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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第11話 素性がヤバい女秘書(後編)
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11-4

 アスクラン王城最上階にある王の間。主を失ったこの場に、今一人の魔人が座っていた。


「…………これが魔王の座、か」


 近衛隊隊長――そして今は緊急事態として魔王の座に仮についていた――シャザールが憂いを帯びた表情でそこにいた。


 有翼人種であるシャザールは普段は邪魔になるということで翼を魔法でしまっている為か、その見た目はほぼ人間と変わりない。だが身体に秘めた魔力量は他のあらゆる魔人を凌駕しており、この国ではリズロウ以外敵うものがいないほどの実力を持っていた。


「感無量ですか?」


 柱の陰から一つの人影が姿を現す。その声には他人を嘲るような意思が多分に含まれていた。


「何の用だ」


 シャザールは不快感を隠さずにその人影に言う。その人影はさも残念という意思を示すように大げさに手振りをした。


「おやおや……私たちは仲間じゃありませんか。それなのにそんな連れない態度とらないでくださいよ」


「さっさと要件を言え」


 シャザールは軽口に付き合ってられないと鬱陶しそうに言った。


「……アンナが城下町を脱出したようですね」


「ああ、あの大使長と一緒に捕まえようとしたら逃げられたようだ。どうやら頼りになる部下を連れているらしい」


「追っ手は出しているのですか?」


「当然出しているに決まっているだろう。……何が言いたい?」


「いいえ……ですがあの女を甘く見ない方がいいということだけは忠告しておきます」


 やけにアンナを気に掛けるその人影にシャザールは不審なものを感じて尋ねる。


「そもそもの協力条件に、あの秘書を捕まえることを挙げていたが、あいつは……一体何者だ?」


 柱から出た人影は、近くの灯りの光に照らされてその姿を現した。――金髪の端正な顔立ちをした、人間の男だった。


「……私の“家族”ですよ」


× × ×


 夜が明け、ソフィたちは出発の準備を行っていた。――しかし準備をするだけで実際どこに行っていいかわからないまま。


「これからどうするんですか」


 トシンは荷物を片付けながら近くにいたソフィに尋ねる。ソフィは片づけを手伝わず、ずっと地図を眺めていた。


「まず、リズロウ様との合流を果たす。今の城下町の状況がどのようになっているか判断しようがないけど、私たちが逆転をするにはまずリズロウ様に会うしかない」


「でも……魔王様は……」


 その先を言いかけたトシンの頭をソフィはコツンと叩いた。


「あのねえ、君はリズロウ様がそんな簡単にやられる人だと思ってるの?」


 ソフィの指摘にトシンは言葉がなかった。確かに討たれたというのは報告でしか聞いておらず、そもそも魔王その人を倒せる者がいるのは確かに考えづらい。


「でも、リズロウ様が討たれたって話を持ってきた急使の人、何をもってしてリズロウ様が討たれたって言ってたんでしょう。色々大慌てで動いてたから、その辺しっかり考えてませんでしたね」


 トシンの指摘ももっともだった。あの時は他の状況証拠が揃いきっていたため、ソフィとしては一刻も早く動く必要があった。動かなければ間に合わなかったとはいえ、不自然な箇所が多くみられることは確かだった。


「……そういやクイナがリズロウ様についてたっけか」


「クイナ? ……ああ、あの給仕係のクイナさんですか」


 リズロウがクイナの名前を呼び、ソフィは城を出る直前のクイナの表情を思い出した。


「トシン、君はクイナとよく会ってるの?」


「いや~……そんな頻繁にって訳じゃないですね。ただほら、グライス様に襲われたときに助けたので顔は覚えられていて……」


「あ~……そういうこと」


 クイナのあの時の顔はそういうことかとソフィは納得していた。そして同時にリズロウから言われた言葉も思い出す。――今はそういう時じゃないと自分の心をしかりつけながら。


「…………そういえば。ねえジュリス!」


 何かを思いついたソフィは同じく片づけをしていたジュリスを呼ぶ。


「なんでしょうか?」


 ソフィに呼ばれたジュリスは全速力でソフィの下に駆けつけていた。そしてソフィは昨日のリズロウが去っていった段階では気になっていたのに、その後は考える暇がないために棚上げしていた疑問をジュリスに尋ねる。


「思ったんだけど、なんであなたこんな早くにアスクランに来たの?村が襲われた事件が起きてからまだ数日しか経ってなくて、本来ならもう一日あとにあなたたちが到着するって話だったけど」


「……何を言っているのですか?事件が起こったのはもう2週間前のことですし、むしろ私たちは予定より遅れて来たのですが……」


「え……?」


 予想外のジュリスの回答にソフィの言葉が止まる。


「だからこそ、アスクラン側の対応が不親切だったことに疑問を感じましたし、部下たちが喧嘩になったのも、私たちが来るということで下準備がされていなかったために、囲まれたことも起因しているのですが……」


「そうか……くそっ! あの急使も仕込みだったんだ……! でもそんなすぐバレる嘘をつく意味って……」


 ソフィは考えた。仮にリズロウが討たれたという嘘をついて城の支配を掠め取っても、リズロウが戻ってきてしまえば元の木阿弥でしかない。となればリズロウが“動けない”仕込みがされているのではないか。


「…………ようやく見えてきた。どうすればいいか……みんな! ちょっと来て!」


 ソフィは何をすべきか、ようやくそれが見えてきていた。そして全員を地図の前に集め、それを説明しようとする。――しかし。


「……トシン?」


 いつもならソフィの言葉に即反応するはずのトシンが、全く耳を傾けていなかった。何かを嗅ぐように鼻を鳴らし、空中のわずかなにおいを捕えようとしている。


「どうしたんですか?」


 トシンのただならぬ雰囲気にケイナンも察し、近くにあった手頃な木の棒を手に持つ。そしてトシンは臭いを嗅ぎきると、全員に警告するように言った。


「道の先から複数人の男の臭いがする……! 種族はちょっとわからないけど、こちらに向かってきます……! 鉄の臭いもする、多分……武器を持っている」


 トシンの言葉に全員が警戒態勢に入った。


「トシン本当!? あと何分ぐらいで向こうから見つかりそう!?」


 ソフィは慌てて先の道を見ようとする。すると確かに小さな点で何人かの集団が歩いているのが見えていた。


「距離からして向こうもあと5分もしたらこっちに気づく……! 本当に種族とかわからないの!?」


 トシンは再度臭いを嗅ごうとするが、首を横に振って答えた。


「周りに人の気配が全く無くて、向こうが風上だから気づけたんです……! 臭いがわずかすぎてこれ以上の詳しい情報は掴めません!」


「でも、あの人たち、追っ手なのかな?」


 ダグは手を挙げて疑問を口にした。ジュリスはダグを侮蔑するように言う。


「何を言ってるんだ! こんなタイミングですれ違うようなやつなんて追っ手に決まってるだろう!」


「ですけど……!」


 ジュリスは魔人への嫌悪感が先行してしまい、ダグを否定することから入ってしまっていた。ケイナンはそんなジュリスを抑えるように、その肩を掴みながら言った。


「ジュリス……! 確かにダグの言う通りです」


「ケーン様……」


「追っ手なら“後ろ”から来なきゃおかしい。でもトシンが察知した者達は“前”から来ています。本当に彼らは敵なのか? 武器を持っているというのも、護身用の武器や、狩りに出かけていたなど、いくらでも説明はつきます。それはきちんと判断してからじゃないと」


 ケイナンの正論にジュリスは顔をしかめた。ケイナンもジュリスがその程度の判断はできる人間だとは知っている。ただ嫌いな魔人――しかもよりよってオークが相手なのが、ジュリスの正常な判断力を失わせていることも気づいていた。


「ですから今は警戒はすれども先手を打つわけには……」


「待って」


 ソフィはケイナンの言葉を遮るように腕をケイナンの前に伸ばして言った。


「…………少し気になることがある」


× × ×


 ソフィたちの前の道から歩いてきているのは、6人のオークだった。それぞれが槍と剣を持っており、談笑しながら歩いている。


 そしてソフィたちが野営していた雑木林の前まで来た。しかしそこにあるのは馬車だけであり、ソフィたちの姿は見当たらなかった。――そしてオークたちがそのまま通りすぎることもなかった。


 オークたちは先ほど談笑しながら歩いていたのが嘘のような緊張感で槍を構えると、ソフィたちの馬車を囲む。キャラバン型の馬車は荷台に布のテントが張られており、オークたちはそこにソフィたちが隠れていると察した。そして無言でハンドサインを用いて各々が馬車の周囲のポジションを取ると、一斉に馬車の荷台に槍を突き立てた。


 その瞬間、バガン! という小気味良い衝撃音が響き、オークの一人がそのまま意識を失い倒れていた。馬車を取り囲んでいたオークたちがその音の方向を見ると、ケイナンが木の棒を持って立っていた。


「くそっ! 姉上の懸念が当たったか!」


 その後ろでは草原の草むらに隠れていたソフィたちが慌てて逃げ出している。オークたちは槍をケイナンに構えると、ケイナンは木の棒を構えてオークたちに立ち向かった。


「さて……1対5か……! リズロウ様なら上手くいなせるんでしょうが、私はどうでしょうかね……!」


 ケイナンは冷や汗を流しながら勝気なセリフを言うものの、その自信は無かった。訓練もろくに積んでいないようなチンピラが相手だったら、相手が魔人でも、十人以上いたとしても素手で立ち向かえると言えるだろう。しかし今目の前にいる相手は、全員が武器を持ち、そして訓練を積んでいると思われる者達だった。そして自分は厳密には一人ではなく、ほぼ足手まといと言って過言ではない4人を抱えた状態。


 ――“敵”は間違いなく手を抜かず、こちらをしっかりと殺しにきている。そしてその殺意に対し、ソフィたちはあまりに不利な状況に置かれた中で、その意志と知能を持って立ち向かわなければならない。

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