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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
最終話 魔人の国の女秘書
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19-4

 ソフィとリズロウは外に出ると、リズロウは身体を光らせて変身し、竜の姿になった。ソフィがこれでリズロウの背に乗るのは3度目――いや記憶にない10年前のあの時を入れれば4回目だった。


「こんだけ俺の背中に乗った人間はお前が初めてだよ」


 リズロウはソフィを自分の背に乗せながら言った。ソフィは苦笑しながら答える。


「この国に来てから、いろんな魔人の方に背負っていただきましたね。思えば魔人の背中に縁がある数か月間でした」


「縁て偶然みたいに言うけど、確かお前自分で動くの面倒で他人に背負わせてるのが殆どでは……」


「……まあまあアハハ……」


 ソフィは誤魔化すように笑いながらリズロウの背にまたがり、安定姿勢を取った。ソフィがしっかり背につかまった事を確認すると、リズロウは翼を羽ばたかせ、空を飛ぶ。今日は曇一つない天気であり、空には月が明るく輝いていた。



 ソフィは空を飛びながら、目下の森を眺めていた。10年前にどのあたりで自分が誘拐されかけたのかは、今ではもうわからない。ただあの時にリズロウが自分を助けてくれ、そして今日と同じように空を飛んで運んでくれたこと、その再確認をしたかったのだった。


 だがあの時の事を思い出すと、どうしても今も身体が震えてしまう。本当に死を覚悟せざる得なかった、いや死ぬよりも恐ろしい目にあうかもしれなかったあの過去が、ソフィの中からトラウマとして拭えていなかった。それをただの不幸と嘆ければよかったが、ソフィは自分が無駄に聡明であるとわかっている。――結局あの事件を引き起こしたのが自分の生来の本質であることにも気づいていた。自分が余計なことをしなければ、そもそも命を狙われることもなかったのだ。


 ソフィは怖くなってリズロウの背につかまる。竜の形態になったからか、もしくは単純に他人の体温が心地よいからか。リズロウの背はとても暖かく、しがみつくことでソフィの震えは少しずつおさまっていった。


「暖かい……」


 リズロウはソフィが密着してきたことで心臓が高鳴った。同じように背中に女の子を乗せた回数は、もう本人ですら覚えていない。何十回と乗せてきてナンパをしてきたので慣れているはずなのだが、ソフィがあのアンナであると意識してしまい、自分でも整理できない感情に襲われてしまっていた。


× × ×


 ――10年前。ソフィは家の外から空を眺めていた。リズロウはできるだけソフィから目を離さないように心がけており、ソフィが深刻な面持ちで外に出ているのを見かけ、心配して外に出る。リズロウが出てきたことを音で察知したソフィは、リズロウを心配させまいと笑顔をリズロウに向けた。


「どうしたんですか?ロウズリーさん」


 ソフィが向ける笑顔は明るいものではあったが――同時に悲壮さも感じさせた。この子は時々、このような笑顔を浮かべることがあると、リズロウはこれまでの生活でわかっていた。


「アンナ。夜は冷えるから、あんまり外に出てちゃダメだぞ」


「ええ、わかっています。ですから、少しだけ……」


 ソフィはそういうとまた黙って空を眺め始める。


「星が……好きなのか?」


 リズロウはソフィに尋ねるが、ソフィは首を横に振った。


「別に嫌いではありませんけど……星座を覚えるほど好きでもないです。ただ、空の向こうにいる友達のことを思い出して。あの子とよく話してたんです。互いに寂しかったら、星空を見ていようって。昔呼んだ絵本に、星空で人は繋がっているって話を見て……」


 ケールニヒとかいう男の子の事か。リズロウは事前に聞いていたソフィの情報を思い出していた。確か許婚とかで仲がいいとは言われていたが。


「そうか……アンナ、君は……ストーインに戻りたいか?」


 リズロウもソフィの兄であるエリオット王子に掛け合い、何とかソフィが戻れないかと尽力はしていた。エリオットも動いてはいたが、ソフィが生きているという事実をおいそれと信用できない人間に言う事もできない。何とか手続きの穴を見つけ、ソフィが王位継承権を実質放棄する形になれば、戻れないこともないとあたりをつけていたものの、まだその方法にもリスクが付きまとっていた。


 ソフィはリズロウの質問に頷いて答える。


「ええ、戻りたい……です」


 言葉とは裏腹にその声は迷いが表れていた。


「無理……しなくていいんだぞ?アンナ、君はもう公的には死んだ扱いだ。もし、君が自分の人生を望むなら……」


「それは……ダメです」


 ソフィはこの言葉だけは迷いなくリズロウに言った。


「ダメ……?」


「ええ、ダメです」


 ソフィはは8歳の少女とは思えないような、力強さでソフィに言う。


「私は私の責任をまだ果たしていない。……お父さんもお母さんも私を見てくれないし、友人もハイネさんやリンたちができるまで、ケーンとジュリスしかいなかった。そして誘拐だってされた。……だけど、それでも私はストーイン王家の“姫”であり、その恩恵に預かりうる待遇を受けてきました。……それはこれまでいろんな事があっても、大半の人にとっては“幸運”として認識されうることで……私はその幸運に報いなきゃいけない」


 リズロウは天地がひっくり返る衝撃を受けた。自分は魔王の息子として過剰な期待を受け、そしてその才能を持て余し、家を出て放浪してきた。そしてこの地で人間と結婚し、もう自分の力で混乱を引き起こすくらいならこのまま静かに過ごすだけでいいと思っていた。――だが彼女はどうだ?たかが8歳のあの女の子が、自分は姫として生まれたから、その幸運に報いなければズルいと考えている。自分がその考えを持てるか?


「……誰かにそれを言われたのか?」


 リズロウは当然の質問をした。8歳の女の子がそんな事を考えられるはずがないと。だが同時にあることも思い出していた。――この子は実質的な殺人を犯して、ここに来たのだと。普通の8歳の女の子ではないと。


「いえ、私……“ワタクシ”の考えです」


 そしてこの時からだった。リズロウが自分の血の運命について考え始めたのは。そしてこの1月後にソフィはストーインに戻り、更に数か月後にリズロウは魔王の息子としてアスクランに戻ることになる。


× × ×


 リズロウはソフィを背に乗せ飛びながら、その過去を思い出していた。そしてリズロウは自嘲気味に笑った。――過去に囚われていたのは自分も同じだった。今もあの言葉に突き動かされてしまっている。アンナとの思い出が胸から離れていない、と。


「なあ……ソフィ」


「なんでしょうか?」


「……ありがとうな」


 その“ありがとう”には色々な意味が込められていた。リズロウは話したいことはいくつもあったが、そのどれもが言葉に出すには多すぎた。だからこそソフィにはその一言で伝わってくれると確信していた。そしてリズロウの期待通りその意味を読み取ったソフィは笑顔で答える。


「……我が家の家訓に“親しきものだからこそ言葉で礼を伝えよ”って言葉があります。リズロウ様しょっちゅう女の子ひっかけてそうですから、言葉で好意を伝えることの大事さが分かっているとは思いますけど」


「意味は分かるが……後者が一言余計だ」


「だからこそ、私も言わせてください。……あなたに会えてよかった」


 ソフィの返答にもいくつも意味があることはリズロウにも理解できた。10年前のあの時アンナを助けた事、そしてソフィが面接に来た事。


「なんか……湿っぽくなっちまったな」


 リズロウは気恥ずかしさを誤魔化そうと話題を変える。


「じゃあ……ちょっとこの場でお話が……」


 ソフィはおずおずとリズロウに言いだした。


「なんだ?」


「……実はですね。シャザール様から回収してた裏金あったじゃないですか」


「ああ、確かまだ半分は使わないでとっといてあったから、退職金代わりで国外追放処分になった奴らに配っちまって、あとは今回俺は暴れたせいで壊れた城の修繕費に当てて、全部使い切ったはずだけど」


「まあそれでもまだお釣りが残ってまして……。で、最近私が財務を担当してた箇所で、計算を間違えて帳簿に足が出ちゃったものがありまして」


「……それが“本当に間違えた”なら許してやるが……それで?」


「あの……例の宝くじあったじゃないですか?今回リズロウ様が凱旋された記念で開催したんですよ。……で、ここからが本題なのですが」


「すっごい嫌な予感がするのは気のせいか……」


「…………宝くじの当選金に例の残った裏金を当てたら、競馬場での一件で神経尖らせてた税務部にバレて……お金没収されちゃって……」


「え……待って、その話聞いてない」


「何とか私の給金や、へそくりで補填したんですけどまだ足りなくて……その……リズロウ様の給金や貯蓄使いこんじゃいました……」


「…………え?」


 リズロウは急に声のトーンが落ちていった。ソフィは汗をだらだらにしながら言い訳を続ける。


「まさか私が上手く働けるように教育した結果、私の不正を見破られるとは思わなくて……。なので、ちょっとリズロウ様もしばらくタダ働きに……」


「待て待て待て!? なんでお前が俺の金を勝手に使ってんの!?」


「いや~私がだいたいの事務処理やってたら、他の部署の人たちが私がリズロウ様の財布預かってると思ったらしく、その辺教えてもらいまして。……まあどうせお金あまり使っていないようでしたから、昔のよしみで許して……」


「お……お前!? それ昨日今日の話じゃないだろ!? ……はっ、まさか……!」


 リズロウは何かに気づき、背中に乗っているソフィを見ようとした。ソフィは必死に誤魔化そうとリズロウと目を合わせないように反らし続ける。


「まさか……こういう雰囲気になればなあなあで許されると思って、報告を貯めてやがったな……!」


「い……いいじゃないですかロウズリーさん~。それに宝くじの売り上げもすぐに上がりますから、そうすればお金返せますから~」


「ふ……ふざけんな! ……待て、お前もしかしてその考えで他にも何かやらかしてること隠してないだろうな!?」


「い!? ……いやいやそんな……」

「その“い!?”はなんだ! お前……せっかくいい雰囲気だったのに、どっちらけじゃねえかよ!」


 ソフィは返答につまり、しばらく考えたあと最終的にリズロウにしがみついて自分の身体をリズロウの背中に押し付けた。リズロウはその意図を察し、ソフィに怒りながらツッコミを入れた。


「んな色仕掛けで納得するかぁ! ああ~~~……城に戻ったらどんだけの後始末が残ってるんだあああ!!!」


 リズロウもソフィが何も不正にお金を得ようとしてやったことでないことは重々承知している。リズロウの金を使い込んだのも、国庫に可能な限り影響がでないようにという意図だろうし、そもそも先のクーデターにおける被害額といった無視できない赤字や、回収のための先行投資という正論だけを見れば、ソフィの施策は長期的な面でプラスが見込めるからだ。――ただこいつは最短距離で手段を選ばなすぎる。


「……お前は本当に“ヤバイ”やつだよ……ソフィ」


「お褒めに預かり光栄です。リズロウ様」

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