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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第18話 女秘書の答え合わせ(後編)
71/76

18-3

 自身のイカサマを指摘されたジェラルドは黙りこくって俯いていた。だがその様子を横で見ていたトシンは何か不気味なものを感じた。自身の反則を指摘されているのに、ジェラルドに慌てて取り繕うといったアクションが感じられないからだ。そしてそれはソフィもわかっていた。


「……そう、血の署名はまだ終わっていない」


 ソフィは再びジェラルドと向き合う。ジェラルドもソフィの言葉を受け、ゆっくりと顔を上げた。


「ええ……そうです。この血の署名は絶対。いくらあなたが喚いても、この署名からは逃げられない。……そして、あなたの言い分には根本的な“問題”がある」


「……問題?」


 トシンはジェラルドに尋ねるが、ソフィはその指摘も最初からわかっているかのように動じなかった。


「問題ですよ。……なにせ、私がそのカードを覗き見ている証拠があるというのですか?」


「な……!」


 開き直るジェラルドにトシンは絶句する。ソフィの先ほどの説明通り、まだカードにどのような暗号が刻まれているか、ジェラルド以外わからないのだから。


「先ほどアンナは“想像”という言葉を多用していました。……アンナ自身もわかっているのではないですか? 自分の推理が想像でしかないことを」


「……わかってる」


 ソフィはぼそりと呟くが、顎に手を当てながらジェラルドに言った。


「ただ一つ忠告してあげる。認めるなら今よ。今なら署名に従わなければならないし、私が最大限上手くやっても“引き分け”で終わる。……そして引き分けの際の署名の処理はまだ決めていない。……つまりお兄様とは話し合いの余地がある」


 ソフィの忠告にジェラルドはさも小馬鹿にした態度を崩さずに言う。


「それはお前だけが得をする話だろう? 私は悪くても引き分け、順当に行けば勝てるのだから」


 そう、最終ゲームを残しこの状況ではチップ状況よりも“勝ち点”の方が問題だった。ソフィは残り9点。もうブタしか作れないが、ジェラルドはワンペアを作ることができる。ワンペアができる確率はほぼ4割強――2分の1の確率でまず勝てるのだ。


「……わかった」


 ジェラルドの態度にソフィも覚悟を決めた。次の最終ラウンド、必ず白目をむかせてやると。


 ――そして最終ラウンドが開始された。トシンは持ってきたトランプを机に広げ、親であるソフィがその中から一つ選ぶ。ジェラルドはそのトランプを見て、それが自身が仕組んだトランプのメーカーであることをしっかりと確認した。トシンは封を切ってトランプを取り出す。


「これは確かジョーカーが入っていないメーカーのカードでしたね」


 このトランプと同じ種類のトランプは5ゲーム前に使用していた。そのためトシンはジョーカーを抜くことなくシャッフルをする。そして互いにカードを配ろうとした直前に、ソフィがトシンに待ったをかけた。


「待って。……配る前に話をさせて」


 ソフィはトシンを動きを止めると、ジェラルドの顔をまっすぐに見ながら言った。


「……先ほども話した通り、私はあんたのイカサマの疑念が払拭しきれていない。だからトシンがカードを配る際、互いに背を向くか、もしくはトシンが互いの視線に入らないようにしてほしい」


 ソフィの提案にジェラルドは少し考えるが、吐き捨てるように言い放った。


「却下だ。そんなこと認められるはずがないだろう」


「あんたが覗け……」


「違う」


 反論しようとしたソフィにジェラルドは食い気味に言った。


「カードを公の場に出さなければ、お前がそのトシン君から有利なカードをもらうかもしれないし、先ほどみたいに5ゲーム前に使ったカードとすり替えるかもしれない。……カードはきちんと公開情報として場に出してもらおう。でなければ署名の誓約違反で死ぬのはお前なのだから」


「はぁ……わかったわよ」


 ソフィもこれ以上反論はできなかった。ジェラルドの決定的な証拠を掴んでいないのは確かであり、言いがかりという指摘もまた真実だったからだ。そのためジェラルドの言う通り、署名に準じて先ほどと同じようにカードを配ることになった。


 そしてカードのチェンジのターンになる。ソフィの初手はスペードのA・ハートのA・クローバーの9・スペードの10・ハートの10だった。現状の点数が9のため、手を崩すしかない。ソフィはカードを2枚捨てて、カードを2枚引く。


 対してジェラルドはクローバーのA・ダイヤのA・ダイヤの10・クローバーの10・ハートのKだった。つまり2ペアができてしまっていた。このままだと点数オーバーで負けてしまう手だったが、ジェラルドは何の問題も感じていなかった。トシンが持っている山札の1番上がクローバーのKであることは見えている。


 つまり手札で現状ペアになっているAを1枚、10を1枚捨てればいい。なぜならソフィがさきほど捨てて引いたカードはスペードのKとダイヤのK。つまり場の捨て札の状況と、ソフィの手札から、この捨て方をすればKのワンペア以外に絶対にできないからだった。


 自身の覆らない勝利を目の前にジェラルドは笑みを浮かべた。だがジェラルドがカードをチェンジする直前、ソフィはもう一度ジェラルドに言う。


「……このチェンジをすればもう話し合いの余地はなくなる。私も突っ張るしかなくなる。……最後の忠告よ。“いいのね”?」


 なおもしつこく引き分けにしようとするソフィにジェラルドは最後の足掻きを感じていた。そう、ここまでがジェラルドの策だった。自身のイカサマがバレることはわかっていた。だがそれでもなお、ソフィがそれに従わなければならない状況を署名に持ち込んだのだから。負けることがわかりきっていて、もうあとは足掻くしかないという状況。それでこそソフィを屈服させ、署名が果たせると。


「……しつこいですね。もうこれで終わりしましょう」


 ジェラルドは場に2枚のカードを出し、2枚のカードを引いた。まず1枚目、クローバーのK。これは見えていたカードであった。そして最後のカード。


「……アンナ、私の勝ちだ」


 ジェラルドはカードを引いた。――――長い沈黙。それはカードを引いたジェラルドの表情が失われていたからだった。


「…………は?」


 ジェラルドはわが目を疑った。今自分が引いたカードは10もAもKもありえないはずだった。なぜならもう4枚見えているのだから。――しかしジェラルドが引いたカードは“スペードのA”。現在ソフィの手札にあるはずのカード。“5枚目のA”だった。


「……我が家の家訓にこんな言葉がある」


 突如聞こえた言葉にジェラルドは我に返りソフィを見た。ソフィの表情はその端正が強烈に、醜悪に歪んでいるように見えた。――まるで物語に出てくる人間に害をなす悪の“魔王”であるかのように。


「“欲張り者が損を見るのではない。損を見るのは単なるマヌケ”ってね。気分はどう?……マヌケさん」


 ジェラルドは胃が荒れ狂っていた。何をされたのかわからないがソフィが何かを仕組んで5枚目のAをジェラルドが引くようにしたのだ。――そして何より血の署名が反応していない。先ほどまで自分のイカサマを守っていた血の署名が、今度はソフィのイカサマを保証してしまっていた。


「ま……まだだ……!」


 ジェラルドは全身から汗を流しながら、まだ自分の勝ちの目が失われていないと考えていた。そう、ソフィがベットをすればすぐにフォルドすれば、ソフィも1ペアができている。ソフィが勝ち点を――。


「フォルド」


「なああああああ!!!!????」


 しかしソフィはベットもチェックもせずに、即降りを選択した。チップ状況で負けているソフィが本来するはずのない手――ではなかった。


「何よ。そりゃあ私はもうフォルドするしか“勝ちの目”は無いんだから当然でしょ?カードで勝っていても、フォルドされたら引き分けしかならない。……何にも不自然なところはないと思うけど?」


 自身の負けが確定し、ジェラルドは手札を取りこぼす。ジェラルドはAとKのツーペア。――つまり勝ち点が3加算され、11点に。“ドボン”による負けだった。


「か……勝った……のか?」


 リズロウは目の前で起きている現実が呑み込めなかった。それは同じく後ろで見ていたミスティとシャザールも同じだった。


「なにが……あったっていうの……でも……!」


 ミスティは不可思議な感覚のままソフィの下へ駆け寄る。


「勝ったのね!? ソフィ! あなた勝ったのよね!!!」


 リズロウも次いでソフィの下へ駆け寄り、ミスティと共にソフィに抱き着いた。いきなり抱き着いてきた魔人二人にソフィは辟易しながら言う。


「おわっ! ちょっとやめてくださいって……! 二人ともキャラ忘れすぎですって!」


 目の前でワイワイ騒いでいるソフィ達をよそに、ジェラルドは呆然自失していた。


「な……なぜ……!?」


 ジェラルドは意味がわからなかった。なぜ血の署名がこの異常事態に反応しなかった? なぜソフィはこちらがドボンすることがわかっていた? ――この最終ラウンドにおいて“なぜ”がいくつも湧いてきていた。


 ソフィは自分にくっついてきていたリズロウ達を剥がすと、ショックで表情を失っているジェラルドに言う。


「さて……“答え合わせ”をしましょうか」


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