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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第17話 女秘書の答え合わせ(中編)
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17-2

 ソフィはまずトシンが持ってきたトランプを10個ほど机の上に置き、それを無作為に手に取る。そしてトランプには一度も封が切られていないことを証明するシールが付いており、それを剥がしてカードを取り出す。そして中のカードを確認し、54枚のカードがあったためジョーカーを2枚取り出し、52枚にしてそれをトシンに渡した。


 ここまでが一連のゲーム開始時の準備である。公平を期すためにソフィとジェラルドは毎回新品のカードを開けてこの手順を行う取り決めをした。あと50個ほど未開封のトランプがあったため、特に問題はなさそうであった。


「……ようやく追いつきましたけど、面白そうな勝負になってますね。なるほどリミットポーカーですか」


「ミスティ……」


 ソフィたちの戦いを離れたところから見ていたリズロウ達の横に、ミスティが姿を現した。


「……負けたのね。シャザール」


 ミスティはリズロウの横で屈んでいたシャザールに声をかける。


「……ええ。完敗でしたよ、ミスティ」


 ミスティとシャザールの付き合いももう10年近くになる。リズロウがアスクランに戻った時に最初に会ったのはシャザールだったが、ミスティともその直後に会っていたからだ。当然、長らく付き合ってきたシャザールとミスティも、簡単に割り切れるような仲ではなかった。


「あなたの望み通り、反体制派は殆ど一蹴されたわ。リズロウ様との決着もつけられた。……これで満足?」


「ミスティお前……」


 リズロウは自分たちの会話を聞いていないはずのミスティが正確に状況を把握していることに違和感を覚えた。ミスティはそんなリズロウの視線に気づいたのか、憂いを帯びた表情を向ける。


「そうじゃないか、って思っていただけです。もし私が正確に、証拠も確実に掴んでいたら、シャザールを止めてました。……いや、もしかすると彼に協力していたかもしれません。ですが、そうはならなかった」


「……あなたはあの人間達と親しくなりすぎていた。特にあのケイナンとかいう少年と。そのリスクを考えたら、あなたに話すことなんてできませんでしたよ。ただでさえ、内偵調査を主に行っているのに」


 ミスティは少しため息をつくと、シャザールの脇腹を蹴っ飛ばす。シャザールは痛みで悶絶しながら地面に突っ伏すことになった。


「昔からの悪い癖。ったく、自分が正しいと思ってないなら少しは省みろっての……まあもうこんなこと話してもどうしようもないけど。それより第一ゲームが進むみたいですよ」



 ミスティはソフィたちのゲームの状況を改めて確認した。位置的にはソフィの手札だけが少し見える位置におり、テーブルからは離れたところにいる。ジェラルドからしたら手札は絶対に見られたくはないので、勝負の場から離すのは当然といえた。それでも部屋からの退出までを要求しなかったのは、“血の署名”の効力である“公的な場”という条件を満たすため、リズロウもしくは臨時魔王であるシャザールに勝負の一部始終を見てもらう必要があったからだった。


 トシンは丁寧にシャッフルをして、まず親であるジェラルドにカードの山を渡す。ジェラルドはそこから山を半分ほどに分けてカットし、ソフィに渡す。ソフィも同様にカットをしてトシンにカードを返した。そしてトシンはそこからカードを5枚ずつジェラルドとソフィに渡す。ここまでが初期手札を配るまでの流れだった。


 ミスティは目を凝らしてソフィのハンドを確認する。ソフィも後ろからの気になっている視線を感じ、少し困りながらも後ろにハンドをチラリと見せた。


「えーと……ハートの10、スペードの10、ハートの7、ダイヤの7、スペードの7で……あれ?」


 ミスティはポーカーの役を思い出すように眉間を指でつまみ、そして思い出した。


「……あ、フルハウスができてる……」


 ミスティは勝負している卓には聞こえないように、小声で話しながらも興奮している様子を隠せないでいた。


「ソフィ……! あいつこんな場で、いきなり勝負手を引くなんて……! なんて運がいいの……!」


 いきなりの勝負手に興奮するミスティに対し、リズロウは逆に困った表情を浮かべていた。


「まずいな……」


「……? どうしてです?」


 そうこう話しているうちにカードチェンジのタイミングになる。ジェラルドは3枚チェンジし、そしてソフィの番になった。


「……4枚チェンジで」


「な!?」


 ソフィのせっかくできたフルハウスを崩すチェンジに、ミスティは驚愕していた。だがそんなミスティにリズロウは落ち着いて説明をする。


「なあミスティ。このゲーム、最高の勝ち方はなんだと思う?」


「勝ち方……ですか? それはもちろん大差をつけて……」


 リズロウは首を横に振った。


「違う。正確には最低得点である1点の"ブタ”で勝つことだ。このゲームは普通のポーカーじゃない。上がれる役に“リミット”が課せられている」


 ミスティはリズロウの説明でようやく肝心なことを思い出す。そして各役につけられた点数の事を思い出した。


「そうか……フルハウスは5点……!ここでもうフルハウスを使ってしまったら、残り使えるのは5点に……!」


「いや、それも違う。残り使えるのは“3点”が限度だ」


「ん?でも10点を超えたら負けって……」


「あのなぁ。このゲーム相手がフォルドしても点数が付くんだ。残り2点もない状況で8ゲーム目まで進行してみろ。そっから先最高で作れてワンペアで乗り切れると思うか? 下手すると意図せぬフォルドでドボンまであるぞ」


「う……!」


 ここにきてミスティはこのゲームの厄介さに気づく。いつかどこかで勝負をしなければならないが、あまり強く勝ちすぎると後半になって選択肢が露骨に狭まっていく。それどころか事故死すら見えてくる。そう考えると確かに動き出しにくいこの1ゲーム目で強い手が来るというのはむしろ運がないと言えるものだった。


「だからソフィは手を崩したんだ。フルハウスではない、もうちょっと穏便に勝てるハンドに……」


「……あれ? 待ってください」


 ミスティはソフィの変えたハンドに違和感があった。


「リズロウ様の言う穏便に済ませるハンドなら、捨てるハンドを3枚にすればワンペアができていたでしょう? 特に3枚重なっていた“7”を2枚残せば、3カードになる可能性も低かった。……なぜ4枚交換したのです?」


 リズロウはミスティの言葉に同意せざる得なかった。確かに不自然な行動。ポーカーはブタができる確率と、ワンペアができる確率はほぼ同じとされている。それは言うなれば自分がブタだった場合、相手がワンペアを持っている確率は高いのだ。


 そしてソフィがなぜその行動をとったのか、答えは一つだった。


 ベットターンに移り、ジェラルドのベットの番になる。ジェラルドは参加料のチップを1枚ベットし、自分のハンドを見てわざとらしく迷う。


「う~む……まだ初回ですからね。レイズはしないでおきましょうか」


 ジェラルドはソフィにベット権を渡す。ソフィも参加料1枚をベットし、ここでソフィがコールすればこの時点で勝負が成立する。――だがソフィはハナから“コール”をする気は無かった。最初の行動はもう、決めていた。


「…………オールイン」


 ソフィは自分チップ全てを場に出す。ジェラルドは予想外の行動に一瞬フリーズし、そして声が漏れだした。


「……は?」


「オールインだって言ってるでしょう?」


 そのソフィの行動に対戦相手のジェラルドだけでない、ディーラーであるトシンも、後ろで見ていたリズロウ達も一斉に驚愕する。だがこの中でソフィだけが冷静にジェラルドに詰め寄った。


「さぁ! コール!? フォルド!? どっちにするの!」


「な……あいつ何考えて……!」


 リズロウはソフィのセオリー無視の行動に愕然とするしかなかった。いきなりファーストラウンドから試合がクライマックスになってしまっていた。そしてソフィのあの交換の意図を察する。


「あのバカ……!」


 ソフィは手が何であろうと、決めていたのだ。この最初の一手はオールインで“降ろす”と。そう決めていれば手札のワンペアも必要ない。どうせ手役で勝負する意味がないのだからブタで構わないのだと。


「ですが……そんなの……!」


 ミスティも自分が賭けているわけでないのに胃がうねるくらいに緊張していた。4枚の交換でそれはバレバレもいいところであると。なにせ後ろで見ているリズロウ達すら簡単に気づく手を、対面にいるジェラルドが気づかないわけがない。


「ふ……ふふふ……!」


 無論ジェラルドも気づいていた。ソフィが間違いなくブタであるということを。だがソフィの表情はまるでそんな事を感じさせず、まるで手札が“フルハウス”のままのように見せつけていた。ジェラルドはわかっていた。このまま行けば――。


「……フォルド」


 ジェラルドはハンドを机に置き、チップをソフィに差し出す。


「……こんな1ゲーム目から命がけの勝負なんてやってられませんよ。にしても、命がけの1チップ、ご苦労さんです」


 ソフィはハンドを公開する。11のハイカード――つまりブタだった。つまり勝ち点が"1"加算される事になる。


「拾える勝ちは拾うタイプでね。初回のゲームで私がオールインをすれば、あんたは絶対引くと確信していた。……仮に私が4枚のカードを切って、高確率でブタであろうとね」


 ソフィはカードをまとめるとそれをトシンに渡す。


「次、第二ラウンドに行くわよ。次のトランプを取り出して」


「は……はい!」


 トシンはソフィからカードを受け取るために手を伸ばすと、ソフィの手が震えていることに気が付いた。


「ソフィ様……!」


「なによ早くしてよね」


 ソフィは自身を心配するトシンに気丈に返す。――だがソフィはチラリと見ていた。ジェラルドのハンドが3のワンペアであったことを。もし突っ張られていたら負けていたことを。ソフィが命がけで掴んだこの1ラウンド目。そしてこれは数ゲーム後に大きな意味を持つことになる――。


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