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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
最終話 魔人の国の女秘書
75/76

19-3

 ソフィ達は城には向かわなかった。ジュリス達、そしてアスクランに残っているケイナンやその他の部下たちにはストーインに挨拶に行くと伝えていたが、本人たちにその気は全くなかった。――ただ時間が欲しかったのだ。二人で誰にも言えない“ある場所”に行くための。


 森の中にポツンと大き目な家が建っていた。2階建てであり、どうやら鍛冶屋であったのか巨大な煙突と大きな火を起こすためのかまどが外からも見えた。――しかしもう数年以上誰も住んでいないようであり、草木が家の周りに鬱蒼と生えており、ボロボロに寂れていた。ソフィとリズロウはその家の前に立っており、懐かし気な目で辺りを見ていた。ソフィはリズロウと目を合わせず、家を見ながら言う。


「トモエさんが亡くなって……身寄りがいなくなったハイネさんたちを、私が引き取りました。リズロウ様が残したお金も預かって、寄宿舎のある学校に二人を通わせていました」


「そうか……すまないな」


 リズロウは気のない返事を返した。無感情にそれを捉えていたわけではない。今は郷愁の感情が心を支配していて、何も頭に入らなかった。10年。それを“たった”と見るか、“もう”と見るか。――だがもう取り返しようのない10年だった。


「ハイネさんは学校を卒業して、今はストーインの王都で雑誌の編集者をやっています。元々そういった本が好きでしたからね。苦労はしながらも楽しんでいるようです。リンは今年学校を卒業で……大学に行きたいと言っていましたね。成績も悪くないようですし」


「へえ……あのリンが。勉強なんか苦手そうな子だったのに……」


「ハイネさんが雑誌の編集で情報を集めてるおかげで、アスクランで新人秘書募集しているのを知りましたからね。そこから資料等請求して、試験を受けた訳です」


「そういうことね…今までどうやってお前がアスクランの秘書募集に目を通したか疑問だったけど、やっと疑問が解決したよ」


「ちなみリンにはお付き合いのある男性もいるようで。ハイネさんは……未だに男の影が見えませんが、リンは下手すると学生結婚するかもって話が」


「まじか……俺、下手するとお爺ちゃんになるのか?」


「もう45ですしね……。そろそろ初孫が見えても確かにおかしくはないですね」


 リズロウは言葉ではショックを受けていたものの、やはりどこか反応が薄かった。


 二人が来ているのはかつて10年前までリズロウが暮らしていたクラン家の家――ソフィが半年間、リズロウに匿われていた場所でもあった。リズロウは10年ぶりにこの家に帰ってくることができた。それは戦争が終わったから――だけではない。この家に寄ることのできる理由がようやくできたからだった。


「ソフィ……ありがとうな。お前がいなければ、多分俺は一生ここに来れなかっただろう。魔王たる俺が、人間と結婚していたなんて事実は、この先も明かすわけにはいかないからな……」


 リズロウが過去に結婚していたという事実を何者にも悟られてはいけない。そのためリズロウ一人でこんなところに寄ってしまっては、その過去がバレてしまう危険性があったからだ。


「いえ、礼には及びませんよ。……私もやっと、トモエさんとの約束を果たせそうですから……」


 二人は家から少し離れ、森の中を歩いていく。そして少し歩くと小さな滝がある川についた。


「……ここが、リズロウ様とトモエさんの思い出の場所なんです?」


 ソフィは滝を見ながらリズロウに尋ねた。自分もハイネに遊びに連れて行ってもらったことのある場所だった。鍛冶屋は火と水を大量に使うため、川が近くにあることは何も不思議なことはない。ただソフィにとって不思議だったのは、トモエが死の間際にここに骨はここに埋めてほしいと頼んだことだった。


「ああ、俺とトモエはここで初めて出会ったんだ。俺が森で迷って……いや迷った体で身を隠していた際に、たまたまバッタリ、な」


 リズロウは過去を思い出す。あの時は少し厄介ごとを抱えており、ほとぼりが冷めるまで森の中で身を隠していたのだった。そしてその際にたまたまトモエと遭遇してしまい、適当についた嘘のせいで家に連れてかれた。――そしてクラン家で世話になっているうちに離れることができなくなり、トモエとも結婚したのだった。


 ソフィに案内され、リズロウは川の近くにあったトモエの墓石の前まで来る。家は荒れ放題だったが、墓石は家に比べ綺麗にされており、数か月前に誰かが供えたと思われる花などもあった。ソフィはお供え物を片付けながら言う。


「私のですね。アスクランに来る前に墓参りに来ていたんです。……もう来れないと思ってましたから」


 淡々と言う――いや言おうと努めているソフィに、リズロウは歪な悲しさを感じていた。ジュリスやケイナンの話では、捕まってしまうからとアスクランに来る前の最後の挨拶を避けたにも関わらず、この墓参りだけは欠かさずに来ていた。――あれから10年だ。ソフィも一番多感な学生時代を過ごしていたはずなのに、彼女が最後に選んだのは10年前の思い出の再確認だった。


 リズロウの思案を表情から読み取ったのか、ソフィは墓から離れていく。リズロウは声をかけようとするが、それを遮るように手を振った。


「あとは夫婦水入らずで過ごしてくださいよ。私は一旦家に戻って、今日泊まる準備しておきますから。全く片付けてませんから、荒れ放題ですし」


 リズロウは手を伸ばすことを躊躇し、そして結局伸ばすことができなかった。そしてトモエの墓に向き合うと、膝を屈んで手を合わせた。


「……本当にごめんな。今まで来れてやれなくて。だけどやっと平和になったんだ。……でもごめん。もうここに来てやれそうにないから」


 リズロウは涙を流しはしなかった。自分がしてきたことに後悔もしては――いや、後悔は恐らくこの先もずっとついて回るだろう。


「……ソフィ流に言えば“生きることは後悔すること。最善手だろうが最悪手だろうがあの時ああすれば良かったと考えることは前向きな証拠”。とか我が家の家訓って形で言うんだろうな。俺は前向きになれるけどさ。あいつは……未だ前を向けてないんだな。なあ……トモエ。“娘”であるアイツに、俺は何をしてやればいい?」


 妻の墓は何も答えない。それはわかっている。死んだ人間は何も言わない。ただそれを前にする者が都合のいい言葉を聞いたと思い込むだけだ。リズロウは立ち上がり、そして家へと向かう。――彼女らを捨てた自分に、その都合のいい言葉を聞く資格はない。良識的な判断ができるからこそ、自分のしたことにもう後悔を抱き続けるしかないと、悲痛な覚悟を決めていた。だがリズロウは“大人”だからこそ知っていた。どうせその痛みにも慣れると。


 夜になり、ソフィは食事の準備を始めた。この家に住んでいた10年前は火をつけることもままならなかったが、今は慣れた手つきで火をつけ、食材に火を通していく。ソフィが料理をすると言いだして不安だったリズロウは横で見ていたが、割と慣れた手つきになっていたことに驚いていた。


「お姫様って割には随分……」


「学校で習いましたから。それに10年前にハイネさんに教えてもらいましたしね。……リンのやつは未だに怪しいですけど」


 リズロウはそれとなくハイネやリンの近況を教えてくれるソフィに、言葉に出さずに感謝していた。結局ストーインには来たものの、リズロウは彼女たちを一目見ることも無かった。彼女たちに今更父親が魔王だったなんて話しても、その人生を壊してしまうだけだろうし、何よりどんな顔して会えばいいかわからなかったからだ。そしてそれをソフィも理解している。――それがリズロウにとっては一番気がかりだった。気が“回りすぎる”からだ。


 ソフィは先ほど掃除したテーブルの上に作った料理を置いた。とはいっても今日別れた特派大使団から日持ちする食料の残った分をもらったものを適当に炒めたり、茹でたりしただけなので、塩漬け肉の炒め物に塩漬け肉のスープといった、簡単なものでしかなかったが。リズロウは恐る恐る料理を口に運んでいく。


「…………ふっつう」


 塩っ辛いがまあ食べられなくはない、そんな味だった。普段塩辛いのが苦手という割には、自分で作る際の分量が良く分かっていない――リズロウはそう予測した。


「んなこんな食材で期待しないでくださいよ!? というよりもせっかく私が作ったんだから美味しい!くらい世辞でも言ってくださいって!」


「秘書が雑用こなすのは当たり前だろうが……時たまお前その辺忘れてそうな気がしてならんけども……」


「あ~……今度から厨房の野菜丸かじりする時、勝手に調理道具借りて料理の練習しようかしら……」


 ソフィは悔しそうに呻きながら、自分も料理を食べていく。しかし結局会話が続いたのはそこだけで、あとは二人とも黙って食事を進めていた。そして食事が終わると、黙ってそれぞれ後片付けを行っていく。片付けながらソフィは思い出したようにリズロウに言った。


「……ああ、お風呂は流石に無しです。もうボロッボロであれは無理ですね」


「そこは期待してなかったからいいよ。寝るのはどうする? 部屋とかもう埃だらけだろうから、ここで寝るか?」


 リズロウの提案にソフィは少し考え、そして言った。


「リズロウ様……一つお願いがあるのですが」


「なんだ?」


「……一度、ここを空から見たいんです。誠にぶしつけなお願いなのは承知なのですが……空を飛んで見せていただけませんか?」


 リズロウは少し間を空けて答えた。


「……ああ、いいだろう」


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