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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第13話 ヤバい状況の女秘書(後編)
51/76

13-3

 ソフィはオークの里にある本屋に入っていく。この本屋もソフィが里に来てからできたものであった。どうやら割と売れているのか、新刊取り扱いのコーナーがあって並んでいる本には空列があったり、おすすめの本のポップアップなどが店内に飾られていた。


「いらっしゃい」


 店主のオークは店の掃除をしながら入ってきたソフィに挨拶をする。ソフィは店内を見まわしてみると、こちらの要望通りに作ってもらっていることが確認できた。


「……ストーインの新作小説はどこの棚かしら?」


 声をかけられた店主は掃除を一旦やめてソフィを見る。そしてソフィの姿を見ると、驚いて――そして嬉しそうに声をかけた。


「秘書官様でしたか! 里に来ているとは聞いておりましたが、見に来てくださったんですね! いやぁこの店任されて大正解でしたよ! 秘書官様の言う通り経営したらもう、本がバカ売れのなんのって!」


「ええ……順調にオークの間で読書の文化が広まってるようでなによりだわ」


 店主は一旦掃除を中断すると、店の奥から本を一冊持ってきた。


「ああ、あとこれ! 今度またお贈りしようと思っていたのですが、頼まれていた漫画本がこちらに……」


 店主は話している最中に、ソフィに後ろを見て言葉を失ってしまった。いきなり様子の変わった店主を見て、ソフィは恐る恐る後ろを振り返る。


「……全く、オークの里からお前の下に何か色々届いていたのはそういうことか……」


 リズロウは店に置かれていた本を一冊取りパラパラとめくった。


「それにこの内容。……貴様、自分の趣味を満たすためにオークを利用してたな……!」


 リズロウがめくった本のタイトルは『獣のような劣情』。――簡単に言えばエロ小説だった。


「あははは……ははは……」


 ソフィは言い訳のしようがなく、苦笑いをするしかなかった。そしてリズロウに引っ張られるように本屋から連れ出されていった――。


× × ×


「な……なんで本屋にいるってわかったんですか……」


 リズロウに引っ張り出されながらソフィは尋ねる。


「お前が夕食終わったはずなのに中々帰ってこないから、ザボーにお前が行きそうなところ質問したんだよ! そしたら本屋にいるかもしれないって言われたから見に行ってみたんだ」


 ソフィが店主からもらっていた本のタイトルは『愛よりも欲』というタイトルでこちらも中に春画が書かれたエロ漫画だった。


「ハイネの影響か? 確かあいつもこういった本を集めてた覚えが……。しかしお前、オークの里に本屋作ってまず入れさせるのがエロ本てなあ……」


「一応、その類のものは区別してあって、店頭には普通の本しか並ばないようにしています……」


 ソフィは以前、トシンを戦わせてザボーとの賭けで勝った際、ある事をザボーにお願いしていた。まず一つはオークがソフィに好意的になるようにザボーが印象操作を行う事、そしてもう一つは比較的国境が近いこのオークの里で本屋を開くことだった。


 ソフィはアスクランに来ることで、趣味であった少女雑誌の購読や官能小説の収集が困難になってしまった事もあり、そのパイプを作ることが必至であった。そのためにオークの里に目を付けたといっても過言ではない。ソフィ自身がトシンに国境付近に町を作る案は適当にぶちあげたと白状したとおり、ソフィとしてはこの趣味を満たすためだけに後付けで町の建設計画を立てたようなものだった。


「……でも一応、魔人に本を普及させるっていうのは嘘じゃないですからね。……で、一番手っ取り早いのが、やっぱりエロ本でして」


 ソフィの言い訳に、リズロウはソフィのこめかみに手を当ててグリグリと押し込む。


「な~にが本の普及だ! エロ本普及させてどうするつもりだ!」


「いだだだだ!!! ち……違いますって! 本は普通に普及させますよ! ただ我が家の家訓にもあるのですが“澄ました顔した無頼を気取るヤツだって一人で慰めたり、性感帯いじられると腰抜かす”って言葉がありましてね! シモの話題は万人共通でみんな興味持つわけですよ。で、エロパワーで本に興味を持つ人を増やそうと……アガガガガ!!!」


「そんな家訓あってたまるかよ!!!」


 ソフィの説明を聞いてリズロウはさらに怒って力を強める。


「お前なぁ! ……というかお前の策はいつも“手っ取り早い”しか聞かねえんだよ!オークの里の件も! 宝くじの件も! そして今回の件も!」


「うら若き乙女は乙女でいられる時間が少ないんだから生き急いだっていいじゃないですか……! だいたい手っ取り早い手段選ぶようになったのは、結構あなたのせいがしますけど! ロウズリーさん!」


「う……!」


 リズロウの指摘を受けリズロウはソフィのこめかみから手を離した。――確かにソフィの趣味しかり、そしてソフィの性格形成には自分たち一家が大きく関わっていることは否定できなかった。


× × ×


 ロウズリー夫妻に引き取られたアンナはすぐには生活になじむことはできなかった。今まで使用人が全てやってくれていたお嬢様生活と異なり、できることは自分でやらなくてはならない庶民の生活だったからだ。それにアンナがお姫様であることは他の家族にも秘密であったため、どうしても衝突は避けられなかった。


「そのくらいもできないの!?」


 リズロウの長女であるハイネがアンナを怒鳴りつけている声が聞こえ、目を離していたリズロウはしまったと思い現場に向かう。そこではアンナが炊事用の火の起こし方がわからず、マッチも何本も無駄にしてしまっていた。


「申し訳ございません……マッチを擦れば火が付くわけじゃないですのね……」


 アンナはかまどに積んでいた薪に直接マッチを放りこんでいた。当然それだけでは木が燃えるほどの火力は確保できず、火は薪に燃え移っていなかった。


「おい……ハイネ……!」


 リズロウはアンナにきつく当たる娘を咎めるように言った。だがハイネは父に声をかけられても、不機嫌に顔を反らした。13歳と難しい年ごろになってから、リズロウはなかなかハイネと上手くコミュニケーションを取ることができていない。


 リズロウはかまどを覗くとアンナが焚き付け用の藁を用意していないことに気づき、近くにあった藁を掴むとかまどに入れる。


「焚き付けの準備をしてなかったんだな。アンナ、これでマッチを擦ってみろ」


 アンナはマッチを擦ってかまどに再び入れる。すると藁で火力が増幅され、木に勢いよく火が付き始める。ようやく火の準備ができたことにリズロウは安堵してアンナの頭を撫でてやった。


「よくできたな。……あとハイネ、お前はお姉ちゃんなんだから、少しはちゃんと面倒みれやれ」


「……はい」


 リズロウに怒られてハイネは渋々頷いて返事をした。下の娘のリンは明るい性格ということもあり、アンナが付いていけなくともマイペースでガンガン絡みに行くが、ハイネはアンナへの警戒心が解けていないこともあり、どうしても辛く当たることが多いようだった。



 この家は今はロウズリー一家しかいないが、以前はトモエの父親夫婦に、その弟夫婦も一緒に暮らしていた為、部屋の数だけは非常に多かった。そのため各個人に部屋が割り振られても余っており、アンナ用の部屋もすぐに空けることができていた。


 アンナは机に向かい、手紙を書いていた。リズロウからはアンナの身元につながってしまうこともあり出すことはできないと言われていたが、精神の安定のためにも何かやることが必要だった。


 部屋の扉がノックされ、外からリズロウの声が聞こえてくる。


「アンナ、いるか? 少し入ってもいいかな?」


「……どうぞ」


 アンナの返事を聞くとリズロウは部屋に入ってきた。手には餅菓子とジュースが握られており、ニコニコしながらアンナお菓子を机に置いた。


「ちょっと話したいことがあってな。お菓子でも食べながら話そうか」



 アンナはリズロウから渡された餅菓子を勢いよく食べていた。甘いものが好きなのか、お菓子とジュース共に食べていたアンナの表情は先ほどよりも柔らかくなっていた。


「……アンナ、ハイネのやつも悪気があるわけじゃないんだ。ただまぁ……年ごろの女の子の扱い方は、俺もよくわからなくてな……」


「構いませんことよ……彼女からしてみたら、身元が不明なワタクシが急に家族として迎えいれられて、それでいて普通の人ならできることが何もできないとなれば、何か不穏な事情があると疑わない方が難しいですし」


 アンナは暗い表情を浮かべながらも、冷静に現実を俯瞰して話した。リズロウは話には聞いていたものの、彼女の年相応ではない聡明ぶりに舌を巻かざるを得なかった。どう考えても8歳の女の子の発言ではない。5個上のハイネよりも余程大人だった。――ただ少し悲しさを感じた。


「……すまないな」


 リズロウはただ謝るしかできなかった。それはアンナにつらく当たるハイネの事ではない。こんな女の子にこのような配慮をさせてしまう大人を代表しての謝罪だった。だがアンナはそんなリズロウの気持ちを察してか、冗談めかして言う。


「あなたが今回の一連の騒動を代表して謝ると? ……自分を過大評価しすぎではありませんの? あなたはワタクシを匿っていただいているただの鍛冶屋にすぎないのですから」


 こういうとこは全くお嬢様だな。リズロウはアンナの発言にそう思わされた。そして同時に一つ気になることが出てくる。


「……なあ、その話し方は、できれば何とかならないのか?」


「……? 話し方ですか?」


 リズロウはアンナのお嬢様言葉が気になっていた。確かにアンナの立場からしたらこのような言葉使いで問題ないのだが、今は身分を隠す必要があり、この話し方はどうしても目立ってしまう面があった。


「うーむ……困りましたわね……ですがストーイン王家として、変な話し方が癖ついても困りますし……ってことじゃ……ダメ?」


 最後に無理やり普通の女の子の言葉使いに直そうとしたアンナを見て、リズロウは苦笑してしまった。


「ハハハ……だめだやっぱ。無理に変な言葉使いに直して疑いが強くなるより、少しずつ変えていったほうがよさそうだな。……一応できる限り早く帰れるようにこっちも手を回してるから、もう少し辛抱してくれ」


 リズロウの気遣いにアンナは首を横に振って答えた。


「……いいえ。お気遣いなく。今回の事件、父がワタクシを暗殺するために仕組んだのでしょう?」


 アンナの言葉にリズロウは言葉を失ってしまった。その様子を見てソフィはからかうように笑う。


「……駆け引きが下手ですのね。今のは私が思いつく心あたりを適当に挙げただけですわ。お父様がって確証は全くありませんでしたが……そうですか」


 リズロウはどう声をかけていいかわからず、動くこともできずにまごついていたが、アンナは気にせずにお菓子を食べていた。――いや気にしないフリをしていたと言った方が正しいかもしれない。リズロウはただ黙ってアンナがお菓子を食べ終わるのを見守っていた。リズロウは先日、自分がもういい大人であると思いあがっていたことを恥じた。ハイネがどうこうではない。自分もこの子よりよっぽど子供ではないか、と。



 この家は過去に2世帯の家族が暮らしていたことがあるため、部屋が非常に多い。――それはアンナ用の部屋をすぐに用意できたというだけなく空き部屋がいくつもあるという事だった。幼いころから一人で――そしてリンと遊んでいたハイネは家の構造を完璧に把握しており、アンナの横の部屋から、二人の会話が覗き見できる棚があることも知っていた。


 そしてハイネは聞いてしまった。アンナがストーインの姫であり、父親から暗殺されかけていたこと。そしてそれを全く気にさせないように――私たちに心配させないように振る舞っていたことを。


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