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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
最終話 魔人の国の女秘書
73/76

19-1

 アスクラン王城中庭の訓練場で早朝から汗を流す魔人の姿があった。


「389! 390!」


「おら! 腰が引けてきてる! お前は疲れるとその癖が出がちなんだよ!」


 一心不乱に木刀を振る犬型の魔人に、人間の青年が腰を松葉杖で叩く。その青年は足に包帯が巻かれており、松葉杖をついて歩いていた。


「399! ……400!」


「よーし! 今日はここまで!」


 人間の青年が訓練の終了を告げると、犬型の魔人は腰から地面に座り込んだ。


「つ……疲れた……!」


「トシン、お疲れさん」


 人間の青年はトシンと呼んだ犬型の魔人に水筒を渡す。


「ケイナン、ありがとう」


 トシンは礼を言って、ケイナンから渡された水筒を受け取ると、一気に飲み干した。


「やっぱり飲み込みが非常に悪いというか、センスは欠片もないが、この2週間ちゃんと訓練したおかげかサマにはなってきたな」


 ケイナンは事実を的確に言うが、そんな言葉にトシンは目を細めた。


「もうちょっと褒めてくれよ……。そんなご無体なこと言わんでも……」


「実戦でセンスの良し悪しを敵が忖度してくれるならな。この前の戦いでそれは実感したろ?」


「う……」


 トシンはケイナンの指摘に言葉を詰まらした。2週間前のクーデターの際にトシンは部隊長クラスの魔人であるライズルを倒し、一躍その名が知られていた。だがそのおかげか半ば喧嘩じみた模擬戦を仕掛けられることが多くなり、そして全員にボコボコに打ちのめされていた。


 本来はそこまでトシンを育てたケイナンに注目が集まるものだが、ケイナンはすでにその強さが知れ渡っていたのと、クーデターの際の足のケガが治ってないこともあり、余計に矛先がトシンに向くことになっていた。


「今日はこれからどうする?」


 トシンはタオルで汗を拭きながらケイナンに尋ねる。クーデターから2週間が経ち、混乱も落ち着いてきたこともあり、リズロウとソフィはジュリスをストーイン本国に送り届けるついでに、ストーインに挨拶に行くことになっていた。ケイナンは足の怪我のため、トシンはケイナンの警護のために留守番を言い渡されていた。仕事もあるわけではないので、久しぶりの長期休暇のような形になっていた。


「そうだなぁ……ミスティさんの家でも行って、麻雀でもやるか?」


 ケイナンはクーデター以来、ミスティの家に通い詰めており、ミスティの姉であるカミリアの魔法による治療を受けていた。その甲斐もあってか全治2か月くらいの大怪我だったライフルによる足の怪我も、来週には松葉杖を無くても歩けるようになるくらいには治ってきていた。


「麻雀か……ダグも今はいないし、アレクさんでも呼ぶ?」


 トシンはこの場にいないダグの名前を出した。ダグは怪我はすでに治っているものの、ジュリスがダグを是非ストーインの学校に通わせたいという希望があり、ジュリスがダグを引き取ることになったのだった。元々外交官志望ということもあり、ソフィの下で働くより、ストーインの最高の教育を受けた方が彼のためになるとして、ソフィも受け入れていた。


「ああ、飯食うついでに軟体亭に寄ろうか」


 ケイナンはトシンに手を伸ばし、トシンはケイナンの手を取って立ち上がる。まずは汗を流すために水浴びだな、と思いながらトシンは青空を見上げた。雲一つない清々しい朝の空だった。


 × × ×


 軟体亭についたトシンとケイナンはアレクを遊びに誘うが、アレクは丁重に断った。今日は店の掃除をしなければならず、どうしても外すことができないとのことだった。ケイナン達は謝るアレクに気にしないでくれと伝え、そしてそのまま朝食兼昼食を軟体亭で取ることにした。


「アレクさんとは最近どうだい?」


 食事をしながらトシンはケイナンに尋ねる。ソフィもおらず男だけしかいないこともあり、テーブルの上にはピラフに肉に肉に肉と、男の料理が所せましと並んでいた。ケイナンもアスクランに来た当初は貴族らしい丁寧な食事作法を取っていたが、最近はトシンやミスティなどの気心が知れた仲の間では、粗野な食い方が目立つようになっていた。


「あのなぁ……アレクさんが男って言ったのはお前だろうが。……別に仲のいい友人だよ。最近は軟体亭の仕事もちょくちょく手伝ってる。会計処理とかは俺もできるからな」


 トシンは頷かざるを得なかった。トシンもミスティからアレクの身体構造については聞いておらず、ケイナンが事務処理ができる点についてもトシンはよく理解していた。――教育の賜物か座学の成績はトシンより遥かに良いのだから。


「じゃあミスティさんか? 最近結構遊ぶ機会増えたよな。僕がいないときも足の治療のために家に通ってんだろ?」


「おま……! そういう話をここですんじゃねえよ! 気まずいだろ!?」


 ケイナンは周囲を見回してアレクがいないか確認する。どうやら上の階の宿泊用の部屋の掃除に行ってるらしく、話は聞かれていないようだった。


「僕だって一応確認して話してるから……。で、どうなんだよ。ミスティさん、絶対今相手いないだろ? あの人いつもヒマだしね」


「結構辛辣な言い方するな……」


 ケイナンはトシンが割と余計かつうかつな一言を言いがちだと、今までの付き合いで思い始めていた。それでよくソフィに殴られている姿もよく見ていた。


「……とりあえずノーコメントで」


 ケイナンは回答を保留にした。確かにミスティとは前の軟体亭での食事以来、遊ぶ機会が非常に多くなっていた。とはいえトランプや麻雀、将棋にドミノなど、色々な卓上ゲームにミスティが興味を持ち、トシンが輸入雑貨で売ってるのを見かけたときや、自分で自作して持っていくことが最近多くあった。


 それがそういった恋心に繋がっているか怪しいものがあったが、アスクランでトシンやアレクの次によく時間を過ごす間柄の仲なのは間違いなかった。


「そっちはどうなんだ? 姉さんと少しは進展したのか?」


 ケイナンは仕返しとばかりにトシンに尋ねるが、トシンは暗い表情で俯いていた。


「……ううん。最近は会話もめっきり減ってしまった」


「本当か?」


 トシンの言葉にケイナンも思い当たる節があった。そもそも自分も最近ソフィとろくに会話をしていなかった。


「なんというか……凄い悩んでいるように見えた。僕が声をかけようとしても、強がって大丈夫だって言って」


「……そうだな」


 2週間前のクーデターでソフィは仲が悪かったとはいえ、実の兄に手を下したようなものだった。それにあとでトシンに話を聞いた際に、母親の存在が示唆されていた。――となればまだこの問題は続くだろう。それに“もう一人”、ソフィには兄がいる。ケイナンもその人物の事は良く知っている。ある意味ジェラルドよりも“厄介”と言っていい人物だった。


「まあ、姉さんが大丈夫って言ってるなら大丈夫だよ」


 ケイナンはトシンを元気づけるように声をかけた。だがトシンの表情は暗いままだった。


「……一つさ、君に謝らなきゃいけないことがある」


 トシンは暗い表情のまま、真剣な声で切り出した。


「な……なんだよ?」


「……僕さ、以前ここで女の人と付き合いがあったって話したろ?」


「あ……ああ」


 ケイナンは複雑な気分で頷いた。まさか弟分だと思っていた奴が自分より遥か大人であったと思い知らされたあの衝撃がまた頭に浮かんだからだった。


「あれ、半分本当で半分嘘だったんだ」


「なんだ半分て……」


「女の人と付き合いがあったのは本当だけどさ……付き合いって言うのはちょっと語弊があったんだ。実際は……遊ばれてただけなんだ」


 トシンは犬型の魔人の中でも、容姿が“可愛らしい”部類に入る。それはソフィもケイナンも人間の目線から見ても感じていた。だからこそ同い年にも関わらず、トシンの事を今でも下の立場として見ている面があった。――そしてだからこそ、年上の女性に目をかけられがちであった。


「僕は身体も昔から小さかったし、だいたいの魔人に力も負けてたから……。女の人にも勝てなくて、その……弄ばれてたんだ。兵士になろうとしたのも、そんな自分を変えたかったから。兵士になって身体を鍛えれば、舐められないと思ったんだ」


「……もうちょい順序は考えろよ。最低限の体力も怪しかったじゃねえかお前」


 ケイナンのツッコミにトシンは苦笑いで返す。


「ああ、その通りだった。おかげですぐ兵士はクビになっちゃったけどさ。……前に君に女の人と付き合いがあったって話さ、あれは……その……僕の強がりが多分に含まれてた。ごめん」


 トシンの告白にケイナンはしばし沈黙した。そしてテーブルに置いてあった布巾を取ると、それを指で弾いてトシンの顔面にぶつけた。


「いてっ!?」


 急なケイナンの行動にトシンは受け身がとれずに目をつぶる。そしてケイナンは腹の底から大きくため息をついた。


「はぁ~~~……あのなぁそれ自慢してんのか?」


「……え?」


 ケイナンは半ばキレながらトシンに言った。


「お前それ世の半分の男が泣いて羨むシチュエーションじゃねえか! “やめろぉ!僕は男の子なんだぞぉ!”って言いながらお姉さんに性的な悪戯を受けるとか! 俺なんか下手に姉さんに青春捧げたせいで、女の子が全然寄ってくれなかったんだぞ!?」


「そ……それは君が悪いんじゃ……」


「それにだ。……お前は自罰的に考えすぎだ。どうせクーデター中のやりとりで、姉さんの気持ちをわかってやれなかったとか、もう少し上手くできなかったとか思ってんじゃねえだろうな」


 トシンは図星を言い当てられ、黙ってしまった。ケイナンはそのトシンの反応を見て、更に続ける。


「姉さんもだけど、頭のいい奴ほどそう考えすぎなんだよ。だから限界を超えたところでようやくぶっ壊れる寸前だって気づくんだ。……いいか、俺も姉さんも、お前には本当に感謝してる。多分姉さんはお前にしっかり言葉にして伝えてるはずだ」


 トシンはリミットポーカーの時のソフィの言葉を思い出していた。トイレで自分の肩を掴んで、真っすぐに言ってくれた言葉を。


「だから、姉さんが戻ってきたら1回デートにでも誘え。俺はお前が姉さんと上手くいくように応援してやっから」


 ケイナンの励ましにトシンは微笑みを浮かべた。


「……ありがとう」


 ケイナンに礼を言うが、ある光景を思い出してしまう。それはクーデターの最中、リズロウと合流するためにオークの里に寄っていた時の、あの夜の光景を。ソフィとリズロウが抱き合っていたあの光景を。


「……なあケイナン。すこし女々しい質問をしていいかい?」


「……魔王様の事か?」


 トシンは頷いた。ケイナンもトシンがなぜソフィに対して踏み切れないか、その理由はわかっていた。ソフィの心の中にはリズロウがいるということを。なぜなら、“自分が”その心の存在に負けた過去があるからだった。


「……魔王様が人間に化けてたころの、ロウズリーさんの話は俺も聞いてる。娘さんのリンさんやハイネさんとは俺も会ったことがあるからな。確かに、姉さんの心の中にはあの人の存在が非常に大きな所を占めてる。……俺も告白して振られたからな。よくわかる」


 トシンは自分の小指につけている指輪を見た。ケイナンがソフィに渡したという指輪を。


「だけど、お前にとっても姉さんは諦めきれない。そうだろ?」


 ケイナンの指摘にトシンは力強くうなずいた。そして意を決してケイナンに言う。


「なあケイナン、僕は今から突拍子もないことを言う。この言葉に対して君がどう思うかは自由だし、無理に手伝ってくれとも言わない。……でも君には聞いてほしい」


 トシンにとってもケイナンはかけがいの無い友人になっていた。この数か月で死線を共にし、互いにウマが合い、そして同じ思いを共有する人間と魔人として。


「……言ってみろ」


 トシンは深呼吸をする。そしてあの夜の光景を見て、自分の心に決めたことを再度確認した。


「僕は……いずれ魔王になって見せる。そしてソフィ様に並べる男になりたい。それが、僕の人生の目標だ」


 トシンの言葉にケイナンは唇を吊り上げた。


「それくらいの野望を持ってこその男ってやつだな。……もうお前を見下す奴はいないだろうよ。いいだろう力を貸してやる。俺がお前を徹底的に鍛えあげてやる。……どこに出しても恥ずかしくない魔王ってやつにな」


 トシンとケイナンは互いに飲み物の入ったグラスを手にし、乾杯をした。それは人間も魔人も関係ない、男と男の友情の乾杯だった。

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