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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第7話 嗅覚がヤバい女秘書(後編)
28/76

7-4

 ソフィはローシャとの対談が終わり、VIP席に戻る通路を歩いていた。最終レースが終わったこともあり、人々は今日の様々なレースの思い出を語りながら出口へと向かっている。だからこそソフィの前にいる人影が、ソフィに用事があることはすぐにわかった。一人だけ出口に向かわず、VIP席に向かうソフィを待っていたのだから。


「……現金輸送車の襲った町のチンピラどもは全員捕まえた。私が来た時にはすでに全員倒されており、御者も解放されていた。……お前がやったんだな」


 ミスティは険しい顔をしながらソフィに近づいていく。今日このアスクラン競馬場での裏金騒動の調査を行ったのはミスティではあったが、結局のところソフィがいなければ解決していなかったどころか、罠にみすみす引っかかってこちらが泥をかぶる羽目になっていたのだから。


「“表向き”には私は何もしてませんから。……ま、今日の競馬で月の給料が倍近く増えましたから、おいしい思いはさせていただきましたけれども」


 ソフィはニコニコしながら馬券を振りかざす。その様子を見てミスティは深くため息をついた。


「はぁ……私にはお前がよくわからないよ。その軽い性格と、異常に効く目端と、私の姉と姪を助ける人情さ。……どれが本当のお前なんだ?」


 ミスティの指摘を受け、ソフィはただ笑みを張り付かせ、表情を動かさなかった。


「私に、それがわかるとでも? ……って姉と姪?」


「ああ、お前が先日コーヒーから庇った少女だが……私の姪なんだ。その母親が私の姉な」


 ソフィは少し考えてそして手を打った。


「ああ! あの時の! ……あの子たちご家族さんだったんですね!」


「そうだ……だから、お前の話は聞かされていたんだ」


 ミスティはソフィの横に立ち、そして耳元で小さな声で言った。


「……今日は助かった。それと、今後は少し頼りにさせてもらう。……あと」


「あと?」


「……フウが、あの子がお前に会いたがってる。今度、私の家に来てくれ」


 ソフィは少し目を丸くするが、顔に張り付かせた笑みをほぐし、自然体な笑みに顔を戻した。


「……ええ。でしたら今度案内してください。さすがに、ミスティ様の家までは私わかりませんよ」


「そうだな……。じゃあな」


「あ、そうだ。あと一つだけお話が……」


「どうした?」


 ソフィはミスティに何かを話し、その話を聞いたミスティは少し驚いた表情に変わる。


「そんなこと……」


「いえ、ですから確認をお願いします。違っていたらそれで構いませんので」


「……わかった」


 ミスティは手を振って出口に歩いて行った。そして少し目をそらすと、すぐに群衆に紛れて姿を消していた。


「ソフィ様~!」


 そしてミスティが消えたと同時に、トシンの声が聞こえてソフィはそちらを見る。VIP席の方からトシンとリズロウがソフィの下へとやってきた。


「何してたんですか? もう今日のレースは終わりですからソフィ様を待ってたんですけど、一向に来ないもんですから」


「あ……ああ、悪いわね」


 ソフィはトシンの隣にいたリズロウを見た。ソフィは何も言わずリズロウからの言葉を待つ。ソフィと目があったリズロウは大きく息を吐くと、ソフィの頭に手を当て、髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回した。


「お前な~! 途中から姿消してずっと馬券買ってんじゃねえよ!仕事しろよ!」


「いだだだだだ!?」


 ソフィはたまらずにリズロウの手をつかむと、涙目でリズロウに文句を言った。


「だ……だいたいそっちが私に内緒で色々動いてるせいで、私が暇になったのがいけないんじゃないですか!今までそちらが何をやってたんですか!?」


 ソフィに指摘され、リズロウがグッと呻き動きが止まってしまう。その様子をトシンは隣から見ていて、息を飲んでいた。ソフィの心臓に毛が生えてると言わんばかりに、この国の最高権力者である魔王に対し、うっちゃりをしかけているのだから。ソフィの横にいたのだからトシンも何が起こったかは理解している。しかし、リズロウはあくまで“ソフィには何もしらせていない”という前提なのだ。それを逆手にとってリズロウの言葉を止めていた。


「……い、色々あったんだよ。それより、さっさと城に戻るぞ」


 結局リズロウはそれ以上の追求をやめた。ソフィはほっとして肩を落とすと、トシンに目配せをする。トシンもそれを察知し、何も言わずに頷いた。


「あ、すみませんリズロウ様、少しお待ちいただけますか」


 ソフィは服のポケットをゴソゴソを探ると、中から数枚の馬券を取り出す。


「最終レース勝ったんですよ~! トシンからも金を借りて全額シンボリースペリオルに突っ込みましてね! いや~! これで久しぶりにマトモな食事がとれる~!」


 リズロウは面食らってトシンを見た。トシンは俯きながらリズロウに答える。


「……一応、手を出しちゃいけない金はとっておきました……。ずっと金貸して金貸してうるさかったので……」


 リズロウはトシンを慰めるように肩をたたく。


「そ……そうか……お前も大変なんだな……」


「なによ~勝ってあげたんだから喜びなさいよね」


「僕は別にギャンブル好きなわけじゃないので……」


 リズロウは呆れて顔に手を当てると、ソフィに何の感情をこめないで言った。


「あ~うん。換金に行ってらっしゃい……。……というかマトモな飯って、別に食事は今までも普通に取ってた気がするが……」


 “マトモな飯”が何を意味するか、リズロウは疑問を口にしながらも、余り深くは考えなかった。そしてソフィたちは換金に行く許可をもらうと、走って換金所へ向かっていった。


× × ×


「しかし、どうしてあの馬が勝つってわかったんです?」


 トシンは走りながらソフィに尋ねる。


「他にも馬はいっぱいいたし、エナジーソーダの八百長を防いだからって勝つ馬はわからないと思いますが」


 トシンからの質問を受け、ソフィは舌を鳴らして答えた。


「チッチッチッ。君もまだまだだねえ。私が勝つための細工をしなかったとでも思ってるの?」


「…………ぶっちゃけた話なんかやってるとは思ってました」


「ま、とはいえそこまで何か大げさにやったわけでもないけどね」


 ソフィはトシンと厩舎に行ったとき、エナジーソーダの周りの調教師の様子を見て、八百長が仕掛けられていることを察知し、シンボリースペリオルの鞍を確認させてもらっていた。その時に鐙が切れる仕掛けがされていることを確認したソフィはこっそりとそれを直した。――逆に言えば他の馬はその仕掛けが生きたままだった。


「……もともとシンボリースペリオルは2番人気で、事前に予想屋の情報も集めてたけど、エナジーソーダに次ぐ有望株なのはわかってた。なら、この子だけイカサマを無くしてあげれば一騎うちになるのは目に見えてるでしょ?他の馬にはイカサマ鐙が付きっぱなしなんだから」


 ソフィの説明を受けてトシンが納得がいった。確かにそれならあとはニブイチの勝負になってもおかしくはない。


「とはいえ最後は賭けだったけどね……。うまくあの子が勝ってくれてそれはよかったけども。……まぁ負けたら腹いせに八百長の件全部ぶちまけて大混乱を起こすだけだけど」


「腹いせって……」


 だったら連勝でどちらの可能性にも賭ければよかったんじゃないか? とはトシンも思っていたが、ソフィの目論見を察知して言わなかった。おそらく単勝に限度額いっぱい賭けたかったのだ。保険なんてチマチマしたものでアガリを減らしたくなかったのだろうと。


 話しながら移動していたのもあり、気づくと換金所の前に二人はついていた。一般客用の換金所は長蛇の列ができていたが、ソフィたちはVIPということもあり、特別換金室が別で用意されていた。


「さ~て!今日は他レースではボロボロだったけど、このレースで全部取り返して給料3倍コースだからね~! 早く食事にありつきたいものだわ~!」


 ソフィは意気揚々と交換所に当たり馬券を出すが、係員は少し確認するとソフィに笑って券を突き返した。


「ちょっと秘書官様。これ外れ馬券じゃないですか」


「……ん?」


 係員の言葉にソフィは胃がうねり、券を恐る恐る確認する。しかし券の穴は確かに当たりの2番に空けられていた。


「なんだ、ちゃんと2番じゃない。勝ったのはエナジーソーダじゃなくてシンボリースペリオルよ」


 ソフィは再度馬券を係員に出すが、係員はそれを突き返した。


「ですからこちらはハズレでして」


「何言ってるのよ! ちゃんと2番に!」


「……こちら“第9レース”の馬券ですが」


 ソフィは額から汗が吹き出し、券をもう一度確認する。――そして書かれていた。“第9レース”と。


 一向に換金が終わらないソフィを訝しみ、トシンはソフィに声をかける。


「ソフィ様?大丈夫ですか?」


「ト……トシン……」


 ソフィは顔面から血の気が失せ、この世の終わりみたいな顔をしながらトシンに言った。


「…………お金貸して」


「はぁ!?」


× × ×


「これでよかったのですか?」


 競馬場の外でリズロウとミスティは共に歩いていた。ミスティの手には“第10レース”の当たり馬券が握られていた。それはソフィの馬券だった。ソフィとの別れ際にミスティは熟練の手つきでソフィの懐から当たり馬券を盗み、そして第9レースの外れ馬券を仕込んでいた――リズロウの指示によって。


「……いいんだこれで。今回の1件は確かに俺も悪いのは認める。だが、それはそれとしてアイツが状況を利用して馬券で稼ぐのは許さん」


 リズロウはミスティから馬券を取ると、それをビリビリに破りさった。


「どっかで勝手に動くと思っていたが、まさかローシャが犯人だったことまで調べつくしていたとはな。それで、ローシャの身柄は確保したのか?」


「ええ、厩舎でシンボリースペリオルの移動指示を出しているところを捕らえました。……ですが本人は安心していました。これであの子を確実に保護できると」


「……そうだろうな。八百長に失敗したのだから、エナジーソーダはともかくシンボリースペリオルは殺されるだろう。しかし意外だな、ローシャは逃げずにまず真っ先に馬の心配をしていたわけか」


 リズロウの言葉にミスティは非難する表情を浮かべた。


「全く反省してないですね」


 リズロウは自分の言葉の意味を理解し、バツの悪い顔でミスティに謝罪した。


「うっ……すまん。で、お前はあの女をどうするつもりだ?」


「それは……」


 ミスティはソフィのことを思い出していた。ソフィが最後に言った言葉、それは厩舎に行ってローシャがいるか確認してほしいということ。――そしてローシャがいたら彼女を保護してやってほしいとのことだった。少し前のミスティならソフィの言葉など無視していたかもしれない。だが今はソフィのその言葉の真意を理解できていて“しまっていた”。


「……彼女を保護しましょう。この件は表には出せないブラック・インシデンドです。当然何も罪は問えません。……ほとぼりが冷めたら、元通りに戻さなければ事件があったことを認める形になります」


「……“認める”か。そうだな……認めようか」


 リズロウがその言葉を確認するように言った理由――それはこの事件が今後起こりうる“何か”の予兆でしかないとわかっているからだった。なぜ“敵”はここまで急いで資金洗浄を押し進めたのか。尻尾をつかませないように隠れながらできなかったのか。


 ミスティに追い詰められていたから急いだのは理由の一つにすぎない。――もう一つの大きな理由、それはもうその金を使うときが目の前に迫っているから。リズロウはその事実を“認めざる”を得なかった。


 アスクランの地下でうごめく闇は光をもとめてもうすぐそこまで手を伸ばし始めていた。

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