17-3
第二ラウンドが開始され、ソフィとジェラルドは互いにカードをチェンジする。ソフィの手札は12のハイカードとなり、今度はソフィの親からベットの順番が始まる。ベットの親は勝ち負け関係なく、奇数番でジェラルド、偶数番でソフィという取り決めになっていた。
「……このゲーム、よくよく考えると、相当上がる役の制限が厳しいのか……?」
リズロウはソフィの手役を見て呟いた。横にいるミスティも頷いて同意する。
「ええ。確かに。2ペアすら3点。これを3回上がったらもう殆ど終わりですもんね」
「いや、それだけじゃきかない。……仮に10ラウンドで互いに勝てる回数が5回ずつだとするだろ?……ブタで上がっても最低1点がつくからこれだけで5点。さらに役がつけば点数が増えるとなると……2ペアですら1回か2回作るのが精いっぱいだ」
リズロウは先ほど、最高の勝ち方としてブタで勝つことを挙げた。――だがそれは微妙に間違っていた。このゲームは基本“ブタ”で勝負しなければならない。何故ならこのゲームには“勝ち抜け”と“負け抜け”が存在するからだ。
“勝ち抜け”は単純。その後のゲーム全てフォルドしても追いつかれないチップ差を作り出すこと。具体的には9ラウンド目に36枚、8ラウンド目に41枚、7ラウンド目に45枚――と各参加料だけを払っても1枚差で必ず勝負がつく“可能性”があるラインが存在する。
対して“負け抜け”は自分の親番全てでフォルドをして勝利が確定する場面である。最初にベットを決める親番が各5回あるということは、極論全てフォルドをすれば5点は確実に相手に点数が加算される。仮にジェラルドが7ラウンド目終了時点で9点の場合、ソフィが親番の8ラウンド目と10ラウンド目でフォルドをしてしまえば、どんなにチップ差があろうと“ドボン”により勝ちが確定するのだ。
この負け抜けはある意味勝ち抜けよりも重要である。何故なら勝ち抜けは勝ちが確定するわけではない。もし事故で勝ち点がオーバーしてしまった場合、負けるリスクがあるからだ。
ソフィはそのことをよく理解していた。――そしてこの読み合いの妙は、互いに可能な限りブタを作るのが正着手であるからこそ、勝負に行くときを決めなければならない。このゲーム、負ける時は非常にあっさりと負けれてしまう。
「……参加料をベットするわ」
ソフィは参加料分のチップ1枚をベットする。そして先ほど命がけで掴んだチップ1枚を手にした。
「そしてレイズする。……1枚ね」
ソフィはレイズを宣言し、チップを1枚場に出す。ジェラルドはそのレイズを面白そうな顔をしながら見て言った。
「ほう……レイズですか。いい手が入ったんですかね?」
「さあ……? この辺は駆け引きしてもしょうがないけど、この場面で“いい手”を作る意味があるのか怪しいけどね」
まだ参加料が1枚の序盤。ここでそれなりの手を作って勝ったところで、互いにレイズが重ならなければ大きな勝負になりづらい。そしてそれはこのゲームに慣れているジェラルドも把握している――ソフィはそう思っていた。
「そうですか……なら私もレイズしましょうか」
ジェラルドはチップを1枚掴み、ソフィのレイズを追ってレイズをする。そして今度はベット権がソフィに移るが、ソフィはここで口に手を当てて長考した。
ここでソフィが降りるか否か。まだ序盤でこのレイズに乗っかって負けたとしてもチップは4枚差。次からのラウンドの参加料が2枚であることを考えると余裕で取り返せる範囲内。ソフィにここで降りる理由は存在しなかった。なにより彼女の手も11のハイカードとブタの中では強い方なのだから。
「……コール」
ソフィはコール分のチップを1枚取り出し、場に出した。これで場に置かれたチップは6枚。ジェラルドも頷いてソフィに言う。
「いいでしょう。私もこれでコールです」
互いにベットが終了し、このゲーム初めての手役での勝負になる。親であるソフィから手役を公開した。
「私は11のハイカード」
「おっと残念……私は4のワンペアです。……つまり私の勝ちですね」
ジェラルドが公開したのは4のワンペア。つまり勝ち点が2点加算されることになるが、3枚のチップを手に入れ、先ほどの負けた分の差し引きをしても4枚差をソフィに付けたことになる。負けはしたものの、ソフィはまだ息も乱さずに冷静だった。
「あら……こんな序盤で役なんか作っちゃって。後半バテてもしょうがないからね」
ソフィの強がりにジェラルドは何の気も無しに返す。
「いやあ、本当はブタにするつもりでしたが、チェンジの際に重なってしまいましてね。……“あなたも気を付けないと”こうなるかもしれませんよ」
「……わかってる」
ジェラルドの皮肉の返しにソフィは感情を込めずに返した。そう、このゲーム何より怖いのは事故による手役の強化である。勝負する流れでないときに事故で3カードなどになってしまっては、いきなり3点も加算され目も当てられなくなるからだ。
こうしてチップはソフィ28枚、ジェラルド32枚。勝ち点は1対2と、互いの闘志の高さに比べゲーム自体は落ち着いて進行しているように見えた。だが3ゲーム目からソフィは次第に血の気が引いていくことになる。
× × ×
「フォルド」
3ゲーム目。ジェラルドが親の手番で、ジェラルドはチェックもレイズもせずにフォルドをした。それ自体は怪しいことではない。何故ならこのゲーム、親の即フォルドが戦略的に非常に有効だからだ。チェックをして相手の行動をうかがった場合、逆にフォルドをされてしまうことで勝ち点を加算させられる危険性があるからだ。
ソフィは舌打ちをしながら手札を公開する。ソフィは2のワンペアができていた。チップは2枚獲得でき、チップ枚数では30枚同士と引き分けになったものの、勝ち点が2加算されてしまい、参加料しか獲得できなかったのは非常に痛かった。
「……ククク。どうやらこのポーカーのセオリーがわかってきたようですね」
苦い顔をするソフィにジェラルドは悪意たっぷりの笑顔で言う。だがソフィは強がりを言うように返した。
「……別に。親の即降りが有効なことぐらいわかってたし」
まだ勝ち点は3なだけ。ソフィはそう思っていた。
× × ×
しかし4ゲーム目。ソフィが親の手番で手札は13のハイカード。ギリギリのラインで勝負するにはうってつけの手だった。そして自分が親の番。子の時に強気に行っても相手が親の場合即フォルドで逃げられてしまう可能性が高いが、逆に自分が親の時に強気に行く分には相手を巻き込める可能性が高くなる。ソフィはチップを3枚持ち、場に投げ出した。
「レイズ!」
ソフィは3枚のレイズをかける。この勝負どこかで差をつけることで、勝ち点とチップの駆け引きで非常に優位を取ることができる。それが今だと判断したソフィは押していった。――だが。
「フォルド」
ジェラルドはまたもフォルドをし、勝負を流した。――これで3回目。
「……随分臆病じゃない。4ラウンド行って、3回もフォルドをするなんて」
ソフィは手役を公開しながらジェラルドに嫌みったらしく言う。だがジェラルドは飄々と余裕そうに返した。
「ポーカーの神髄はフォルドですよ。いかに損切りを間違わずに行い、肝心なところで勝つか。……お前も知っているでしょう?我が家の家訓は」
「……“欲張りものが損を見るのではない。損をするのは単なるマヌケ”……でしょ」
ソフィはジェラルドが言わんとしていた言葉を言う。正解を当てたソフィにジェラルドは笑みを浮かべながら言った。
「そうだ。……やはりお前もストーインの女というわけだ。我が家の数多くの家訓を諳んじれるのだからな」
「……単に覚えてるだけよ」
「フ……その割には、結構その言葉を言っているように見受けられるがな。横にいるトシン君や、奥のリズロウ殿はよく聞いたことある言葉ではないか?」
ジェラルドの指摘に図星だったトシンとリズロウは目を反らした。――ここまでのゲーム内容に特に不自然なところがあるわけではない。ジェラルド本人の言う通り、ジェラルドのフォルドはあくまでセオリー通りではあるのだから。だが今の問答も含め、不気味な違和感がソフィ達を包んでいた。完全にコントロールされているような、そんな違和感を。
そして次の第5ラウンドから局面は一気に動き出すことになる。