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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第12話 ヤバい状況の女秘書(前編)
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12-4

 とある小屋の寝室で有翼人型の少女がベッドで寝ていた。肩口に傷を負っているのか包帯が巻かれており、傷口からの熱のために額には濡れたタオルが置かれていた。少女の横では竜人型の男がおり、椅子に座りながら寝むりこけていた。


 扉の外に足音が聞こえ、男は意識を覚醒させ警戒態勢を取る。足音が徐々に大きくなり、そして部屋の扉の前で止まった。扉のドアノブに手がかけられた瞬間に男は飛び出そうと構えを取るが、予想とは違うノックの音が聞こえ、肩の力を一旦解く。そして外から聞こえてきた声は、彼が待ち望んでいたものだった。


「リズロウ様。失礼します。ソフィです」


 その声を聞き、リズロウは安心したような――自分の身ではなく、ソフィの身が無事だったことに安堵した。


「……随分早かったじゃないか」


 リズロウ達は今、オークの里にある宿にいた。昨日人間の村でゴブリンと――人間の混成部隊に襲われた後、リズロウ自身は無傷で切り抜けることができたが、クイナが矢をよけきれずに肩に食らってしまっていた。リズロウ一人ならば夜間にでも飛んでいき城に戻れたかもしれないが、怪我をしたクイナを置いておけなかったこと、そして何よりクイナを置いて城に戻ることまでが罠のような気がしており、一度待機することにしていたのだった。――このようにソフィたちが来ることを確信して。


× × ×


 ソフィたちはオークに扮した人間達に襲われた後、オークの里に向かうことにした。ソフィがここを目指すに至った理由として3つ。1つは国境付近でかつ身を隠すにはうってつけな森の中であること。


 2つ目の理由はオークが人間と仲が悪いということ。人間の童話では常にオークは人を襲って攫うというイメージがついており、それは紛れもない事実だった。今はもうそのような事はしなくなったとはいえ、まだオークたちの蛮行が記憶に残っている者も多く、オーク自身も犯罪率は非常に高い。人間たちからして積極的に手を組みに行きたくはない存在であったこと。


 そして3つ目は彼らとソフィが密接につながっていたことだった。――ソフィが来ていきなり立ち上げた新しい町の建設計画において、オークは多くの利益を得ることができる立場にいる。それ以外にもソフィがオークの長であるザボーに依頼していたソフィの好感度をあげる政策のおかげで、オークたちはソフィに非常に友好的だった。週に1回、ソフィに贈り物が届けられるくらいであり、リズロウがそれを見ていたことをソフィは知っていた。


 それらの理由から、リズロウが身を隠している可能性が非常に高いこと。そしてなによりリズロウがいなかったとしても、味方になってくれると期待して、ここに来るのは間違いのない選択肢だった。


× × ×


「……という訳です」


 ソフィはこれまでにあったことをリズロウに報告していた。クイナの寝室にいるのはリズロウ、ソフィ、トシン、そして怪我のため寝ているクイナであり、トシンはクイナの身体を拭いてやっていた。クイナはトシンに謝りながらも、少し嬉しそうな表情をしていた。


「そうか……シャザールが反乱を……」


 リズロウはソフィの報告を聞いて腕を組んだ。リズロウにとってシャザールは10年前の魔王襲名時からの仲間であり、当時の仲間たちがそれぞれの故郷に帰り、それぞれの領土を治めるようになった後でも、一緒に王城でやってきた一番信頼している仲間だった。


 だからこそ自分が何かあった時も、彼が次期魔王になれるように手配をしてあった。目指しているものも一緒だと思っていた。自分を裏切るなんてとてもではないが考えられなかった。


「本当に……シャザールなんだな?」


 リズロウは繰り返し質問するが、ソフィは頷いて答えた。


「城内のタカ派の兵士たちが一斉に裏切った模様です。……ただ私たちが城を脱出するにあたって、すぐに囲まれなかったことを考えると、城の全体がシャザール様についているわけではないと思います」


「そうか……わかった」


 リズロウはこのような反乱の動きが近くにあることは半ば覚悟していた。先のアスクラン競馬場の裏金問題から何かの勢力が大きな金をすぐに欲していることは想像がついており、その理由はこのように反乱を起こすための資金が必要だと。そしてその裏金はアスクランの大臣以上しか知り得ない情報だったことから、重要なポストに就いている者が裏切っているとはわかっていた。


「……とりあえず今は休め。特にダグ君の怪我は致命傷ではないにしても、しばらくは安静にする必要があるのだろう?」


 リズロウは”魔王”である態度を崩さずにソフィに言う。クイナとトシンの前では、ソフィに話す際でも”魔王”としての威厳を見せないわけにはいかなかった。


「ええ……そうですね。全くあの子は……」


 ソフィはダグを本気で心配するような口調で呟いた。気落ちするソフィを励ますようにリズロウはソフィの肩を叩く。


「お前は色々とよくやってくれた。……何もすべてを完璧にこなすなんてできはしない。これは私の意見だが……お前は色々と肩肘を張りすぎた。いくらお前が“できる”とはいえ、まだ新米なのだからな」


 ソフィは自分の肩に置かれたリズロウの手の暖かさを感じ、押さえていた涙が溢れそうになり慌てて手で目を拭う。そしてリズロウの手に自分の手を置き、歯を食いしばっていた。


 その光景を見てトシンは自分の浅慮さを恥じた。あの襲撃からソフィは自分たちに弱いところを一切見せようとしていなかった。時に冗談も飛ばしており、トシンはソフィの強さを“アテ”にしていたのは間違いなかった。


 だが今思えばところどころに限界を見せていた。自分の素性を話すときや、家族が関わっているかもしれないと話した時、ソフィはどんな表情をしていただろうか。――あの表情に気づいてやれなかったのか。


「……僕もそろそろ戻ります」


 トシンは立ち上がるとクイナの寝室から出ようとする。この空間にいることが猛烈にいたたまれなくなったからだった。トシンの言葉を聞き、リズロウはある疑問が頭に浮かぶ。


「……そういえばケイナン達はどこにいるんだ?」


「ジュリス達と共にダグの宿屋に泊まってます。流石にけが人とさして戦えない人間二人きりにする訳にはいきませんから」


 ソフィはリズロウの問いに答えると、自分も立ち上がる。


「私もそろそろ戻ります。少し……疲れました」


「ああ、そうだな。明日またどう動くか考えよう」


 トシンが部屋から出ていき、ソフィもそれに続いて部屋から出ようとする。リズロウはそれを見送っていたが、今の言葉で気になる箇所があった。何か違和感のようなものが。


「……待て」


 リズロウは急いで立ち上がり、ソフィの肩を掴む。急にリズロウに掴まれたソフィは驚きながら振り向いてリズロウを見た。


「な……何でしょうか?」


「……ちょっとこっちにこい」


 リズロウはクイナの寝室から出ると、自分の寝室に向かいソフィと共に入る。強引に部屋に連れてかれたソフィは動揺してリズロウを見るが、リズロウの顔は真面目そのものだった。


「さっき“ジュリス”って呼び捨てで呼んでいたよな?ジュリス“大使長”でも、ジュリス“様”でもなく」


「え……ええ。私はジュリスと知り合いでしたから……」


 ソフィはリズロウから顔を反らしながら答える。だがリズロウはソフィの顔を掴み、自分の顔をまっすぐと見させた。


「なんでジュリス大使長と知り合いだったんだ」


 ――先ほどの話でソフィは自分が“アンソフィア”だったという事実をリズロウに話していない。事件の概要を伝える分には必要ない情報だと思っていたし、何よりリズロウに伝えたくなかったからだ。だがここまで問い詰められてはさすがに誤魔化しようがなかった。


「……私の本名は”アンソフィア・フィリス・ストーイン“と言います。リズロウ様はご存じかもしれませんが、ストーイン王家の王位継承権第6位のストーイン国の姫です」


 ソフィの告白にリズロウは頭上から雷が落とされたような気分だった。その名前は“よく”知っている。――よく知っているが、ソフィの思うよく知っているとは意味がだいぶ異なっていた。


「ま……まさか……お前……アンナか?」


「え……?なんで私の愛称を……?」


 ソフィはいきなりアンナと呼ばれて驚いた。アンナの呼び方はあくまで愛称であり、近しい人間からしか呼ばれていなかったからだ。当然、この名前をリズロウに伝えたことは無い。リズロウはよろよろと後ずさり、そして近くにあった椅子に腰を落とす。


 ――嘘だろ?いやなんでアンナがここにいるんだ?


「……ロウズリー・クランを覚えているか?」


「な……!?し……知ってますが……なぜリズロウ様がその名前を……!?」


 ソフィの反応にリズロウはしかめっ面をして、手で顔を抑えた。もう間違いようがなかった。このソフィは、あの“アンナ”だ。自分が10年前、魔王を目指すきっかけになったあの少女。馬車で怯えていた、あの女の子だ。


「そのロウズリーが“俺”だからだ。……10年前、野盗に襲われて殺されかけていたお前を助け、その魔人の知り合いを装って人間としてお前を匿っていたのは……俺だ」

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