15-2
「さて……いくつか聞きたいことはありますが、まずは……」
ギゾとの戦いが終わったケイナンは、足の痛みに耐えながら懸命に頭を凝らしていた。今ここで聞くべき疑問は何か? なぜお前はここにいる? 一体何が目的か? どういう作戦なのか? ――いや違う。
「……なぜ周りの住民を避難させている?」
ケイナンが一番最初に思った疑問。それは城に近いこの地区の避難が完了していたことだった。3つめの検問まではいつもと変わらない人通りであったことは、ケイナンも確認している。ということは、今日この時に戦闘があるということを把握したうえで、人を避難させたということになる。完全にこちらの行動が筒抜けであることを示しているとともに――敵の連携の“取れてなさ”に疑問が生まれてきた。
「……情報があったからです。ストーインから飛行船が出たと」
ギゾは噛み千切られた手と肩の痛みに呻きながら答えた。
「飛んで行った時間さえわかれば、あとは到着時間を予想するのも容易です。……そしてシャザールにそれを伝え、城から近い町の住民を避難させていました。私がこの場所を狙撃地点に選んだのは、あの詰所の襲撃を確認して、あなたたちが来る方向を予想したからです」
「そうか……。となると飛行船の作戦も筒抜けだったと。……おかしくないか?なぜそれを警備兵全員に伝えない。先ほどの空の様子から、魔王様が襲撃してくるのは兵からしたら予想外だったようにも見えるぞ」
ケイナンの疑問にギゾは顔を伏せて答えた。
「それは……私にもわかりません。私はただ城に向かうあなた達の足止めが任務でしたから」
「わかった。……もう尋問も拷問もしようにも、この足じゃ情報を得たところで伝えにも行けない。だからこれ以上は詮索はやめておくよ」
ケイナンは足を抑えながらギゾに言う。弾は貫通し、血は事前に用意していた薬で何とか止めたものの、杖をついて歩くことすら困難なくらいには重傷だった。あと少しすれば傷からの熱で動けなくなるだろう。その前にトシンに現在の状況を伝えなければ――。
「……ってトシン、あいつ遅くないか?」
× × ×
ケイナンの視線から外れた広場の裏側の通りで、トシンは全身から汗を流して硬直していた。息は荒く、表情は怯えている様子を見せている。正面にはリザードマン型の兵士がおり、トシンはその威圧を受けていた。
「ハァ……ハァ……! ラ……ライズル隊長……!」
「久しぶりだな。トシン。お前が兵士を辞めて以来か?」
ライズルが剣を片手に持ってトシンと相対するように立っていた。トシンはすぐに周囲を確認する。ほかに人の気配も、臭いもない。ライズル一人だけのようだった。
「な……なぜここに?」
トシンは上ずった声でライズルに尋ねる。脳裏には軍隊にいたころにシゴかれていた記憶が蘇っていた。
「ここで人間が待ち伏せしているという情報を手に入れていたからな。なら、それが失敗していないかどうか、確認するのは道理だろう?」
「さっきの銃を持った奴ですか……! 隊長は人間と手を組んだんですか?何のために?」
トシンは疑問に思っていた。ライズルは典型的な野蛮な部類に入るタイプの兵士であり、そしてそのタイプの例に漏れず人間が嫌いなはずだった。ソフィからも聞いていたが、5日前の城からの脱出の際も、ライズルがその手の兵士たちを束ねて襲撃していたとのことだった。なのに人間と手を組むとは考えづらい。
「お前にそれを答える必要があるのか? これからお前が死ぬっていうのによぉ!!!」
× × ×
広場に隣接する店の窓が割れ、そこからトシンが飛び出してくる。広場で待機していたケイナン達は急に現れたトシンと、それを追うライズルを見て驚いてたが、それ以上にキゾが衝撃を受けていた。
「な……! なぜ貴様がここにいる……!」
キゾはライズルに尋ねるが、ライズルは悪意を込めた笑みを浮かべた。
「あぁ!? 決まってるだろ? 魔人の国に侵入してきた悪い人間を退治するためだよ。特にウチの食客を撃ってくれた悪い人間をなぁ!?」
ケイナンはライズルの言葉を聞いてようやく現在の状況を理解した。
「なるほど……! そういうことか。どうやらクーデターを起こしている側は、一枚岩って訳ではないようで……!」
× × ×
ソフィは何とか無事に着地はできたものの、本来予定していた城の上階には降りれず、城の敷地内ではあるものの、兵の訓練所に着地してしまっていた。現在はリズロウの対応にすべての兵士が出払っているが、あんなに目立つ落ち方をしたらすぐに人が集まってきてしまう。ソフィは身を隠すために近くの城に続く建物に入ろうとする。
「いたぞ!」
「もう! なんでこんな時だけウチの兵士は動きが早いのよ!」
だが建物に入ろうとした際に、外で見回りをしていた兵士に見つかりソフィは慌てて身を隠す。
「5日前にジュリスを助けるためとはいえ、ちょっと目立った動きしすぎた……!」
事前に確認済みではあったが、ソフィとケイナンは現在アスクランで指名手配をされていた。罪状は外観誘致――つまりスパイ行為であり、リズロウが討たれたことや、ジュリスを逃がすために魔人を複数人傷つけたことが、全部ソフィのせいにされていた。つまり見つかったら“伏せろ”なんてこともなく、問答無用で殺されてもおかしくはない立場だった。
ソフィが入った建物は兵の宿舎であり、ろくな掃除もしていないためか鼻に酸っぱい臭いがつくが、ソフィはその不潔なシーツや鎧などに手をつきながら少しでも早く進めるように慌てて走り出す、普段のソフィなら触れもしないものだったが、それほどまでにソフィは急いでいた。
だが兵舎を抜けて、本城に入る際にソフィはとうとう兵士と鉢合わせてしまう。相手はネコ型の魔人とコウモリ型の魔人であり、ソフィを見つけた瞬間に剣を抜いていた。城の中にはクーデターに加わってない魔人も多くいるはずだが、ソフィを見て迷わずに抜いたということは、運悪くクーデター派の魔人とかち合わせてしまったようだった。
「逆賊め!」
ネコ型の兵士がソフィに向かって叫ぶが、ソフィは皮肉を込めて応える。
「今はリズロウ様が城に戻ってきてるんだから、あんたらのが逆賊でしょうが!」
ソフィは身を翻して逃げようとするが、後ろからも追っ手がすでに来ており、オーク型の兵士はソフィの道を塞いでいた。
「くそ……!」
ソフィは自分の弱点をよくわかっていた。それは“自分が身体を張る”という事に関して、非常に苦手であるという事だった。卓上の駆け引きや、人を使うという事でならソフィは類を見ない閃きを出すことができる。しかし自分が身体を動かす場合、何にもできないと判断せざる得ないため、どうしてもその発想からすることができない。
「命乞いやら、色仕掛けやらで言う事聞いてくれるならありがたいんだけど……!」
ソフィは願望を口にするが、どう見てもそんなことが通用する相手ではなかった。いきなりここで服を脱ぎ始めたところで、次の瞬間に剣で心臓を刺されて終わるだけだろう。まさしく“絶対絶命”だった。
兵士たちは何も言わず、そして何の感情も見せずにソフィに近づいていき、そして剣を振りかぶる。ソフィはここまで走ってきた疲れもあり、もう逃げ出すこともできなかった。
「リズロウ様……!」
ソフィはリズロウの名を叫ぶが、外で未だ戦っているリズロウにその言葉が聞こえるはずもない。腰を抜かし、銀色に光るその刃が自分に向かってくるのが妙に遅く見えたその時だった。
「ソフィ秘書官!」
ソフィは聞きなれない叫び声が自分を呼ぶのを聞いた。――だが周囲の兵士たちはその声を聞いて、動きを硬直させ、その声の方向を見た。そして今度は彼らの顔に恐怖が浮かぶことになる。
その声の主は廊下の奥におり、足に力を込めると一気に跳躍をかける。あまりの速さにネコ型の兵士とコウモリ型の兵士は対応できず、一気になぎ倒されていった。目の前で仲間が二人倒されたことに気づくと、オークの兵士は急にきた影に攻撃をしかけるが、すぐにカウンターを腹部にもらい、悶絶しながら倒れていった。
「無事ですか?」
ソフィを助けた謎の影――狼型の魔人はソフィに手を伸ばす。ソフィはその突然の乱入者の想像が全くつかなかったため、助けられた今も現実感が全くなかった。
「なんで……? なんであなたが私を助けたの……!? グライス殿……!」
「なんでって……そりゃあ私が国を守る兵士だからですよ」
3か月前、ソフィが初めてアスクランに来たその日、理性を失い暴走してソフィに襲い掛かっていた近衛隊の隊員がいた。リズロウも認める実力を持ち、兵からの信頼が篤い戦士。それがグライスだった。
「正確には、ミスティ殿に頼まれていたんですがね。今日リズロウ様が城を取り返しに来るから、ソフィ殿を守ってやってほしいと」
「ミスティ殿が……!?」
ソフィは聞いていなかったミスティの配慮に感謝はすれど、まだそれだけでは判断が付かないことがあった。
「なぜミスティ殿は、グライス殿に私の援護を頼んだのだ……?」
「そりゃあ、私がクーデターに一切関わってないからですね。元からもう戦争なんてやりたくないのはありますが、私一回やつらに洗脳されてますからね」
ソフィは自分がグライスに襲われた時の調査報告を思い出していた。確かグライスも襲っていた記憶が全くなく、結局無罪放免になっていたことを。
「あ~……そういえばそうだった……。私の方も関わりづらいからすっかり忘れてた……」
「他にも、リューグのやつがソフィ殿の事を随分と褒めてましたよ。あんな傑物そうそういないとね。ですから、私はあなた方についたわけです。表向きはノンポリで、シャザール様にもリズロウ様にもどちらにもつかないフリをしてね」
だがそこまで聞いて、なおソフィには疑問が残っていた。
「その……いいの? あなた近衛隊の一員でしょ?シャザール様は近衛隊の隊長で、裏切ることになるんじゃないの?」
ソフィの質問にグライスは軽い態度で答えた。
「大丈夫、大丈夫。あいつらだって俺がいなきゃやっていけないんですから。全部終わってほとぼりが冷めたら向こうから戻ってくれって言いますよ。言われなかったら今回の手柄を機に魔王様の腹心に加えてもらうか、どちらもまぁおいしいですから」
ソフィはグライスと話す機会が全くなく、自分を襲ってきた魔人Aの認識しかなかったものの、ここまでの話から、どうやら割と気が合うタイプだと思うようになっていた。
「……わかった。ではグライス殿、私の護衛をお願いできないか」
「了解しました。ソフィ秘書官殿」
グライスは暢気な態度で敬礼してソフィに答えた。ソフィはグライスを信用することを心に決めると、グライスに尋ねる。
「5日前に捕えられた人間達がどこにいるかはわかる?」
「ええ、今は確か城の地下の留置場にいるはずですが」
その答えを聞いたソフィはニヤリと笑みを浮かべた。
「よし、殺されてはないのね。じゃあ次は彼らを解放する」
ソフィの方針にグライスは止めるような態度で進言をした。
「いやいやいや、待ってください。今彼らを解放したところで、危険な場所に投入するようなものでは」
グライスのもっともな意見に、ソフィは自信をもって答えた。
「大丈夫。ちゃんと策はある。……さっきまでは私が身体張らなきゃいけなかったから私らしくない無様さだったけど、こっからは私のターンよ……! 逆クーデターのやり方ってやつ、見せてやるわよ……! 一身上の都合で、クーデターにはやけに詳しくなったからね!」
ソフィの事情なんか知った事ではないグライスは、呆れた様子でソフィにツッコミを入れた。
「どんな一身上の都合ですかそれは……」