8-4
「い……いやいや! リズロウ様! そんな……膝枕なんて!」
ソフィは必死に首を振るが、リズロウは嫌味ったらしくソフィに言った。
「この前馬車で気絶したとき、膝枕してやったのは誰だと思ってんだ~?」
先日の醜態を指摘され、ソフィはグッと言葉に詰まってしまった。
「で……ですけどそんな膝枕なんて……」
ソフィは耳たぶまで真っ赤になっていた。リズロウはそんなソフィの様子を見て、年相応と思うと共に、矛盾しきったこの女秘書の人となりを考えさせられていた。
権謀術数に富む頭脳、異常な決断力と時折見せる不自然な生い立ち、目に余る暴走癖や欲求に正直すぎる性格。――そしてその裏で子供や筋の通った者には異常に甘かったり、馬車の時のような弱さを垣間見せていた。少なくともリズロウが今まで会ってきた者たちの中で、最も量りづらい、複雑怪奇にもほどがある人間性をこの秘書は持っていた。
「あー……じゃあわかった。魔王リズロウとして命じる。膝枕しろ」
恥ずかしがって動こうとしないソフィにリズロウはついに魔王として秘書に命令してしまった。“秘書”としては命令に従わざるをえない。ソフィは恥ずかしがりながらおずおずと膝をリズロウに差し出した。
「……どうぞ」
「ああ、サンキューな」
リズロウはソフィの膝に頭を置き、寝転がった。そしてソフィは寝転がっているリズロウの頭に手を置くと、小さな声でリズロウに尋ねた。
「リズロウ様って……モテてたんですか?」
「あ? なんだ急に」
「だって……女の子の扱い方慣れてそうなんですもん……」
「……まぁご想像にお任せするよ」
リズロウはそう言いながらも、ソフィの膝にある感触を感じていた。――ただそれは自分の中でも言葉にまとめられないような小さな感覚。リズロウはどうにかそれを考えようとしたが、辞めることにした。それをまとめてしまっては何か大切なものを失ってしまうかもしれない恐怖と、それに。
「……今日はいい日だ」
リズロウは日の暖かさと、ソフィの体温の心地よさを感じながら目をつぶった。恥ずかしがっていたソフィだが、リズロウのこの言葉にだけはきちんと返した。
「ええ。……いい日です」
ソフィとはまだ会って2か月。リズロウには他にも革命の時から付き合ってくれている仲間がいる。だがリズロウの中でソフィの存在は彼らよりも大きなものになってきていた。
まだこの秘書を理解できているわけではない。もしかしたらこの先も理解できないかもしれない。だが、こうして触れ合うなかで、この秘書の性根が善性に根付いているものだと、それだけは信じることにした。裏切られてもかまわない。これは俺が信じるに値すると決めたのだから――と。
リズロウは自分がたかだが1人間の小娘にこれだけの信頼を置くに至ったか。有能だからという理由だけではないと思いながらも、その理由をつかめずにいた。――そしてその理由がわかるのは、もう少しの時が過ぎてからだった。
× × ×
ソフィとリズロウはしばしの間昼寝をし、起きた時には夕方近くになっていた。二人は荷物を片付け始め、花畑を発てる準備が整うと、リズロウはソフィに尋ねた。
「今日の夜は飯どうする?」
「夕食ですか……特に考えてませんでした。多分、城近くのお店で適当に買っていくかと」
「だったら夕食何か食べに行かないか。……少し寄りたいところもあるしな」
「……ええ。私は構いません。ですが寄りたいところとは……?」
「まあ、十中八九“あいつら”はあそこにいるだろう……」
× × ×
――軟体亭1階食堂。夕暮れ時でまだ食事のピークタイムではないためか客の数は少なく、店主や女将たちは夕食時の仕込みを行っていた。その食堂の1角で、ジャラジャラと硬いものが触れ合う音が聞こえてくる。そのテーブルにはケイナン・トシン・ダグ・ミスティの4人が座っており、何か四角いものをテーブルの上で混ぜ合わせていた。
「みんな思ったより筋がいいな……これそんな簡単なゲームじゃないんだが……」
ケイナンはそう言いながらテーブルの上にある四角の物体を自分の前に並べていく。
「ああ、確かに覚えることは多いが……。それでも結構面白いじゃないかこれは」
ミスティもケイナンと同様に目の前に物体を並べていた。
「……でもルール覚えてるはずのケイナンが今のところドベなんだね」
みんなが並べ終えると、ダグはサイコロを振る。
「まぁまぁ多少の運のふり幅はあるから仕方ないでしょ。……あ、ドラ5ピンね」
トシンはダグのサイコロの結果を見て、自分の山の目の前から“ドラ”をめくった。
「ウオッホン!!! ……貴様ら何をしてるんだ?」
ゲームを楽しんでいた4人は背後から聞こえてはいけない声が聞こえてビクッと身体を震わせてその声の主を見た。
「ま……魔王様……!」
トシンは自分の背後に立っていたリズロウを見ると、思わず立ち上がって背筋を伸ばす。そして惚けてしまって動けなくなっていたダグも一緒に立たせて姿勢を正させた。
「な……なんでこんなところに……!」
ミスティもトシン達と同様に立ち上がっていた。ケイナンもリズロウの後ろにいる人影を見て何か後ろめたそうな顔をしつつ身体を硬直させる。
「あ……あはは……ね、姉さん……」
ソフィはテーブルの上に置かれた“物”を見て深くため息をついた。
「ケイナンあんた……“麻雀”なんて持ち込んでんじゃないわよ……!」
「マージャン? これはそういう名前のゲームなのか?」
リズロウはソフィに尋ねた。
「ええ。詳しいルールは説明するには難しいので省きますが……東大陸で流行している卓上ゲームになります。……主にお金を賭けて」
“麻雀”はエルミナ・ルナ東大陸の国より発祥したゲームであり、その高いゲーム性とギャンブルで用いられたことから大量の中毒者を生み出し、地方によっては禁止されているほどのゲームであった。
「なんでそんなもの持ってきてるんだ貴様は!」
ソフィからの説明を受け、リズロウもケイナンに怒りながら言った。だがケイナンは悪びれはしながらも、リズロウに説明した。
「あくまでハマりすぎる人がいるだけでゲーム自体に罪はありませんから……。リズロウ様たちを見失ったあとにここまで来る途中、輸入雑貨の店を見つけまして寄ったら売ってたんで買ってきたんですよ」
「僕も過度にハマりすぎるのはどうかと思いますが、このゲーム結構楽しいですよ」
トシンは麻雀牌を握りながらリズロウに言った。言葉には出さないがミスティもトシンと同様にこのゲームの面白さを認めているのか、積極的にリズロウの側に立ってケイナンを非難しようとすることもなかった。よく見てみるとトランプなどもテーブルの上に並んでおり、ケイナンが色々なゲームを教えているようだった。
「それにだ姉さん。この麻雀絡みで一つ知ったんだけど、この国ってトランプとかの遊戯が全然普及してないんだな。輸入雑貨に少し置かれてたくらいで、他は全然置いてるところなかったよ」
ケイナンの指摘通り、アスクランでは卓上遊戯の類が全く普及していなかった。せいぜいチェスくらいであり、その他のトランプなどは戦争が終結してようやく貿易が始まったことで、一部の輸入雑貨屋が取り扱っているくらいであった。
「私もそれは知ってる。ただ普及しなかった理由もあるのよね」
ソフィはテーブルの上にあったトランプを1枚取った。
「……魔人は“手”の形が種族によって違うという問題がある。チェスとかで駒を摘まむ分にはともかく、トランプは種族ごとの手の大きさに余るのよね」
「あー……そうか」
ケイナンはトシンやダグ達の手を見る。ミスティはエルフということもあり、人間とそう大差がないため問題なかったが、トシンの手は肉球があるうえに毛が多くついており、ダグは手が大きすぎた。麻雀をやるにあたっても、牌を取るならともかく洗牌をしているときは確かに二人とも困っていたのを思い出した。
「しかし本当に面白かったなこの麻雀は……。ケイナンはどこでこのような事を学んだんだ?」
ミスティはケイナンに尋ねた。その様子を見てリズロウはミスティの心境の変化に驚かされていた。ついこの間までは“人間”に対して不信感をまだ抱いていたように思えたが、今ではケイナン達と休日を過ごすくらいには軟化しているようにも見える。――この間の競馬の時からだろうか。
ミスティから質問されたケイナンは答えに困り助けを求めるような顔でソフィを見た。その視線を受けたソフィは頭を抱えながらケイナンの代わりに答えた。
「えー……まぁ私たちの家でそういう教育を受けることがあったわけです。各国の文化を学ぼうと。その一環でこういったゲームを知りました」
「そ……そうです! そうなんですよ!」
ソフィの言葉に相槌を打つようにケイナンは言っていたが、明らかに怪しさが漂っていた。
「そ……そんなことよりリズロウ様!実は自分たちこの後ここで夕食取るつもりなんですが、できればご一緒しませんか!?」
ソフィはケイナンの話題を変え方の下手さに舌打ちをしながら、ケイナンの話に乗っかるようにリズロウに言う。
「……いかがでしょうかリズロウ様。夕食は外で済ませるとのお話でしたし、私も久しぶりに弟と食事をしたいのですが……」
リズロウは特に文句もなくうなずいて答えた。
「ああ、問題ない。二人で食事をするよりは、大勢で食べたほうが楽しいからな。それに私も彼らとは一度ゆっくり話をしたかった」
食事を一緒に取ることが決まり、ダグ達はさっそくテーブルを動かし6人で座れるように準備を始める。その準備の中、トシンはボソッと呟いた。
「……ソフィ様、ケイナンの言い訳が下手くそだってキレてそうだったけど、人のこと言えないだろあの人……」