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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第7話 嗅覚がヤバい女秘書(後編)
25/76

7-1

「……ああ、頼む。そうだ、人員をできるだけ集めてくれ」


 リズロウはオークの兵士に命令をすると、兵士は敬礼をして応え、そして駆けていった。


「……さて、あとはどうなるか」


 リズロウは今、競馬場を出て近くの兵士の詰所に来ていた。そしてそこにいた兵士たちに近くから可能な限り人員を集めるように命じていたのだった。


「いいのですか?これだけの数を動かせば、誤魔化しが効きませんよ?」


 兵士たちの姿が無くなるとともに、身を隠していたミスティが姿を現す。ミスティがリズロウの長年の部下であることはアスクランの軍の間でも知られており、そしてそのミスティが諜報活動に関わっていることも良く知られている。そのためミスティの姿を見せれば兵士たちに勘づかれてしまうため、姿を隠していたのだった。


「しょうがないだろう。ここで逃したらまた月単位で調査を行って、尻尾を掴んだと思ったらまた振り回されるだろう?ならもうここで決めるしかない」


× × ×


「あちゃあ……やっちゃったよリズロウ様……」


 ソフィは競馬場近くの建物の屋上から詰所にいるリズロウの様子を望遠鏡で覗いていた。横にはトシンもおり、リズロウとの距離は100m以上あったが、この距離からでもリズロウに気配を察知される恐れがあるからか身を隠していた。


「やっちゃったよって……何か問題があるんですか?」


「問題は大ありね。私の予想が正しければ、敵さんはここまで完璧に計画してる」


「でしたら何故リズロウ様にそれを報告しないんですか」


「あのねえ……」


 ソフィは望遠鏡をしまうと、トシンと同様に壁に身を隠すように地面に座った。


「私たちを巻き込むまいとして、自分で解決しようとしているのに、そこで私が騙されてますよって空気読まずに言ってみなさいよ。完全にリズロウ様が赤っ恥じゃない」


「でも、まずいのは確かなんでしょう?」


「そう、それは確か。だけど私たちはリズロウ様と違って、使える手段がある」


「え……?」


 トシンはソフィの言葉に疑問を抱いた。リズロウは空を飛ぶことができ、最強の戦闘能力を持ち、そして何よりこの国の最高権力者である。そんな魔王にできなくて、自分たちだけが出来ること――?


「難しいことは何もないわよ。……そもそもなぜリズロウ様がこの状況になってるか。そこを考えれば一発でわかること」


 ソフィはトシンに紙切れを渡した。


「さて、君にはこっから一つ仕事を頼まれてもらうわよ」


× × ×


 ミスティは焦っていた。まさかここまで大事になるとは思っていなかったからだ。いつものように調査をし、黒幕を見つけたら縛り上げるだけ。だが、今回ここまで手間がかかった理由は、敵に自分の存在が筒抜けであるということだった。――つまり私のことを良く知る誰かが裏切っている。


 もともと今回の金の出所が、先の戦争末期に各種族から徴収した金の不正蓄財だったことから、犯人の候補は非常に限られていた。この金の存在を知っているのは大臣以上の魔人ですら数少ない。


「早く何とかしないと……!」


 ミスティは兵士の詰所から競馬場まで戻る道を全速力で走っていた。焦りが明確に動きに現れていた。このような危機は今まで何度でもあったが、彼女を焦らせているのはもっと別の要因があった。


「……ミスティ様」


 ミスティは名前を呼ばれて足を止める。そして振り返ってその声の主を見た。――まさか自分が気づけなかった?競馬場前の人だかりができている往来とはいえ、この国唯一の人間であるこの女を――。


「少し、お時間をいただけますでしょうか」


 ソフィは慎重にミスティへと話しかける。部下であるトシンや信頼しているリズロウへの砕けた口調ではなく、公人としての態度を崩さずに。


「……なんだ。今私は忙しい。それよりもなぜ私がここにいるとわかった」


 ミスティとしてはそちらの方が問題だった。いくら焦っていたとはいえ、そんな簡単に自分の気配が察せられるものかと。この人間はミスティの見立てではどう考えても、そのあたりの一般人よりも弱い。その弱い人間に察知されていたのは諜報員としてあってはならないことだった。


「……単純に見ていただけです。兵士の詰所での一幕を」


「な……!貴様まさか……!」


 ミスティはソフィに詰め寄るが、ソフィはそれ以上の圧をもってミスティに詰め寄った。


「いいですか!もう時間が無いんです!今は第6レースが終わったところで、最終の第10レースまであと3時間もないんです!」


「それに一体なんの関係があるというのだ!」


「アスクラン競馬場の本日の入場者は過去最高を更新しており、普段の4倍から5倍もの人が来ています!会場に入れない人達が競馬場の周りにたむろしているくらいに!……これでわからないならもう私も説明を諦めます!」


 ソフィの言った言葉にミスティは目を見開いた。――そして理解した。自分とリズロウの“大失敗”を。


「……なぜそれを私に伝えた」


 自分の置かれた状況を理解したミスティは力なくうなだれてソフィに尋ねる。ソフィはミスティの肩を掴もうとして、慌てて手を引っ込めた。そして見下すことも、自分が屈んで目線を合わせることもせず、その場から離れて競馬場へと向かっていく。


「私ができることがもうこれが限界だからです。秘書の立場として、これ以上の越権行為はできません。私が本件に関して知っていたということすら、リズロウ様には知られてはいけない……というより全部予想で動いていますから、本当に何も知らないんですが……ともかく私ができることには制限があるのです」


「フッ……全部予想で、か。その割には正確じゃないか。予想だけでは知り得ない情報も知っているようだが」


「それは……」


 ミスティの質問にソフィは解答に詰まった。だがミスティはソフィの返事を待たずに姿勢を立て直し、競馬場から反対方向へと向かっていく。


「とにもかくにも、敵の“本命”はようやくわかった。リズロウ様にもこの事は言わない。……これでいいわね?」


「……お願いします!」


 ソフィはミスティに頭を下げて応えた。


「それで、あなたはこれからどうするの?」


 ミスティは離れる直前にソフィに尋ねる。ソフィは笑みを浮かべ競馬場を指さした。


「何も知らない立場として、競馬を楽しんできますよ。もう今月の給料半分は負けてますからね……お金が……!」


「……やっぱりギャンブルは禁止した方がいいんじゃないか」


× × ×


 トシンはアスクラン城下町を駆け抜け、城まで全速力で走って行っていた。軍にいる間にパシリで何度も買い出しに行かされていたこともあり、人混みの間を走り抜けることがいつの間にか得意になっていた。――今もたびたびパシリにされていたが。


 ソフィに渡されたメモの通りであるならもう時間は残り少ない。“彼”は恐らく城の近くの湖にいるとのことであったが確証はない。なればこそもっと早く―!


「トシン?」


 トシンを呼ぶ声が聞こえ、トシンは足を止める。その声には聞き覚えがあったからだ。


「……ダグ!?」


 その声の主はダグだった。トシンはダグと会えた幸運に感謝した。――ダグなら間違いなく“彼”の居場所を知ってるから。


「ダグ!頼む案内してくれ!」


「案内……?」


「そうだ!“アイツ”は湖にいるので間違いないんだな!?」


× × ×


 城近くの湖は大きさはちょっとした公園程度でしかないが、郊外にあるため町の喧騒から離れており、静かな森の中にあることもあって、城下町でも有数の釣りスポットとして、釣り人に愛されていた。トシンとダグは息を切らしながら湖にたどり着くと、すぐに周りにいる釣り人たちの顔を確認しはじめる。――そして彼はすぐに見つかった。トシンの鼻が効くこともあるが、何よりその姿は目立つからだった。


「トシン達じゃないか。そんなに慌ててどうしたんだ?」


 トシン達が探していた“彼”はご機嫌そうに釣果を入れた箱を持ってトシン達に自慢するように見せる。だがトシンにはそんなことに構っている暇はなかった。


「……ソフィ様が呼んでる。力を貸してほしい……“ケイナン”」


 今回の公務には呼ばれなかったため、呑気に釣りをしていたケイナンだったがソフィの名前を聞いて表情が一変した。釣果を入れた箱をひっくり返し、魚をすべてリリースすると、拳を鳴らしながら笑みを浮かべた。


「了解!……俺が出るってことは……厄介ごとってことだな!」


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