18-2
ソフィがトイレに行ってから30分後、謁見の間の扉が開かれ、ソフィとトシンが戻ってきた。黙って机に戻るソフィにジェラルドは嘲る口調で言う。
「遅かったですね。もしや逃げたのかと思ってましたよ」
「……私が逃げたら、あんたはフラーリアに差し出す私の身柄が無くなってくたびれ損になるけど、それでいいなら逃げるけど?」
「ご自由に。そしたら城の魔人共がガスで死ぬだけですし」
「じゃあそうさせてもらおうかしら。……そんときゃあんたも精いっぱい苦しみながら死ぬだろうけど」
ソフィとジェラルドは互いに皮肉の応酬を繰り広げ、互いに憎しみを込めた目で見る。そのような険悪な雰囲気の中、第8ラウンドが始まった。ソフィの親番からであり、使用するカードを選択後、カードチェンジのターンになる。
ソフィは初手で7のワンペアができており、チェンジの際も7のペアを残した。ジェラルドの勝ち点は8のため、ワンペアを残せば勝利が確定するからだ。――しかし。
「……ぐ、まさか……7が被るなんて……!」
ミスティはソフィが引いてきた手札を見て呻いた。ワンペアだけで勝利が確定するにも関わらず、運悪く7が重なってしまったのだった。そしてベットターンに入り、ソフィはベットを行う。
「……レイズ。2枚」
だがジェラルドは一切迷わずに手札を場に置いた。
「フォルドです」
ソフィも一切悔しい感情を出さずに手札を公開する。ここでジェラルドが降りることは100%わかっていたからだ。
「……7のスリーカードよ。これで私の勝ち点が7ね」
「ふふっ。ラッキーセブンというわけにはいかなかったようですね。どうやら無駄に7が重なったようで」
「ちょっと7が重なりすぎて気味悪いけどね」
この第8ラウンドはほぼ動きもなく静かに終わっていった。チップはソフィが20、ジェラルドが40と、20枚差のチップ状況だった。そして9ラウンド目から参加料が5枚となるが、それでも参加料だけの勝負になった場合、ソフィの勝ちの目は無くなる。
そして9ラウンド目。ジェラルドの親番。ジェラルドはカードチェンジを行い、そしてこのリミットポーカー全体で初めて長考をする。ジェラルドにはここから2つの選択肢があった。それは9ラウンド目と10ラウンド目。どちらで押すか。
ソフィの勝ち目がもう無くなっているのは明白ではあるが、ジェラルドとしてもあと2ラウンド、どちらかで勝たなければいけなかった。悪くても引き分けではあるが、良くないと勝ちもないのだから。
「さて……どうしたものか」
ジェラルドの手役は12のハイカードであった。勝ち点が8でまだソフィの親が1回あることを考えると、ここでワンペアを作るわけにはいかない。そして対するソフィの手は――11のハイカードだった。
(手役では勝ってますか……問題は向こうがレイズをしてくるかどうか……)
――そう、ジェラルドにはソフィの手札が分かっていた。そしてこのラウンドでの自分の勝利を確信したジェラルドは参加料分のチップを掴み、場に出す。
「お待たせいたしましたね。参加料分の5枚をベットします」
無論レイズはしない。する意味がないからだ。そしてソフィも参加料分のチップを掴む。ソフィ側も降りる理由が一切無かった。手がどうであれ、もう前に行くしかないからだ。
「……コール。私も参加料でベットする」
そして久しぶりにコールが成立し、互いに手役を公開する形になった。まずは親であるジェラルドから手を公開する。無論手札は12のハイカード。
「私は12のハイカードです。……さあアンナ。あなたの手を公開してください」
ソフィの動きが止まり、ジェラルドは唇を歪ませる。
「どうしました?早く公開してくださいよ」
「…………なるほどね。“予想”は正しかったか」
ソフィが手役を公開し、その役を見たジェラルドは最初は笑みを浮かべていたものの、そのカードの内訳に気づき顔面が蒼白になっていく。
「な……バカな……!11の“ワンペア”……だと……!?」
ソフィの手は11のワンペアができていた。ジェラルドが事前に見たソフィの手札ではワンペアができているはずがない。ジェラルドの驚きようを見て、ソフィはペラペラとカードを1枚ジェラルドに見せる。ただそのカードは半分に“破れていた”。
「……これは3ゲーム前に使ったトランプ。1枚くすねといて半分に破いていた。破いておけば後で使ってもこれは不正なカードってすぐわかるようにね」
ソフィは指で弾き破れたカードをジェラルドの前に飛ばす。
「だから血の署名も誓約違反として発動しなかった。単に手札に被せといただけだしね。……あんたの“イカサマ”防止のために」
ソフィのイカサマという言葉にジェラルドは顔を上げた。
「カードの背面に、それぞれカードの種類を示す暗号が刻まれてる。……正直私には正確な暗号はわからないんだけどね」
「それで……なぜ私がイカサマをしていると言えるんだ……!」
ジェラルドの反論にソフィは指を向けながら言った。
「第1ラウンドの時、私はあんたにある“罠”をしかけた。……それはあのオールイン。あのオールインはたかだかチップを1枚拾うためだけにやったんじゃない。……あんたが目の前に急に転がってきた勝利に対し、手を伸ばすところを見るためだった」
ジェラルドはあの1ラウンド目のソフィの――自分の行動を思い出していた。あの時ソフィはフルハウスの手札を捨て、ブタで命を張りに来ていた。その時自分は何をしただろうか。――自分の手札が勝っている“かもしれない”と、ソフィの手札を凝視していた。
「私が想像したのはカードを身体のどこかに仕組んでいてそこに手を伸ばしかけるとか、だったけど実際には私の手札をじっと見つめていた。……そして最初は実際に勝負しに行こうとしたけど結局降りていた。ということは通しか何かで、私のハンドを見ているんじゃないか?という想像はできた」
ソフィは今まで使用して、すぐ廃棄していたトランプ群を見る。それぞれメーカーはバラバラであり、かつ封もしっかり目の前で開けたものだった。
「だけど、なぜ通せたのかはわからなかった。トシンは数種類のトランプを買っていたし、毎ゲーム違うカードを使用していたはず。だからこそ私は確信が持てなかった。何かこちらの手を見ている方法はあれど、何故わかるのかがわからない、と」
「……そうです。これは互いにイカサマ防止のためにやったことだ。血の署名も反応していない。……これはイカサマじゃない」
ジェラルドの言葉にソフィは鼻で笑った。
「ハッ! そうね確かにイカサマじゃない。トシンが買ってきたトランプを使い、ルールに則ってこのトランプを選んでいるのだから。……実際、よくこんな方法思いついたって思うわよ。……まさか“アスクラン国内に流通している全てのトランプにイカサマを仕組む”なんて」
ソフィの言葉に後ろで聞いていたリズロウ達が衝撃を受けていた。
「何!?」
「な……何言ってんのソフィ!?」
後ろのギャラリーが対面にいるジェラルド以上にやかましくかつ大げさに反応してきたため、ソフィは呆れながら振り返って話を続けた。
「言ったとおりですよ。トシンは複数メーカーのトランプを複数の店で買いましたが、これ全部“ジュースカード”……つまり後ろの絵柄に暗号が仕組まれてるんです」
「い……いや待て待て! そんな大げさなこと……!」
リズロウはソフィの突拍子もない説明に反論するが、ソフィはそれを無視して続けた。
「そう、大げさすぎてそんなの考えもしない。……だけどよく考えると、トシンがこんなにトランプを買いにこれたことがおかしいんですよ、そもそも」
「……? どういうことだ?」
ソフィは椅子に寄りかかり、手を上げながら説明する。
「このアスクランではまだトランプの文化が浸透していません。だから輸入雑貨店などのごく一部の店でしか取り扱いはない。……ですけどトシンはよくこんなに買えましたよね。これは想像でしかありませんけど、まるで誰かがこの国にトランプを広めるために無理やり納品させたみたいに」
ソフィは前に向きなおりジェラルドを見た。ジェラルドは冷や汗を額から流しており、それはソフィの言葉が一字一句正しいことを示していた。
「これはこの国でトランプが浸透していないからこそできるトリック。確かに売っている店は数あれど、根本を辿れば卸業者は大きな一つでしょう? 血管のように流れる川も、最初は大きな水たまりのように、そこからイカサマトランプを流せば、国内に流通するトランプは全部お兄様がイカサマができるように仕組まれたトランプになるわけです」
ミスティは先ほどのシャザールとのやり取り、そしてケイナンから教えてもらった数々の卓上ゲームを思い出していた。確かにアスクランではこの手のゲームは普及していない。自分もケイナンに教えてもらってからハマったクチであった。そして自分もカードの背面に仕組みがあったなんて今まで遊んでいて全く気が付かなかった。
この仕掛けはもし国内でトランプを遊んでいる人が多い場合、すぐバレてしまうものであった。万人単位で見ればいつかは噂になってしまうからだ。だがアスクランにてトランプで遊ぶ者は滅多にいない。だからこそ、仕込める仕掛けであった。
「……私も自分だけじゃ気づけなかった。でもトシンが言ったんですよ。この場にあるトランプ全てが信用できない、何か仕掛けがあるんじゃないかと。そこでこのトリックに気づいたんです。……それだけじゃない、お兄様は重大な“ミス”を犯していた」
「ミス……だと?」
ジェラルドは自分が犯したというミスに気づいておらず、ソフィの指摘の意図がわからなかった。そんなジェラルドの心中に気づき、ソフィは本当に嫌らしそうにジェラルドに言った。
「そう、ミス。……私の手札がわかっていながら、なぜお兄様は1ラウンド目でオールインを受けなかった?」
そのソフィの指摘を受け、ジェラルドはようやく自分のミスに気づき、全身の汗が逆立った。ソフィはニヤニヤしながらジェラルドを責め立てる。
「教えてあげましょうか? それはね、最初の1ラウンド目で通しが上手くいってるか不安だったから。本当に見ている暗号が合っているか不安だったから、受けられなかったのよ」
ジェラルドは1ラウンド目に自分の手札が勝っている“かもしれない”と、ソフィの手札を凝視していた。――そう、“かもしれない”だった。この時、ジェラルドは事前に数パターンのジュースカードの暗号を暗記していたが、それがこの本番で正しく機能するか、1ゲーム目でテストをする予定であった。だがソフィのオールインでいきなり勝負の場が熱くなってしまう。それは落ち着ついてゲームを進めたいジェラルドには受けられないものだった。
――そしてフォルドを選択した。確かにこれは正着手ではあった。だが同時に、看過できない大きなミスでもあった――。