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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第9話 気持ちがヤバい女秘書(後編)
36/76

9-4

 リズロウとソフィがアスクランの夜の町を飛んでいるころ、軟体亭のケイナンの部屋でケイナンとトシンはお茶を飲みながらテーブルに座っていた。ダグは食べすぎと疲れで眠くなってしまったのか、いびきをかきながらベッドでぐっすりと眠っていた。


「さて……この前の話の続きだな」


 トシンは金の指輪をテーブルに出す。以前ソフィからオークの里に行くときにもらった指輪だった。


「……この前の競馬場での時、君は僕に興味を持っていた。あの時は結局あまり話せなかったけど、後日君は僕たちの訓練を志願して、こうして僕たちを鍛え上げてくれている。……あの時もそうだったけどこの指輪が関係あるのか?」


 ケイナンはテーブルに転がっている指輪を見る。そして少し考えて指輪を手に取ると、それを強く握りしめた。


「……これは俺の指輪だ」


「……!?」


 トシンはケイナンの言葉に驚くものの、ケイナンが普段の態度とは全く違う真摯な態度であり、その目は憂いを帯びていた。


「ソフィ……姉さんに俺が渡したんだ。それもそんな昔じゃない。2年前くらいに」


「ケイナン……君は……!?」


 トシンはその先の質問を続けようとして、言葉を詰まらせる。もしこの言葉が真実なら、ケイナンの普段の態度は色々なものの裏返しになっていく。――彼の闇に触れることになる。だがケイナンはそんなトシンの思いを察してか、苦笑して言葉をつづけた。


「……お前の想像通りだよ。諦めては……いるか怪しいけどな」


 ケイナンは指輪をトシンに返した。その事情を聞いてしまったトシンは指輪を受け取るのを躊躇するが、ケイナンは無理やりにでもその指輪をトシンに押し返した。


「お前がその指輪をつけていろ。俺がつけてたら俺が自分のことバラしたって姉さんにバレちゃうだろ?」


「……うん、そうだね」


 トシンはケイナンに言われた通りに指に指輪を嵌めなおす。ソフィの人差し指についてた指輪ではあったが、トシンには細すぎるために小指に嵌めていたのだった。トシンが指輪を嵌めなおしたのを見て、ケイナンはトシンにいたずらな笑みを浮かべて尋ねた。


「なぁ……トシンは姉さんをどう思ってる?」


「うっ……!」


 やっぱりその質問が来るか。トシンはそう思っていた。そもそも今のこの指輪の経歴を聞いて、この指輪に纏わる思いを知った現状、ソフィがどういう思いでこの指輪を渡したのか、それもトシンの頭にはめぐっていた。


「……僕は……ソフィ様の部下だ。だけど……」


 トシンはうつむいてケイナンから視点をそらす。そして意を決して言葉を絞り出した。


「……いつか対等な存在になりたいと思ってる。……そのためなら何だってやってやる」


 トシンの言葉にケイナンは目を見開いた。そして安心したような表情に変わると、トシンに言った。


「それを聞いて安心した。正直心配してたんだ。姉さんが俺がいなくても上手くやれてるかって。……お前もわかる通り、あの人は少しどころじゃない、とてつもなく複雑な人だ」


 トシンは無言で頷いた。ソフィの複雑怪奇さは身をもって体験し続けている。――そしてトシンはそこに魅かれていた。


「だから、俺ができる手伝いはなんだってしてやる。お前が姉さんに相応しい奴になるように、胃液を吐きつくしても成長できるようにな」


「わかったよ……。それに巻き込まれるダグは可哀そうだけどね」


 トシンの指摘にケイナンは笑いながら寝ているダグを見た。


「ハハハ……あいつはあいつでよくやってるよ。数年後には本当にアスクランの代表として世界中飛び回ってるんじゃねーか」


「そうだね。明日からまたソフィ様の手伝いに君の訓練もあるんだ。今はゆっくり休ませてあげよう」


「そうだな……また、明日」


 ケイナンはお茶が入ったグラスを手に取ると、トシンにそれを向ける。トシンも自分のグラスを手に取ると互いにグラスを突き合わせて乾杯をした。


× × ×


 4つの大陸からなる世界『エルミナ・ルナ』。この世界は魔力といういわゆる第五元素(エーテル体)が存在しており、この力を行使することで魔法を使うことができる。


 そして魔力が生まれつき身体に存在している生物を“魔物”と呼び、魔物は本能的に人を襲う。だが人の中にも魔力を宿して生まれてくるものが存在し、その多くは魔物との混合種としての特徴を持ち、彼らは“魔人”と呼ばれていた。


 そして世界中の魔人の9割以上は、現在西大陸にあるアスクラン国で集まって国を作っていた。だが長年人間と相いれることはできず、人間を襲ってくる“魔物”を人間は忌避していた。遥か昔から『悪の魔王を倒す勇者』という物語が人間たちの間で言い伝えられてきた程に。


 だがもうその時代は終わり、人間と魔人が手を取り合う時代がすぐそこまで来ている。――だが逆を言えばすぐ後ろに人間と魔人が敵対しあっていた時代があるということ。そしてその時代に生きていた人はまだ多くいる、という事でもあった。


× × ×


 とある暗がりでいくつかの影が話し合いをしている。そこで会議があることを隠しているのか、ランプには黒い布がかけられ、光が外に漏れないようにされていた。いくつかの影の中で、一番大きな影が発言する。


「我々の目的は魔王……リズロウの“排除”とそれによる魔王の座の空白だ。そのためにはまず、この国にはこびる厭戦感情を排除しなければならない」


 その言葉を受け、フードを被った一番小さな影が発言する。


「でしたら簡単な話ですよ。当の人間に魔人を襲わせればいい。誰の目にも明らかな。国の真ん中で。それに加えて魔王が人間に討たれたら?……いくら平和ボケしはじめてきた群衆でも目を覚ますでしょう。人間など信じられないと」


 別の影がフードを被った影に質問をする。


「だが人間側はどうする? そちらにも口実は必要なはずだ」


「安心してください……。“魔物”に村が一つ襲われるなんてよくある話です。……それに魔人と戦争したがっている人間は他にも多くいる」


 一番小さな影の企む事の楽しさを隠しきれていないような声に、一番大きな声は不快感を隠さずに言った。


「ふん……。同じ“人間”のくせに、同類への情は無いようだな」


「ええ。ですが貴方も同類ではありませんか?世界の裏側で子供が飢えていることを考えていたら何も美味しく食事はできませんよ?いえ、そのあたりのスラムの子供が飢えていても、子供たちに施しを与えるような聖人ですら、美味しく食事をするものです」


 フードの下からは金色の髪が覗き、嗜虐心で歪んでいる端正な男の顔が見えていた。


「我が家の家訓では“聖母だって母ということはやることやっている”という言葉があります。……本質的に汚いのが“人”なんですから。魔人も人間も変わりなく、ね」


 大きな影は小さな影の発言を聞いていられないとして不機嫌そうに顔をそらした。


「まぁどうてもいい。私はお前のようなものは反吐が出るほど嫌いだが、互いに利益になるのならば利用させてもらうさ」


「ええ、そうですね。……私もあなたみたいな粗雑な人間は軽蔑しますが、私の目的が果たせるなら我慢しましょう。……そちらの国にいる”アンソフィア”……アンナを私の手にするためにも」


 リズロウが競馬場の時に懸念していたアスクランの地下の闇がうごめき、地表に噴き出すその時はもう目の前に迫っていた。ただ今はソフィもリズロウもアスクランの者たちも皆安息の眠りについていた。――この先その安息がとてつもない贅沢になることを知らずに。

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