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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第15話 女秘書の逆クーデター作戦(後編)
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15-1

 リズロウは空中で無防備になっているソフィに敵を向かわせないため、空を飛んで注意を引く。相手が銃を持っていることが分かった今、敵――正確に言えばアスクランの兵士にできる限り手傷を負わせずに制圧するということは厳しいと判断した。2日前のアスクラン城下町近くの森での作戦会議の中で、リズロウはある話をソフィたちとしていた。


× × ×


 まだソフィが空からリズロウが降りてくる作戦を思いつく前、答えが出ずに悩んでいたトシンが、ソフィに質問を投げかけた。


「敵の殲滅を主題に上げすぎじゃないんですか? いくら魔王様が死んだという報が流れているとはいえ、それを信じない兵も多いだろうし、魔王様が戻ればシャザール様ではなく、魔王様に付いていくという兵士のが多いんじゃ?」


 トシンの問いに、ソフィは呆れながら答えた。


「あのねえ。君、魔人でしょうが。私よりもよっぽど魔人の気風について詳しいんじゃないの」


「いや~……僕の故郷は地方の田舎なもので……。今まで戦争にも全く巻き込まれなかったし、そのあたりは疎いかもしれません……」


「はぁ……わかったわよ。確かにトシンの言う事も正しい。だけどね、まだこの国は力の強いものこそ至上であるという思想を持った魔人が多いわけよ。特に国の政治に関わる魔人にね。そんな中、人間の罠にかかった魔王がノコノコ戻ってきたらどうなる? それにいざそんなことしたらシャザール様派とリズロウ様派で内乱も起きかねないし、一番被害なく進められるのが、リズロウ様が速攻で鎮圧することなのよ」


× × ×


 リズロウは恐らく銃を持っている兵はシャザール派の兵士であり、自分で意思でもって反乱に加わっていると判断した。もしかすると単純に支給された武器を使っている、そういった思想のない兵士の可能性も否定はできないが、考えている時間はもう無かった。


 リズロウは翼を広げると、空に飛んでいる敵に向かって突撃していく。やはり銃の練度が低いこともあり、先ほどリズロウに向けて撃った兵士たちは装填に時間がかかっており、そのほかの兵士もリズロウを撃つことができなかった。


 その理由はリズロウを恐れてというわけではない。銃の命中率の低さを補うために、兵士たちはある言い含みをされていた。それは“必ず全員一斉に撃つこと”。弾幕を作ることで、命中精度の低さを補う運用法だった。だがそれは楔となり、他の者が準備できてなければ個人の判断で撃っていいか悩んでしまうことにもなった。練度が高ければその判断も自分でできるだろうが、まだ渡されて1週間の武器の運用法が確立されているはずがないと、リズロウは判断していた。


 狙い通りに自分に弾が飛んでこないことを確認すると、リズロウはその圧倒的な戦闘能力で、兵たちを地面に叩き落としていく。竜人型の魔人の兵は他にもいるが、リズロウのように竜の姿に変身できるものはいない。これはリズロウの圧倒的な魔力による賜物であり、他の者にはマネできない芸当だった。


「さっすが魔王様……!」


 ソフィは空中で必死に姿勢制御をしながら、足元で行われているリズロウの戦いぶりを見ていた。3か月前にソフィはアスクランに来たときは、城下町から数キロ離れたところから降りており、かつ適当な草原に着地すればいいだけだったのであまり気にしていなかったが、パラシュートでは風に煽られて、目的の場所に着地するのが非常に難しいものだと今更実感していた。


 リズロウが炎の息を吐いて、隊列を整えた銃を持った兵士たちに攻撃を加えたその時、炎から発生した風に、ソフィのパラシュートが煽られてしまう。


「やば……!」


「ソフィ!」


 リズロウは体勢を崩したソフィを助けようとするが、まだ自分に銃口を向けられていることを自覚し、ソフィの下へ行くに行けなくなってしまう。空中で揺られ続けているソフィは、何とか城の敷地内に降りるルートを取るが、地上にいる兵士たちのど真ん中に降りて行ってしまっていた――。


× × ×


 トシンは足を撃たれたケイナンの応急処置を済ませると、狙撃が行われたと思われる前方を窓から確認する。どうやらこの先はちょっとした広場になっているようであり、遮蔽物が殆ど無かった。そして周りを確認し、トシンは自分が今通りに面している民家の中にいるとわかった。中に人はおらず、更によく確認すると周囲の建物に全く人の気配がなかった、


「なんだ……? 周囲の住民は避難しているのか……?」


 トシンはその静けさを“妙”だと思った。城にそれなりに近いこの地区は、本来ならリズロウが襲撃したことでパニックになり、人が避難し始めてなければおかしいのだ。だが既に避難してあるということは、この襲撃のタイミングが漏れていたことを意味する。それなら待ち伏せがあったとしてもおかしくはない。


「なんにせよ今はケイナンを撃った敵を何とかしなきゃいけないわけか……!」


「トシン……!」


 ケイナンは傷口を抑え這いながら、窓から前を覗いているトシンの側に寄る。


「いいか、よく聞け。敵は前方200メートルほどから撃ってきてる。俺が知ってるストーインの最新式かつ最高品質のライフルなら500メートルの狙撃ができるモデルがある。俺の足から弾が抜けていったことから、そんなに極端に距離が離れているわけじゃない……!」


「ケイナン! 君は安静にしてないと……!」


「あとここから離れろ! 壁に寄っかかってたら敵が……!」


 ケイナンがトシンを引っ張ると、再度発砲音が鳴り響き、トシンのいた箇所に弾痕が空く。ケイナンが離してくれなかったら今頃打ち抜かれていたと思うと、トシンが胃がうねった。


「木造建築のこの壁くらいなら、余裕で弾は貫通できる。さっき窓から前を覗いていたから、敵もそれなりに位置を予想できたはずだ。……一応これで少し時間は稼げる。窓から覗かれないように、這って進め!」


 トシンはケイナンの言うことに素直に従い、這って進んでいく。この建物は3階建てであり、トシンは階段に向かって進もうとするが、ケイナンはトシンの足を掴んでそれを止めた。


「階段なんて敵が絶対に予想する箇所だ……! ここは裏口から出て、回り込んでいくぞ……!」


 トシンとケイナンはできる限り見つからないよう、慎重に慎重を重ねて動いていく。だがそれは逆に言えば敵の目的が達成されつつあるという事だった。王城で戦うリズロウ達に援護が向かわないという目的が――。


× × ×


 広場にある民家の3階の窓から、一人の人間の男が階下を望んていた。しかしその腕には普通の人では生涯関わりがないであろう、背丈の半分ほどはある長身の銃を持っており、王城に向かおうとする者を狙撃するために構えられていた。


「さて……これからどう動くか」


 男の名前はギゾ。ストーインで試験運用中の選抜射手マークスマン部隊の一員であった。しかしとある事情から軍から追い出される形になり、そして今この魔人の国において、“城を守る”為にその狙撃の腕を振るっている。皮肉なものだと本人も自嘲気味に思うものの、それを任務に個人的な感傷として持ち込む気は一切無かった。今この時狙撃兵として戦場にいる間は、敵を狙撃するということだけを考えるよう、訓練されてきたからだ。


「……どうやらあの“坊ちゃん”が対狙撃兵用の対策をしっかりとしてきているようだな。女の尻ばかり追いかけているようだったが、なるほどしっかりしていたわけだ」


 一向に姿を現さないケイナン達の動きを予測し、ギゾは立ち上がって移動の準備を始めた。


「となれば狙撃を恐れてやつらの進行速度は大きく落ちるわけだ。それにあの坊ちゃんも足は打ち抜いてある。坊ちゃんの戦闘能力は恐ろしいものだが、こうなってしまえばどうとでもなるわけだ」


 ギゾは独り言をブツブツと言いながら動く。これは彼の癖でもあった。狙撃は一人で行うからこそ、その“一人”に負けないようにつぶやき続ける彼の癖。


「……で、僕の情報は無しってことか」


 が、その独り言に言葉が返ってきて、ギゾは即座にその声に反撃できるように拳銃を抜こうとした。だが男が銃を抜く前に、トシンはその銃を剣で弾き飛ばし、そしてそのままギゾの身体へと突撃していく。


「うがああああ!!!」


 トシンは牙を立てると、ギゾの右手に思いっきり嚙みついた。今までこんな野性味溢れるようなことはしたことが無かったが、もうどうこう言っていられる暇は無かった。そのままギゾの指を嚙みちぎり、身体を蹴っ飛ばして窓から叩き落す。


「うあああああ!!!???」


 ギゾは右手が食いちぎられたことで受け身も取れず、まともに3階下のレンガ造りの地面に激突し、ギゾは肩から骨折し、その場でもんどりうっていた。トシンは口の中に残る肉片を唾と一緒に吐き出しながら、階下に倒れるギゾを見た。


「っし。何とか意表をつく作戦が成功……! ……そりゃあ、そんなに射撃が上手い人は“人間”しかありえないよね。全く」


 地面でのたうつギゾの下に、ケイナンが杖をつきながら歩いてやってくる。ギゾの顔を見たケイナンは少し驚くものの、ため息をついてその場にへたり込んだ。そして“知り合い”の顔を見て、“ケールニヒ”としてギゾに声をかける。


「はは……あなたですか……ギゾ」


「ケ……ケールニヒ様……! なぜ……!」


 ケイナンは先ほどまでギゾが狙撃をしていた窓から、トシンがケイナンを確認してピースサインを送っているのを見て、同じようにピースサインで返す。


「……トシンが言ったんですよ。敵は私たちを足止めするのが目的であり、300メートル以内ならすぐに排除しなければならないって。で、私は聞いたんです。どうやって見つけるのか。硝煙の臭いから見つけるのは難しい。硝煙は上に登っていくし、なにより人が避難しているとはいえ、この民家の数では同じような臭いはいくつもある」


 ケイナンは自分とギゾを指さして言った。


「トシンはこの敵が間違いなく“人間”あることに目星をつけた。そして皆避難していて誰もいないなら、人間の臭いを区別できるはずだと。狙撃の邪魔にならないように人をハケさせたせいで、逆に臭いを絞るのを容易にさせた訳です。まあ……トシンの作戦勝ちってことですね」


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