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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第8話 気持ちがヤバい女秘書(前編)
30/76

8-2

 訓練場ではケイナン達3人が汗まみれで息を荒くしていた。トシンとダグがもはや立つ気力も無くし地面に突っ伏しており、まだ顔を上げて笑う元気があるのはケイナンだけだった。


「アッハッハッハ! まだまだだな!」


 ケイナンの言葉にトシンは項垂れながら言う。


「ほ……本当に人間かよあんた……」


「鍛えてる年月が違うよ! ……まあ正直お前らの筋もあまりよろしくないが……。それでも俺が鍛えてやれば、2か月はしたらとりあえず訓練の後に飯が食えるくらいの元気はあるくらいには強くしてやるよ」


「こ……これがあと2か月……」


 トシンはもはや立ち上がる力もなく、倒れたままに言った。今まで軍隊にいたのだからキツイしごきを受けたことが無いわけではなかったが、ケイナンのこの特訓は今まで受けたものよりも激しさが段違いだった。ダグに至っては今までろくな訓練を受けてこなかったこともあり、もはや言葉を発する力すらもなかった。


 ケイナンは動けない二人のためにタオルを水で冷やし、それを二人の頭に乗せてやった。火照りきった身体に冷たいタオルは非常にありがたく、二人は顔面にタオルを置くと仰向けで寝っ転がった。ケイナンも二人の横に座り、手に持った水筒から水を飲む。


 ケイナン自身も弟子を取るのは初めてであり、どこまで加減すればやっていけるのか試行錯誤しながらにはなっていたが、非常に強い目的意識でついてきてくれる二人には感謝していた。それだけ、ソフィの人望というものは強く――。


「……ケイナン? どうした?」


 急に表情が険しいものになったケイナンを見て、トシンはケイナンに尋ねた。ケイナンは耳をすませ何かの気配を察知しようとしていた。


「……行くぞ二人とも」


「行く? どこへ?」


 ケイナンは立ち上がると、いまだ倒れている二人を引っ張り上げる。


「姉さんのところにだよ! ……多分、姉さんは出かけたんだ!男と!」


「なんでそれがわかるんだよ……」


 トシンは呆れながら尋ねる。


「勘だ勘! おら! 姉さん親衛隊のお前らも一緒に行くんだよ! さっさと水浴びて汗流せ!」


「ったくうっさいな……。ってなんだよ“姉さん親衛隊”って!?」


「そんなの姉さん親衛隊は姉さん親衛隊に決まってるだろうが!姉さんの肉壁になるのがお前らの役目だろ!?」


 ケイナンはさも当たり前かのように言うが、トシンは声を上げて反論した。


「ソフィ様の部下なのは否定しないけど、僕たちまでそんな変態ストーカーみたいなくくりにすんなよ!?」


「うるせーぞ!さっさと準備しろ!」


 ケイナンはトシン達を置いて、走って訓練場から出て行ってしまった。残されたトシンとダグはため息をついて肩をすくめる。


「……あのバカほっとくと何か問題起こしかねないから、追いかけようか……ダグ」


「う……うん。そうだね、トシン……」


× × ×


 リズロウとソフィはお忍びという形で城下町を歩いて回っていた。リズロウはシャツとズボンだけのラフな格好であり、ソフィはゆったりとしたワンピースの落ち着いた服装だった。――とはいえ見た目が目立ちすぎてお忍びというには正体がバレバレであったが。


「実は私、ちゃんと城下町を回ったことなかったんですよね」


 ソフィは賑わっている通りを見ながら言った。


「面接に来た時は時間がなかったから慌てて城に来てましたし、基本仕事で城出ることもないから、行って城付近のカフェくらいですし。この前は馬車で酔って大惨事でしたからね……」


 大通りには多数の店が並び、そのそれぞれが賑わいを見せていた。何よりソフィが注目したのはその種族の多さだった。多種多様な獣人型や、ゴブリン、エル、オークにリザードマン、有翼型やスライム型など多くの魔人の種族が買い物を楽しんでいた。


「……こうやってまとまり始めたのは皮肉にも、人間との戦争が激化した100年前からと言われている。それまでは“魔人”というくくりもなかったし、それぞれが違う種族として敵対していたからな。だからこそ、アスクランは力が何より重要だった。呉越同舟の敵対種族同士が組むためには、絶対的な強者が無理やりにでも治める必要があったからだ」


 リズロウは町の賑やかさを見ながら言った。その目は大きなことを成し遂げた者の目だった。


「10年前に俺が魔王の座を引き継いでから、そのアスクランの風潮を変えるために必死で各種族の代表に交渉を続けた。……皮肉にも俺がアスクランで最強だったからこそ、その平和の路線も強者の理屈として押し付けるような形で進められたわけだ」


 リズロウは飴売りのゴブリンから、自分とソフィの分の飴を2つ購入し、一つをソフィに渡した。想像していなかった主人からの思わぬ飴の差し入れに、ソフィは驚きながら頭を下げて受け取る。リズロウは飴を舐めながら話を続ける。


「人間との戦争も終わった。……今までは魔人同士で血で血を洗うような凄惨な時代の繰り返しだったが、これからは発展の時代だ。今はまだ“人間”がこの国に滅多に来れていないが、それもじきに解消していく……それが俺の目標だ」


 熱く語るリズロウに、ソフィは素直に感嘆の感情を抱いていた。――そして同時にある疑問も生まれていた。


「……どうして、リズロウ様はそのようなお考えもお持ちになられたのでしょうか」


 ソフィは生まれた疑問をリズロウにぶつけた。話を聞いているとリズロウの考えは異端すぎ――そして“人間”に都合がよすぎるものに思えたからだ。ソフィの質問にリズロウは言葉を詰まらせた。


「あー……そうだな……」


 二人の間に会話がしばらくなくなってしまい、無言のまま飴を舐めて町を歩く。そしてその空気に耐えかねたリズロウが呻きながらソフィに言った。


「……昔にな、ある女の子に会ったことがあるんだ。その子に価値観を変えさせられたんだよ」


「へえ……どんな子だったんです?」


 ソフィの質問リズロウは空を眺めながら言う。


「一言でいえばすごい子だった。……俺なんかよりずっと年下で子供だったのに、すごいしっかりした子でな。彼女に会わなければ俺は、魔王としての責任なんか自覚できなかったと思う」


 リズロウは少しずつ自分の過去を語り始めた。


× × ×


 リズロウは30年前、自身の魔王の息子としての重責を嫌い、魔法を使って魔人であることを隠し、世界中を放浪していた。そして放浪して5年目にとある人間の女性と恋をし、身分を隠したまま結婚をした。2人の子宝にも恵まれ、彼女の実家の仕事を手伝いながら暮らしていた。――すべてを忘れてこのまま人間として暮らしていくのも悪くない。そう思っていた。


× × ×


「……その奥さんが、リズロウ様に影響を与えたんです?」


 ソフィがリズロウの話を聞いて驚いていた。過去に離婚歴があることは聞いていたが、まさか人間の女性と結婚していたとは。話しながら昼食用の弁当を購入し、食事の準備を済ませていたが、話に夢中になって何を買ったのか全く頭に入らないほどだった。


「いや、実はその先が……」


 リズロウは途中で言葉を止め、顔を動かさずに背後の気配を確認する。そして小さくため息をついた。


「……後ろ、お前気づいてるか?」


「……?」


 ソフィはリズロウに言われ後ろを見るが、何も違和感を感じることはできなかった。


「どうされました?」


 ソフィは尋ねると、リズロウは背後を一度見て、そして改めて前方に向き直った。


「……いいや、別に。そろそろ昼飯にするか。こっちだ」


 リズロウはソフィの手を握り、案内を始めた。いきなり手を握られたソフィはどうしたらいいかわからず、普段の態度からは想像できない純情さを見せていた――。


× × ×


「あ……あ……あね……姉さん!」


 遠くの建物の屋上から、二人の様子を望遠鏡で見ていたケイナンはショックで固まっていた。後ろにはトシンとダグもおり、二人ともお腹を空かせ腹を抑えていた。


「ケイナン~もういいだろ別にさ~」


 トシンはケイナンに文句を言うが、ケイナンは頑として譲らなかった。


「お前なぁ! 姉さんと魔王様の年齢差考えたことあんのかよ! 犯罪だぞ犯罪!」


「もう二人とも大人なんだからそこは自由でいいじゃん別に……」


「お腹空いたなぁ……」


 ダグは大きくお腹を鳴らし、その場にへたり込んでいた。そしてふと横を見ると、何かの光が目に入り少し目がくらむ。何かと思いその光の先をよく見ると、望遠鏡を構えた別の魔人がいた。見たところエルフだろうか。――そしてその望遠鏡はケイナンと同じ方角を向いていた。


「あれ……なに?」


 ダグはそのエルフの方向を指さすと、ケイナン達もそれに気づいてその指先を見る。――そしてわかった。そのエルフは見覚えのある姿だと。


「……あれ、ミスティ様じゃないのか」


 トシンは呆れながらそのエルフの名前を言った。向こう側もケイナン達の存在に気づいたのか、慌てて顔を隠そうとするが、どうしようもないほど滑稽な姿として映っていた。


「なにやってんだあの人……いや僕たちも人のこと言えないけど」


 ミスティは荷物をまとめると屋根伝いで飛んでトシン達のところへと向かっていき、数分後にはケイナン達と合流していた。


「あんたたち! 一体何してるのよ!?」


「それこっちのセリフなんじゃないっすか……」


 ケイナンはソフィたちを覗きながら、こちらを問い詰めてくるミスティに呆れながら言った。


「私は諜報活動の一環として、リズロウ様が出かけたら見張る必要があんの!」


「こっちだって姉さん親衛隊として護衛するひつよ……」


「それは言うなぁ!」


 トシンはケイナンの口をふさぐために手に持っていた望遠鏡で思いっきりケイナンの頭をぶん殴る。


× × ×


「何やってんだあいつら……」


 リズロウは遠くからケイナン達の騒ぎを察知していた。まさかミスティまで一緒になっているとは思わなかったが。


「はぁ……しょうがない。ソフィ、ちょっと揺れるぞ!」


 リズロウはソフィの身体を抱きかかえ、いきなり抱きかかえられた形になったソフィは赤面しながら周囲を見た。


「え、ちょ、ちょっと」


「そらっ!」


 リズロウは全力で地面を蹴ると、大きく跳躍をし、ケイナン達がいる方向からは死角になる建物の影へと身を隠していった。


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