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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第14話 女秘書の逆クーデター作戦(前編)
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14-1

 アスクラン城下町。3日前に魔王リズロウが人間に討たれ、一時的にリズロウとは魔王就任時からの側近であり、現アスクラン近衛隊隊長であるシャザールが臨時魔王の座についているが、町の様子は驚くほどに変わりが無かった。


 リズロウが死んで不安の声も聞こえず、人々は忙しない今日を過ごすのに一生懸命であった。シャザールも民衆の支持を無くすわけにはいかず、あまり厳しい締め付けをしていなかったこともあり、何も変わることなく毎日が過ぎていた。


「……という訳です。あなたがいなくなって、シャザールはてっきり軍閥政治でも行うかと思いきや、それほどの強硬手段にはまだ出ていません」


 フードを被ったエルフを女性が、町の広場のカフェでコーヒーを飲みながら、対面の男に向かって報告するように言う。赤髪の眼鏡をかけた男は、周囲を見渡しながら言った。


「ただトップを潰せばそのまま自動的にその座がすり替わるものでもないってことだ。私は今までオークの里にいたが、オークの里長のザボーはシャザールに従えという要求に拒否をしていたと言っていた。多分、他の自治領や里も似たようなものだろう。戦争を仕掛けたい者など、初めから少数派だったということだ」


 その姿はリズロウ――ではなくロウズリーのものだった。リズロウはアスクラン城下町にソフィたちより先んじて潜入しており、中の様子を確かめに来ていた。そしてトシンからの依頼を受けてかく乱作戦を続けていたミスティと合流し、自分が離れてからの3日間の城下町の様子を確認していたのだった。リズロウの姿で堂々と町に入るわけにはいかず、ロウズリーの姿に擬態して、つけ耳とつけ尻尾で人間の姿も誤魔化していた。


「シャザールはどうやら革命の時の仲間たちにも連絡していないようでした。私にも何も話は来ていませんでしたしね。つまり城にいる軍と近衛隊の面々だけで今回の蹶起を起こしているようですね」


ミスティの意見にリズロウは頷いた。


 「そうだな。もしあの時の仲間たちが全員シャザールについていたら、それこそ私一人では“骨が折れる”ではすまないからだ。……だがこの3日間でそのような動きは一切見られなかった。むしろ“遠ざけている”ようにすら見える」


「遠ざける……?それはリズロウ様に加担されたら困る、ということでしょうか」


「いや……何かもっと別の意思を感じる。ソフィも言っていたが、この蹶起は“穴だらけ”だ。まともに完遂するためにはいくつもの手順が必要であり、そしてすでにもう失敗が目に見えている」


 リズロウは手を広げて周囲の住民たちを指し示すように動かした。蹶起側の本来の目的である“人間との戦争の再開”について、アスクラン城下町の住民はその気が全くないように見える。わざわざ町のど真ん中で人間と魔人の喧嘩を見せ、ソフィとケイナンジュリスを助けるために兵士相手に大立ち回りをしたにも関わらず。


「ただし私が戻るまで3日はかかってしまった影響で、ただ戻ればいいというわけではなくなったのはよくわかった。……一度ソフィたちの下へ戻って、作戦を練り直す」


 リズロウは城の上空を見る。そこにはハーピーや竜人といった空を飛べる魔人が警戒のために飛び回っていた。明らかに空を飛べるリズロウを警戒してのものであることは確かだった。


 それにただ警戒しているだけではない。もし彼らが城下町に墜落したとなればその下にいる民衆への被害は避けられないだろう。それをリズロウが城に戻るためにしてしまったとなれば、リズロウへの支持が落ちるのは避けられない。いわば肉壁としての役割も果たしていた。


× × ×


 リズロウは町から出ると、町の近くの森の中で待機していたソフィたちの下へ戻る。ソフィとケイナンのトシンの三人はリズロウの背に乗ってここまで来ており、リズロウが潜入から戻るのを待っていた。だがそこにはリズロウが想定していなかった者が一人いた。


「君は……アレクか!?」


 スライム型の魔人であるアレクがリズロウと目を合わせると頭を下げる。アレクは野営用の道具を一式持ってきており、ソフィたちと食事の準備をしていた。


「ミスティ様からお話を聞きまして……。それで私も手伝えることがないかお伺いしたのです。それで、リズロウ様の背に乗ることになるから最低限の荷物しかないだろうとのことで、私が準備を……」


「助かりましたよ……食事も各々が懐に入れられる分しか持てませんでしたから、作戦に時間がかかるとなれば、いきなりサバイバルの開始でしたからね」


 ケイナンもシチューに入れる野菜を切りながらリズロウに言った。その姿に違和感を持ったリズロウはケイナンに尋ねる。


「貴様は……料理なんかするタイプだったか?」


 リズロウの指摘にケイナンがギクリと身体を震わせる。トシンは呆れながらリズロウに言った。


「少なくとも先日城下町から逃げてるときは、僕が全部食事の準備してました。なんで彼が今になって張り切っているかは……僕は考えたくないですね」


 リズロウは小声でソフィに尋ねる。


「お前……アイツにアレク君が男だけど女でもあるってちゃんと説明したのか?」


 リズロウの問いにソフィは首を横に振って答える。


「いえ……。ですがケイナンはアレクの家の宿に泊まってるから普通に仲はいいでしょうしその……」


 ケイナンがアレクに照れながらいいところを見せようとしている様を見て、ソフィは目を細めながら言った。


「……とりあえず気にしない方向にしたのではないでしょうか……。あの子もあの子で結構友達少なかったし……」


「ま……まぁアイツがよければそれでいいんだけど……」


× × ×


 リズロウは食事をしながらアスクラン城下町の現在の状況についてソフィたちに話した。住民の様子に変わりはないこと、敵は何か強引な動きを仕掛けていないこと、しかし警備は厳重に固められ、正面からの突破は難しいこと。


「……かといって裏口からの潜入ができるとは思えない。あの城に隠し通路の類はないからな。魔王である私すらその手の道はわからない」


 リズロウの説明を一通り聞いたソフィは疑問を口にする。


「城なのにそういった仕掛けが全く無いんです? ストーインはいろんなところに仕掛けがありましたけど……」


「あったとしても私は知らん。そもそもあの城は私が生まれる前からあったんだ。その頃はそんな魔王が逃げることを考えるなんて、臆しているという考えの方が強かっただろうからな。そんな無駄なものを作るくらいならスペースを埋めた方がマシだと考えていてもおかしくない。それに今の考えのように逆に潜入に使われる可能性のが高いからな」


 リズロウの指摘を受け、ソフィは気まずくなって顔を反らす。リズロウの指摘は正論――どころか後で知ったストーインでのクーデターにおいて、城のその隠し通路から兵士が侵入してきたと聞いていたからだった。


「しかしどうやって城まで近づくのです?上をいけば空を飛べる兵士たちに囲まれ、下を行けば巡回している兵士に見つかる」


 トシンの問いにリズロウは頭を悩ませる。


「……上で行く場合、私なら100体の魔人に囲まれても突破できる。しかし上での戦闘は間違いなく町の住民に見られることになり、かつ巻き込むことになる。下で行く場合、城までの距離が遠すぎる。いくら顔を隠したところでいずれは見つかるだろうし、5人では頭数が足りなすぎる」


 “5人”という言葉にトシンは胸が高鳴るのを感じた。リズロウ・ケイナン・ソフィ・ミスティに、トシンの5人だろう。この緊急事態だからという建前があるとはいえ、魔王様に戦力として換算してもらえていることが何よりも嬉しかった。――があともう1人はそうは思っていなかった。


「……え!? 私も戦力として換算されてるんですか!?」


 ソフィの言葉にリズロウとトシンはがっくりと肩を落とした。そして同時にソフィにツッコむ。


「あたりめーだろうが! 確かにお前みたいな“運動不足甘味取りすぎ若干太り気味お嬢様”に戦力として期待したくもねーが、人手が足りなすぎるんだよこっちは!」


「あなたいつも他人に無茶ぶりばっかしてるんですから! こういう時くらい身体張ってくださいよ!?」


 怒涛の詰め寄りにソフィは半泣きしながら反論する。


「んなこと言われたって! というかなんですかその運動不足……というか太り気味って表現は!」


「いや……初めて会った時から割と肉付きよくなりすぎてますよ……」


 リズロウに同調するようにトシンはソフィに言った。ソフィはキレながらトシンに言う。


「じゃかましいわ! だいたいこの国の食事が悪いんですからね! 肉ものばっかで!」


「ちげーよ! お前割と好き嫌いするから、最近昼時に城を抜け出して町の料理屋にケーキとか買いに行ってるばっかりだからじゃねーか! 競馬でスって金ないからってトシンから金借りて!」


「うええっ!? ソフィ様備品買いに行くからってお金借りてたの、アレお菓子食べに行ってたんですか!?」


「リズロウ様それ言わないでぇぇぇ!!!」


 アレクはその漫才を横で見て、圧倒されながらケイナンに尋ねる。


「す……凄いですね……」


 アレクは目の前の痴話げんかに驚き半分、呆れ半分の気持ちを抱いていたが、それを見ているケイナンは違う思いを抱いていた。


「本当に……姉上はこっちに来て良かったんだな……」


 ソフィの過去をよく知るケイナンだからこそ、今の屈託なく他人と接することができるソフィに――そしてリズロウとトシンに強く思うところがあった。自分では彼女の傷ついた心を癒してやることはできなかった。それどころか更なる傷を背負わせてしまった事もあった。


 なればこそ、自分ももう“ケールニヒ”を捨てよう。今の自分はソフィ・ガーランドの弟であり、アスクランの食客のケイナン・ガーランドだ。これから起こるであろうアスクラン城下町での死闘を前に、ケイナンは覚悟を新たにした。


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