8-3
「あ! あーっ! どっか行っちまった!」
互いに言い争いをしていたケイナン達はその隙にリズロウに姿をくらまされ、行方を見失ってしまっていた。
「あなたのせいですよミスティさん! こんなくだらないことで言い争いしなければ!」
「私のせいってどういうことだ!」
ケイナンにいきなり責任を擦り付けられたミスティは起こって反論する。だが横でトシンが二人に呆れながらツッコミをいれた。
「もう僕たちが尾けてたことはとっくにバレてたでしょう……じゃなきゃあこっちのドタバタを機に姿消さないでしょう……」
トシンの正論にケイナン達は押し黙ってしまう。そんな中、心底興味なさそうにダグは空いたお腹を撫でていた。
「お腹空いたなぁ……トシン、ごはんどこかに食べに行こうよ……」
「そうだな……ダグ。僕たちは行こうか……」
付き合いきれないとばかりに建物の屋上から降りていくトシンとダグに、ケイナンは慌ててついていった。
「お……おい! 俺も行くよ! もう姉さんの追跡は難しいし……それに」
「それに?」
トシンはケイナンに尋ねると、ケイナンはニンマリと笑みを浮かべていった。
「アレクさんのところで食事をしたいしな。こういう時くらいは」
「ああ、確か君が今下宿してる宿の子だっけ? 確か軟体亭だったか……。僕は行ったことないし、特に文句はないけど、ダグはどうする?」
「僕も特にないなあ。いいよ」
トシンとダグが同意を示すと、ケイナンは指を鳴らして答えた。
「オッケ!じゃあ決まりだな!」
「待った」
食事に行こうとした3人だったが、それを一つの声が足を止めた。
「どうしたんです?ミスティさん」
トシンは急に自分たちを呼び止めたミスティに尋ねた。ミスティは毅然な態度を崩さずにトシン達に言う。
「……私も連れていけ。お金は出してやるから」
「「「え」」」
予想外の言葉に3人は一斉に驚きの声が漏れてしまう。そしてミスティに隠れるように3人で打ち合わせた。
「なんでミスティさんが……?」
トシンは当然の疑問を口にする。
「……もしかして“暇”だったんじゃねーのか。わざわざこんなストーカーしてるくらいだし。」
ケイナンが目を細めながら言うが、それにトシンは思わずツッコンだ。
「……ストーカーの自覚があるなら僕たちを最初から巻き込まないでくれ」
「でも、おごってくれるっていってるよ」
ダグは空かせたお腹を鳴らしながら一番魅力的な言葉を繰り返した。
「うーむそうだな……。……じゃ、決まりだな」
ケイナンが意見をまとめると3人はミスティに向き直り一斉に頭を下げた。
「「「ゴチになります!!!」」」
「う……うむ……」
長年の諜報任務の影響でミスティは友達もおらず、恋人も特にいなかった。姉たち夫婦も今日は家族で出かけてしまっていたのもあった。――正直この後一人で過ごす休日がたまらなく寂しくなるので目の前の3人に声をかけてしまったが、若干後悔しはじめていた――。
× × ×
ソフィはリズロウに連れられ、町の外れにある花畑の公園に来ていた。1000以上の花たちによって彩られるこの公園は、町の人たちにも人気であり、ピクニックで多くの家族やカップルが来ていた。
「綺麗……」
ソフィは一面に広がる花畑を見て素直な感想を漏らした。その言葉を聞いてリズロウは得意げに鼻を鳴らす。
「そうだろう、そうだろう。あそこから見るともっと綺麗だぞ。あそこで昼食の弁当も一緒に取っちまうか」
リズロウは近くの丘の上を指さした。丘のてっぺんには大きな木が生えており、この快晴の中、涼しげに木の葉を揺らしていた。――だがソフィには少し気になることがあった。
「……確かに良さそうですけど、なんであんなベストポジションに人がいないんです?」
周りには多くの家族連れの魔人がおり、昼食時でもあるため皆原っぱにシートを引いて弁当を広げているが、誰もあの丘の上に行かないのは確かに不自然であった。だがリズロウは自慢げにソフィに言った。
「あそこはな、魔王様専用の場所なんだ」
「専用……?」
「ああ、そうだ。そもそもこの花畑、俺が主導で8年前に作らせたものだからな。オーナーも俺だし、その権限であそこの場所は常に押さえさせてるんだ」
「本当ですか……みみっちい……」
リズロウの説明にソフィはセコさを感じてツッコみ、リズロウは思わずズッコケてしまった。
「みみっちいって……。オホン! まぁそれにだ。あそこは俺のお気に入りの場所で、毎日アスクランの見回りの休憩時にあそこで竜の姿でよく休んでるから、町の人たちも気をきかせて空けてくれるんだよ」
「まぁ……せっかく空いてるわけですし、気持ちよくつかわせてもらいますか」
× × ×
丘の上についたソフィたちは持ってきたシートを広げ、買ってきた弁当を取り出す。道中の露店で買ってきた簡単なサンドイッチと、瓶に入れたシチューだった。リズロウはシチュー入りの瓶を受け取ると、簡単な魔力を込めて瓶を温める。
「そういえばあまり“魔法”を使う人に出会ってませんでしたね。軍ではそれなりにいるとは聞いてましたが」
ソフィは魔法を使いシチューを温めるリズロウにふと思いついた疑問を問いかけた。
「そうだな。あまり魔法を使うって人は一般には少ないな。その辺は人間も同じだろ?」
「ええ、そうですね。ただ“魔人”って魔力を持つから魔人って話もあるくらいですから、もっと一般的に使われているものだと思ってました」
× × ×
“魔法”それはこの世界『エルミナ・ルナ』に巡る魔力を利用し、何らかの現象を起こすことを言う。ただしその魔法は簡単に使えるものではなく、特別な訓練をしなければ魔力を身にまとうことすらできない。
この世界の“魔物”は魔力から産みだされていると言われており、魔物と人間の混合種である魔人にも魔力は宿されている。しかし結局それを使う技術が非常に難しいものであり、使えるものはそう多くない。それでも癒療魔法を使う癒療師や、様々な魔法を使う魔術師などの専門職は重宝されていた。
× × ×
「俺も使えるのは竜の力に起因したいくつかの魔法だけだ。今のは炎の息を吐く魔法の応用で、ちょっと弱火でシチューを温めただけだな」
リズロウはシチューをソフィの器に注いでやる。さきほどまではもう人肌くらいの温度しか残ってなかったシチューができたてのような熱々のものになっていた。
「確かに。私の周りでも魔力を使えるあまり魔人はいませんもんね。……ミスティ様が隠密魔法を得意としてるくらいでしょうか」
「そうだ。エルフは魔力の扱いが上手い種族で、アスクランの魔力を使う職の三分の一がエルフって言われてるらしいがな」
「……こう考えると魔人と人間て、そこまで変わらないんですね」
ソフィは温かいシチューを受け取り、その熱を感じながら言った。リズロウがこうやって魔法を使えるからこのシチューは温かいが、丘の上から見える他のピクニックに来ている人たちはそうはいかないだろう。――大半が冷めている普通の弁当を食べているはずだ。
「そうだ。結局寿命も身体の成長も人間ベースだから、人間よりも遥かに長寿なんてことはないし、生まれてすぐ成人になるような種族もいない。……いるかもしれないがそれはもう魔人ではなく、魔獣に種別されるだろう。……俺たちと人間が違うのは大概見た目だけさ」
リズロウとソフィは互いに弁当を振り分け昼飯を食べ始める。ただしソフィはリズロウ
が食事に手を付け始めるまで必ず待っていた。最低限の秘書としての立場は休息日でもわきまえていた。
「どうだ? こっちに来て2か月くらいたつと思うが、食事とかは慣れたか?」
リズロウはシチューをすすりながらソフィに尋ねた。ソフィは苦笑いしながら返答する。
「いや~……実はまだでしてね。どうもこの国の食事は全体的に味は濃いし、肉類は多いしで……。たまに夕食を断って、厨房の野菜や果物を丸かじりで済ましていることがあります……」
「丸かじりって……キリギリスじゃないんだから」
呆れながら指摘するリズロウに、ソフィは怒りながら反論した。
「何言ってんですか! うら若き女性がこんな食事続けてたらあっという間にスタイル崩れちゃいますって! むしろ食事制限してこのプロポーションを維持してるんだから、褒めてくださいよ!」
ソフィの言う通り、この国の食事は2つの言葉に表される。「濃味」と「肉」だ。これは肉食の性質を持つ種族の魔人が多い――というより肉食の傾向が強い種族が力も強いことが多く、その種族が国の中心にいたためにそのような食文化が築かれてきたこと。そして人間よりも身体が大きかったり、身体能力が高い影響もあってか、塩分を求めがちなこともあり、濃い味が主流となってしまっていた。肉食でない種族ですら、塩や香辛料などもたっぷり溶かしたソースをドバドバかけがちであった。
「まぁ……お前もお前なりに苦労してたんだな……。マトモな飯が食えるって話はそういうことだったか」
リズロウは先日競馬場でソフィが呟いていたことを思い出していた。
「あ、いやそれは……」
だがソフィはなぜかしどろもどろになって答えに詰まっていた。
「……? なにか違うのか?」
「あ……アハハハ!そ……そんなことないですよ~!そうですね、そうっすはい……」
リズロウはなぜソフィがこんなことで回答に詰まるのか分からなかったが、余り深く考えないことにした。ケイナンしかりこの姉弟は普通の感性で考えたら、頭痛がするまで考えても理解できないからだ。
× × ×
食事を終えたリズロウ達は食器を片付け、しばらく何もせずに日向ぼっこを楽しんでいた。雲は多少あるが快晴といっていい日であり、風が心地よく頬に当たる。お腹がいっぱいになったリズロウは大きくあくびをする。
「ふわぁぁぁ。いい天気だ」
「ええ、そうですね。こんなにゆっくり過ごすのは久しぶりです……」
ソフィもリズロウと同じくこの時間に心地よさを覚えていた。太陽に当たっている草木の気持ちいい匂いが鼻に香る。
「なぁ……ソフィ。一つお願いがあるんだが」
「……なんでしょうか?」
「膝枕、してもらってもいいか?」
「…………はい?」