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乾杯がされそれぞれが飲み物を飲んでいくと、それにあわせてどんどんと食事が提供されていく。リズロウ以外食べ盛りの年代であることもあり、全員貪るように食事を進めていた。
「アスクランの食事は塩っ辛いのが多いけど、こういう場ではやっぱそういった物が美味しいな」
ケイナンは自分の分の食事を取り分けながら言った。普段の態度に似合わず、食事は肉と野菜がバランスよく取られており、皿への盛り付け方や食事の作法なども丁寧そのものだった。
「私はもう少し甘いものとさっぱりしたのが欲しいわね……」
ソフィもケイナンと同じく丁寧な食事作法だった。普段魔王の横で食事していることもあり、礼儀作法は完璧であることはリズロウも認識していたが、こういった場でもそれを遵守しているのはリズロウの知るソフィの性格からは意外だった。
「「うまうまうまうま」」
トシンとダグは料理を貪りながら次の料理を取っていた。ソフィたちに対してトシンとダグの食事は汚らしく、自分の好きなものガツガツと取って行っていた。先ほどの一幕でダグが15歳でそれ以外のメンツがほぼ同年代であることが判明していたが、やはりこういったところを見ると、ソフィやケイナンはかなり落ち着いているところがあった。
「……のはずなんだがおいミスティ」
「……なんでふ?」
ミスティもトシン達と同じく詰められるだけ口に料理を詰めながらリズロウに返事をする。
「お前はもう少し慎ましやかさをつけろ……」
リズロウに説教されているミスティの様子を見て、トシンはミスティに対する自己認識を色々改めることになった。普段はとっつきにくく、近寄りがたい雰囲気を漂わせているが、この人の本性は割と人臭いところがあると。
「すみませーん。店のお手伝いが終わったので、私も座ってよろしいですか?」
「おお!アレクさんお疲れ様です!ここ空いてるんでどうぞ座ってください!」
店の手伝いが終わり、食事の席に合流したアレクに、ケイナンが自分の隣の席を差し出す。アレクは頭を下げながらその席に座った。
「ありがとうございます。……皆さん今日のお食事はいかがですか?」
アレクの言葉にケイナンはグーサインを出しながら返事をする。
「もう最高っすよ!アレクさんも俺と変わらないくらいなのに、こんなに料理できるなんて素晴らしいです!」
そう言いながらもケイナンはアレクのために取っておいた食事を出し、また飲み物もアレクのコップに注いでやっていた。
「もう……ケイナンさんたら」
いたせり尽くせりなケイナンの対応にアレクは顔を赤くする。そしてその様子を回りのソフィたちは白けた顔で見ていた。
「こいつ……やけに気をきかせてるな……」
ミスティはテンションが上がりっぱなしのケイナンに呆れて小言を言った。――だが周りが白けている中、トシンだけがケイナンを本気で心配するような表情を浮かべていた。トシンの隣に座っていたダグは、その様子のおかしさに気づいて骨付き肉をかじりながら声をかける。
「どうしたのトシン?」
「…………なぁダグ。僕は言ってやった方がいいのかな?」
「んー……まぁ何か気になるなら言ってあげたほうがいいんじゃない?」
ダグは気にせず食事を続けるが、トシンは額に手を当て目線を隠しながらケイナンを見た。ケイナンはトシンの気も知らず、アレクの楽しそうに話をしている。そして店が少し忙しくなってきたのか、アナベル夫人がアレクを呼んだ。
「ごめんアレク! 少しだけ店の手伝いに戻って!」
「はいお母さん! ごめんなさい皆さん。少し離れますね」
アレクは頭を下げると店の手伝いに戻っていく。そしてアレクが離れた後、ケイナンはウキウキのままトシンの肩を組んだ。
「いや~! アレクさんってやっぱ可愛くない? しかもあの感じやっぱ脈ってやつは大いにあるよな! 俺、マジで告白しようかな!」
非常にうれしそうなケイナンの顔を見て、トシンはいたたまれなくなりケイナンの腕を払うわけでもなく、ただ目線を落とした。ケイナンはそんなトシンの気も知らず、ウザ絡みを続けた。
「おいおいなんだそんな暗い顔して~! 我が家の家訓には“モテたきゃ笑顔で積極的に行け”って言葉があるんだぞ~!」
目の前のバカ一人のウザ絡みを見て、リズロウはソフィに小声で尋ねる。
「お前んち、そんな家訓あんの……?」
「……はい……あります……」
ソフィはケイナンの痴態に呆れながら答える。リズロウはそんなソフィの回答に若干引き気味に言った。
「お前の家が何教えているのか、一周回って見てみたくなってきたよ……」
そしてケイナンの痴話話は続き、いい加減辟易としてきたのか、トシンはぼそりと一言呟いた。
「……そもそも僕、彼女いたんだけど……」
トシンの発言にケイナンの表情が一瞬で固まり、そしてソフィも驚愕の表情を浮かべていた。そして姉弟はほとんど同時にトシンに問い詰めた。
「「嘘だろ!!!???」」
自分の言ってしまった言葉にトシンは後悔しながら、もう止められないとして観念して話し始める。
「今はもう別れてますが、軍隊に入る前に故郷で付き合ってる女性がいました……。一応それなりの経験はありますが……」
ケイナンは先ほどの上機嫌ぶりが嘘のように、ハトが豆鉄砲をくらったような顔をしていた。ソフィも同様でトシンに対しどのように今後接すればいいかわからなくなったかのような顔をしている。だがケイナンは強がりの虚勢を取り戻した。
「ま……まあ俺だってもうすぐ……」
「あー……このままだと君間違いを起こしそうだから事前に言っておくよやっぱり……」
トシンはケイナンと顔を合わせることができず、目の前で手を組んでそこに顔を当てながら言った。
「…………アレクさん、“男”だぞ」
ケイナンはしばらく現実が理解できなかった。そして数十秒経ってからようやくその現実を理解する。
「……………………は?」
ケイナンは目を血走らせながらアレクを見た。どっからどう見ても女の子にしか見えない。確かに肌の色というか身体の作りが人間とは大きく異なるが、ケイナンの性の癖からしてもそこは問題ないどころか、大歓迎だった。――だがトシンの発言は話が別だった。
「!!!!!!???????」
ケイナンは声にならない声を上げながらトシンの襟首を掴む。だがトシンはケイナンに怒りながら反論した。
「だって君気づかないまま間違いおかしそうだったんだもん! 言ってやろうにも余りに夢見すぎて悪い気がして……!」
ケイナンはトシンの襟首を掴んでいた手を離すと、力なくそのまま椅子に崩れ落ちた。そしてもう一度アレクを見る。――やっぱりどう見ても女の子だった。
「……あんなに可愛いのに、男なの……?」
トシンは同情するように答えた。
「うん……間違いなく付いてるものが付いてるよ……。僕は臭いでわかっちゃうから……」
そしてケイナンはソフィの胸に抱きつくと、声を上げて泣き始めた。ソフィもトシンがまさかの異性経験があるという事実に打ちのめされ、放心状態でケイナンの頭を撫でていた。――ダグは目の前の騒動を全く気にせずに食事をひたすらに続けていた。
「……リズロウ様」
目の前の地獄絵図を見ながらミスティは小声でリズロウを呼ぶ。
「……どうした?」
同じく目の前の茶番に辟易していたリズロウは席を移動してミスティの隣に来た。
「先ほどの件で思い出したことがありまして……あのアレクという”少女”の身体のことですが」
「ああ、男だかってやつか」
「確か、スライム型の魔人は雌雄同体の特徴を持っているんじゃなかったかと」
「あ、そうなのか?」
「ええ、それにあのアレクという少女。見た目や仕草から自身の認識は女性でしょうし……。ケイナンに伝えてあげれば色々と乗り越えるんじゃないでしょうか」
ミスティはアレクを見た。着ている服も女性ものだし、化粧も女性のものをしている。魔人には雌雄同体の特徴を持っている者もわずかにおり、トシンが臭いでオスの認識したのも間違いではなかった。だがあくまでトシンがわかるのは臭いだけであった。
「……言ってやりますか?」
ミスティは目の前で泣き続けているケイナンを心配するように言った。――だがリズロウは首を横に振った。
「いや、言わないでおこう」
「どうしてですか?」
ミスティの問いかけにリズロウはにんやりとして答えた。
「……まぁ、その方が面白そうだからな」
「それは……同意ですね」