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それぞれの出席者が部屋を出ていく中、ソフィは一人頭を悩ませていた。その様子を見たリズロウは声をかける。
「どうした?」
「いえ……その……」
ソフィの返事の歯切れは悪く、言おうとしていることは決めているようなのだが、それを本当に言っていいか悩んでいるようであった。リズロウは片手を上げ、問題ないというジェスチャーをする。
「構わん。言え」
「いや……もし……私の案が通ったらなのですが……」
ソフィはもじもじとしながら答えた。
「私が……やっぱり全部やることになるんです?」
ソフィの言葉にリズロウは目を丸くして、そして少ししてから大声で笑った。
「あっはっはっはっは!」
リズロウの笑い声に周りにいた者は何事かと思い一斉に振り向き、リズロウは慌てて取り繕い、払うジェスチャーをして周りの者を捌けさせる。だがしばらくは笑いを止められず、涙目になりながらリズロウはあることを思っていた。――よくわからんコイツにも弱点はあったな。まだ、若すぎるってことだ、と。
「お前がそんな心配をする必要は一切ないとは言っておこう。無意識的に他の者を舐めてるのか知らないが、お前にしてもらわずとも、彼らが何とかしてくれる。……彼らも国家運営のプロだ。若輩者のお前に心配されずとも、上手くやるさ」
他の者が全員部屋を出て、リズロウ達も部屋を出ようとする直前、リズロウはソフィの肩を叩き、耳元で言った。
「今夜、明日の準備が終わってからで構わないから私の部屋に来るように」
その言葉を聞いたソフィは身体を硬直させその場で立ち止まる。リズロウはソフィを置いて部屋から出ていくが、内心は別の感情が蠢いていた。――優秀すぎる。先の面接の時の経歴を信用するなら、まだ秘書としても新人のはずだ。いかに教育を受けてきたとはいえ、まだ初めての事で困惑することもあるはず。だが、ソフィは堂々と“しすぎ”ていた。
先ほどスパイ疑惑を否定した側ではあるが、どうも嚙み合わないところが散見される。リズロウはソフィとの“個人面談”を行い、それを問い詰めるつもりでいた。
ただリズロウは気づいていなかった。別れ際のソフィは何故か小刻みにスキップしていることに。
× × ×
そして深夜、城の者が寝静まり、フクロウの鳴き声が響き渡る城内でリズロウは静かにワインを飲んでいた。一本数十万するワインではあったが、贈呈品として貰ったものであるため、遠慮せずに飲んでいた。日頃忙しい魔王の役得と思いながら、ツマミで安物のチーズを齧る。そして窓に映る月を見ながら、ソフィの事を改めて考える。
仮にスパイだとして、これまでの行動は一体何を目的としているのか?スパイならもっと疑われない方法を取るはずだし、それにしてはソフィは悪目立ちしすぎだった。そうこう考えていると部屋の扉がノックされる。
「リズロウ様。よろしいでしょうか?」
ソフィの声が聞こえ、リズロウはその声に答えた。
「どうぞ」
魔王らしからぬ丁寧な返事だった。リズロウの癖でもあり、それは美徳でもあった。扉が開けられ、リズロウはソフィの分の飲み物を注いでやり、テーブルに置く。
「夜分遅くにすまないな。まずはこのワインでも……って!?」
リズロウはソフィの姿を見て絶句する。
「お……お前……!」
「その……あの……!」
ソフィはもじもじと赤面しながら、次にどう言葉を繋げばいいか悩んでいるようだった。だが、そんなソフィにリズロウは冷たく言い放つ。
「お前……バカなの……?」
「…………え?」
ソフィはスケスケのネグリジェだけを羽織り、リズロウの部屋に来ていた。紅潮した顔や態度から”何かを”非常に期待しているような雰囲気であったが、リズロウは逆にドン引きしていた。
「“俺”は別にそんな目的でお前を呼んだんじゃねーよ! っていうかお前は俺がそういうことをする奴だと思ってたのか!?」
驚愕のあまり完全に素が出てしまった言葉使いになっているリズロウをよそに、ソフィは涙目になりながらリズロウに縋りついた。
「え!? だって! だって! 普通美人の女秘書を夜に呼ぶってこういう事じゃないですか!」
「お前の普通は一体何なんだよ!?」
「それじゃあ、気合い入れて勝負下着とか着てきた私がバカじゃないですか!」
「だからバカって言ってんだろうが!?」
そしてひとしきり叫び、リズロウは息を荒げながらワインを手に取ろうとする。そこでゾッとする閃きが頭に走り、ワインを飲むのを辞め、恐る恐るソフィに質問をした。
「ま……まさか……お前がこの国に来た理由……まさか……まさかだろうが、“魔王が無理やり人間の秘書を手籠めにする”とかいうシチュエーションに憧れてきたとか言わないだろうな……」
リズロウは口に出してから深く後悔するような事を言ってしまったと思った。――だが、ソフィはそれを否定せず、図星を当てられたような挙動不審な態度になっていくのを見て、血の気が干潮のようにガンガン引いていく。
「ま……待ってくれ……嘘って言ってくれよ!?お……おい!?」
ソフィは恥ずかしがり、頭を掻きながら小さい声で答えた。
「は……はい……その通りです……」
リズロウは完全に思考がショートしていた。そしてソフィを雇ったことを5分前とは全く違う意味で後悔しはじめていた。――だがもう遅い。この国の運営にソフィはすでに根を這ってしまっており、今更彼女を追い出すことはどうあがいてもできない状況になってしまっていた。こいつはヤバすぎる。そう、思ってももう後戻りが効かないほどに――。