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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第2話 目的がヤバい女秘書
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2-1

 リズロウ・アスクランは10年前に先代魔王であった父を打倒し魔王の座を引き継いだ。それまで力こそが全てであり、弱肉強食こそがルールだったアスクランを改革するために、リズロウは心血を注いできた。


 そして10年かけてようやく人間との戦争を終結させ、平和な時代を作り上げることができた。しかしその長らく続いてきたルールを変えたところで、人のありようまで全て変えることはできない。平和な時代の裏で闇は確かに蠢いていた――。


 扉がノックされる音でリズロウは目を覚ます。欠伸をしながら近くにある時計を確認する。――朝の7時。この時間に起こすように指示してあるからこの時間なのは当然なのだが、未練がましく時計を二度見し、観念してベッドから身体を出す。


「……もう起きた。明日も同じ時間に頼む」


 リズロウがそういうと扉の外でパタパタと走っていく音が聞こえた。リズロウは朝が非常に苦手であり、こうやって朝起こしてくれる者がいないと何時までも寝てしまう。数年前までは一緒に横で寝る者もいたが、今は当分は必要ないとも考えていた。


 寝ぼけ眼を擦りながら身支度を整えていると、改めて扉がノックされる。今度のノックはリズロウの想定外のものであり、その音の主にあたりがつかないながらも返事をする。


「どうぞ」


「失礼いたします」


 扉が開かれるとそこにはソフィがいた。手にはいくつかの資料を持っており、すでに秘書としての身支度を済ませていた。


「朝早くから申し訳ございません。本日から務めさせていただくにあたりいくつか報告が……って、え!?」


 ソフィはリズロウの姿を見ると赤面して言葉を失う。


「うむ、ごくろう。……どうかしたか?」


「ど……どうかしたかって……その……」


「ん? ああ、すまないな。まだ着替えている最中だったものでな」


 リズロウはまだ着替えている最中であり、上着を羽織ってはいるものの殆どパンツ一枚の恰好であった。ソフィはリズロウを直視できず、身体ごと視線を外してリズロウが着替え終わるのを待つ。


「き……着替えているならそうおっしゃってください!」


「下着は履いているしそこまで反応するほどか……? だいたいお前も昨日人前で下着を脱いでいたろう?」


「それはまた違う話でしょう!? というかその話はやめてくださいお願いしますから!」


「……すぐに着替え終わるから少し待っておけ」


 初心な反応を見せるソフィをリズロウは少し好ましく思いながら、さっさと着替えを進めていく。よくわからないこれから部下として扱う者の、ちょっとした一面を知ることができたと、言葉に出さずに思っていた。


 着替え終わったリズロウはソフィが持ってきた資料に目を通していた。とりあえず昨日のグライスの一件が終わった後、モノは試しという形でリズロウの次の日のスケジュールをすべて渡していたのだった。


「お……お前これは……」


 今度はリズロウは絶句する番だった。


「いかがなされましたか?」


 ソフィは何の気もなしに返事をするが、リズロウは資料に目を通しながらショックを隠せずに呆然とする。


「か……完璧すぎる……」


 リズロウとしては70点か80点くらいの出来を想定し、ある事無いこといちゃもんをつけて初日の洗礼を浴びせる、そういうつもりであった。だがソフィがまとめてきた資料には文句のつけようが無かった。これから行う会議の予定・資料・さらに提案内容まで全て纏められていた。これにハンコを押してしまえばリズロウはあとは会議に出席するだけで仕事が終わってしまうくらいには。――というよりこれは。


「……あれ? もしかして……私のやる事がこの朝だけで終わってしまう……?」


 昨日の昼に過労死寸前まで仕事が終わらないと言っていたのは何だったのか。ソフィを加えてせいぜいマトモな睡眠時間が確保できるくらいに収まると期待していたら、むしろ時間がべらぼうに余ることになってしまった。


「いや……あの書類のまとめ方酷いにも程がありすぎますよ……。これもしかしてこの城の中もだいたいこのような状態でまとめておられるのですか……?」


 感心しているリズロウにソフィは逆に不安になって質問をする。


「ああ……むしろお前に渡したものは私が行っている分、まだまとめられている方だ……」


「はぁ……本当ですか……」


 ソフィは頭を抱えて天を仰ぎ見た。そしてしばらく考え、結論をまとめる。


「……しばらくはリズロウ様の執務を補佐を行いながら、他の部署の執務にも目を通していこうと思います。……これは思った以上に酷い、酷すぎる……」


「そ……そこまで言うか……」


 ソフィの容赦ない指摘に辟易していると部屋の扉がノックされる。


「すみません。朝食をお持ちいたしました」


 ドアの外から聞こえたのは少女の声だった。ソフィはどこかでその声を聞いたことがあると思い記憶を手繰り寄せる。リズロウはテーブルの上に置いてあった書類を一度どかすと、使用人に返事をした。


「ああ、入ってくれ」


× × ×


 テーブルの上に給仕が持ってきた食事が並べられていく。ベーコンエッグ、ハム、ハッシュポテト、ソーセージにじゃがいものポタージュと、人間基準からしたらやけに塩分が多い以外、魔王が食べる物にしては随分と庶民的なものであった。ソフィがその食事内容を見ていることに気づくと、リズロウは微笑みながらソフィに声をかける。


「なんだ? 食事がそんなに気になるか?」


「いえ、そういった訳では……」


 リズロウはベーコンエッグを切り分けながら話す。


「別に魔人の食事は人肉を食うとかそういった訳でなないからな。……それに私は余り豪勢な食事は好きじゃあないんだ。朝食くらいはこのように落ち着いたものを食べたいからな」


 ――落ち着くってその塩っ辛い食事でか。とソフィは心の中で思いながら声に出さないようにうなずいた。そして配膳を終えてそそくさと部屋を出ようとする給仕の少女に目線を向け、声をかけた。


「すまない。少し待ってくれないか」


 ソフィに声をかけられた少女はビクッとしながら動きを止めてしまい、ソフィは謝りながら警戒させないように軽めの口調で話しかける。


「いやいや別に何かある訳じゃない。ただ君の名前を知りたいだけ」


「わ……私の名前ですか……」


「そ。君の名前。……君、あの時トシンに助けられた子でしょう?」


 鳥人型の魔人である少女はソフィの目を見ておずおずと頷いた。


「わ……私……クイナっていいます……」


「クイナね。よろしく」


 ソフィはクイナに握手を求める手を伸ばした。クイナはソフィのその行為に目を丸くしながら驚き、そしてしばらく考えた後に怯えながら手を伸ばす。ソフィはにっこりと笑いクイナの手を握った。


「……しばらくはリズロウ様と私の食事の用意をお願いね」


「は……はい!」


 クイナは返事をすると、駆け足で部屋から出て行った。その様子を食事をしながら見ていたリズロウは余りに堂が入ったソフィの態度が気になっていた。


「ソフィ……確かお前はまだ秘書として新人ではなかったか……? やけに場慣れしているというか……魔王である私よりも偉そうな雰囲気が漂ってないか?」


「え!? ……あ……いやその~……あははは……ちょっとこういった態度の演じ方について気合入れすぎてましたかね……?」


「まぁ……特に問題がある訳ではないが。……ところで、さっきの食事の用意とは一体?」


 リズロウは先ほどのクイナとソフィのやり取りでもう一つ引っかかる点があった。それはソフィがなぜ食事の用意をクイナに任せる旨の事を話したのか。


「あ~……あれはですね」


 ソフィは部屋の扉を開けると、周囲の廊下に人影がないかを見る。そして無いこと確認すると扉をしっかりと閉め、リズロウの側に寄った。


「……昨日のグライス殿の件に引っかかるものがありまして」


 グライスの名前を出され、リズロウも同意するように頷いた。


「ああ、そうだな。……あのグライスの暴走はいくつか不自然な点が見られた」


 捕らえられたグライスへの事情聴取にはリズロウも同席していた。正気に戻ったグライスは事件当時のことは何も覚えておらず、人間の臭いをその後に嗅いでも暴走することはなかった。しかし、ソフィの罠にの一つであるリズロウの名を叫び意識させることについて反応していたことから判断能力が無ければおかしかった。


「結局癒術士の診断結果からグライスの発言に嘘はないとのことで、今回は事故として処理してお咎めは無しだ」


 リズロウは両手を上げながらソフィに答える。


「……まあ仮にグライスが嘘をついていたところで、奴を罰するのは色々と悪手ではあるがな。その辺はお前も理解しているだろう?」


 ソフィは頷いて答える。もしリズロウがグライスに何らかの処罰を与えようとしていたなら、逆にソフィがリズロウを騙してでもその処罰は撤回させるつもりでもいた。だが、本当に気にすべきところはそこではなかった。


「……グライス殿は嘘をついてはいない、そしてリズロウ様の名前に反応していたという事実。これらが示すことは一つ」


 ソフィは人差し指を一本上げながら言う。リズロウもそれに同意しため息を吐いて言葉をつづけた。


「……そうだ。この国は一枚岩じゃない。私の示した平和的国策に反対する者たちも未だ多い。グライスはそいつらに操られていたとみるのが妥当だろう。……で、先ほどの侍女を味方と判断し、食事の世話をさせるように言いつけた訳か」


「イエス。その通りです。あの子はトシンに助けられてなければ、グライス様に重傷を負わされていましたからね。まあとなればその暗躍している派閥のスパイとかそういうのは無いでしょう。……って訳ですよ」


 リズロウは情けないといった態度を全く隠さず、自分の顔に手を当てる。


「……今回王城の外から秘書の募集をかけたのも、そういったスパイなどの可能性を排除するためという目的があったのも否定はしない。……ただそれを黙っていたのは認めよう。今なら聞いてなかったとして、秘書を降りても構わない。命がけなのは間違いないだろうからな」


 リズロウは厄介払いをするように――ではなく、本当にソフィの身を案じている態度だった。一国の王としては甘い、いや甘すぎると言ってもよかった。そしてそのようなリズロウの態度を見て、ソフィは唇を釣り上げて答える。


「いえ、今更出て行ったところでもう戻り方がわかりませんから。……クビにされても私はここで働かせていただきますよ」


「……わかった。こちらとしてもお前のような人材は得難いからな……。頼んだぞ。ソフィ秘書官」


 ソフィはビシッと敬礼をして元気よく返事を返した。


「はい! リズロウ魔王様!」


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