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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第16話 女秘書の答え合わせ(前編)
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16-4

 アスクラン王城におけるクーデターに組した魔人の大半はすでに捕えられ、王城は未だ混乱状態の最中でありながらも、徐々に鎮圧の方向へ向かっていた。だがその混乱のために各人員はそれぞれの場所での対応に追われ、謁見の間に向かおうとするものは誰もいなかった。


「久しぶりね……ジェラルドお兄様……!」


 ソフィは敵意丸出しでジェラルドの名前を呼んだ。そんあソフィの敵意にジェラルドは悲しげな演技をしながら言う。


「冷たいじゃないかアンナ……せっかく血を分けた兄妹が再会したというのに」


「ふざけないで……! 私が国を追放されたのは殆どあなたのせいじゃない」


 この中でトシンだけがジェラルドの顔も名前も知らなかったため、ソフィに恐る恐る尋ねた。


「あの……あの人はソフィ様のお兄様で……?」


「ええ……ジェラルド王子。ストーインの王位継承権第3位で、ストーイン王と正妻である私のお母さまとの間の第一子。……だけどその野心は非常に強くてね。クーデターを半年前に起こしただけじゃない。国内での自分の発言権を高めるために、国のマフィアのケツ持ちまでしてて、3年前に学生を狙ったドラッグをバラまいて大金と、その自作自演の功績を狙った名声まで取ろうとしたことがあった」


「な……なんつー王子様だ……」


「まあ……そのドラッグ汚染は私が黒幕を突き止めて、組織そのものを潰したんだけど。そのおかげで国内での発言力を失って、クーデターにつながったらしいからね」


 ソフィの説明にリズロウ・トシン両名ともドン引きしていた。そしてトシンはソフィにツッコむように言う。


「いや……一番おかしいのはここにいた……。一体どんな学生だったんですかあなたは……」


 トシンのツッコミにソフィは顔を赤くしながら言った。


「う……うるっさいわね! 今はそんなことはどうでもいいでしょ!」


 ソフィは気合を入れなおしてジェラルドを見た。


「そんな悪だくみをするようなお兄様だからこそ、こうやって姿を現したということは、あちらの策が全て滞りなく進んでることを意味する」


 ジェラルドはソフィの言葉にわざとらしく頷いて答えた。


「そうです……私が待っていたのはこの時だ。魔人の領内のど真ん中で、私が全てのイニシアチブを取れる瞬間」


 ジェラルドは勝ち誇った顔でリズロウ達に言う。


「何を言っている? 貴様がなぜここにいるかは知らないが、ここで貴様を囲んでしまえばそれで終わりなんだろう?」


 リズロウはジェラルドに向かおうとするが、シャザールとの戦闘が終わったことで全身の傷が痛みだし、膝をついてしまう。背中の傷の出血も酷く、服のいたるところに血がこびりついていた。


「できるものならどうぞ。……ですが、私を一瞬で殺せなければ、この城で多くの犠牲が出ることになりますがね」


 ジェラルドは懐から手のひらサイズのスイッチがついた箱のようなものを取り出す。


「城のいたるところに毒ガスを発生させる機材を置かせていただきました。私も巻き込まれてはたまらないので、時限式だったり、解体するのが難しくてちょっと触ると誤作動、なんてことにはしておりませんが」


「くっ……!」


 リズロウは今の状況に歯噛みした。その言葉が真実がどうか怪しいものの、体調が万全なら文字通り瞬きする間もなく抵抗不能にできるのに、と。だがそんなリズロウの内心を察し、ジェラルドは嘲るように言った。


「あー……ひょっとして身体が万全なら、とでも考えましたか? ははは……そんな幼稚な想像しても無駄ですよ。なにせ“こうなるよう”に私が全て仕組んだのですから。……そう、私が狙っていたのは、この瞬間の、この状況なのですから」


 リズロウはジェラルドの言葉に呆然とし、横に来たソフィの顔を見た。ソフィも同様に歯噛みをしながら冷や汗を流していた。その顔はソフィも“しくじった”と考えていることを示していた。


「……なるほど、あなたが狙っていたのは魔王の命でも、人間と魔人の戦争再開でもない。……“私の身柄”だったわけ」


 ソフィがジェラルドに言うと、ジェラルドは指を弾きながらソフィに言った、


「正解! 流石我が妹なだけあるではないですか」


「……兄らしいことなんて何一つしてないのによく言うわね……!」


「どういうことだ……?」


 リズロウはここまでの状況がよくわからずにソフィに尋ねる。ソフィは少し悩んだあとに、重い口を開きながらリズロウに言った。


「……リズロウ様はご存じだと思います。我が家の“血の署名”を」


「……あっ!」


 ソフィの言う“血の署名”の言葉を聞き、ようやくリズロウも状況を把握した。だがトシンはその聞いたことない言葉にただ困惑するしかなく、ソフィに尋ねた。


「ち……“血の署名”って何ですか?」


 ソフィはトシンからの質問に、小さな声で答えた。――あまり言いたくないといった風に。


「ストーイン王家には“血の署名”と呼ばれる絶対遵守の魔法……というより“呪い”が存在する。それは、公的な場でこの血の署名を持つ者同士が“誓い”をした場合、命をもってしてその誓いを守らなければならなくなること」


「命を……もって……?」


 ソフィは自分の胸に手を当てながら言った。


「その誓いを破ったら呪いにより問答無用で“死ぬ”ようにできてる。ストーイン王家はこの署名を用いることで王家間の絶対に破れない“絆”を作り、分厚い一枚岩を作ってきたわけ」


「じゃあ奴の狙いは……!」


 ――毒ガスを巻かない代わりにソフィにジェラルドの言うことを強制させること。トシンはそう想像したが、ソフィは首を横に振った。


「いえ、そこまで便利なものじゃない。そんな事ができてしまうと、脅迫して無理やり従わせることができてしまう。それは王家に取って逆に不利益になってしまうからね。……この署名で何よりも重要なのが“いかに公的であるか”と“互いに納得しているか”ということ。ガスで私を脅して言う事を聞かせるだけでは、まだ弱い」」


 会話を聞いていたジェラルドはソフィの言葉に続けるように自分の仕組んできた策を言った。


「だからこそ、この場のこの状況が必要だった。魔王の謁見の間で、魔王そのものがその署名を見ていたら間違いなく公的なものだろう。そしてアンナ、お前には納得してもらうための最後の仕上げをしてもらおうか」


 ジェラルドは近くの柱の陰に向かうと、そこから何かを引っ張り出した。その引っ張り出したものとは“テーブル”と“椅子”……そしてテーブルの上には“トランプ”が置かれていた。


「仮にこの場で殴り合いの勝負をしたところで、お前が納得するはずはない。お前に心から納得させるには、お前の土俵で戦う必要がある。……トランプで互いの身柄を賭けようじゃないか」


「な……! ふざけているのか、貴様……!」


 リズロウは激昂しジェラルドに詰め寄ろうとするが、ソフィがそれを手で抑えた。


「……いえ、わかったわお兄様。勝負してあげる。……だけどこっちにも飲んでもらいたい条件がある。……トシン!」


「はっ!」


 ソフィに呼ばれたトシンは返事をして直立した。


「急いで町に行って、トランプを買ってきてちょうだい。以前ケイナンと遊んでたから売ってる場所はわかるでしょ?お兄様が用意したトランプだけは、絶対に使えない」


「はっ! 了解しました!」


 トシンは返事をすると、走って謁見の間から飛び出していった。それを確認したソフィはジェラルドが出した椅子の前まで歩いて進んでいくと、足を投げ出すようにその椅子に座った。


「……これくらいは最低限の要求だと思うけど?」


 ソフィが座ったのを確認し、ジェラルドも対面の椅子に座った。


「ああ、当然の要求だ。……だが忘れるなよ。この場において優位を確保しているのは私だ。私が勝負するゲームも決める。反論は無いな?」


「ええ……当然」


 ソフィはジェラルドが用意したトランプを手に取り、中を開いた。中身を確認するとジョーカーが抜かれている52枚のカードがあった。――初めからこのトランプにイカサマが仕掛けられていないのはソフィにもわかっていた。それでもトシンに買いに行かせたのは時間が欲しかったから。


「トシンが戻ってくるまで時間がある。……その間に色々と決めましょうか。ゲームの内容、そして何を賭けるか」


「ああ。まず互いの賭けるもの。……これは話がわかりやすいだろう?私はアンナ、“お前の身柄”を確保させてもらうこと。そしてお前は私の“毒ガス発生装置の無力化”。これが互いに釣り合うものだ。……そしてゲームはもう決めてある」


 ジェラルドはソフィからトランプを奪うと、シャッフルをして互いに5枚ずつ配った。


「……これで想像できるゲームはお前にもわかるだろう?」


 ソフィは5枚のカードを手に取り、その中身を見ながら言った。


「……ポーカー」


「ああ、そうだ。だが普通のポーカーでは芸がないだろう」


 ジェラルドは意地の悪い笑みを浮かべながらソフィに言った。――その顔は皮肉にも兄妹であるソフィが悪だくみをした時と似たような表情だった。


「私が考えたルール。“リミットポーカー”で10ラウンドの勝負を行う。役ごとに点数が決められており、10ラウンド内に決められた点数以内でのみ上がれるゲームだ。このゲームは運だけではない、相当な“読み合い”が要求される。……さて、兄として妹であるお前に少し躾をしてやらねばな……」


 ソフィは苛立ちながらジェラルドに、“アンナ”としての態度で言い放った。


「……ですから、あなたがワタクシに兄上様らしい事など、一度もされたことないじゃありませんの……ジェラルドお兄様」


 ここにこのクーデターにおける最後の戦いが”机”の上で行われることになった。なおも余裕の態度を崩さないジェラルドに対し、ソフィはなにかしらの仕掛けがあるということは容易に想像がついていた。この兄の性格の悪さは、筋金入りだと幼いころから身をもって思い知らされてきたからだ。


 だがソフィの胸の内には暗い炎が灯っていた。”敵”を絶対にぶっ殺してやるというどす黒い炎が。こいつは絶対に許さない。必ず破滅させてやる、と。

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