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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第6話 嗅覚がヤバい女秘書(前編)
24/76

6-4

 ソフィとトシンは馬券を買いに行っている最中、VIP席でリズロウとミスティが話している姿を目撃していた。そもそもこの競馬場の視察に、何か不審なものを感じていたソフィはミスティが現れたことでそれを確信し、馬券を買いに行くふりをして確認を行っていたのだった。


「でも、なんで僕たちに教えてくれなかったんでしょうか」


 トシンは観客席を歩きながらソフィに質問をする。ソフィは言うべきか少し迷った後、鼻を鳴らしてトシンに言った。


「まあ……これは恐らくだけど、リズロウ様と他数人しか把握していないような“真っ黒な金”が流出したんでしょうね、話を聞く限り」


「なんですかその真っ黒な金って……」


「そうね……これも恐らくだけど……。私が知る限り、アスクランは過去に強制的な税金の徴収を行ったことがある。戦争が終結する少し前に、ストーインに和平の意思を見せるために、各種族の里が持っている略奪した金を返せ、ってね。でも、ストーインに返す前に事故があって予定の半分を行かなかったと言われている」


 ソフィの言葉を聞き、トシンは冷や汗が流れる。


「まさか」


「あくまで多分……だけどね。そりゃあ私たちには言えないでしょうよ。こんな真っ黒な金。そしてそれが奪われて、お金を洗う奴らがいるなんて。……しかも出自からして間違いなく城の中の裏切り者は、大臣以上の誰かだし」


 トシンは恐る恐る手を上げる。


「そもそも……お金を洗うってなんです?そんなことしなくても普通に使っちゃえば……」


「あ、そっからか……。じゃあ簡単に説明するとね」


 ソフィは財布からお金を出し、硬貨にペンで印をつけて渡す。


「今君に銀貨1枚……100リズを渡した。君が例えば50リズの飲み物を買いに行こうとして、印がついたその金を使ったら私の金で買ったのがバレるわけだ」


「ええ。まあそうですよね」


 次にソフィは馬券を渡す。


「じゃあその100リズで馬券を買って、200リズ……銀貨2枚になったらどうなる?」


「そりゃあ……払い戻しがされるでしょうが」


「話の本質はそこじゃない。払い戻しは“私の印をつけた銀貨じゃなく競馬場の銀貨で行われる”ということ。私の金は競馬場に預けられる」


 トシンは少し考えて、そしてようやく理解する。


「……あ、ソフィ様のお金が手元から消えてるのに、印がついてない金が手元にある」


「そう。それが資金洗浄。出所の怪しい金を、まっさらな出自の金に換えちゃって、そしてその黒い金は誰かに押し付けちゃうこと。よくあるのは銀行とかにお金預けて即引っ張り出すとかあるけどね。……多分もうやってて、調査の手が進んじゃってるとかだろうけど」


 ソフィとトシンは話しながら歩いていき、気づくと観客席から出て、競馬場の外へと出ていた。ソフィに無意識について行っていたトシンはソフィに尋ねる。


「あれ?そういえばどこに行くつもりなんですか?てっきり次レースの馬券でも買いに行くのかと……」


「う~ん……それもいいんだけど、ちょっとまず行きたいところがね」


× × ×


 リズロウとミスティは互いに考えた結果、ローシャに相談することにした。あくまで裏金のことは隠しつつ、ノミ行為を行っている非合法の馬券売りを検挙する名目で。二人は競馬場のオーナー室の前に向かい、扉をノックする。


「失礼する。リズロウだ」


 リズロウの声を聞いたローシャは慌てて扉を開けた。


「ま……魔王様!どうしてこちらへ!?それに……その方は……?」


「彼女は城の隠密部隊の一員だ。……競馬場にいるノミ屋たちの件で、彼女から話があるのだがよろしいか?」


× × ×


 リズロウとミスティはオーナー室のソファに座り、ミスティが持ってきていたノミ屋の所在が記載された地図を広げる。


「ミスティが調べ上げた競馬場周辺のノミ屋の一覧だ。競馬場としても彼らを放置しておく理由はないはずだが?」


 リズロウは窓から競馬場を見ているローシャに言う。競馬場では第3レースが行われており、ローシャは儚げな表情でそれを見ていた。


「……ええ。アスクラン競馬場からしても、ノミ屋による収益は頭痛の種です……。それだけの分が、非合法な組織に流れ、競馬場が本来得るべき収益が減っているわけですから」


「なら、動かせる人員を動かして……」


「……それが難しいのです」


 ローシャはあくまで感情を押さえてはいたが、その声は震えていた。


「競馬……すなわちギャンブルはそれがどうであれ、まず不浄なものとして扱われます。……この国でも為政者からしたらギャンブルは存在するだけで治安を乱すものとして、予算が余りいただけておりません」


 ローシャの説明にリズロウは居心地が悪くなり目を逸らす。競馬場への予算を減らすように指示してるのはまごう事無き自分だったからだ。


「そしてノミ屋によって収益が減らされていることにより……見た目よりもこの競馬場の経営状態は困窮しているのです。人が増えればそれだけお金はかかる。だけど収入は人が増えれば増えるほどノミに吸われていく」


 これは賭けの形態であるブックメーカー方式の最大の問題とも言えた。国から許諾を得ているブックメーカーがオッズを決め、そしてそのライセンス料を競馬場に払っているものの、競馬場に直接お金が入ってこない上に、収益の“ゆらぎ”が非常に大きいからだ。


 競馬というギャンブルは他のギャンブルに比べ控除率が高めに設定されがちである。この大きな理由としては、単純に運の要素が強いトランプやルーレットに比べ、競馬は客が当たる馬を予想するという技術介入要素が強いためでもある。逆に言えば控除率を高めに設定しなければ、競馬の経営が成り立たないことを示していた。


「競馬場としては打てる手を打とうにも、お金が無いのでそれができないのです。……それに町の裏稼業の者たちが絡んでいるとなれば尚更……」


 ローシャの悲しげな告白に、逆にリズロウが困ることになってしまった。完全に自分の撒いた種であり、そもそもの裏金の話からして、無理強いすらできなくなってしまったからだった。


「わ……わかった。今後のことも良く検討しておこう……」


 リズロウ達は黙って部屋を出るしかなかった。――そしてリズロウ達が出た後、ローシャは窓からも見えないように、静かにほくそ笑んだ。


× × ×


 ソフィとトシンは競馬場を抜け、近くにある厩舎にやってきていた。レース前の馬が待機している場所であり、今はレース中ということもあり、多くの人が準備のために慌ただしく動いていた。


「どうしたんです?こんなところまできて……?」


 トシンはソフィに質問をするが、ソフィは厩舎の係員と思われる蛇型の魔人の男性に声を掛ける。


「すみませーん。ちょっと質問させていただきたいのですが」


 声を掛けられた係員の男性はソフィを見て、追い払うように言った。


「駄目だよ嬢ちゃん。ここは関係者以外立ち入り禁止だ……って人間?」


 ソフィは指さしをしながら係員に言う。


「国家関係者だけど見学させていただいてもいいかしら。魔王様がお馬さん見たいってことでその下見に、ね」


× × ×


 そのまま係員に連れられ、ソフィとトシンは厩舎の案内を受けていた。馬房を歩いていると、どの馬も妙に張り切っているのが目に映り、トシンは不思議がって係員に質問する。


「どの馬も……殺気立っているというか、すごい今にも飛び出しそうですね。まるでレースがこれからあるってわかってるみたいな……」


 トシンの質問に、係員はさも当然のように答える。


「ああ、この子たちはわかってるよ。お前さん、見た所兵士のようだけど、馬の世話はしてなかったのか?」


「……“元”兵士でした。それでも余り世話はしてなかったですね。僕の実家も特に馬を扱うってことはしてませんでしたから……」


 係員は近くにいた馬の頭をなでてやる。すると馬はなでられたことが嬉しいのか、目を瞑って係員の手に頭をこすり付けていた。


「馬はな、頭がいいんだ。こうやって人に慣れるし、俺がこの子を可愛がっていると、他の子が嫉妬して暴れたりするんだ」


「へー……凄いですね」


 トシンが近くにいた馬に近づこうとすると、馬は警戒したのかトシンに対し思いっきり頭突きをし、トシンがモロにくらって地面に倒れてしまう。その様子を見て、ソフィはおかしそうに笑った。


「ハハハ!どうやらお馬さんに嫌われたようね」


「いってえ!?」


 ソフィは笑いながらトシンに頭突きをした馬に近づいていく。その様子を見て係員の男はソフィに慌てて呼びかけた。


「お……おい秘書官様!危ねえって!」


「大丈夫……ほら、ね……」


 ソフィは優しく馬に手を伸ばすと、馬もソフィを信用したのかその手に額を乗せる。そしてソフィは優しく馬の顔にキスをしてあげた。


「……ね?大丈夫でしょ」


 その様子をトシンと係員の男は呆気に取られてみていた。


「ソ……ソフィ様、馬は苦手だったんじゃ……?」


「乗るのが苦手なだけで、触れ合う分には問題ないわよ。……昔ちょっと牧場で世話になってたことがあって、色んな馬と触れ合ってたからね」


 ソフィは最後に馬の頭をもう一度撫でてやり、手を振って馬から離れる。


「さて……係員さん、この子の名前は確か“シンボリースペリオル”だっけ?」


「……?あ、ああそうですが……どうしてお名前を……?」


「なあに、私も競馬は好きでね。ちょっと色々と調べてただけ。……確か最終レース出場予定の“エナジーソーダ”……だったけか。その子はどこに?」


「ああ、それでしたらちょうどあそこに」


 ソフィの質問を受け、係員は馬房の外を指さす。その先には複数人の調教師たちに引かれる馬がいた。


「あの子がエナジーソーダですね。初出場から7連勝のエースで、今日の最終レースの大目玉ですよ」


 ソフィは引かれている馬を見て――いや周りにいる者たちの顔をじっと見ていた。


「……ええ、そうね」


 トシンはその様子を見て、何か違和感を感じていた。この人がこういう事をするってことは、何か良くないことを考えている時だと。


× × ×


 アスクラン競馬場オーナー室。最終レースがもう間もなく始まるところであり、その様子をローシャは窓から見ていた。


「これで……いいのよね……」


 ローシャは窓に手を当て、コースにいる馬たちを食い入るように見る。手は強く握られていたのか汗がにじんでおり、窓に水滴がついていた。そしてレースが始まろうとしていたその時、扉がノックされる。


「……どうぞ」


 スタッフか?もしくはまたリズロウ達が来たのだろうか。ローシャはレースの内容が気がかりで来訪者の存在に気を回していなかった。――だが現れたのはローシャが全く予想していなかった人物だった。


「失礼します……ローシャ殿」


「あなたは……!」


 現れたのは金髪の長い髪をした女性――そして人間だった。その人間は手に複数枚の馬券を持っており、ローシャの横に立つと同じように窓からコースを見た。


「ここで最終レースを見させていただいてもよろしいでしょうか。……あなたの買った馬と、私の買った馬、どちらが勝つか……ね」


 ローシャの額には汗が滲んでいた。ソフィは挙動不審なローシャの様子を確認すると、とどめを刺すように言い放つ。


「ああ、あと答え合わせもしましょうか。今回の一連の資金洗浄、そのカラクリまで全部、ね」

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