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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第15話 女秘書の逆クーデター作戦(後編)
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15-3

 住民が避難し誰もいなくなった町中の広場で、トシンは後ろに怪我人二人を抱えながらかつての上司であるライズルと相対していた。うち一人は名前も知らないどころか敵であったので助ける義理は一切ないのだが、いつの間にかトシンの肩に責任が乗っかる状態になってしまった。


「トシン……もう貴様は兵士ではないとはいえ、昔の部下の“よしみ”だ。今逃げ出せば、追わずにしといてやる。俺の目的は後ろの二人だけだからな」


 ライズルは剣を肩に置きながら、まるでトシンは敵でもないかのように軽く扱っていた。トシンは剣を構える姿勢だけは解かないまま、ライズルに尋ねる。


「あなたの部下は今どこにいるんですか……逃げてもその人たちに囲まれて袋叩きだったら割に合いませんよ……!」


 トシンの質問にライズルは苦笑しながら答える。


「おいおい随分目ざといな。今ここにいるのは俺一人だけだよ。部下たちは城で侵入者の迎撃にあたってる。あとどっかのバカが流した報告のせいで、大半が俺の命令を聞かずに外に向かっちまったが」


 僕が流した報告だとは気づいていないのか。トシンはライズルの口調からそう判断した。現場にいた時はトシンはあまり思っていなかったが、軍隊から離れてソフィの下で働き始めてから、トシンは元の職場であった軍隊の魔人たちがどうも“頭が悪い”という事に気づき始めていた。ソフィも名指しでライズルの事をバカだと指摘していたこともあったくらいだった。トシンは後ろにいるケイナンとギゾを見て言う。


「……ケイナン。僕の予想だけど、“敵”はどうやら連携が取れてないようだね。その人間は僕たちが詰所で何をやったか理解したうえで待ち伏せしてたみたいだけど、それをライズル隊長には伝えていないようだ」


 ケイナンはトシンの言葉に頷いて答えた。


「ああ、確かに今は手を取り合っているように見えるが、根本的なところではやはり敵同士みたいだな。そして今ヤツの目的は、俺たちを抹殺することで死人に口なしにして、この騒動の原因を全て押し付けることだ」


 ケイナンは痛む足を抑え、ライズルを睨みつける。ギゾも動けなくするために重傷を負わせ、自分もこの足では動くことができない。そしてケイナンは一度ライズルと相対していることもあり、その実力はわかっていた。――トシンでは逆立ちしても敵わないと。


「トシン……お前は……!」


 ――逃げろ。そう言おうと思った。トシンに逃げられたらケイナン達は間違いなく死ぬということがわかっていても、ケイナンはそう言うつもりだった。それはトシンが戦っても無駄だから、といった理由ではない。彼をここでむざむざ死なせられない、死なせたくないという思いからだった。――だがトシンは不敵に微笑んでいた。


「逃げろ、なんて言わないだろうね」


 トシンは深呼吸をすると、ライズルに剣を構えなおす。その様子を見てライズルは一瞬呆気にとられ、そして嘲笑する。


「おい、トシン。お前一体何するつもりだ?」


 トシンは剣を持つ手が震えていたが、それでも闘志を燃やした表情を崩すことは無かった。


「あんたが言ったんだ。周りには誰もいないって。……なら1対1だ。あんたみたいな雑魚一人倒す分なら……僕にだってできるだろう?」


 トシンの挑発にライズルは表情を無くし、そして血管が額に浮かぶ。


「お前……自分の言っていることがわかっているのか? お前ごときが、俺に勝てるとでも?」


「トシン……やめろ! お前じゃ無理だ……!」


 ケイナンはトシンを止めるために立ち上がろうとするが、足の痛みからそれもできずに倒れてしまう。トシンはライズルから目を離さず、ケイナンを心配するように言う。


「怪我人はそこで待っててくれって! どのみち僕がここでやらなきゃアイツの思い通りになってしまう! なら……やってやるさ!」


 トシンは足を踏み出そうとするが、その素人丸出しの体重移動の隙をライズルは見逃すはずもなかった。トシンが動くために重心を移動するよりも早く、ライズルは前進し、トシンを剣の射程内に収める。


「なんだちっとも成長してねえじゃねえか!」


 トシンは防御の構えも取れず、ライズルは卓越した技量で剣を振りかぶる。横で見ていたケイナンからもその軌道ではトシンは防御すらできず、一撃でやられる様が想像できた。


「トシン!」


 ケイナンは叫ぶが、トシンはライズルの攻撃にギリギリで反応し、片手で持っている剣をライズルの剣の軌道上に置く。しかしケイナンはそれが最悪の悪手だとわかっていた。中途半端に防ぐだけでは、自分の剣ごと叩き折られてしまう。そしてそれはライズルも同様だった。


「終わりだ!」


 ――だがそれはトシンも同じだった。トシンは初めから“防ぐ”気は一切無かった。トシンは剣を持っていない左手でズボンの後ろポケットを探り、そしてあるものを取り出す。勝ちを確信していたライズルだったが“それ”を見て、一気に肝を冷やす。そして剣を振るのを途中でやめ、その場から跳躍して離れた。


「しまっ……!」


 そして破裂音が鳴り響くと、ライズルはトシンから数メートル離れた場所まで下がっており、先ほどまでライズルがいた場所に1センチほどの丸い穴が空いていた。この攻撃で仕留められなかった“トシン”は舌打ちをする。


「……拳銃? そうか、ギゾの物を……!」


 一連のやり取りを見ていたケイナンはトシンが持っていた“拳銃”を見て、驚くように言った。そして横で倒れているギゾを腰あたりを確認すると、確かにギゾの腰にあるガンホルダーから拳銃が無くなっており、予備の弾も抜かれているようだった。


「あいつ……ギゾと戦っている間に拝借してたのか……抜け目ない奴……!」


 トシンは先ほどのギゾとの戦いの際、ギゾが抜こうとしていた拳銃を剣で弾きとばしていた。さらにその後に右手に噛みついて銃を使用不可能にしていた際に、ドサクサに紛れて弾を盗んでいたのだった。


「スリをする時は相手の意識外からしろってね。ソフィ様が教えてくれたことだ」


 トシンは一発撃った分、拳銃に弾を込めなおす。一度に2発分まで込められ、予備の弾はあと2発。つまり今込めている分と含め、あと4発がこの拳銃で撃てる全てだった。トシンはケイナンと顔を合わせる。ケイナンはトシンの目を見て、そして首を横に振った。


「……だめだ。もうギゾは弾を持ってないようだ。ライフルの弾はまだあるが、その弾は拳銃に流用することはできない。あくまで護身用だから、そんなに弾は持ってないようだ」


「わかった。じゃああと4発で何とかしろってことだね……」


 冷静に状況を把握するトシンに対し、ライズルは大きく動揺していた。トシンが軍から離れて1、2か月程度。見た目の身体能力や、先ほどの身のこなしから殆ど成長していないのは明らかだった。ケイナンから指導を受けていることはライズルも知っていたが、トシンの素質の無さをよく知っているのもライズルだった。だからこそ楽勝だと思っていた。


 だが今の攻防は明らかに修羅場を何度も潜り抜けてきた者の判断だった。自分の能力を完璧に把握しきっているからこそできる“見切り”。自分の弱さを餌に、本命の牙をライズルに突き立てようとしていたのだった。


 トシンは額から流れる汗を腕で拭く。――やれる。心臓は破裂しそうなほど高鳴り、手の震えは抑えることができないが、それでも自分があのライズルとやりあえている事に実感を抱いていた。


 トシンはソフィの下についてから自分より遥か格上の者たちとばかり戦わされてきた。何度も死にかけたし、何度も自分の無力さを思い知らされ、そして何度もその頭を活用させてきた。普通の兵士であったならまず積む事が無い、異常な実戦経験が、トシンを大きく成長させていた。


「……なるほど」


 ライズルは剣の握りを確かめるように握りなおす。そして先ほどまでのトシンを半ば馬鹿にしていたような態度は一切なく、“敵”と対峙する表情に変わっていた。


「どうやら、俺が想像しているお前ではもう無いようだな。どういうカラクリを使ったかはわからないが、たった2か月足らずでお前は随分と成長したようだ」


 ライズルからの評価の言葉をもらい、トシンは思わず胸が高鳴った。軍隊にいたころはひどいイジメを受けていたとはいえ、自分の部隊の隊長であることには変わりなかったからだ。トシンは少し恥ずかしがりながらライズルに言う。


「いや~……まあ過酷な実戦経験のたま……」


 ――が、それを言いきる前に、不意打ちでライズルに向けて発砲した。不意を突かれたライズルは体勢を崩して飛んでよけるが、弾は明後日の方向に飛んでいく。右に避けたはずなのに、左後ろにある店の窓を割ったのを見て、ライズルは“拳銃”の弱点を把握した。


「ははっ! なるほど!」


 あの拳銃は恐るるに足らない。ライズルはそう判断した。今の一発からトシンも拳銃について非常に“不理解”があると。ライズルは姿勢を低くして、トシンに距離を詰めるために突っ込んでいく。


「くっ!」


 トシンはもう一発発砲するが、今度も全く当たらず、遥か後ろの民家の壁に穴をあけただけだった。トシンは急いで弾を込めようと後ろポケットに手を伸ばすが、その隙をライズルが見逃すはずもなかった。


「馬鹿が!」


 ライズルは剣を振らず、そのまま跳躍しトシンに飛び蹴りを食らわせる。剣での攻撃が来ると思い身構えていたトシンは全く反応できず、その蹴りを胸にモロにくらい、大きく後ろに蹴り飛ばされる。


「がはっ!」


 トシンは数メートル後ろに飛ばされ、地面にたたきつけられた。その衝撃で手に持っていた剣と銃を落としてしまい、込めようとしていた弾も弾き飛ばされてしまう。ライズルは拳銃を蹴り飛ばして、トシンが拾いにいけないほどの所まで動かすと、勝利を確信したようにトシンに近づきながら言った。


「お前はよぉ~~、どうやらその銃ってやつをそこまで使ったことはないらしいな。俺に向かって何発も撃ってるのにカスリもしないところを見てすぐにわかったぜ。……片手で撃ったところで、お前の力じゃ銃の反動に負けて、ろくな狙いがつけられねえってな」


 ライズルがトシンのすぐそばまで近づくと、トシンは不意を突くように急に起き上がり、ライズルに噛みつこうとする。しかしライズルは簡単にカウンターを合わせ、トシンの顔面をぶん殴った。


「ぎゃばっ!!!???」


 トシンは左目を思いっきり殴られ、悲鳴を上げながら蹲る。ライズルは笑みを浮かべながらトシンを見下していた。


「ま、雑魚のお前が成長したところで、雑魚には変わりなかったわけだ。こう、俺が本気を出してやれば、な」


 ライズルは剣を振りかぶり、トシンにとどめを刺そうとする。


「じゃあな、出来損ない」


 ――すぐ近くで破裂音が聞こえ、ライズルは最初その音の出どころがわからなかった。だが右足に火箸が当てられたような熱さを感じ、次に硝煙の臭いが鼻についた。そして恐る恐る自分の右足を見て、ライズルは血の気が引いた。――右足から大量に出血していることに気づいて。


「ぎゃ……ぎゃああああああ!!!???」


 ライズルが悲鳴を上げて倒れると共に、トシンがゆっくりと立ち上がる。その右手には拳銃が握られていた。


「……一つ間違い。僕はこれで銃を使うのは“二度目”です。無論、両手で撃たないと命中精度が下がることもしってるし、数メートル離れただけで全く当たらなくなることもよく知ってます。だけど、1メートル以内なら片手で撃っても余裕で当てられる」


 トシンは左目を大きく腫らし、ぼやけた視界でケイナンのいる方向を見た。そしてケイナンにピースサインを送り、ケイナンもそれに答えてサインを送る。


「拳銃が“2つ”あったって、隊長は知らなかったでしょう? 僕がケイナンから借りた拳銃。わざわざケイナンに合図を送って、あの人間から奪った拳銃しかないこと、弾が4発しかないことをわかりやすーく大声で伝えてもらいました。こういうの何ていうか知ってます? “ミスディレクション”って言うそうですよ」


 トシンはソフィに初めて会ったあの日のことを思い出していた。ソフィの凄さを思い知らされたあの日のあの出来事を。そしてソフィに教えてもらった“ミスディレクション”という言葉を。


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