えです。子供がマスクをしなければいけないのは、大人が新型ウィルスの広がりを防ぐための努力を怠ったからです。もっと迅速で強力な感染拡大防止策を実行すれば、そもそも子どもがこれだけ長い間マスクしながらの生活を送る必要など、とっくに無くなっています」
「はいはーい、アタシ意見言っていいですかー?」
わわっ、さんごちゃんダメだよー、話に割り込んだらー。
「構わんよ。どうした? さんご」
「あ、はーい。この輪っか、重くて動きにくいけど、でも、色々遊べて楽しいですよー。ほら、こうやってくるくる回ると、なんかバレリーナみたいー」
わー、なんか楽しいかもー。それにキラキラしてて、きれいー。
「輪っかにラメ入ってるからねー。あと輪っかにも色々飾り付けたのわかるー? 回ると遠心力で広がるから面白いでしょー? あと、チェーンにリボン付けたりしても可愛いと思うよー」
さんごちゃんは、結構お気に入りになっちゃったの?
「お気に入りまくり! 楽しいよー!」
楽しいの? でも楽しいなら良かったよねー。ね、美里さん?
「だな。でも余計な物を身体に付けるのを嫌がる子供もいるだろうし、こんな物が無くて済む世の中になればいいんだが」
「えー? せっかく作ったのにやめちゃうんですかー?」
「ま、すぐには収まらないから安心していいぞ。それに感染症はいっぱいあるから、ほかの病気の予防に任意で付ければいいわけだから」
だそうです。さんごちゃん、良かったねー。なお、今さんごちゃんが装着しているものはソーシャルディスタンス保持用器具として、このはな村で考案されたものです。
このはな村からのお知らせです。
新型ウィルス感染症対策の緩和に不安を感じる方々のため、村では本日紹介しましたソーシャルディスタンス保持用器具を、すでに村内に在住または通園通学する、すべての幼児ならび小中学生に無料配布いたしました。使用中に問題が生じた場合は、村役場もしくは各地区の出張所・またはお子様の通う村内の幼稚園・保育園・小中学校にご相談ください。器具につきましては、壊れた際の予備を確保した上でまだ残りがありますので、当面の間、修理又はお取り替えが可能です。
また、配布分および予備分以外の残りについて、このはな村役場まで取りに来られる方を対象に、無料配布いたします。明後日の月曜日十時から電話での受け付けとなりますが、電話番号は月曜日朝八時のこのはなFMの番組にてお知らせします。
以上、村からのお知らせでした。
そろそろお別れの時間でーす。今日は岡部医院の岡部美里さんに、このはな村の、特に子どもへの感染症対策についてお送りしました。
まだまだ新型のウィルスが広まっていますし、今ここで対策をゆるめるのは怖いなーって思ってたんですが、村で色々な対策を考えてくれてることが分かって、安心しました。
このはな村では、このような感染対策ファッションをたくさん開発しています。実は、ボクも今感染対策ファッションのうちのひとつを使ってるんですが、分かりますか? 分からないですですよね。あとでラジオ局のSNSに写真出しますけど、ヒントは、
「コンコン」
これでピンと来ますか? 村に住んでる人は分かると思いますけど、実は今日のボク、昔のマンガに出てくる宇宙服みたいな? あーそうそう金魚鉢、あれを逆さにしたみたいなのを被ってます。これ、アクリルだから割れませんし、空気は首の後ろにフィルター付きの小さい穴があるのでそこから入ります。それで足りなかったりムレたりしたら、首回りにあるボタンを押すと窓が開いて空気を入れられます。これは外とかの人がいない場所で使います。暑くない? ってよく聞かれるけど、このはな村は涼しいので平気です。
でもちょっと心配なのは、中で声がこもっちゃってないかなってことなんです。ディレクターさん、どうですか?
「んー? 気づかなかったけど。別に声がこもろうが、元々イケボとかじゃないからいーじゃん別に」
さんごちゃんには聞いてません! あ、ディレクターさんはオッケー? ありがとうございます。あ、あとついでにディレクターさん、さんごちゃんのイヤホンに嫌な男流してもらえます? 黒板を爪でひっかく男とか。
「イヤホン外しとこうかな」
さんごちゃん、こういう時逃げ足速いよね〜。まーいーや、それでは、みよたみのりのこのはなだより、今週はここまで、また次回、よろしくお願いしま〜す。
このはな村には、作者の思い描く理想を形にした部分が多くあります。子どもの罹患する割合が高いタイプのウィルスが流行しているのだから、子ども同士が物理的に触れ合う場面を無くす。このはな村はあえてここで手綱を締めます。
体育の授業などで、子ども同士が一定の距離を保てる競技って何でしょうか。そう考えるとほとんどのスポーツはダメということになりかねません。まして子どもは、仲の良い子同士で触れ合ったりもしますから、なおのこと注意が必要、、子ども同士の接近を防げることができないならば、体育はやらなくて良い。それくらいの考えでちょうど良いくらいではないでしょうか。
一方、感染防止用の装備は色々遊べるようにしてあります。こんな風に楽しみながら感染予防ができれば言うこと無しですね。