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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第6話 嗅覚がヤバい女秘書(前編)
23/76

6-3

 アスクラン競馬場の備品倉庫でミスティは犬型獣人の男を足蹴にしていた。男は両手両足を縛られ、口からは出血もしている。


「な……何だってんだよお!」


 男はミスティに向かって文句を言うが、ミスティは構わずに男の腹を蹴る。


「……いい?あんたが限度額一杯まで3番と10番に賭けた事は知っている。……そしてそれで当てる気が無いってこともね。あんたみたいなチンピラに構ってる暇は無いから、さっさと質問に答えれば軽犯罪程度の罪にしといてあげるわ」


 ミスティは懐からメモを取り出すと、男にそれを見せる。そこにはいくつかの名前が書かれていた。


「この名前の中で、あんたに金を渡した奴の名前を教えて。たったそれだけでいい」


 ミスティは男に質問をするが、男は怯えたまま首を横に振る。


「なんだよぉ~~!知らねえ~!俺はただ声を掛けられてこの番号の馬券を買ったらお駄賃をくれるって言われただけだよぉ~!!!」


 本気で怯える男にミスティはため息をついて、そして拘束を切ってやった。


「はぁ……あんたね、そんなあからさまな犯罪に手を出すんじゃないわよ。今回はこれで勘弁しといてあげる。ああ、ちなみにこの件でどっかに文句言っても無駄だからね。逆にあんたが逮捕されるがオチよ。じゃあね」


 ミスティは手を振って倉庫から出ていく。そしてミスティの気配が無くなると、男は立ち上がり、尋問されていた時とは違う汗をかいていた。


「やばい……やばい……!何でもうバレてんだ……!早く親分に伝えないと……!」


 男は倉庫から出ると一目散に走り去っていく。そしてその様子を隠密魔法を使って陰に隠れていたミスティは見ていた。


「やっぱり当たりか……」


× × ×


 開会式が終わり、リズロウはソフィ達とVIP席へと戻っていた。現在馬はコースとは離れたパドック(下見場)で引かれて歩いているところであり、多くの人がパドックに行っている都合もあり、コース内は比較的落ち着いていた。


「3―10……か」


 リズロウは先ほどの演説をしている最中に、ミスティのその言葉の意味に気づいていた。これは次のレースで最も多くの賭け金が賭けられた馬であると。なぜ1番人気の馬ではなく、下から数えた方が早い馬に多くの金が賭けられたのか?それはこれが資金洗浄の一環だからだ。


「ローシャは何も知らないのか……それとも知っているのか……?」


 リズロウはひたすら悩み続ける。何も力で全てを解決する脳筋というわけではないと自分でも思ってはいるが、それでもあまり策略を練るのが得意ではない方ではある。ここ最近で強力すぎる比較対象がすぐ横にできてしまった事も大きかった。


「いかがなされましたか?」


 眉間にしわを寄せるリズロウを心配して、ソフィは声をかける。今回の事件はソフィ達には一切知らせていない――扱っている案件が余りにも神経質にならざる得ない案件だからだ。


「……いや、なんでもない」


 リズロウはそう言うものの、返事の歯切れが悪い。敵の正体が未だ見えず、何をしてくるのかが読み切れない。そして目立った行動は取れず、本格的な調査はミスティに任せるしかない。それが何よりもリズロウを不安にさせた。


× × ×


 アスクラン競馬場から少し離れた廃屋に魔人が数人集まっている。彼らのどれもが町で悪名をならしているチンピラであり、全員が武装をしていた。その中には先日ケイナンに叩きのめされていたオーガと狼男とオーク、そしてソフィに詐欺を見破られた狼男もいた。


「本当にいいんですかいスギクマさんよぉ。こんなのチンピラの俺らの手に余らないですかい?」


 ソフィに詐欺を見破られた狼男――名前はオルキスといった――はケイナンに蹴り倒されたオーガに対し話しかける。上座とかを気にするような者たちではないが、彼らはスギクマと呼ばれたオーガを中心に立つようにしており、彼がこの場で最も力を持っていることを示していた。


「……問題ない。資金提供者の話によれば今も順調に計画は進行しているとのことだ」


 スギクマの部下である狼男であるシグルは不安そうな声で自分のボスに質問をする。


「で……ですがそのタレコミを入れてる奴は一体どんな奴なんですか?そいつの顔や正体がわかんなきゃ、俺たちだって不安で仕方ないですよ」


 シグルの質問に対しスギクマはガンを飛ばした。


「知らないってことはそれだけで有利になるってこともあるんだ。……特にお前らがあの人の正体を知ったところでなんの意味もねえ。むしろお前たちが捕まった時にリスクが高まるだけだ。じゃなきゃ……」


 会話を遮るように廃屋のドアが勢いよく開かれ、ミスティに尋問されていた犬型獣人の男が部屋に入ってくる。体中ボロボロになっており、中にいた全員が一瞬で警戒態勢に入った。


「き……気をつけろ!探りを入れてる奴が……!」


「こ……このクソバカ……!」


 犬型獣人の男が何かを言う前に、スギクマはその男を押し倒し、身動きが取れないようにしたうえでその顔を掴む。


「お前バレたのか!その上でここまで戻って来やがったのか!?……誰にも尾けられてないだろうな!?」


 犬型獣人の男は涙目で首を横に振る。スギクマは男の顔から手を離してやると、男は荒く息を整えながら報告をした。


「言われた通り3番と10番の馬券を買ってたら、エルフの女に目を付けられて……!気づいたら倉庫に監禁されて、拷問を受けてたんだ!お……俺ちゃんと何も言ってないっすよ!た……助けてくれよ……親分!」


「エルフの女……?……このクソバカ野郎!」


 スギクマは犬型獣人の男の顔面を思いっきり殴り気絶させる。そして周囲の部下たちに叫ぶように言った。


「お前ら早く逃げやがれ!こいつ尾けられてたぞ!」


 その言葉を聞いて部下たちは蜘蛛の子を散らすように廃屋のあらゆる箇所から逃げていく。そしてスギクマ自身も逃げようとしたその時、背後に冷たい気配を感じ、振り向こうとするがすでに遅かった。


「ったく……バカチンピラの相手は楽でいいわ」


「お前……確か魔王の部下のミスティ……!」


「へえ……情報提供者に私の情報を知らされてた?だからエルフって単語で異常事態に気づけたかな?」


 ミスティはスギクマの背後にいつの間にか立っており、ナイフをその背中に突き立てていた。


「ちょっと逃がしてやれば簡単にあんたたちのアジトまで案内してくれるし、このバカに対する教育はしてやった方がいいかもね。……いや、こんなバカが育ってしまうウチの教育を何とかしなきゃいけないのかな?じゃないとあの人間の女にいつまでもストーインが~とか言われるだろうしね」


「何言ってやがる……」


「別に、こっちの話」


 ミスティはスギクマの後頭部をナイフの柄で殴り、その身体を地面に叩きつける。そして頬にナイフを当て、全く温度を感じさせない声で言った。


「言っておくけど私の存在はこの国の治外法権だからね。どうするかはアンタに任せるよ。あと、喋りたくなったら適当に喋っておいていいよ。こっちもあんたの事は“気にしないで”続けさせてもらうから」


「や……やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」


× × ×


「……というわけで“敵”の目的ははっきりいたしました」


 ミスティはVIP席にいるリズロウに報告していた。ソフィとトシンには馬券を買いに行かせており、VIP席にいるのは現在二人だけだった。ミスティは報告を続ける。


「……先ほどの“3―10”。敵の第一段階の行動である“外れ馬券を介して資金洗浄を行う”。これはアスクラン競馬場のスタッフを抱きかかえることで初めてなし得ることですが……正直なところ疑問ではありました。はっきり言ってリスクがでかすぎると」


「まぁ……そうだな。やってることは銀行を介した資金洗浄と変わりないどころか、売り上げを抜かなきゃいけないのならば、結局犯罪行為に変わりはない……」


「そうですね。ですから……」


 ミスティはアスクラン競馬場の地図を取り出す。地図上にはいくつもの黒点が書き足されていた。


「競馬場にいるノミ行為を行っている非合法のブックメーカー一覧です。……先のチンピラに“質問”しましたところ、吐いてくれました。敵は二段構えの作戦を取っていたわけです」


 ミスティは馬券を数枚懐から取り出す。手に持っているそれはアスクラン競馬場の物ではなく、手作りで作られた馬券だった。


「現在アスクラン競馬場では国から認められていない非合法のノミ屋は100件ほど存在するとのことです。……そして敵は彼らに裏金を渡しました。これが敵の本命だったのです。ノミ屋を介した資金洗浄が」


 国営ギャンブルにノミ屋―非合法の裏稼業の存在はつきものである。国に認可されていない非合法のブックメーカーが独自の倍率で馬券を売っていた。客側がこの非合法のノミ屋から買う理由は“税金がかからない”ことと“馬券の控除率が低い”ため、儲けやすいからだ。


「そして客が当たれば黒い金が市場へと流通し、ノミ屋が勝てば綺麗なお金がそのまま懐に、か……」


 リズロウは地図を眺めながら、現状の状況を確認していた。そして事態が思ったより重くなってしまっていることも。


「どうする?お前が確認しただけでも100のノミ屋を、すべて一斉検挙するか?俺とお前の二人だけで?」


 そもそもこの話の発端は“表に出すことができない真っ黒な金”の回収である。人も大勢動かすことができないからリズロウがわざわざ出向いていた。そしてそれを逆手に取られた―敵は金を散らすリスクを取る代わりに、少人数では対応できない人海戦術を取ったのだ。


 同様の感想はミスティも抱いていた。すべてが終わった後にノミ屋を追跡するというプランも、問題が多すぎることも理解していた。100のノミ屋に対し100のルートが用意してあったらもうそれで追跡は不可能だからだ。


× × ×


「何か……話してますね。えーと“アアウアアアエアウオイアエアウウウウ”……解読は任せました」


 トシンは観客席からVIP席でミスティと話すリズロウの事を望遠鏡で覗いていた。その横にはソフィがおり、トシンの謎の言葉をメモしている。


「えーと……前後文脈から推理して……“客が勝てば黒い金が流通”……かな?」


「黒い金……?いったい何のことですかね?」


 トシンは望遠鏡から目を離し、眉間にシワを寄せてその部分を指で揉む。


「ちょっともうギブアップで……。軍にいた頃にちょっと習っただけの“読唇術”は相当にキツイっす……」


「ううん。ありがとう。おかげで助かったわ。にしてもこれで繋がったわね……」


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