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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第15話 女秘書の逆クーデター作戦(後編)
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15-4

 リズロウが城に降りて来てから10分ほどが経過し、戦局は明らかにリズロウ優勢になっていた。元々クーデターを起こした側は軍の熟練兵がいるとはいえ、リズロウに太刀打ちできるほどの“個”を持った者はおらず、戦力も城内の蹶起を起こした兵たちだけという事もあり、半ば当たり前のように戦局は推移していた。――だからこそリズロウは内心の不安が解けなかった。こうなることが目に見えていたのに、なぜクーデターを起こしたのか。


 無論、この作戦の成功はソフィの飛行船での奇襲が上手くいった為でもある。これが無ければリズロウは未だ、城下町から攻めるのを悩んでいたかもしれないからだ。考えることはあれど、今は急いで作戦を終了させ、被害を最小限に抑えることを目標にしなければならない。そしてそれはソフィが上手くやってくれるはずだと考え、リズロウは人型の姿に戻ると、敵の本丸――シャザールがいるはずの最上階の謁見の間に向かうことにした。


× × ×


 ソフィはグライスに背負われながら地下の勾留室を目指していた。アスクラン王城は地上6階、地下3階の構造となっており、一時的に犯罪者を閉じ込めておく勾留所は地下3階にあった。多くの兵は現在外に出払っているのと、それ以外の中に残っている者は蹶起に加わっていない、城の維持に必要な人員だけだったこともあり、ソフィとグライスは殆ど素通しで地下3階まで来ることができた。


 勾留室につながる扉の前にはゴブリンの魔人が二人おり、扉を守っていたものの、グライスの姿を一目見ただけで、すぐに敬礼して直立した。


「グ……グライス様! な……なぜこちらに」


 片方のゴブリンの兵がグライスに声をかけるが、グライスはどうどうと手で兵士たちを抑える。


「まーまーよきにはからえ。……ちょっと中に用事があるだけなんだ」


 兵士たちはグライスの言葉通りに中に通そうとするが、後ろに背負われていたソフィを見て、流石にグライスに声をかける。


「な……ソ、ソフィ秘書官が後ろに……!? グライス様!」


 ゴブリンの兵がグライスを引き留めようとするが、グライスは怒りの形相で自分を引き留めた兵士を睨んだ。


「あ? お前ら俺に何か言う事があんのか?」


 先ほどまで柔らかかった表情が一気に硬くなり、獲物を捕食しようとするいかつい狼の表情を向ける。その顔に怯えた兵士は何も言う事ができずに縮こまった。


「な……なんでもありません……どうぞ……!」


「はいほいサンキュー」


 グライスは手を振って2人の兵士たちに礼を言って駆けていく。その交渉術を見ていたソフィは感嘆の声でグライスに言った。


「す……凄いわね。最悪私が“交渉”しようと思ったのに、威圧だけで道を開けさせるなんて」


「こんなことなんでもないですよ。こんな非常時にこんな場所についているということは、あいつらはシャザール隊長についていない……だけでなく、そもそも主義主張も無い雑兵でしょう」


「……私が城に来た時、あなたがなんで洗脳されたか、少し理由が分かった気がする。そこまで有能なら、確かにけしかける駒としては優秀だろうし、なによりあの時リズロウ様もあなたを必死で庇うわけだ」


 ソフィの賞賛の言葉に、グライスは冗談めかして返す。


「全くお褒めのお言葉ありがたいですな。できればあの時私が洗脳された理由を、もっと詳細に突き止めていただきたいものですが」


「それができればこのクーデターも簡単に止められたでしょうね……。あ! ここ! 止まって!」


 ソフィは自分を背負っているグライスの耳を引っ張り、動きを止める。グライスは文句も言わずに素直に動きを止め、ソフィは逆にグライスが怒らないことに驚いた。


「あら、怒らないのね……」


 グライスは自分の耳をさすりながら、少し不満げにソフィに言う。


「できればやめてほしいですけどね。……ですが自分の娘と同じくらいの女の子に、わざわざキレたりなんかしませんよ」


 グライスの言葉にソフィは少し驚きながら言った。


「……なんで私の年齢を知っている?」


 グライスは自分の鼻に指を当てながら言う。


「臭いでわかりますよ。私は特別に鼻が効くんでね。あの俺が襲っちまってたトシンとかいう新兵も同い歳くらいですかい? あいつも鼻が効くでしょうが、これはどちらかって言うと私の特技みたいなもんですから」


 ソフィは納得はしながらも、逆に訝しみながらグライスに言った。


「まぁ……わかったけど。それよりもあなたが結構いい歳いってることが驚きだったわ。やっぱり魔人は見た目で年齢が分かりづらいわね」


 ソフィは同じように意外と歳がいっていたリズロウの事を思い出す。――が無駄話が過ぎたとソフィは自分を内心でしかりつけ、グライスの背から降りて、勾留所の鍵を取り出した。勾留所の入り口の壁に掛けられていることはソフィも知っており、先ほどグライスが兵たちとやりとりしている間に、黙って取っておいたのだった。


「えーと……閉じ込められた人間達はどの辺に……」


 ソフィは鍵を指で回しながらそれぞれの牢屋を確認していく。基本あまり勾留所は使われていない――先ほどのゴブリン兵二人のようにやる気のない兵士の閑職扱いとなっていた。そのため少し探すだけで、ソフィたちは容易に見つけることができた。


「みーつけた」


 ソフィは目的の牢屋の扉を開けると、笑顔で中に入っていく。


「待たせたわね。鍵は開けたからもう出られるわよ」


 中にはあの時ジュリスとソフィを助けるためにバリケードを塞いでいた兵士たちがいた。ソフィは数を数えるが誰一人欠けておらず、そして顔の血色もよかった、怪我もしていないようであり、どうやらすし詰めにはされていたようだが、乱暴な扱いもされていないようだった。


「あなたは確か……!」


 兵士たちの代表者と思われる男が急に現れたソフィに声をかける。あの時隊長であるジュリスが妙に敬っていた謎の女性、それが彼らのソフィに対する認識だった。ソフィは一度目を閉じ深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。そして目を開けて、薄暗い勾留所に似合わない、凛とした声で彼らに言った。


「私はアンソフィア・フィリス・ストーイン。ストーイン王位継承権第6位の姫です。ジュリスは私の下教育係であり、恩人でもあります。……あなた達には、今この国で起きている、ある悪意を打ち倒す助力を願いたい」


 ソフィの本名を聞いた人間の兵士たち――そして後ろにいたグライスは顎が外れんばかりに口をあんぐり開けて驚いていた。だが人間の兵士たちは少しした後に正気を取り戻すと、最敬礼をしてソフィの前に整列した。


「は! アンソフィア様! 我らの力、微小なれど全精力を傾けて尽くす所存でございます!」


 代表者の兵が大きな声で発言し、他の兵たちも一斉に返事をする。ソフィは王家の人間としての態度で、兵たちに優しく微笑みかけた。


「うむ。では、まずは上を目指そう。なに、道中の障害となるものはすべて取り除いてある。そこからは私の命令に従ってほしい」


「は!」


 ソフィは兵士たちを連れ勾留所から外に出ていく。途中あのゴブリン兵士たちとも顔があったものの、巻き込まれるのは勘弁とばかりにゴブリンたちは身を隠してしまった。そして途中にあった勾留所用の兵士の詰所で、最低限の装備を整える。


 その準備の最中、グライスはソフィに声をかけた。


「ソ……ソフィ秘書官。さっきの話はマジですかい……!?」


「ええ、マジよ。もうリズロウ様達も皆知ってる。あそこでジュリスの部下たちを文句なく従わせるには、こうするのが一番早い方法だった」


「は……ははは……偉い人の考えることはよくわかんねえっすわ……」


 グライスは急に叩きつけられた事実に困惑しながらも、心の中である疑問が生まれていた。


「……ですがソフィ秘書官。今ちょっと思ったことがあるんですがね」


「何?」


「私があなたを襲ったのは確かに洗脳されたからだった。ただあの時は結局調査の結論としては、“あなたを襲うフリをして魔王様を襲う意図だった”という事になった。あなたが来るのは事前の書類でわかってたから、それを狙って仕込むのはまあ不自然ではないと」


「そうね。あの時の私を襲っても、誰も得しないだろうし。あの時からクーデター派が動いていたとしても、私をあなたに殺させたところで、許すまじ魔人って、人間側はまず思わないでしょうね」


「でも、今ので話が大分変ってきません?」


「……? どういうこと?」


 グライスは声を潜めてソフィに言った。


「“あなた”そのものを狙ったものなら、私の襲撃も色々と話が付くんじゃないです? ……これ以上は私の頭じゃ考えきれないんで、あとは秘書官殿にお任せしますが」


 ソフィはグライスの意見を聞き、唾を飲み込んだ。――そういえばもしあの時私がグライス殿の確保に失敗していた場合、どうなっていただろう? 私はあの時リズロウ様に何をお願いした? そして“それこそ”がグライスに襲わせた本当の理由だったら?


「……作戦変更」


 ソフィは天を見上げる。今は地下3階であり薄暗い天井しか見えないが、ソフィが見るべきものはその遥か上にあった。



× × ×


 リズロウが最上階に向かう間、リズロウに立ち向かうものは一切いなかった。立ち向かうだけ無駄だと兵たちが逃げ出してしまったのか。――いや違う。“奴”が意図して配置しなかったのだとリズロウは理解していた。


 そして謁見の間にたどり着いたリズロウはその大きめの扉を両手で開ける。謁見の間は最上階の半分以上のスペースを使って作られており、非常に広い空間になっていた。そしてその上座に魔王が座る玉座がある。――そして今そこには“臨時”の魔王がわが物顔で座っていた。本来の魔王の目の前で。


「シャザール……」


 リズロウは玉座につながる絨毯の上を歩きながら、玉座に座っているシャザールの名を呼ぶ。だがその声には怒りにつながるような感情は全くなかった。むしろ哀れんでいるようであった。


「ようやく来ましたか……リズロウ“様”」


 シャザールは玉座から立ち上がると、自らの足でリズロウの下へ歩いていく。まるで魔王の座に全く未練がないかのように。


「私がここまでやった理由。あなたならわかってくれているでしょう?」


 シャザールは落ち着いた声でリズロウに言った。――だがその声の裏には期待が隠せていなかった。


「ああ。わかってる。お前が“わざと”俺をここまで来させたと」


 リズロウはシャザールとの距離が残り10メートルの所で足を止める。シャザールもその距離を把握し足を止めた。――これ以上踏み込めば互いの制空権内に入る。


「このクーデターもお前が“俺のため”に仕組んだものなんだろう?」


 リズロウの回答にシャザールは満面の笑みを浮かべた。


「ええ。やはりあなたなら理解してくれると思っていました」


 だが対面するリズロウは俯きながらその表情は暗かった。そして感情を噛み殺しながらシャザールに言う。


「……嘘をつけ」


 リズロウはゆっくりと剣を抜いた。だがまだシャザールの顔を見ることができず、暗い表情のままに続けた。


「お前は“俺と本気で戦いたかったから”このクーデターを仕掛けたんだ。俺がお前に対し、本気の殺意を抱いて挑むために」


 リズロウの言葉を受けたシャザールもまた、笑みを崩さずに――いやその顔は間違いなく崩れていた。満面の“悪意”を込めた笑みに変わって。


「ええ、そうです。これでようやく10年前の雪辱を果たせます。……今度こそ、私が勝つ」


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