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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第18話 女秘書の答え合わせ(後編)
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18-1

 8ラウンド目開始前、ソフィは席を立ちあがりジェラルドに言う。


「……少しトイレに行かせてちょうだい」


「ええ、構いませんよ。しかし気を付けてください。“血の署名”による誓いは続いている。血迷って逃げようものなら……ね」


「わかってるわよ……!」


 ソフィはツカツカと歩いていき、謁見の間から出ていく。


「ぼ……僕も今のうちにトイレに!」


 ソフィについていくようにトシンも謁見の間を駆け足で出ていく。残されたリズロウ達は突然のミスティの行動に呆気に取られていた。


「ト……トイレってこんな状況で……!」


 リズロウは呆れながら言うが、ミスティは同じ女性という事もあってソフィの思惑を察し、リズロウの後頭部をひっぱたいた。


「そんなわけないじゃないですか……! 恐らく作戦を練ろうとしてるんですよ!」


「ええ、そうでしょうね」


 リズロウ達の会話を聞いていたジェラルドは嘲るように言った。


「ですがストーインの“血の署名”は依然効力を発揮しております。この血の署名が成されるまでは逃げようものならアンナに待っているのは惨たらしい“死”だけでしょう」


 ジェラルドの嫌みたらしい態度にミスティはそことなく“知性の浅さ”を感じた。もしソフィが逃げ出そうとして死んだ場合、同時に自分に待っているのは死だということに気づいていないのだろうか?しかしジェラルドはそんなミスティの視線を感じてか、持っていた毒ガス発生装置のボタンをヒラヒラと見せつける。そしてそのような人を小馬鹿にした態度がミスティの神経を逆撫でしていた。


「あいつ……!」


 ミスティはジェラルドにキレかけるものの、それを制するようにシャザールが手を挙げた。急なシャザールの行動にミスティは落ち着きを取り戻し、シャザールに尋ねる。


「何?」


 ミスティが落ち着いたことを確認したシャザールは、怪我でもたつきながらも、リズロウとミスティに質問をした。


「……今更で申し訳ないのですがこのゲーム、一体何をしているのですか……?」


 リズロウとミスティはシャザールのトンチンカンな質問に目を丸くする。――だが少し考えてシャザールがなぜこのような質問をしたのか二人とも理解した。


「あ……そうか。シャザールはポーカーのルール知らないんだ……」


 ミスティはシャザールの立場を理解して呟いた。ジェラルドはソフィがポーカーのルールを知っている前提でリミットポーカーのルール説明を行っていた為、ポーカー自体のルールを全く説明していなかった。


 アスクランではトランプの文化が入ってきてまだ日が間もない。ミスティが知っているのはケイナンに教えてもらったからであり、リズロウが知っているのは過去に世界中を放浪していた際に学んだことがあったからだった。


 そして彼らは気づいていなかったが、これはある“重大な事実”に繋がるものだった。


× × ×


 アスクラン王城最上階の女子トイレで、ソフィは水の溜まった洗面台に顔を突っ込んでいた。何度も水の中に顔を入れ、頭を冷やす。


「ハァ……ハァ……くそ……!」


 ソフィはタオルで顔を拭きながら、その頭の中ではある思考を何度も繰り返していた。あと少し、あと少しなのに、そのあと少しがわからない。そしてまた水に顔を突っ込む。こうすればそのあと少しが思いつくかもしれないという一縷の望みに賭けながら。


 ――トントンとトイレの扉がノックされ、外から声が聞こえてくる。


「ソフィ様? 入って大丈夫ですか?」


 外から聞こえたのはトシンの声だった。ソフィは顔をタオルでもう一度拭くと、扉の外にいるトシンに聞こえるように言う。


「いいわよ、入って」


 ソフィの許可を得たトシンは恐る恐る扉を開けて中に入る。


「お邪魔しまーす……いやあ僕、女子トイレ生まれて初めて入ったかも」


「……なに?セクハラ目的で入ってきたとかやめてよね」


 物珍し気に周囲を見るトシンにソフィは目を細めながらツッコミを入れる。ソフィに指摘されたトシンは慌てて否定した。


「い……いやいやいや! そんなわけないじゃないですか! ただ僕は心配で……!」


「冗談に決まってるじゃない……。で、どんな心配をしてきたのよ」


「あー……そうですね」


 トシンは周囲を見回しながら、小声でソフィに言った。


「……やっぱり僕、何かイカサマとかした方がいいですか?」


 トシンからの提案にソフィはため息をついた。


「……却下」


「でも……!」


 なおも食い下がろうとするトシンにソフィは自分の親指を突き出しながら言った。


「あんたがイカサマしようとしたところでバレるのがオチ、ってのもあるけどもう“それだけ”じゃないのよ。……“血の署名”がそういったイカサマを封じてる」


 血の署名による両名の取り決めには、勝敗による賭けの履行だけでなく、ルール違反などを明確に罰するための誓いまで含まれていた。先ほどジェラルドが言った試合放棄もそのうちの一つにあたり、ルールに違反したイカサマをしようものなら、署名に反したとして即刻死の罰が与えられるようになっていた。


「……だから、ルールに則った上で勝負をしないといけない。トシンが私に有利になるようにカードを配ろうものならその瞬間私は血を吐いて死ぬわね」


「となると、あのジェラルド王子のギリギリの勝利の連続は、実際に読み切って……!?」


 トシンはジェラルドの先ほど連続勝利が強く印象に残っていた。全てソフィより少し上の役で勝っており、自分が勝てる時は強気に張ることでソフィのフォルドを誘発していた。――だがソフィは首を横に振った。


「……いや、奴は明らかに“イカサマ”をしている」


「え……!?」


 トシンはソフィの発言に困惑していた。先ほど血の署名でイカサマができないと言ったばかりなのに、ソフィはジェラルドのイカサマに明らかな確信を持っていた。


「ですけど、イカサマしたら死ぬんでしょう!? どうてもジェラルド王子はピンピンしてますよ!?」


 ソフィはトシンの顔も見ず、洗面台にたまった水に映る自分の顔を見る。先ほどからずっと思い悩んだ表情をしていたためか、顔に皺が張り付いているような違和感を感じた。


「……実はもうそのイカサマの正体も掴んである」


 ソフィの発言にトシンは驚きながら言った。


「本当ですか!? それなら……!」


「でもダメなの。……今の私は答えだけが分かって、何故それができているのかがわからない。それがわからなければ、相手のその策を利用することすらできない……!」


 ソフィは気づいたのは1ラウンド目。あの命がけのオールインの時だった。あのオールインはわずか1枚のチップを得るために行ったものではない。参加料1枚のチップを獲得するために、勝ち点を1つ重ねるのは割に合わなすぎると最初からわかっていた。それでもあの策を強行したのは、ジェラルドが仕組んでいるであろうイカサマを炙り出すため。そして確かにあの時ジェラルドはおかしな挙動をしていた。――だがそれがあと少しつながらないのだ。


「でしたらソフィ様……」


 トシンは自分の懐をゴソゴソと探り、そしてあるものを取り出す。


「……これがどうかしたの?」


 ソフィはトシンが取り出したトランプを見ながら言った。


「せめてこれを使いませんか。僕が勝ってきたトランプ、5店くらい輸入雑貨を取り扱ってる店から買ってきたんですが、これは道中の酒場で売っていたものを買ったものです。たまたま通りがかったらあったんですが……。トイレの前にあと10個くらい用意してます。なにかあった時の予備で取っといてあったんですけど」


「はぁ……そんなもの使ってどうすんのよ」


 ソフィは呆れながら言うが、トシンは真剣に言った。


「いやだってなんか不気味じゃないですか!? ジェラルド王子の戦い方はまるでトランプを見透かしてるというか……なんかあそこにあるトランプが全部信用できなくなるような気がして……! これを使って流れってやつを変えるとか……!」


 ソフィはため息をついてトシンからトランプを受け取る。確かにこう流れが悪いとゲン担ぎにでも頼りたくなる。あそこにあるトランプからは何か――待て。


「…………あれ?」


 ソフィは今のトシンの会話に引っかかるものを感じていた。


「……待った。トシン、今何て言った?」


「え?いや、流れを変えるって……」


「違う。その前。……どこでトランプを買った?」


「どこでって……酒場とか、輸入雑貨店でですが……」


 ソフィは口に手を当て、頭を高速で回転させていた。自分一人では袋小路に陥っていた考えだったが、トシンの情報が加わることで、ずっと悩んでいた“あと少し”のピースが音を立ててハマっていく。――どこで買った? あの場にあるトランプが信用できない? そしてジェラルドの行動。その全てが”あること”を示していた。


「…………トシン」


 ソフィはトシンの両肩を掴み、手を震わせていた。そして顔を近づけてトシンの顔を真正面から見る。


「ど……どうしたんです……!」


 ソフィの顔が急に近づきだしてトシンは顔が熱くなるのを感じるが、目をそらすこともできなかった。ソフィは真剣な表情でトシンの目をまっすぐ見た。


「……あなたとこの国で出会ったことが、私の何よりの幸運だと思う。本当にあなたと会えてよかった」


 思えばトシンの行動や一言にいつも救われてきた。トシンがいなければ自分はとっくに破滅していたかもしれない。ソフィは心からそう思った。リズロウとの出会いも運命だったが、この青年との出会いも本当に運命だったかもしれない。あの時、あの混雑した町の中で、この青年が手を伸ばしてくれたから――と。


「ソフィ……様……」


 トシンは少し迷いながらもソフィの肩に手を伸ばす。故郷にいたころに付き合いのあった女の子がいなかった訳ではないが、トシンにとってソフィは何よりも触れがたく、そして壊しがたい存在だった。


 そんなトシンの気持ちを知ってか知らずか――いや以前リズロウに指摘されて知っていてもなお、ソフィにとってもトシンの存在は唯一無二のものだった。自分がずるい女であると自覚してはいたが、そういう思考を後回しにできるくらいの理性をソフィは持っていた。――今はジェラルドを倒すことが最優先だ。


「……あなたのおかげでお兄様のイカサマの正体がわかった。もうあいつに好き勝手させない。協力して……トシン!」

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