16-1
「ぐおおおおっっっ!!!」
リズロウは雄たけびを上げながらシャザールに向かっていく。だがシャザールは剣を構えず、精神を集中させると右手をクイッと上に上げた。その瞬間、リズロウの足元が急に光りだすが、リズロウは一切動揺せずその場から跳躍する。そしてその直後に足元で爆発が発生するが、その爆圧範囲からリズロウは傷一つなく逃れていた。
「なるほど……まだその実力は一切さび付いていないようですね」
シャザールは感激するようにリズロウに言った。
「そうでなければ、このような茶番を仕掛けた甲斐がないというものです」
リズロウはなおも暗い表情を崩さなかった。
「……これが、お前のしたかった事なんだな」
「……こうでもしなければ、あなたは“あの時”のように本気で戦ってくれないでしょう!? 私にとってあなたは超えるべき壁なんだ! なのに……あなたは……!」
シャザールのこのクーデターの目的。それは人間に対する憎しみでも、魔王の座を欲しがったわけでもない。全てはリズロウと“本気”で戦うためだった。
シャザールは10年前にリズロウに叩きのめされ、その強さに心服してリズロウのアスクランにおける初めての部下になった。そこからミスティやその他の仲間たちをリズロウは得ていき、そして魔王の座を襲名していったが、その傍らには常にシャザールがいた。
そして革命を成し遂げ、かつての仲間たちが故郷に帰りそれぞれの道を進んでいく中で、シャザールとミスティはリズロウの側にあり続けた。
「私があなたの側に居続けたのは、あなたの“強さ”に憧れていたからだ。そしていつか超えたいと思った。……でも、あなたは私と戦う気は一切なかった」
シャザールは再度精神を集中させ、リズロウに向けて手をかざす。リズロウは素早く反応し、その場から跳躍して回避をすると、先ほどまでリズロウがいた場所に電撃が落ちてきていた。シャザールは電撃魔法を連打し、リズロウは全てそれに反応し、無傷で避けていく。
「その強さがあるのに! あなたは積極的に戦おうとしなかった! なのに、稀に戦う時は他者を寄せ付けない圧倒的な力で、全てをなぎ倒していく。私は……そんなあなたが嫌いだった!」
シャザールが手で印を結ぶと、連続して電撃を落とした箇所から光の柱が発生し、動き回っていたリズロウを囲んでいた。そしてシャザールが手を結ぶと、その柱が中心にいるリズロウに向かっていく。
「くらえ!」
光の柱が全てリズロウにぶつかり、大きな衝撃と共に音と煙が上がる。城の最上階が揺れるほどの衝撃だった。シャザールは息をきらし、剣を抜き畳んでいた翼を魔力によって顕現させる。そして煙によって見えないものの、リズロウがいると思われる方向に剣を向けた。
「……あなたがこんなものでやられるはずがないでしょう?」
その言葉の直後、強風が吹き煙が晴れる。煙の中から姿を現したリズロウは、服が汚れていたものの、身体には一切傷がついていなかった。
「…………くそっ」
リズロウはシャザールにかける言葉見つからず、小さく悪態を漏らした。“魔人”で有るが故に、リズロウにはシャザールがなぜここまでしたのかが理解できてしまっているからだ。むしろ付き合いが長いからこそ、わかる部分がある。
だがリズロウはもう一つ、感じていることがあった。それはこのような状況の中で、普通の者ならこう思う事自体信じられないことだった。“シャザールはリズロウを裏切ってはいない“と。リズロウは改めて剣を構え、シャザールと向き合う。そして深呼吸をして意を新たにした。
「わかった。こっからは本気でやってやる。……だがわかってるんだろうな?俺が本気を出したら、もう止まれねえぞ」
リズロウの言葉に、シャザールは笑みを浮かべて応えた。
「ええ、私があなたの本気に対抗する術を持たず、こんなことをすると思いますか? 今度は絶対に負けはしない。勝つのは……私だ!」
――“魔人”の生来の習性として、強い闘争本能がある。10年前まで血で血を洗う戦いに明け暮れていた魔人であったが、リズロウが魔王に就任してから幾分かそれが和らいできていた。だがまだたった10年である。人間との戦争が終わってから半年しか経っていない。だからこそリズロウもシャザールの強い思いが理解できていたのだ。自分が最強と認めた相手を越えたいという、その思いが。
× × ×
ソフィは人間の兵士たちを連れて、地上まで戻っていた。リズロウが大半を“散らして”いたとはいえ、まだ残党は残っており、リズロウがいなくなった事もあってか、部隊の再編制を行っているようだった。
「で、どうするんですかい? ここまで人間を連れてきて、何をするつもりで?」
グライスは背負っているソフィの指示を仰ぐ。犬と狼――というより単純な体格差で違うものの、トシンの背中より遥かに安定感のあるグライスの背中がソフィの定位置になっていた。ソフィは外につながる正門を指さす。
「なあに簡単。ただ堂々と外に出ていくだけ」
「簡単て……。今は確かに混乱状態ではありますが、それでもそっから外に出ようなんてしたら……!」
グライスの反論にソフィは強気な返事を返した。
「大丈夫。こういう“読み合い”は私の得意分野よ。リズロウ様は作戦通り上手くやってくれてる。必ずうまくいく」
ソフィはグライスの顔の横から手を伸ばし、ゴーのサインを出した。記憶は無いものの、かつてこの非力な少女が自分を無力化したという事実をグライスは受け止めており、実に魔人らしい思考でソフィに従った。この少女は自分より強いのだから信用しようと。
正門から堂々と出てくるグライス、ソフィ、そして人間の兵士たち。それは再編成を行っている最中であるとはいえ、警戒態勢は解いていないクーデターを行っている兵士たちにしっかりと見られていた。
「お……おい! あいつら何してんだ!」
城壁の上にいる兵士の一人がソフィたちを指さして言う。
「グライス様がソフィ秘書官を背負っている……? あの人が人間達を守っているのか?」
「それよりなんであいつら正門から外に出てるんだ……?」
「まさか……シャザール様が“負けた”のか?」
「あの竜は本当に“リズロウ様”だったのか?」
ソフィたちが堂々と歩いている様を見て、兵士たちは明らかに困惑していた。グライスは気が気でなかったが、ソフィは目論見通りいったと確信していた。
「お……俺、やっぱりリズロウ様につくよ! あの人はやっぱり死んでなかったんだ!」
「そうだ! どうすりゃいいかわからなくて、どっちにもつかない選択をしてたが……俺はリズロウ様側につく!」
「みんな! 立ち上がるんだ! もう戦争なんてやってられるか!」
城内にいたクーデターに参加していない兵士たちが声を上げる。それは再編成を行っていたクーデター派の兵士たちにも聞こえていた。
「……ね? 言ったとおりでしょ?必ず上手くいくと」
城内ではリズロウ側につくと判断した兵士たちがクーデター派の兵士たちを次々と捕え始めていた。リズロウに散らされていた兵士たちは今度は数に囲まれることになり、抵抗はするものの、あえなく捕まっていた。外に向かいながらもグライスはソフィの目論見通りに動いているその光景を見て戦慄していた。
「な……何でこうなってるんですかい……?」
「我が家の家訓にこういう言葉がある。“日和見の風見鶏を味方につけることこそ勝利の定石”だと」
ソフィはグライスの背中から降りると、自分の足で歩きながら城の外へと向かう。
「なんでかは私にはわからないけど、シャザール様のクーデターは、意図的に”穴”を作ってあった。一番は王座を取ったにも関わらず、強権を使わずに平和的に城の維持をしていたことね。要は自分の思想に従わない魔人を追い出しはせず、城の維持に必要なためにそのまま使っていたこと」
ソフィは混乱の最中にある城をちらりと見た。
「無論、そこまで根回しがいってなくて、自分の考えに従わない者を全部粛清したら殆ど人員がいなくなるって問題もあったかもしれない。その辺の根回しは後ですればいいと楽観的に見ていたという事も考えられる」
グライスはソフィの言葉に頷いた。
「まぁ……確かにシャザール様が魔王になってからも、特別変わった感じはありませんでしたね……」
「そうね。だからリズロウ様が正当な形で城に戻ってくれば、その“火”はつけられると確信していた。そしてリズロウ様に大暴れしてもらって、クーデター派を一時無力化してもらう。そしてさっきの騒動。そうすることで風見鶏はこっちの方向を向いてくれる」
「でも、そんな上手くいくんですかい? ……いや、上手くいきましたけども」
グライスの疑問に、ソフィは口を歪ませながら言った。
「上手くいくに決まってるじゃない。……だって私がサクラを仕込んでいるんだから」
「……え」
グライスは顔から血の気が引いていくのを感じていた。ソフィは意地の悪い笑みを浮かべながら説明を続けた。
「ミスティ殿に頼んで、それなりに信用できる兵士数人にその時になったら大声で周りに聞こえるように煽ってほしいと指示をお願いしてある。そして捕えられているはずの人間達が堂々と外に出て、横にグライス殿がいたら、そりゃあクーデター派が劣勢だと判断する者が多く出てくるわよね」
グライスだけではない、その説明を聞いていた人間の兵士たちも同様に血の気が引いていた。――言ってしまえば自分たちが勝手にダシに使われていたのだから。
そして全員が思い出していた。グライスはソフィが自分を策に嵌めて倒したということを、人間の兵士たちは悪評ばかり聞くアンソフィア姫の事を。そんな全員の気持ちを知ってか知らずか、ソフィは気を引き締めるように全員に指示をする。
「さて、次は外にいる仲間たちと合流し、その後リズロウ様の下へ向かいましょう。まだ全部が終わったわけじゃない」