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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第7話 嗅覚がヤバい女秘書(後編)
27/76

7-3

「ここまでがこの最終レースまでにあったことです。ご存じでしたか?ローシャ殿」


 ソフィはアスクラン競馬場オーナー室で、ローシャと窓の前に立ちながら話していた。競馬場のコースがよく見えるよう大きく作られた窓には、今日の最終レースの準備が進められている様子が見えていた。観客も最終レースだけは見逃せないと、過去に見ないほどの人が観客席に集まっていた。


「……なぜ私が知っていると? 魔王様にも申し上げましたが、私はこの件について何も知らないのです」


 ローシャは感情をこめずにソフィに言うが、ソフィは鼻で笑って答えた。


「嘘をつくのが下手くそだな。……あなたが何も知らないはずないだろう?」


 ソフィは人差し指を立ててクルクルと回転させる。


「外れ馬券、ノミ屋、現金輸送車、これらの全てにアスクラン競馬場が関わり、それぞれに多くの人が関わっている」


「……それだけで私が関わっているというのは横暴すぎるのでは?」


「違う。“何も知らない”のがおかしいと言っているんだ。普通はこう答えるのよ“競馬場内で良くない関わりがあるという噂がある”ってね」


 ローシャはソフィに指摘を受けハッとした。


「何も知らない方が不自然極まりない。今回の資金洗浄の方法そのどれもが競馬場が抱える問題に繋がっている。運営者としてそれぞれの問題に取り組んでいるなら、そのどれかで引っかかるはずなんだ。闇の動きってやつに。それらを何も知らないと言い張るなら、理由は二つ。”関わりたくない”か”隠したい”かだ」


「……ですが、魔王様たちの働きでそのどれもが失敗に終わったはずです。そしてそれらに私が関わっていないことも」


「ええ、この3つの“罠”に関わっていたのは町のチンピラたちだった。……だけど、まだあと1つ。ド本命の線がある」


 ソフィは窓から外を見る。最終レースの準備が整い、馬がそれぞれゲートに入ろうとしていた。


「……あなたは馬型のなんていう種族の魔人かしら」


 ソフィはローシャに尋ねる。突然の質問にローシャはその意図を図りかねるが、少し考えた後に静かに答えた。


「……キンナリーと申します。馬系の魔獣の特徴を持つ魔人はほかにケンタウロスなどがございますが……私たちは容姿の方に馬の特徴が出ております」


「そう。……あなたも走ったりするの?」


 ソフィはローシャの体つきを見た。おそらく見た目や役職から30代から40代ほどと想定していたが、その年齢を考慮したとしても服の上からでもわかるほど、鍛え上げられていた。


「ええ……アスクランの陸上競技には積極的に参加しております。……秘書官様は女性ということを加味してもあまり身体を鍛えてはいなさそうですが」


「ウグッ……。い……いいでしょ私のことは。……まあその話は一旦置いて、あなたも走っていて……そして馬がとても大好きである、私はそう見てる」


「…………?」


 ローシャはますます困惑していた。先ほどからソフィが何を言いたいのかがあまりよくわかっていない。ただソフィの方もローシャが困惑しているのがわかっているのか、微笑みながらローシャに言った。


「まずは順番ということ。数学で答えだけ書いたところで点数は半分も貰えない。きちんと証明手順を書いて、初めて満点が貰えるのだからな」


 ソフィはオーナー室の机に置かれている盾を手に取った。何やら仰々しい文字で色々と書かれてはいるが、要約すればアスクランの馬の発展に関わったとしてローシャを讃えるものであった。


「有体に言ってリズロウ様は競馬が嫌いだ。これだけ競馬がアスクランの財政に寄与して、馬を含め畜産関係にも影響を及ぼしているのに、ギャンブルは禁止すべきと考えているからな。……そして人は嫌いなものには無関心になる。たとえこの競馬場が国からの徴収が厳しすぎるのに、支援が全くされないせいで経営難に陥っていたとしても。その経営難の影響で、競馬場内の係員だけでなく、競馬場で管理している馬たちも困窮しているとしても」


 ローシャは表情を強張らせ動くことができないでいた。そして互いに黙っているうちに競馬場にファンファーレが鳴り響き始める。馬のゲート入りが完了し、出走の準備が整ったことを示していた。


「……最終レースが始まる。このレースは7連勝中のエナジーソーダが出るということで、客も皆がエナジーソーダ単勝1.5倍に賭けている。その額は……いまだかつて見たこともない、“誰も想像できない額”になりそうね。……仮にその額が異常な物でも、“想像できなかった”で済ませられるでしょうね」


 ゲートが開き、最終レースが始まった。だがローシャは金縛りにあったようにソフィから目を離すことができなくなっていた。


「なぜ……?」


 ローシャはそう言葉を出すしかできなかった。この資金洗浄計画が持ち掛けられたとき、この最終レースの仕掛けを考えたのはローシャだった。“あのお方”はローシャからこの話を受けたときは、その手があったかとローシャの計画に賛同し、全面的に協力をしてくれた。

 

 そしてローシャに泥が被らないよう、配慮に配慮を重ねられた計画は、完ぺきだったはずだった。――だが目の前のこの女はそもそもこの“闇の金”問題から完全な部外者であるにも関わらず、寸分の狂いなくこちらの手を読み切っている。


「なぜ? ……我が家の家訓にはね“裏の裏は必ず隠せ。裏の裏の裏はむしろ見せろ”って言葉があるの。……その意は裏の裏は本命だけど、裏の裏の裏はそのさらに裏を隠すためのオトリに使えるってことね。人は自分で裏を取ると、自分の読みを確信してもう大丈夫だと思い込む傾向がある。……たとえその裏にもう一つ何かがあってもね」


 ソフィは自分の手に持っていた馬券を机に放り投げる。最終レースにおけるエナジーソーダの番号は6。だがソフィの馬券には2番の穴が開けられていた。――2番の馬の名前はシンボリースペリオル。数時間前にソフィが厩舎で触れ合っていた馬だった。


「ノミ屋を利用した資金洗浄をリズロウ様から盗み聞いたとき、現金輸送の計画までは順当に考えれば思いつけた。競馬場用の馬車が出払っているかの確認のために厩舎にも寄ったし、係員がバッチリ嘘つかずに言ってくれたわ。現金が足りなくなってたから馬車で銀行まで行ったってね」


 最終レースは中盤に差し掛かり、下馬評通りエナジーソーダが圧倒的なペースで逃げ切りを見せていた。他の馬とは10馬身ほど離れており、観客たちは大きな声でエナジーソーダを応援している。その声が響き渡り、オーナー室の窓がビリビリと揺れていた。


「そして現金輸送車強奪でこの話が終わるか?とまで考えた。……そしてエナジーソーダに付いていた調教師たちを見てピンときたのよ。…八百長が行われているとね」


 レースは終盤に差し掛かり、他の馬もラストスパートをかける。最初は10馬身以上離れていたエナジーソーダと後続集団の距離も、およそ5馬身にまで詰められていた。


「競馬の八百長は言うほど簡単ではない。……お馬さんは人間様と違って八百長なんて理解できない。だけど頭はいいからレースに勝つために血気盛んに前に出たがる。だから原始的にわかりやすい細工をすることにした。……あなたは」


 ソフィはローシャを指さした。


「……万が一にも負けることが許されなかった。恐らく賭けている額はこれまでのオトリの作戦で使った分以外の全ての闇金を突っ込んだのでしょう。だからこそ確実に回収するために、“鞍”に細工をした。……もし万が一勝ちそうになったら、“事故”を起こすようにと騎手に伝えて」


 ゴールまであと200メートル。もうエナジーソーダと後続集団に差はない。そしてその集団の中から一頭の馬が飛び出してきた。――2番シンボリースペリオルだった。周囲の客からは悲鳴が上がっているが、シンボリースペリオルはなおも加速をかけていく。そしてシンボリースペリオルの騎手は“事故”起こそうと手筈通り鐙に力を入れるが、その手筈通りの事故は全く起こらなかった。むしろ鐙に力が入ったことにより、さらにシンボリースペリオルは加速の体勢に入った。


「……そう、ここまでは私の計画通り。シンボリースペリオルの鞍をこっそり正常な物に直しておいた。……他の馬のはそのまんまだけど」


 だがエナジーソーダも負けてはいない。シンボリースペリオルに追いつかれそうになるが、最後の加速をかけ、負けじと鼻先を出そうとする。思った以上の粘りを見せるエナジーソーダにソフィは額から冷や汗を大量に流しながら握りこぶしを窓に押し付ける。


「…………もうここから先は何もない。エナジーソーダか、シンボリースペリオルか……!運否天賦ってやつよ……!」


 エナジーソーダとシンボリースペリオルの鼻が並び、互いに一歩も譲らずに火花を散らす。そしてついに――。



 順位が確定した瞬間、ローシャは膝から崩れ落ち、ソフィは机に放り投げていた自分の馬券を手に取った。そしてオーナー室の出口へとむかい、扉に手をかける。


「……こっから先はあなたの良心ってやつに期待をするわ」


 ソフィはローシャに言葉を投げかけ、ローシャは虚ろな表情のままソフィを見た。


「……競馬場の関係者が競馬に金を賭けることは許されていない。恐らく今回負けたのはあなたに乗っかった“出資者”だけのはず。あなた自身はまだ立ち上がれる」


「……どうしろと言うんです?もう、私はあと1時間も生きられるかわからないのですよ」


 ソフィは何も言わなかった。そうね、としか言えなかったからだ。だがソフィはそう言わず、投げかけるように言葉を出す。


「……でも、“あの子”の命を救えるのはもうあなたしかいない。あなたがこの資金洗浄に手が染めたのは金が欲しかったから。……でもそれは、あなたの私欲からではないと、私は思っている」


 ソフィは扉を開け、振り返らずに部屋から出る。そして最後に一言だけローシャに言った。


「私も馬は好きでね。だから、あなたについた“臭い”はわかった。……馬と触れ合っていた人の臭いは、ね」


 ソフィは部屋から出ると扉を閉め、オーナー室には静寂が広がった。――だが外はその静寂とは裏腹に悲喜こもごもの声で溢れかえっている。最終レース結果、シンボリースペリオル1着。エナジーソーダ2着。単勝3.2倍、連勝7.8倍だった。

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