18-4
リミットポーカーの最終結果はチップはソフィ20枚、ジェラルドが40枚ではあったものの、ジェラルドの勝ち点が11になり“ドボン”となってしまったため、ジェラルドの負けが決定した。だがジェラルドは納得できずにソフィが机に置いた手札をひっくり返す。そして自分の手札にあったスペードのAと、ソフィの手札のスペードのAを並べた。
「なんだこれはああああ!!! 同じカードが2枚もあるだろうがあああ!!!」
叫ぶジェラルドの言葉を受け、リズロウ達もその異常事態に気づく。
「本当だ……! これは一体……!?」
だがソフィと――“トシン”は落ち着いていた。その様子を見てジェラルドもようやく気づく。
「貴様……! イカサマに加担していたのか!?」
ジェラルドはトシンにつかみかかろうとするが、トシンはそれを難なく避けた。どうやらジェラルドの身体能力は普通の人間そのものらしい。ジェラルドは勢い余って倒れてしまい、地面にはいつくばっているのをソフィは見下しながら言う。
「でも血の署名は反応していない。……つまりあんたのイカサマトランプと同じくイカサマじゃない。……ルールにきちんと則ってるし、あんたに“確認”も取ったしね」
「確認……だと……?」
ソフィは手を付けていない残りのカードの山札をジェラルドに渡す。そしてそれを見たジェラルドは顔面が蒼白になっていた。
「……なんだこれは……!?」
「タネがわかると簡単でしょ?……そのトランプ、8以下の数字がないのよ」
ジェラルドが見ていた残されたカードは、9以上の数字しか無く、同じカードがいくつか重なっていた。Kも9枚存在し、9以上の数字のカードがおおよそ8枚か9枚ずつダブっていたのだった。
「これはトシンが予備として持っていたトランプをいくつか使って、9以上の数字を52枚分重ねたもの。……きちんと封から開けたし、あんたも見てたわね?」
ジェラルドはソフィがカードを選んだ際、確かに封を開けたのを確認していた。だからこそこのカードには作為が無いはずだった。ソフィは横に避けてあった開けた箱をジェラルドに投げつける。
「……確かに封は開けられてなかった。……だけど、下から箱を切ってカードを取り出してたけどね」
ジェラルドが箱を見ると、箱の底面に切り裂かれた跡があった。そして切った上で折りたたんでカードが落ちないように細工されていた。
「このリミットポーカーのルールは“トシンが用意したカード”を“机の上に並べて”、“親がそれを無作為に取り”、“その場で封を開ける”こと。……何も違反してないわね」
「ふ……ふざけ……!」
ジェラルドは反論しようとするが、反論できなかった。なぜならこのルールは自分のイカサマを通すために、自分で決めたからだ。トシン用意したカードはルール上正しいと認めさせることで、暗号付きのカードの使用を暗に認めさせたから。
「ここに至るまでに何度も何度もあんたに確認は取った。トシンが封を開けたあとにカードを広げなかった時もあんたは何も指摘しなかったし、このカードを使う事にあんたは確実に同意していた」
ジェラルドはトシンが封を開けた際に、“このトランプはジョーカーが含まれてない”としてカード公開を怠ったことを思い出す。トシンの顔を見ると、トシンは冷や汗が額から流れていた。
「いや……怖かったですよ……あれがもしディーラーのサマ扱いだったら、下手したら死んでましたよね? 一応配るカードは一切手を加えませんでしたが」
カードが重なりやすくなっていたとはいえ、手札に来るカードはもう“運”としか言えなかった。しかしソフィは問題ないと思っていた。仮に普通のトランプではありえない手札がジェラルドの手に来たところで、フォルド権は自分にある。2ペア以上になりやすいように仕組んでいたのだから、ジェラルドが2ペアになった時点で降りればいいと。
ジェラルドはカードを配る前に、あの時なぜトシンにカードを見せなかったことを指摘しなかったのか思い出していた――そしてそれはジェラルドもわかっていた。ソフィがその質問を妨害したのだ。
「……トシンがカードを開けた直後に、私はあんたにイカサマ防止の提案をした。あれはね、あんたのイカサマを防ぐためじゃない。トシンのカードの公開をうやむやにしたのと、あんたに確実にイカサマを使わせるための狂言だった。……案の定、自分がイカサマを使いたいから、今まで通りの配り方を強制させたしね」
ジェラルドはあの時、何を考えていただろうか。ソフィを屈服させ、自分の勝利が確定したことした考えていなかった。だがソフィはすでに根を張っていた。ジェラルドの勝利という名の大木を枯らす、栄養分を横取りする草の根を――。
自身の負けを悟ったジェラルドは動くこともわすれただ茫然としていたが、ソフィは椅子から立ち上がると、ジェラルドの懐からガス発生装置のボタンを奪い取った。
「あ……!」
ジェラルドは手を伸ばそうとするが、血の署名が働き、ジェラルドの手の動きが止まる。そしてこの場での自身の命綱が無くなったジェラルドは足腰も立たず、ソフィから逃げようと後ろに這いつくばって行くが、何かにぶつかる。そしてぶつかった物をみるために上を向くと、リズロウがジェラルドのすぐ後ろにいた。
「ひ……ひいいいい!!!」
ソフィはミスティにガス発生装置のボタンを渡す。
「兵士たちに言って、城中捜索させてください。ゲーム開始前に言っていた通り、触っただけでガスが発生するといった悪辣な仕掛けにはしてないはずです。自分も巻き込まれるし、何より血の署名が果たされなくなったら惨たらしく死ぬのは自分ですから」
「……わかった。あとシャザールも連れて行く。このクーデターが終わったことをみんなに伝えないといけないからな」
「ええ、お願いします」
ミスティはシャザールに肩を貸してやり、共に謁見の間を出ようとする。しかし扉を開ける直前、振り返ってソフィを呼んだ。
「……ソフィ」
「なんです? ミスティ様」
「……やるな、お前。事後処理が終わったら、以前約束したフウや姉さんとの食事、かならず行こう。ケイナンも呼んでおいてくれ。姉さんは癒療魔法の使い手だからな。足の怪我の治療に役立つはず」
ミスティの言葉にソフィは微笑みながら返した。
「ええ、お待ちしております。エルフ料理、多分アスクランの他の料理よりは塩っ辛くなくて済みそうですから」
「ええ。じゃあね」
ミスティたちは謁見の間から出ていった。残されたジェラルドは半泣きになりながらソフィに縋りつく。
「あ……アンナ……助けてくれ……僕だって、やりたくてやったわけじゃない。母さんが……母さんに言われて……! 僕たちは兄妹じゃないか……! 僕の言っている事、わかるだろう?」
ソフィは自分の足にしがみつくジェラルドに侮蔑の目を向けていた。
「……このリミットポーカー、あんたは“読み合い”が肝心だと言っていたが、実はそうじゃない。あんたの負けた理由のように、どうしたって運の要素が絡んでくる。……でも本質はそこじゃない。このゲーム、敵の手札が見えればほぼ間違いなく勝てるようにできている。押すべきところ、引くところが確実にわかるからね」
「な……何を言い出すんだ急に……!」
「……あんたはいつもそうやって卑怯な手しか取らない。10年前の私の暗殺も、3年前の私の学校にドラッグを蔓延させたのも、このクーデターも」
ソフィは知っていた。10年前の暗殺が最終的な決定を下したのは父ではあるが、それ以前に母とジェラルドの意向が働いていたことを。そして3年前に自分の学校にドラッグを蔓延させたのは、あわよくば自分に責任を被せようとしていたことを。そしてこのクーデターも、もしジェラルドの策が上手くいっていれば、戦争の発端はジュリス救出の際に指名手配されてしまった自分になっていたことを。
「もう私はアンソフィアでもアンナでもない。ソフィ・ガーランド。アスクラン魔王であるリズロウ様の忠実な女秘書。……あんたはもう兄でも何でもない」
ソフィはトシンを連れて謁見の間の扉へと向かっていく。ジェラルドには一切振り向かないまま。ジェラルドはリズロウに首根っこを掴まれ、持ち上げられていた。
「わ……私を殺せば国際問題になるぞ!ストーイン王家の人間を殺して、穏便に済むと思っているのか!?」
謁見の間の扉に手をかけたソフィは振り返らずに言った。
「ああ、たった今我が家の家訓に加えようかなと思った言葉があるわ。“最終的に暴力での解決が1番”これね」
ソフィの言葉にリズロウは呆れながら言った。
「……んな家訓なんざ加えるなよ……頼むから」
「フフ……冗談ですって。ではさようなら、ジェラルド“殿”」
ソフィが謁見の間から出ると、少しして悲鳴が上がった。そしてその悲鳴と共にこの5日間におけるアスクラン王城クーデター事変は終わりを迎えることになった。
× × ×
事件は最終的にシャザールの主導で行われたことになり、王城における6分の1の人材が反乱に加わっていたことになった。しかし首謀者であるシャザールや各隊長に全ての責任を背負わせ、反乱に加担していた殆どの人材は降格や減給、もしくは少しの拘留で済まされることになった。その代わりシャザール及び各隊長は国外追放処分となった。
この反乱に人間が関わっていたという事実は伏せられることになった。肝心のジェラルドが“行方不明”になったことや、ジェラルドが用意した人材が魔人に責任を被せるために魔人の恰好をしていたこともあり、魔人として“処分”することになったからだった。
元通りになるまで3か月はかかるとソフィは思っていたが、実際は1週間もかからなかった。シャザールが強権を使わずにクーデター前と同じ城の維持を心がけていたため、クーデターが終わった後も混乱が最小限に抑えられたからだった。
――そして2週間が経った。