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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第12話 ヤバい状況の女秘書(前編)
47/76

12-3

 ソフィは荷台に戻り、ジュリスもソフィについて行って荷台に上りなおす。そして腰を下ろすが、ソフィはどっと疲れが出てきているようだった。まだ朝にも関わらず、まるで深夜の寝る前のように腰が重かった。


「まず“この蹶起を起こして何がしたいのか”。魔人側の過激派が戦争を起こすために始めたのはわかるけど……戦争は相手がいなきゃできない。ストーインが再開したいと思わなきゃいけない。そのためにジュリス、あなたの命を狙ってはいた」


 ソフィの説明にジュリスは頷いた。だがソフィは首を横にふる。


「だけどね。普通に考えれば穴しかないのよこの計画。まずリズロウ様の不在を狙ったって、リズロウ様が戻ればそれで終わり。そして第2にジュリスを殺したからって戦争が起こるとは限らない。ストーインの方はクーデターも何も起こってないんだから、戦争したくない王様……お父様がいる以上、手打ちにしちゃえばそれで終わりだし」


「ですが、私が死んで手打ちで済むのでしょうか……?」


「済む可能性は非常に高い。……ジュリスはお父様の性格よく知っているでしょう?」


 ソフィのあっけらかんとした答えにジュリスは言葉を詰まらせた。――確かによく知っている。知っているがあまり気持ちのよいものではない。目の前の人間の父親の悪口になるようなことは特に。


「リズロウ様は平和な国にしたいから戦争を終わらせたらしいけど、お父様はそんなセンチメンタルな理由じゃない。単純に魔人と戦争するメリットがもうなかったから。なんなら今は北大陸のフラーリアの侵攻の方が問題ね。なんにせよ話はこじれるでしょうけど、魔人と人間の全面戦争なんてもう起こすに起こせないのよ」


「でも、それが敵が前に来たこと……というよりそのオークたちが人間だったことと何の関係が?」


 同じく話を聞いていたトシンがソフィに尋ねる。


「……人間にも魔人と戦争したい奴らがいるわけよ。そいつらがこのオークもどきを仕掛けてきた。前から来たのは……私たちの逃走経路……というよりどこに向かうべきかをきっちり予想して網を張っていたから。“リズロウ様”がいると思われる国境沿いにね」


 ソフィは荷台の上に地図を広げた。車軸の点検が終わったトシンも荷台に乗り込み、ソフィの広げた地図を見る。ソフィは国境沿いのリズロウが向かった村を指さした。


「元々私たちはここに向かっていた。ここに行くまでにいくつかのルートはあるうえ、現在進行形でトシンの馬車の囮と、ミスティ様の妨害が働いてるからこそ、敵が分散されてさっきくらいの数で済んだと思うべきね」


 トシンは横になっているダグを労わるように、なるべく荷台を揺らさないように身体を動かし、床に倒れこむ。


「う~ん……となると魔王様がいると思われる国境付近に近づけば近づくほど、敵が多くなるってことです? 確かに魔王様本人に勝てないならいい方法ですけど。……ただちょっと質問が」


「何?」


「どうして魔王様は動かないんです? さっきソフィ様が言っていた通り、魔王様が凱旋すればもう終わってますよね?」


 トシンの質問に、ソフィはトシンにデコピンをして応える。急にデコピンされたトシンは痛みでおでこを抑え、涙目になりながら重ねて質問をした。


「な……なんですかぁ!?」


「……別に」


 ソフィは不機嫌そうな表情をしながらトシンに言った。トシンはソフィの行動の意味が全く分からずに頭に?マークを大量に浮かべていたが、ソフィはそんなトシンの事を無視して説明を続ける。


「……クイナよ。リズロウ様がうかつに動けないようにクイナが荷物として横に置かれてしまっている」


「ああ……クイナさんですか。…………あっ!」


 トシンもここでようやくソフィの懸念に気が付いた。


「リズロウ様が襲われた際、隣にいたクイナさんが……!」


「……うん、そう。多分クイナ”が”動けない状態になっている。だからリズロウ様は動けないし、敵もそれを狙ってクイナをリズロウ様につけた。だから急使の誰もリズロウ様の案内を引き受けなかったし、あの急使はリズロウ様が討たれたという情報を、最速で持ってくることができた。……全部仕込みでね」


 情報をまとめ終わり、一行はただひたすらに沈黙していた。結局のところ推測を重ねて精度の高い情報をまとめたところで、“できることはない”という問題の解決策が見えなかったからだ。そんな中、ソフィはその沈黙を破るように手を叩いた。


「……だけど、私は一つだけ手があるかもしれないと、さっき奴らが襲い掛かってくる前に思いついていた。……ただこれには少し問題がね」


「問題?……こんな状況より悪くなる問題なんであるんです?」


 トシンはやけにもったいぶるソフィに問い詰めるが、ソフィはジュリスに目配せをし、そしてため息を吐いた。


「……この状況で私たちの味方になってくれそうな人たちがいる。もしかするとそこに行けば全部解決するかもしれないようなそんな一手。……だけどね」


「……なんでしょうか」


 さすがにソフィの視線が気になったジュリスはソフィに尋ねる。ソフィは言いづらそうに何回か言葉に困りながら、ついに意を決して言った。


「ジュリス……あんたの良心に期待するわよ」


× × ×


 そしてケイナンの墓作りも終わり、ソフィたちは襲われてから1時間後に出発をした。後ろからまだ追っ手が来ていないのは、かく乱が上手くいっている証だろう。ソフィはミスティに素直に感謝していた。もう睡眠薬もないので、ソフィは尻が痛くなる事を承知で馬にまたがることにしていた。馬車に乗ると子供のころのトラウマがフラッシュバックして恐慌状態になってしまうため、そうなるよりは尻が痛くなったり痔になるほうがマシだと判断したのだった。


「大丈夫です? ソフィ様」


 ソフィを身体の前に乗せながら、トシンはソフィに尋ねる。ソフィの乗馬技術だと、ふとしたきっかけで落ちかねないため、補助としてトシンが後ろに付くことになったのだった。ジュリスはダグの看病をしており、ケイナンはなぜか面白がってトシンに譲ったため、渋々トシンがこの役目を請け負うことになった。


「大丈夫よ。……っていうか何が渋々よ」


「人のモノローグを勝手に読まないでくださいよ……」


 トシンはふざけて答えながらも、内心は心臓がバクバクだった。確かにソフィは気軽にボディタッチをしてくるタイプではあったが、こう長時間くっついたままというのは色々とトシンの理性に働きかけてくるものがあった。


「ジュリス大使長……本当にいいんですか?」


 トシンは振り返って後ろの荷台を見る。先ほどソフィが言った次の作戦は確かに納得できるものだったが、ジュリスに負担がかかるものであることは確かだった。


「……もう四の五の言ってられないことはジュリスもわかってるでしょう。万が一の時には私も手を打つから。それもジュリス自身わかってるだろうしね」


「だといいんですけどね……」


 またしばらく馬車黙って進み、日が真上に上り始める。目的地は馬車で行けば夕方くらいには到着する位置ではあったが、ソフィは徐々に不機嫌になり始めていた。自分の身体の前で身をくねらせてくっついてくるソフィに色々と耐えられなくなってきたトシンは、場を繕うために何か話題を考える。


「……確か今回の黒幕はシャザール様でしたっけ。……あの方は何がしたいのでしょうか」


 トシンはソフィたちから聞いた話の中で、自分の元上司であるライズルがシャザールの名前を出していたという話を思い出していた。トシンの質問を受けたソフィは首を横に振る。


「……人間との戦争を再開したいそうだけどね。逆にここまでやってそれ以外の目的だったら驚くわよ」


「でも、僕も話したことは無いですが……そんな好戦的な人には見えませんでしたが」


 トシンの言葉にソフィも頷かざるを得なかった。自分もあまりシャザールと会う機会はなかったが、それでも自分が初めて大臣会議に参加していた時のことを思い出す。あの時のシャザールはリズロウよりもよっぽど理知的に会議を回していた。――こう思うと、リズロウは平和を目指す魔王という割に色々と雑な面があるなとソフィは思い返していた。


「なんというか、ただの兵士を目指してたはずなのに、魔王様の側近になったり、近衛隊長様と戦う羽目になったり、もう色々と訳が分かりませんよ」


「そのただの兵士になれるかも、私がいなかったら怪しかったんだから、礼の一つも言ってくれると嬉しいけどね」


「はいはい。身に余る光栄でございます」


 ソフィの皮肉にトシンは呆れた口調で返した。そして冗談で言った自分の言葉を、自分で少し後悔する。


「……ソフィ様」


「何?」


 トシンは若干躊躇しながらも、言わなければならないことだと思い、覚悟を決めてソフィに尋ねた。


「僕は……これからも“ソフィ様”と呼んで構いませんか?」


 その言葉を聞いたソフィは、トシンの苦悩を察し、微笑みを浮かべながら言った。


「……大丈夫。もう私は”アンソフィア”に戻ったりしない。これからの私は”ソフィ”として生きるって決めたから」


「…………よかった」


 トシンはそのソフィの言葉に感動を覚えていた。最初にソフィがストーインのお姫様だと聞いたとき、トシンはソフィが遥か遠くの人間になってしまったと思っていた。もう自分がどんなに努力しようが、手が届かない存在だと。だけどソフィはいつでも手を伸ばして待ってくれている。それが自分の勝手な思い込みだろうと、トシンはそれを胸に頑張ることができる。そう確信していた。――待て。


「…………ちょっと待ってください」


 トシンは顎に手をあて、今自分が思いついてしまった事を考え直す。そしてそれを考えてはいけないと自分の心のどこかが警告を発するも、そうすることで猶更に考えが進んでしまう。


「……さっき“人間と戦争がしたい魔人”と“魔人と戦争がしたい人間”がいると、ソフィ様はおっしゃっておりました。……でもソフィ様の話だと、この2つが手を組んでないと今回の事件は成立しませんよね?」


「うん……そうね」


 ソフィはトシンの言葉に対し肯定するが、そのトーンは落ち込んだものだった。トシンは気づいてしまった。昨晩のソフィの過去話から連想される“ある問題”に。


「トシンの言葉は正解。……だからこの問題は果てしなく厄介なのよ」


 ソフィは絶望するように肩を落とし、力なく話を続けた。


「今回の蹶起が成功するには、互いの国の地位の高い人間が通じ合わせて動いて、戦争の口実を作らなきゃいけない。そうじゃないと人だって集められない。アスクラン側はシャザール様がなにやら企んでいるようだったのは、バカ1名がわざわざ言ってくれた。じゃあストーイン側で戦争をしたいやつは?」


 トシンはソフィを支えている腕の力を強めた。ほとんど抱きしめる形になっていたが、そうしないといけないと思った。


「……ストーインでも半年前にクーデターが起きた。そしてそのクーデターが失敗することで、タカ派は追放されて結果的にストーインでも戦争終結の意見がまとまった。……その時追放されたのはそう、……"私の家族”」

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