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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第11話 素性がヤバい女秘書(後編)
41/76

11-1

 魔人の兵士たちに追い詰められたソフィたちは、城から脱出するために3階にある客間の窓から飛び降りようとする。――しかしジュリスは飛び降りる直前、躊躇して部屋のバリケードを固めている兵士たちを見た。


「お前たち……!」


 少しでもジュリスの脱出時間を稼ぐために、兵士たちはバリケード前から動くことはできない。――そしてそれは彼らに“死ね”と命令していると同じ事でもあった。しかし兵士たちは気丈にジュリスに対し問題ないとのサインをだす。


「こちらは大丈夫です! 先ほど命令があった通り、別命あるまでこちらも抵抗はしません!」


「あなたが捕まれば問答無用でまた戦争が始まってしまう! ここは私たちが全力で足止めをしますから、あなただけでも脱出してください!」


「……できれば生きて帰ったらエロい恰好して励ましてください」


 純粋にジュリスの身を案じる兵士たちに、ジュリスは感激して涙ぐむ。ソフィはジュリスの背を叩いて、窓からの脱出を促した。


「ったくもう……人に慕われるのは相変わらずですのね」


「アンナ様……」


「いいから早く飛び降りなさい!」


 ソフィはジュリスの背中をもう一度強く叩き、ジュリスは窓から飛び降りた。下に敷かれている藁の上に着地したジュリスは怪我一つなく、落ちた勢いのまま立ち上がる。下で待機していたダグやトシンはジュリスを補佐しようと手を伸ばすが、ジュリスはその手を見て確認したうえで、拒否した。


「……魔人嫌いは相変わらずか」


 ソフィは上からジュリスの行動を見て、小さく漏らした。そして次飛び降りるのはソフィの番であり、ケイナンはそれを待っていたのだが――いつまで経ってもソフィが飛び降りる気配がなかった。


「姉上?」


 ケイナンは不審に思いソフィの肩を掴むと、その肩は震えていた。そして助けを求めるような顔でソフィはケイナンの方を向く。


「……ケーン。まいった」


「どうしたんです?」


「……この高さから飛び降りるの、めっちゃ怖い」


「…………はい!?」


 ソフィは涙目でケイナンに縋りつく。


「さすがに3階から飛び降りるの怖いわよ! 私は貧弱なか弱い女の子よ!? こんなところから飛び降りたら、足折れちゃうって!」


 ソフィの泣き言に、ケイナンは怒りながら返した。


「今更そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!? 早くしないと、せっかく格好つけたあの兵士たち、完全に無駄な一幕になっちゃいますよ!? なんか一人とっても共感できること言ってた気はするけど!」


 兵士たちは困惑の汗を流しながら、ソフィ姉弟のやり取りを聞いていた。


「だって! 怖いものは怖いんだもん!」


「あーーー!!! もう!!!」


 ケイナンはソフィを腰から抱きかかえると、その勢いで窓から飛び降りた。何の覚悟も無しに、しかも二人で飛び降りることになったソフィは思いっきり叫ぶ。


「ぎゃ、ぎゃぎゃぎゃあああああ!!!???」


 そして着地直前、ケイナンはソフィを離すと、自分は壁を蹴って藁の範囲外から外れたところに着地をし、ソフィだけを藁の上に落とす。思いっきり地面に落ちたケイナンを心配して、ダグはケイナンに駆け寄って声をかけた。


「ケイナン!? 大丈夫!?」


 ケイナンは問題ないとダグにグーサインを出すが、ケイナンに駆け寄るダグをジュリスは咎めるように剣を向けて止めた。


「貴様! 一体何の真似だ!?」


 ジュリスに剣を向けられたダグは手を挙げながらジュリスに言った。


「な……なんですかぁ!? 急に!」


「なんでもかんでもあるか! お前たちはこの方がどなたかわかっているのか!?」


 息巻くジュリスに、ケイナンは手を差し出してダグに向けている剣先をおさめさせる。


「……いいんだジュリス。今の私は……いや、俺はアスクランの食客のケイナンだ。この者たちが私……じゃない俺に敬う必要なんて、全くありはしない」


「ケ……ケイナン?」


 ダグは普段と全く違うケイナンの態度に驚きながらその名を呼んだ。着地の衝撃から正気を取り戻し、トシンに身体を支えられながら立ち上がったソフィは困惑の最中にあるダグ達を尻を叩くように言う。


「ほらあんたたち! さっさと逃げる準備をする!」


 立ち上がって走り出そうとするソフィにジュリスは困惑の表情で尋ねた。


「いえ……アンナ様。この馬車で逃げるのでは……?」


 ジュリスの指摘にトシンは横から指摘する。


「いやいやいや。こんなので逃げたらバレバレでしょう」


 トシンは横で控えさせていた馬車の御者に合図をすると、馬車は誰も載せずに走り去っていった。


「……これで城から離れていった馬車はあいつになります。僕たちがあの馬車に乗ってようが乗ってまいが、あの馬車は“僕たちが乗っている馬車”です」


 トシンは城の近くを指さした。


「森の中に本命の馬車を用意してます。……なんなら今城下町では囮の馬車があと7台は走ってますから。しばらくは時間を稼げるはずです! こっちに来てください!」」


 トシンは乗るための馬車の場所に先導するために前を走っていく。その様子を見てケイナンはトシンに内心驚いていた。そしてジュリスもケイナンの驚いている表情を見て、同じ事を思っていると思い話しかける。


「ケールニヒ様……彼は……!?」


「ああ……。お前が何を言いたいのかはわかっている」


 トシンのその合理的な発想が、ソフィに明らかに影響を受けており、また成長しているのをケイナンは感じていた。――だがケイナンはトシンの後ろについて森の中を走っている中で、いくつかの疑問点が浮かび上がる。


「なぁ……トシン。お前、どうやってこの短時間で馬車を準備したんだ?」


 ケイナンの疑問はもっともだった。仮に自分がソフィと合流する少し前にトシンが命令を受けたとはいえ、準備があまりにも周到すぎる。だがトシンは指を振って、舌を鳴らしてケイナンに言った。


「チッチッチッ。ケイナン、君は僕たちが最近“馬”に対して太いパイプを得たことを忘れてないかい?」


「馬……? あっ!?」


 ケイナンは思い出し、“アスクラン競馬場”のある方角を見た。


「そう。アスクラン競馬場に言って、ありったけの馬車を用意してもらったんだ」


 アスクラン競馬場は先の事件があったあと、オーナーのすげ替えも行われず、今まで通り運営が行われていた。“裏金”が絡んだ事件など、そもそも無かったというスタンスで通すためだった。オーナーであるローシャも解放されており、また事件の後からはリズロウも競馬場への考えを改め、税率などの見直しを行っていた。それらの事もあり、競馬場は“ソフィ”に対し友好的であり、トシンの無茶な依頼も聞いてもらうことができた。


「ちなみに中にはソフィ様の替え玉を入れてもらうようにも手配してある」


「替え玉?」


「そうだ。金髪のカツラをつけてできるだけソフィ様に似た体系の人を選ぶようにお願いしてあるけど」


「いやいやいや! そんなんじゃすぐバレるだろ!」


「別に、バレる分には問題じゃないよ。それに馬車の中にソフィ様がいても、バレない仕組みを用意してあるし」


 トシンは後ろについてきているソフィを見る。


「替え玉を乗せた馬車の御者に『ソフィ様は馬車に酔って体調が悪いから寝てる姿しか見せれない』と言うように仕込んである。ソフィ様が馬車に弱いのは、城下町の人達は良く知っているからな」


 数週間前にソフィが馬車で酔ったためにリズロウに町中で介抱されていた話は、城下町の魔人たちの間ではゴシップとして広まっていた。人間の秘書との間にただならぬ関係か、と。トシン自身あまりいい気持ちでそのゴシップを聞いていたわけではないが。


「それにミスティ様に城下町に残って、追っ手をかく乱してもらうようにお願いしている。こっから逃げるだけならだいたい上手くいくはずだ」


 ケイナンはここまで筋道立てて作られた計画を聞き、トシンへの評価を改めて見直した。もともとソフィが見込んでいたということもあり、ケイナンもトシンに対しては期待していた面はあったが、ソフィの後ろ姿を見て着実に成長していた。


「……まて、お前らはアンナ様が馬に弱いことを知っているのか?」


 ジュリスは足を止め、そしてジュリスの言葉に全員が足を止める。


「だとしたら……どうやってここから脱出するつもりなのだ?」


 その場にいた全員がソフィを見た。全員の視線を受けて、ソフィは目をそらし、頬をかきながら居心地が悪そうにする。そして深く深呼吸すると、渋々と発言した。


「……なんとか耐えてみせる。多分……なんとか……」


 その発言の直後、ソフィの背後から腕が伸び、ソフィの口元に布を当てる。そしてその布の臭いを嗅ぐと、ソフィは意識を失って倒れてしまった。――ソフィが倒れる前に背後にいたトシンがソフィを抱きかかえる。


「すみませんね。意識があると色々面倒なことになりそうなので」


「き……貴様ぁ!? アンナ様に何を……!?」


 ジュリスは剣を抜こうとするが、慌ててケイナンがそれを止める。そしてケイナンはこめかみに汗を流しながら、トシンを見て言った。


「驚いた……!そこまで準備してやがったか……!」


 トシンは手に持っていた薬品を染みこませたハンカチをピラピラと振る。


「ま……そういうことでね。ソフィ様を寝かせるためにこっちに戻るついでに、睡眠導入用の魔法薬を薬屋で買ってきてた」


 トシンはソフィを背負うために屈み、ソフィの腕を自分の肩に通す。


「僕だっていつまでも驚き役じゃいられない。この人に並ぶには、もっと役に立たなきゃ……!」


「トシン……」


 ケイナンは先日の夜の話を思い出していた。トシンの覚悟と、そしてソフィへの思いを。


「役に……役に……!」


「……ん?」


 先にある馬車へ向かおうとケイナンは前を向いていたが、なぜかトシンの動きが無いことに気づき、トシンの方へ向きなおした。そしてケイナンはがっくりと肩を落とす。


「……体力なさすぎだ。トシン」


「うう……面目ない……」


 トシンはソフィを背負ったのはいいものの、結局ソフィを持ち上げることができず、その場から動けなくなってしまっていた。ケイナンはトシンの代わりにソフィを抱きかかえると、普段とあまり変わらないスピードで走り出す。――まだまだソフィを任せるには文字通り“荷が重い”ってやつだな。と思いながら。


 そしてソフィたちは何とかアスクラン城下町からの脱出を果たす。だがまだ彼らは脱出ができただけであり、これからどうするか、それは何も考えることができなかった――。


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